○ 8番目の勇者:サードニクス 1
ヤッファの村から出発して、30分。トット草原をドラゴン渓谷に向かって、歩いていると、また奴らがやって来た。明らかに俺達の方を目指して駆けてくる。
ダークウルフの群れ。先頭を走っているのは、他のウルフより体格が一回り大きく、頭に大きな傷のある狼が群れのリーダーだ。狼の数は、18匹。こちらは2人。数では負けているが、今日こそ此奴らを倒す!
俺は、ジュリエと背中合わせになり、お互いの死角をカバーする。
ダークウルフ達は、俺達を囲む。俺達が円の中心となり、半径20メートル程度の距離を取りながらぐるぐると奴らは周回している。
隙があれば、奴らは飛びついてくる。
ダークウルフのリーダーが雄叫びを上げると、一斉に他の奴らは、魔空を放つ。
ちぃ、やはりこの手で来るか……。
この魔空が、このダークウルフ討伐の難易度を格段に引き上げている。
ただの狼だったのが、魔王の復活の影響で濃くなった魔素を利用して、暗黒魔法を使えるようになったのだ。そして、その魔空を放つことのできる狼を、ダークウルフと、俺達は呼称している。普通の狼だったら、何匹来ようが討伐は容易だ。しかし、ダークウルフはやっかいだ。
ダークウルフの大きな口から放たれた魔空が、俺とジュリエに向かって、休み無く飛んでくる。魔空は、黒曜石の色をした、握り拳程度の大きまで圧縮された魔素だ。ダメージとしては、大人が小石を全力で投げつけた程度で、鎧を着ている俺にとっては、ガードなしで直撃しても、大したダメージにはならない。鎧と魔空がぶつかる音で、ヘルム内に騒音が響く程度だ。
しかし、ジュリエにとって、この魔空は凶器だ。ジュリエは、回復職だ。身に纏っている聖衣は、物理防御力で見れば、普通の布服と変わらない。
生身に近い体に、石を投げつけられ続けたらどうなるか。極刑の方法の一つに、石打ちの刑があるので分かる通り、人は死ぬ。
それが、ダークウルフの魔空のように高い命中精度があるものであれば尚更である。そして、俺よりもジュリエを狙った方が効果的であることを知っているダークウルフも、ジュリエを集中的に狙ってくる……。野生の本能とは言え、卑怯な……。
俺は、横一閃を全力で繰り出す。しかし、ダークウルフにダメージを与えるに至らない。
俺の横一閃の暫撃の有効射程距離は、15メートル程度。それを過去の戦闘経験から知っているダークウルフは、俺との間合いを15メートル以上とっている。威嚇に使っても効果がない。
魔空の有効射程は20メートルと少し。俺の横一閃と魔空の有効射程距離の差、それがこの戦闘での優劣の決定要因だ。そして、その不利を覆せずにいる……。
18匹のダークウルフの容赦のない魔空攻撃。ジュリエのヒールにも使用限界がある。このまま硬直状態では、こちらがじり貧となってしまう。
俺は意を決して、ダークウルフのリーダー目がけて走り、横一閃を放つ。
ちぃぃ。奴もこちらの意図を理解しているらしく、俺が前に出ると、後ろに飛んで間合いを確保をする。敵も然る者、間合いを簡単には埋めさせてはくれない。
「キャァー」
ジュリエの悲鳴が聞こえた。くそぉ。
俺がジュリエと離れ、ダークウルフのリーダーとの間合いを詰めようとしたその数秒間の隙に、他のダークウルフがジュリエに咬みかかっている。
ダークウルフが、ジュリエの回復の杖に対して噛みついていた。ジュリエの首に向かって食らいついてきたのを、ジュリエは、杖で防御したのだろう。
俺は、すぐにジュリエの所に向かうと、そのダークウルフはすぐに杖を口から離し、また俺達との間合いを取る。そして、また魔空を放つ。
ちぃ、今日も勝てない。俺は、ジュリエに合図し、退却を促す。ジュリエも頷いた。
ダークウルフに隙を見せないように、ゆっくりと一歩一歩、村へと引き替えす。ある程度村に近づけば、増援を警戒してか、ダークウルフは逃げていく。
村の入り口が見え始めると、ダークウルフはまた草原の方へと帰っていった。おそらく、帰って行く方向はダミーだ。自分たちの群れの本拠地の場所を知られないように、一旦まったく関係の無い方向に行き、俺達から見えない所で方向転換して、自分達の群れの本拠地に戻るのだろう。なんて用心深く、ずる賢い奴らだ。
俺とジュリエは、俺達の今の仮の拠点にしているヤッファ村に入った。
今日も討伐は失敗だ……。