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● 勇者選抜試練

 コロシアムの最上階、貴賓室の中の貴賓室、つまり王専用の観客席に座る。右後ろには、シルティーが銀色の長い髪を揺らして控えている。そして、勇者志願者は、闘技場の真ん中に立っている。

 俺は、魔動力の拡声器を用いて、志願者に声を掛けた。


「準備は良いか?」


 志願者は、右手の拳を高く掲げた。何かを叫んでいるようだが、距離が遠いせいか聞き取れない。俺の気高い灰色の頭脳が、雑音をシャットダウンしているからかもしれない。どうせ、いつでも来いやーとか、そんな教養の欠けた台詞を叫んでいるのだろう。


 コロシアムの正面の門が引き上げられ、ゴブリンが闘技場に入ってくる。もちろん、一匹だけだ。俺にも慈悲の心はあるのだ。


 勇者認定というか、この試練をクリアできた勇者は11名だ。せっかく、勇者の冒険鑑賞用のアイテムを12個作ったのだから、勇者の人数も12人と、人数を合わせたい。俺の趣味の為とは言え、監視用アイテムは、宝石を媒体にしている高価な物だ。愚民が過酷な労働条件の下、鉱山で死ぬ思いをして掘りだしたものだし、どぶに捨てようが俺の自由だが、まぁ無駄にはしたくない。


「モリブデン様」


 シルティーが声を掛けてきて、崇高な思索の道を歩いていた俺は、現実に引き戻された。


「どうした?」


「あの志願者、どう致しますか?」


 ああ、すっかり忘れていた。コロシアムを見ると、志願者が地面をのたうち回っていた。


「ん? 彼、どうしたの?」


 まだゴブリンに対して、攻撃の許可を俺は出しちゃいない。なんだ、あの有様は。


「ゴブリンのグリーブを蹴り、自らの足を痛めたようです。そしてあのざまです」

 

「武器は拳だとか言ってなかったか? なんで蹴りなんだ?」


「一応、拳も使いましたが、ヘルムを貫くことも出来ずに、逆に自らの拳を痛めたようです」


「生身で殴ったのか……」

 

 呆れて物が言えない。生身の体で鋼鉄を殴ればどうなるかなんて、火を見るより明らかである。ゴブリンが装備しているプレートアーマーは、この国の騎士の装備と同じものだ。拳でダメージを与えるには、闘気を纏うか、強化魔法で拳を硬化させるぐらいの芸が必要だ。


「殺すか」


 苦渋の決断である。魔王を倒す為とは言え、厳しい勇者選抜の試練だ。此処で甘い対応をすれば、やがては王国全体の危機を招くことになる。泣いて馬謖ばしょくを斬らなきゃいけない。彼の重い命、私が背負おう。為政者とはなんと過酷な運命を背負う者であろうか。


「モリブデン様。お待ちください」


 欠伸あくびをしていた俺に、シルティーが待ったをかけた。


忠言ちゅうげん逆耳ぎゃくじ。発言を許す」


 俺は寛大な王なのだ。忠臣の進言を聞き入れないような駄目な王様じゃない。俺は、賢王なのである。後身が育てば、禅譲することも辞さないのだ。まぁ、俺より有用な奴なんていないだろうけどね。

 シルティーは膝を屈し、長い髪の毛が地面に着くほど深く頭を下げていた。


「恐れながら申し上げます。ここで、あの志願者を殺してしまった場合、今後さらに志願者が減ると愚考致します」


 この1ヶ月、全然志願者が来なくて暇過ぎて困っていたところだ。既に勇者認定した11人も、ちんたらしていて、宝石越しに見ていても面白くないし……。

 確かに、久しぶりの勇者志願者が、試練で死亡というような噂が広まったら、愚民は志願に対してひるむだろう。まったく。この国は、自分の身の安全の事しか考えない、自分勝手な愚民しかいないようだ。王が、どれほどの苦労を重ねているのかも、理解しようともしない。見よ、俺の白髪。心労で、真っ白ではないか。まぁ、生まれつき白なんだけどね。


「うむ。確かにそうだな」


「彼を、勇者志願の宣伝に使ってはいかがでしょうか。彼は、脳みそも筋肉で出来ている…… という割にはひ弱ですが、単純なようです。適当に言いくるめて、土産を持たせて帰らせれば、志願者が増えるかも知れません」


「一理あるな。褒めて使わすぞ。褒美を取らそう。何でも望むものを申してみよ」


 俺は太っ腹な王でもあるのだ。信賞必罰、功績には賞を与える。これ、基本ね。


「ありがたき幸せでございます。恥ずかしながら申し上げます。今夜の夜伽を勤めさせていただけないでしょうか」


 シルティーちゃんが頬を紅く染めいる。俯いている姿も、また可愛い。あっ、耳に引っかかっていた髪が、さらりと落ちた。そして、ゆらりとその髪が揺れている。ちょっと萌え。


