● 12番目の勇者:タンザナイト 4
勇者志願者としてやってきた男を俺は、品定めした。
この男、というか少年か。こいつ、勇者志願者だよな? なんで杖なんだ? 普通、勇者と言ったら、剣だろう。武器が杖ってさ……。魔法使い的な勇者? そんなの俺の美学に反するよ。
まったく呆れて物が言えないぜ。わざわざ勇者募集のチラシのイラストにも、剣を持った勇者の絵を描かせたのに、なんでわざわざ杖を持って来るのかなぁ? しばらく前に丸腰でやって来て、「武器は拳だぁ」とか阿呆なことを言っていた奴の方が、まだセンスがあるというものだ。
そもそも、勇者の英雄譚でも、「勇者は、剣を魔王の胸に深々と突き刺した。その剣先は、心臓を貫いていた」という叙述があるとおり、勇者は剣を持っているものなのだ。なまくらの剣でもいいから、剣を装備してくれよ。それに、なんだあのローブは。「魔術師のローブ」かと思ったら「ボロ布のローブ」だし。物理防御力もほとんどないし、魔法防御力なんて皆無だ。
外見を見たら、ウィザードだと間違われるぞ?
俺が頑張って勇者という存在のイメージ像を築き上げてきたのに、その努力を理解しない奴め。愚民というのは本当に御しがたい。
「よくぞ志願してくれた。さっそく勇者となる為の試練を行いたいと思うが、準備はよいか」
俺は、何度目となるか自分でも分からないこの台詞を、威風堂々と王の貫禄で言った。君子重からざれば威あらず。まぁ、俺を侮る奴が居たら、俺が許しても、シルティーちゃんが許さないけどね。シルティーには、俺を侮る奴は始末しろと命令してあるし。
「はっい。よろしくお願いします」
大丈夫か? 今、声が裏返っていたぞ。まだ変声期も終わってないんじゃないか? こんな少年が勇者に志願するなんて、この世の末だな。少年は、よく遊び、よく学び、よく食べて、よく寝てほしいものだ。初めてのお使いが、魔王退治でした、なんて、大人として笑えないぞ?
「君の相手は、ゴブリンだ。闘技場で戦ってもらう」
まあどうでもいいや。少年老い易く学成り難してやつだ。少年は老い易い。もし、試練で死んだら、老衰ってことで事務処理を丸投げしよう。
「はい。頑張ります」
「では、早速闘技場に移動してもらおう。シルティー、案内を頼むぞ」
「畏まりました」
シルティーは、俺の方を向き、膝を屈し、頭を深く垂れる。少年も、それを真似をする。おぉ、少年。感心、感心。田夫野人の割には、まともじゃないか。引き続き励めよ。
俺は、コロシアムに移動する。いつもの貴賓席に座る。魔動力の拡声器を用いて、志願者に声を掛ける。
「準備は良いか? 」
少年が、俺に向かって一礼した。俺は、闘技場の門を引き上げさせる。ゴブリンには、志願者が攻撃をしてきたら反撃することを許可しておいた。
「シルティー、ちこう寄れ」
後ろに控えているシルティーちゃんを呼ぶ。嬉しそうに近寄ってくるシルティー。今、スキップしただろう。そんなに心躍るのか、シルティーよ。この果報者め。
最近のマイブームは、シルティーちゃんを俺の膝の上に乗せて、いちゃいちゃすることだ。シルティーちゃんの豊満な胸に顔を埋めて、愚民のせいで荒んだ俺の心を癒やすのだ。
少し可愛がり過ぎてしまった。シルティーちゃんの呼吸が荒くなっている。頬は熱っぽく、自分の唇を甘く噛みしめているが、少し口元が震えている。
シルティーの長い髪の毛を撫でる。淑やかな髪で、手触りが良い。髪から漂う香りも俺好み。俺がプレゼントしたシャンプーをしっかりと使っているようだ。あのシャンプーの主材料のアンブロシアーは、天空の女神の泉の湧きにしか咲かない花からしか採取できない貴重品で、俺自ら取りに行った。俺の粋な計らいに、シルティーちゃんは狂喜乱舞していた。
最近、その花を乱獲する不届き者がいて、その花にしか羽を休めることの出来ないエインセルとかいう妖精が種族存亡の危機とか、そんな報告書が上がって来ていたな。食物連鎖の頂点の中の頂点に立つ俺としては、弱い生物を保護してやることも吝かではない。
