○ 12番目の勇者:タンザナイト 3
ゴブリンの剣を避けるために、間合いを取る。
あれだけ全力で頭部を叩いても、ダメージが通った気配がない。他のどの部位を叩いても無駄だろう。
それならばと、ゴブリンの動きを観察する。
僕の方がスピードは断然速い。
プレートアーマーと言えど、全身を隙間無く覆っているわけじゃない。関節部分には可動域確保のための隙間がある。そこを攻撃するしかないだろう。
狙い目は、二の腕の部分か、脇の下。脇の下は、正面からだと難しいだろう。
二の腕を狙うのであれば、剣を握っている利き手と思われる部分を攻撃して、攻撃能力も奪いたい。
村で、家畜を襲う狼や、野菜を狙って山から下りてくる猪と対峙しているような、そんな高揚感を感じる。
剣を握っているのは、右手。その二の腕を狙うことに決めた。関節部分を保護している鎖帷子を貫く程の力を込め無ければならない。そして、貫いた後、その杖を引き抜くということもしなければならない。ゴブリンに刺さってままにすると、自分が丸腰になってしまう。
やはり、相手の剣を一度躱して、その後に生じた隙を突くのが一番だろうと思う。
僕に、あの剣を躱せるだろうか。
自分の首が、胴体から離れてしまう光景を想像してしまった。そしてそのイメージを打ち消す。王様も見て下さっている。怖じ気づいてなんかいられない。
だけど、やっぱり怖い。ゴブリンの剣の間合いに、足を踏み入れるその一歩が踏み出せない。
仕方が無い。
火魔法を試してみることにした。充分にゴブリンとの距離を取って、自分の体内に流れる魔力を杖に集める。
台所での使用機会が多く、生きて動いている生物に対して使ったことなんかない。どれくらいの魔力を込めれば良いか、分からない。杖先に集められるだけ集めて、放つ。
杖先から勢いよく炎が出て、ゴブリンを包む。だけど、ゴブリンはその炎の中を平然と、僕の方に向かって歩いてくる。ゴブリンの剣の間合いが迫る。僕は、火魔法をキャンセルして、後ろに下がる。
火魔法が、ゴブリンにダメージを与えている気配はない。プレートアーマーの熱伝導の悪さに悪態をつく。
やはり、一度、剣を躱すしかないのか。
僕は、自分でも意識しないうちに後ろに後退していた。ゴブリンに勝つための方法を考えながらも、体は、安全な場所へと無意識に逃げていたのだろう。自分の背中と闘技場の壁がぶつかるまで、自分がじりじりと後ずさりしていたことに気付いていなかった。
今なら左右のどちらかに、まだ逃げることができる。だけど、それじゃあじり貧だ。僕は、杖に魔力を込める。杖を硬化して、一気に決めてやる。背水の陣だ。
杖に込められる魔力のキャパシティーを越えてしまっている。だけどまだ足りない。水が高い所から低い所へと落ちるように、杖に収まりきならい魔力は、僕の体へ戻ろうとしてくる。だけど、それを更に杖へと魔力を流すことにより、魔力の体への環流を防ぐ。杖先に自分の魔力を押し込めて、圧縮する。杖が、熱を帯びている。
均衡点は訪れた。僕が全力で杖へと流す魔力の力と、杖から僕の体に戻ろうとする魔力の流れが均衡した。これ以上は杖に魔力を込めることはできない。時間が経てば、僕の気力が尽き、全てが無駄になってします。
「うわぁああああああ」
僕は、雄叫びを上げながら、全体重を乗せて、ゴブリンの胴体めがけて、杖を突き刺した。
カキーン
杖とプレートアーマーのぶつかり合いは、杖が勝利したようだ。大きく大の字になって地面に倒れるゴブリン。
「ぎぎぎ」
ゴブリンのうめき声だ。
僕は勝った。
しばらく、安堵したせいか、魔力を不自然な形で使ったせいか、立ったまま動くことができなかった。足が震えている。
しばらくして、僕が入った方の闘技場の扉が開いた。
門のところには、シルティーさんが立っていた。迎えにきてくれたのだろう。