「ほう。それはまた、大きく出たな。天まで高く積み上げた黄金の方が、まだ遠慮があるというものよ」


「浅ましきこの願い、どうかお聞き届けください」


 いじめ過ぎたかもしれない。シルティーちゃんは、目に涙を貯めている。俺はサディストじゃない。じぇんとるまーんである。


「良かろう。その願い聞き届けよう。ただし、地平線の先まで続く長蛇の列に並んでいる、夜伽の順番を待つ娘達の嫉妬を受けても知らんぞ」 


 俺は、男の中の男だ。俺に二言はない。ただし、過ぎたる欲は身を滅ぼすということを、シルティーに訓示を垂れておくことも、上に立つ者の勤めとして忘れない。


「久遠に続く嫉妬の炎も、寵愛の一夜に比べれば、生温いかと」


「はは。あいわかった。今日の夜伽はお前だ」


 シルティーは、俺が了承すると、ぱぁと顔が明るくなったあと、大粒の涙を落とした。


「申し訳ございません。感極まって……」


 いやぁ、シルティーちゃん、本当に可愛いなぁ。シルティーちゃん欲しさに、天空まで攻め入った甲斐があったというものだ。あの時のシルティーちゃんは、男を見る目がまだ培われておらず、俺が従僕の呪いと魅了の禁呪を掛けて、やっと俺の魅力を理解するに至るほどのじゃじゃ馬だった。

 それにしても、シルティーをメイドにしたいと言ったら、オーディンの奴、グングニルを全力で投げつけてきやがったからなぁ。人質を取って、無抵抗にしたあと、神格アイテムを全部奪って、ぼこぼこにして、カエルにして、コキュートスにぶち込んだけど、元気にしているかなぁ。たまには、塩でも送ってやるか。もちろん、塩を傷口に塗ったりはしないよ? 俺は、敵にも敬意を表する、義侠心溢れる男なのだ。


「モリブデン様。大変申し訳ございませんが、夜伽に備えて、万全の準備を整えたいので、午後はお休みを頂戴してもよろしいでしょうか」


 シルティーがそわそわしだした。意馬いば心猿しんえん、完全に浮かれてしまっている。俺の側を離れたくないシルティーは、なかなか有給を取ろうともしない。半日休暇でも取得したいと、自ら言い出すのは良い傾向だが、目の前の仕事に集中していないのはよろしくない。飴と鞭を使い分けるのが、俺なのだ。


「シルティー、浮き足立つな。勇者の試練の最中だぞ」


 威厳溢れる、厳しめの口調で俺が言うと、シルティーちゃんも、我に返ったようで、いつもの凜々しい顔に戻った。


「し、志願者は、敵前逃亡を図っているようです……」


 シルティーちゃんは困り顔で言った。


 志願者は、ゴブリンが入場した門を必死に叩いていた。「ここを開けてください。助けてください」というような事を、鼻水を垂らしながら泣き叫んでいるのだろう。声を聞かなくても分かる。愚民の気持ちを分かる王こそ、良い王なのだ。そして俺は良い王なのだ。



 コロシアムの門を開けてやり、志願者をまた接見の間に連れてきた。ゴブリンの攻撃を受けていないのに、満身創痍だった。

 本当にこの国の人財の層は薄い。人材の『材』という字を、わざわざ『財』と置き換えて使っているくらい、俺は有能な人物を欲しているのに、文芸魔武、いずれの分野においても俺と肩を並べるもの、いやいやそれは欲だな、俺の足下に及ぶ奴すら現れない。まったく嘆かわしいことである。


「大義であった。そなたの力量、しかと見届けた」


 とりあえず、愚民にねぎらいの言葉を掛けてやる。ありがたく思え、万金にあたるぞ。

 志願者は泣いている。俺の気遣いがそんなに嬉しいか。よしよし、可愛い奴め。


「本当に、死ぬかと思いましたぁ」


 志願者が、本格的に号泣し始めた。シルティーが、先ほどから置き時計をちらちらと見ている。ずいぶん苛立っているようで、志願者を見る目が冷淡だ。シルティスは、湯浴みだとか、いろいろと準備しておきたいことがあるのだろう。今日のところは、勇者選抜とか、そんな俗事はさっさと終わらせてやろう。俺は乙女心を理解している男なのだ。


「お前は、魔王討伐など行かず、違う形で、この国に貢献してはくれまいか?」


 俺は慈愛溢れる目で、志願者を見つめた。それに頷く志願者。あっ、鼻水が赤絨毯に垂れた。全部取り替えだな。まったく、余計な出費を増やす志願者だ。魔王の天候操作魔法によって、作物がろくに実らないこの国で、満足な食事も取ることの出来ずに、骨と皮となった愚民に、さらなる増税を課さなければならない俺の苦しい立場を考えて行動して欲しいものだ。


 とりあえず、記憶を操作して、勇者選抜試練は楽しかったという記憶に改竄かいざんした。そして、金を少しやって、この志願者を下がらせた。

 この志願者が、俺の尊顔を拝することは、二度とないだろうが、一度でも俺と直接会話できたのだから、城下で自慢するとよい。俺の威を借れ。

 今後、有象無形の志願者が…… おっと口が滑った。玉石混交の志願者がたくさん押し寄せてくるだろう。その中から勇者を見出さなければならない。俺は、見る目のある王だから余裕であろう。

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