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○ 12番目の勇者:タンザナイト 1

 王国の首都から徒歩で一日の距離にある村。そこが僕の住んでいる村だ。村には、特に何があるという訳ではない。家々と、畑、それだけ。


 僕は、6人兄弟の3男坊で、下に弟1人と妹が2人いる。両親を含めて、8人の、この村では大家族だ。


 僕は、収穫期が近づいた畑で、愕然とした。

 畑の半分、きっかり半分だ。測量で正確に計ったように、きっかり畑に植えられた作物の半分が、泥の中に沈んでいた。畑の半分だけに嵐か何かが襲い、作物を全て駄目にしてしまっていた。僕より先に畑に来ていた人は、地面に膝をつき、この無残な惨状を呆然と眺めている。


 他の村人の畑も同じような惨状だった。強い雨と風で畑が泥のようになってしまっただけ、僕の家の畑はまだ幸福だったと言えるかもしれない。

 畑の半分が、氷漬けになってしまっている畑、雪が屋根よりも高く積もっている畑が、もっとも悲惨な惨状の畑だ。しかもこの氷や雪は、天然の氷や雪とは違い、なかなか融けるない。秋と夏の中間というこの季節で、その異常性は際立つ。


 すべて魔王の天候操作魔法のせいだ。魔王は何が楽しいのか、収穫期に近づいた畑の半分の作物を全て駄目にする。明らかに自然現象とは考えられない方法で……。魔王は、自分の仕業さと自己主張するかのような、このやり口。


 口に血の味がした。あまりの悔しさに、唇を噛みしめすぎたようだ。


 去年もそうだった。今年も同じだ。


 雑草を抜く際にも、雑草の根を地面に残さないように、懇切丁寧に手入れをしてきた僕たちの努力をあざ笑うかのようなやり口。人間のやり口じゃない。


 魔王は去年、復活した。勇者が何度倒しても、10年後に復活する。勇者が魔王を倒す、そしてまた魔王が復活して、人々の生活を圧迫する。そしてまた、勇者がその魔王を討伐する。この繰り返しが、この世界の歴史だ。魔王不在の10年を僕は育った。豊かな生活という訳ではないけれど、貧しくもなく、幸せな日々を過ごせていたと思う。

 しかし、去年、その平和な生活を魔王が壊した。世界の半分を魔王が損なうのだ。


 誰かが村に知らせたのだろう。僕の家族も畑に駆けつけてきた。そして、その惨状を見て、呆然とする。母は地面にうずくまり、泣いている。父が母の背中をさすっている。父も泣きたいだろう。


 兄達は魔王への怒りをあらわにしている。そして、魔王の城があるという北の方に向かって、魔王を罵る最大級の言葉を叫んでいる。


 半分がなくなった畑をどれほどの時間、見つめただろうか。父が、一旦家に帰ろうといって僕の肩を叩いた。今日は、畑仕事をする気になれない。他のみんなも同じ気持ちのようだ。


 何も置かれていない食卓に、家族全員が座る。まだ、物心ついていない弟と妹は、あどけなく笑っている。出来れば、弟達は、この無力感を味合わないで生きて欲しいと願う。


 父が、そっと食卓の中央にチラシを置いた。


『勇者よ、来たれ!』


 勇者の募集をしているチラシだった。

 

 兄達も、父の意図を理解したのだろう。誰も口を開こうとしない。

 家族と村の平和の為に、魔王を討伐しにいく? 残念だけど、そんな崇高なものじゃない。正直に言ってしまうと、口減らし。去年に続き、今年の作物の半分が駄目にされてしまった。生きていく為には、誰かがいなくならなければならない。


「僕が魔王を倒すよ。勇者になる」


 僕は言った。僕が適任なのだ。


 兄達は、魔法をコントロールすることができる。僕は、魔力コントロールが上手くできない。料理をしようと火魔法を使っても、鍋ごと黒焦げにしてしまう。強化魔法も、加減が出来ない。兄達のように上手に強化し、ちょうど良い加減で畑を掘ることもできない。僕が、強化魔法を使って、くわを握れば、畑に大穴が出来てしまう。

 村での生活で、僕が一番役に立たない。だから、僕が行く。魔王を倒しに。



 僕は、すぐに身支度をして、王都に向かう準備をした。僕が持って行けるものなんてない。雨をしのげる外套と、道中歩きやすいように使う杖。それくらいだ。


「僕が、平和を取り戻してきます」


 村の門まで見送りに来てくれた家族に向かって僕はいった。


「ああ、頼むぞ」


 母が、焼きパンを持たせてくれた。日持ちがするから、一週間はこのパンで食いつないでいけるだろう。母よ、これ以上泣かないで欲しい。


「すまんな」


 父が言った。


「誰かが勇者にならないといけないんです。それがたまたま僕だっただけですよ。謝らないでくださいよ。勇者の親として胸を張ってください」


 僕は、おどけて言った。父の謝罪の意味、そして痛みを理解できないほど、僕は子供じゃない。


 僕は、こうして旅立った。

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