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○ 8番目の勇者:サードニクス 2

 村に戻り、一度休息を取って、宿の食堂で食事をした。


「今回も、同じ負け方しゃちゃったね…… 」


 ジュリエがテーブルを見つめたままそう言った。


「ああ、すまない…… 」


 俺は、無力感に包まれる。




「まったくよ。昨日畑仕事してたら、ダークウルフの群れに襲われそうになったよ。あいつらは何をやっているんだか」


 食事をしている村人2人が、そんな会話をしている。その声は大きく、嫌でも耳に入ってくる。当てつけにわざと大きな声で会話をしているのだ。もちろん、あの男が言った、「あいつら」とは、俺たち勇者パーティーのことだ。ダークウルフの討伐をなかなか成し遂げられない俺達を、遠回しに批判している。


「ジュリエ、気にすることはない。次は上手くいくさ」


 昨日、ジュリエに言った言葉を、今日も俺は言っている。



 ヤッファの村の人々も、俺達がこの村に到着した時は、大歓迎だった。村を上げての大きな歓迎の宴会まで開かれた。そして、宴会の際に、村長から依頼されたのが、このダークウルフの討伐だった。

 俺よりも早く王様から認定された勇者達は、一刻も早く魔王を倒したいからということで、翌日にはこのヤッファの村を立ち、ドラゴン渓谷へと急いだらしい。


 俺は、魔王を倒す以外の事、たとえば困っている人を助けることも、重要な勇者の仕事だと思っている。だから、ダークウルフの討伐依頼を引き受けたし、ジュリエもそれに賛成してくれた。

 だけど、ダークウルフは強敵だった。この村に滞在している1ヶ月の間、毎日、ダークウルフとの戦闘をするが、倒せたのはダークウルフ1匹のみ。群れを壊滅させるにはほど遠い。最初の1匹を倒せたのは、最初の1回目の戦闘で、それ以降は、ダークウルフの魔空を活用した集団戦法に為す術もなく敗退させられ、成果らしい成果を得ることが出来ていない。

 そして、村人達の僕等への風当たりは、徐々に強くなっていった…… 。


「ロミー、私、とても辛い…… 」


 俯いているジュリエ。そして、テーブルの上に、ジュリエの大粒の涙が落ちた。


「ジュリエ、すまない。僕が不甲斐ないばっかりに」


 ダークウルフとの戦闘でもっともダメージを受けているのはジュリエだ。そして、村人達の心ない嫌みを、受け止め、深く傷ついているのもジュリエだ。


「ロミー、これを見て」


 そう言って、ジュリエは、左腕の聖衣ホーリーシルクの裾をまくり上げた。ジュリエのその腕には、青あざがあった。ダークエルフの魔空を受けた後遺症だろう。ジュリエは、ダークウルフから魔空の集中砲火を浴びているのだから、青あざができるのは、当然と言えば当然だし、仕方のないことと言えば仕方のないことだ。ジュリエを守り切れていない自分の不甲斐なさを痛感する。

 切り傷などを塞ぐことのできるヒールも、青あざを綺麗に消すことはできない。


「私の体に、毎日、青あざが増えていくの。ねぇ、ロミー。そんな私でも、ずっと愛し続けてくれる?」

 

「当然じゃないか」


 僕は即答した。


 彼女の体のあちこちに、青あざができてしまっていることには、もちろん気付いていた。そして、彼女がそのことを非常に気にしていることにも、知っている。

 彼女が衣服を脱ぐ前に、蠟燭の明かりを消したがるようになったからだ。俺は、朝日で照らされたジュリエの横顔と、体に残る多数の青あざを愛おしく思ったこともある。それは僕等の闘いの歴史だからだ、努力の軌跡だからだ。それが原因でジュリエを愛せなくなるなんてことはあり得ない。


「ねぇ、もう魔王討伐なんて辞めない? 私、もう辛い……」


 ジュリエが突然そんなことを言った。机の上に、止めどなく涙が落ちてくる。


「壁にぶつかることなんて誰にでもあるさ。今が、苦しい時期なんだよ」


「私達じゃなくてもいいんじゃないかって、最近そう思うの。第7の勇者も、一ヶ月以上前にドラゴン渓谷に向かったそうじゃない。きっと、カルコン山脈も越えている頃じゃないかしら……。第1の勇者なんて、腐食の森を抜け切って、魔王の城に着いていてもおかしくないわ。きっと魔王も倒してくれるわよ」


 堰を切ったように語るジュリエ。


 ジュリエの言っていることは正しい。俺達が今からどんなに急いで魔王の城に向かったとしても、先発の勇者には追いつけないだろう。先発の魔王が勇者を倒したら、それは喜ばしい事だが、俺等が辛い思いをして旅を、そしてこのダークウルフ討伐をすることもない。魔王が倒れれば、ダークウルフもまた、普通の狼に戻る……。


「少し、少しだけでいいの。冒険をお休みしない? 他の勇者が、魔王を倒せなかったと分かったら、また旅に出ればいいじゃない。私、少し疲れちゃったの……。お願い、ロミー」


「ジュリエ……」



 

 次の日の早朝、まだ太陽が昇るまでにかなりの時間がある頃、俺達は村人に見つからないように人目を忍んで村を立った。行き先は、セクメドラ。王都に帰る訳にはいかない。セクメドラなら、大きな都市だし、働き口はあるだろう。


 セクメドラへ向かう途中、ヤッファの村との中間地点にある一本杉の根元に、王様からもらった宝石を埋めて隠した。勇者の証、これを所持していることを発見されるリスクを考えれば、ここに隠した方がいい。ここならば、誰にも見つからず、掘り起こされるようなこともないだろう。すこしの間だけ、僕は第8の勇者サードニクスから、ただのロミーに戻る。


「これでよし。行こうか、ジュリエ」


 僕は、ジュリエの肩に手を置いた。ジュリエの頭が僕に寄りかかってきた。もうすぐ朝日が昇る。地平線の先が明るくなり始めた。


 一本杉から少し離れたところで、突然、天から白い光が降りてきて、俺とジュリエを包んだ。暖かい光だ……。

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