「おめでとうございます」
シルティーさんは、言った。
僕の拙い戦闘で、シルテイーさんを心配させてしまったのかも知れない。シルティーさんの顔は真っ赤だった。シルティーさんのような温和な方が、あんな戦闘を見たら、心臓が止まってしまうかもしれない。それでも、どこかで見守ってくれていたのだろう。
僕は、またシルティーさんの後ろを歩く。ゴブリンとの戦闘で、僕の感覚が研ぎ澄まされたせいか、さっきよりもシルティーさんから漂う匂いが濃く感じる。歩き方も、色っぽく思う。
僕は、また接見の間に戻ってきた。ゴブリンとの戦闘に勝ったせいか、気が緩んでしまっていたが、また気を引き締めなければ。王様の御前だ。
「よくぞ、試練を乗り越えた! お主を、12番目の勇者、タンザナイトとして認めよう。以後、タンザナイトと名乗れ」
新しい名前を拝命した。僕の勇者としての歩みが始まる。
「ありがとうございます」
「さて、さっそく魔王討伐の旅に出てもらうのだが、朕から贈り物を用意した。受け取って欲しい」
僕は、モリブデン様が王座から下賜された物を受け取った。ずしりと重い宝石だ。
「モリブデン様、その宝石は、王家に伝わる秘法ではありませんか! 」
シルティーさんが叫んだ。え? 王家の秘宝? そんな大事な物を僕が戴いてよいのだろうか。
「よい。魔王を倒さなければ、王国の未来はない。勇者タンザニアに全てを託そうではないか」
全てを託す、王様のその言葉が僕の心に突き刺さった。勇者になる、それは、この国の全てを未来を背負うということ。そんなことも考えても見なかった。単なる食い扶持探しの一環。その程度にしか考えていなかった。
「しかし……それはモリブデン様の母君が大事にされていた宝石では……。モリブデン様も、とても大切にされていた……母君の形見ではありませんか……」
え? 大事な形見。そんな物を、僕に?
「もう言うな、シルティー」
王様の悲痛な声だった。先代王妃様、モリブデン様の母君の形見。そんな大切な品を、僕は託されるのだ。
魔王を倒さなければ、そんな使命感が僕の心に宿った。
「出過ぎた真似を。申し訳ございません」
「勇者タンザナイトよ。その宝石に手を触れ、『タンザナイト』と申してみよ」
「は、はい。『タンザナイト』」
僕が、『タンザナイト』というと、突然宝石が光り始め、虹色の光が、僕の周囲を回り、宝石から力が流れ込んできた。
「勇者タンザナイトよ。お前は、宝石の加護を得た。お前の体力や魔力など、全ての力が一割上昇しているはずだ」
「素晴らしい物をありがとうございます」
僕は、自分の力があふれ出しているのを体感していた。万能感というのは、このことだろうか。今なら何でも出来そうな気がする。
「その宝石は、肌身離さず持っているのだぞ。タンザニアとその宝石が、離れすぎてしまうと、加護が失われてしまうのだ」
肌身離さず持っていて欲しいという気持ちは痛いほど分かる。モリブデン様の母君の形見なのだ。無くされるのが嫌なのだろう。僕に宝石を託して、永遠に返ってこないことを思われているのだろう。だけど、不甲斐ない僕を見たら、そう思うに違いない。悔しいけれど、それが僕の評価として妥当だろう……。
本音は、僕なんかにも渡したくはないのだろう。だけど、王様としての矜持がそれを是とされないのだろう。
「はい。いつも持ち歩くように致します。必ずや魔王を倒し、王様の大切なこの宝石をお返しに参上致します」
僕は、魔王を倒して、そしてこの素晴らしい王様に、この宝石を返す。新たしい目標が僕に加わった。
「おお、頼もしい。では無事を祈っているぞ」
「はい、では行って参ります」
僕は、接見の間を退出した。そして、新たな決意と共に、その一歩を踏み出す。まずは、非力な僕を支えてくれる仲間を集めなければ!