そういえば、その花を摘んでいる時、目の前に変なのが飛び回っていて、目障りだし、『止めて、止めて』と五月蠅かったから、全部叩き落としたな。あれが、エインセルだったりして。ははは。
「うわぁああああああ」
シルティーちゃんの喘ぎ声とは違う、色気のない声がきこえてきた。
カキーン
そして、金属と金属がぶつかる音がした。なんだ? せっかく良いところだったのに。
コロシアムを見ると、志願者が持っていた杖が、ゴブリンの胸に突き刺さっていた。決着がついたようだ。
接見の間に場所を移して、さっきの少年と面会をする。労いの言葉も掛けてやらなければならない。俺も本当に、苦労が多い。王というのは、激務なのだ。
「よくぞ、試練を乗り越えた! お主を、12番目の勇者、タンザナイトとして認めよう。以後、タンザナイトと名乗れ」
「ありがとうございます」
「さて、さっそく魔王討伐の旅に出てもらうのだが、朕から贈り物を用意した。受け取って欲しい」
俺は、手の平くらいの大きさの磨き上げられた灰簾石を勇者タンザナイトに向かって投げた。宝石は綺麗な放物線を描く。勇者タンザナイトは、それを両手で捕らえた。
タンザナイトは、その宝石の大きさと重さに驚いているようだ。そうだろう、その宝石を俺の目を盗んで売ることに成功すれば、一生遊んで暮らせるぞ? まぁ、然は問屋が卸さないけどね。その宝石を通して俺がいつも君を監視しているんだよん。
「モリブデン様、その宝石は、王家に伝わる秘法ではありませんか!」
「よい。魔王を倒さなければ、王国の未来はない。勇者タンザニアに全てを託そうではないか」
「しかし……、それはモリブデン様の母君が大事にされていた宝石では……。モリブデン様も、とても大切にされていた…… 。母君の形見ではありませんか……」
「もう言うな、シルティー」
「出過ぎた真似を。申し訳ございません」
「勇者タンザナイトよ。その宝石に手を触れ、『タンザナイト』と申してみよ」
俺とシルティーのやり取りを聞いて、勇者タンザナイトは恐縮をしているようだ。
そうだろう、そうだろう。シルティーも、12回目にして、やっと演技が板についてきた。王家に伝わる宝石なんていうのは、もちろん嘘っぱちだ。ドラマティックな演出の為に、そういう風にシルティーちゃんに言うように、打ち合わせをしていたのだ。台本は、もちろん俺が書いた。
1回目、ガーネットを渡した時なんて、シルティーちゃん、台詞を咬んでしまって、締まりがなかったけど、今回は大成功といって良い。シルティーちゃんに助演女優賞をあげてもよい。主演男優賞は、もちろん俺ね。エキストラの少年も、なかなか良かったぞ。
「は、はい。『タンザナイト』」
宝石が、七色の光を発し、タンザナイトの廻りを廻る。
はは、驚いているなぁ。凄いだろう。俺の、超劣化版の加護呪文だ。驚き桃の木山椒の木。驚いて、心臓が飛び出しても特別に蘇生魔法を掛けてやるぞ?
「勇者タンザナイトよ。お前は、宝石の加護を得た。お前の体力や魔力など、全ての力が一割上昇しているはずだ」
まあ、俺の普通の加護呪文を掛ければ、能力は今の700倍くらいになるけどね。だけど、12個の宝石に、真面目に加護呪文をかけるのも面倒だったし。今更、こいつだけ特別扱いなんて真似はできない。俺は、愚民を差別なく、平等に扱う王なのだ。
それに、可愛い子には旅をさせろと言うではないか。俺は愚民を、我が子のように愛している、王の中の王なのだ。愚民よ、七回死ぬくらい苦労せよ。
「素晴らしい物をありがとうございます」
「その宝石は、肌身離さず持っているのだぞ。タンザニアとその宝石が、離れすぎてしまうと、加護が失われてしまう」
「はい。いつも持ち歩くように致します。必ずや魔王を倒し、王様の大切なこの宝石をお返しに参上致します」
やばい、俺とシルティーちゃんの演技が完璧過ぎたようだ。こいつ、完全に信じちゃってるじゃん。まぁいいや。
「おお、頼もしい。では無事を祈っているぞ」
「はい、では行って参ります」
タンザナイトは、接見の間から退出していった。