● 4番目の勇者:ダイヤモンド 3
「感動的な光景だねぇ」と、俺はシルティーに言った。第4の勇者ダイアモンドが、妻と子供、そして彼の商会の従業員に見送られて王都から旅立っている。
勇者ダイヤモンドは、半月前くらいに勇者選抜試験に合格した奴だ。材料が鋼と思われる、甲冑を装備している。まぁトット草原を通過するくらいまではなんとか通用しそうな装備ではある。しかしドラゴン渓谷以降では、魔法防御を施していないので、魔物からしたら羊皮紙とさほど変わらない障害物でしかなく、気休めにもならんだろう。むしろ、甲冑なんて重いだけで疲れるだけな気もする。
「感動的な光景ですね。そうですね」とシルティーは無愛想に答える。シルティーは、ずっと窓の方を見ている。昨日からずっとこの調子だ。側室のヴィーナスの事で、ずっと焼き餅焼きっぱなしだ。第4の勇者が早朝に出発するというで、シルティーが俺を起こしに来て、その際に、俺と繋がっているヴィーナスちゃんを目撃してしまったのだ。だって、朝起きた時、俺の息子が元気でさ。仕方ないよね。
チュポチュポチャップスという飴を舐めて、頬の筋肉を鍛えたので、きっとご満足いただけます!
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「ねぇねぇ」と言いながら、右手の一差し指でシルティーの頬をつんつんとしても、プィっとするばかり。
シルティーは、焼き餅を焼きすぎだ。ヴィーナスと少しイチャイチャしていたくらいで昨日の夜からずっとご機嫌斜めだ。まぁ、毎度のことだけどね。
だって仕方ないじゃないか。「モリブデン様、王都で昨今、パンが不足していると聞きました。だから私、モリブデン様の為にパンを焼いて参りました」なんて満面の笑みでヴィーナスちゃんに言われちゃったらさ。
ちょっと不格好なクロワッサンだったけど、ヴィーナスちゃんの俺を慕う気持ちは充分伝わったし、一切れずつヴィーナスちゃんにアーンしてもらって美味しく戴いた。たまに、パン切れが豊満なヴィーナスちゃんの胸の谷間に落ちちゃって、それももったいないから食べたり舐めたりして、無駄なくパンをいただいた。俺は、食べ物を無駄にしない、立派な王なのだ。
胸の空いたドレスをいつも着ているヴィーナスちゃんだけど、昨日の夜に着ていたのは、いつもより胸元がきつく縛ってあるのか、谷が深かった。深く柔らかい谷間に沈んでしまったパン切れを食べるために、ベッドにヴィーナスちゃんを運び、ドレスを脱がしたりもした。それくらい、俺は食料を無駄にすることを良しとしないのだ。
パンを食べきったあと、ヴィーナスちゃんが「デザートも実は用意してるんです。デザートと言うのは、それは、その、私です」なんて言うもんだから、食べちゃいました。
事が終わった後に、寝物語のついでにいろいろヴィーナスちゃんに聞いたら、メイド達からいろいろアドバイスをもらって、今回のことは考えたらしい。『ヴィーナス様が、「デザートは私です」と言えば、きっとモリブデン様の食指を動かされます。モリブデン様のご寵愛を一身に受けてください。シルティー様なんかに負けないでください』とメイド達から応援されてたらしい。
確かに、初心なヴィーナスちゃんが、恥ずかしがりながら、デザートは私です、なんて言うのは、流石の俺もやられたね。
それにしてもシルティーは、メイド達からあまり人気が無いなぁ。怖がられている。ヴィーナスちゃんはふっくらと膨らんだほっぺに大きな瞳が特徴的な女の子だ。誰が見ても赤ちゃんを可愛いと思うように、ヴィーナスちゃんを見た人は彼女を愛らしいと思うだろう。それに対してシルティーちゃんは、目が覚めるような美人だ。俺以外に笑顔を見せることがあまりないし、普通にしていたら冷たい人、近寄りがたい人、という印象を他人に与えてしまう。
シルティーが王座の間で帯剣を許されているということも、人が遠ざかっている理由の一つだろう。帯剣の許可は王から信頼を得ているということだが、王を害そうとする不届きものがいた場合、斬って捨てていいという許可を得ているという意味でもある。王宮で働くメイドからしたら自分の生殺与奪の権利を握っている、いつも不機嫌そうなシルティーは怖いのであろう。
俺はいつも側近としてシルティーを隣に立たせているし、王宮を歩く際も、シルティーを伴って歩いている。俺は、笑顔で家臣どもを労うが、シルティーは不敬がないかと睨みを利かせている。床の隅を指先でなぞり、指先に埃が付いていたら厳しい口調で叱責したりもしている。気の弱いメイドなんかは、シルティーに怒られて、しゃっくりが止まらないくらい泣いてしまうこともある。
メイドに嫌われてしまうのはしょうがない。まぁ、俺が飴で、シルティーちゃんが鞭という役割分担でもあるのだけれどね。
シルティーではなくヴィーナスを俺の側近として、常に伴をさせていたら、今のような煩わしいことはなくなるのだろうと、メイドが考えることも理解できる。
シルティーちゃんの代わりに、俺が宮廷の風紀を取り締まってもよいのだけど、俺がメイドの不手際を指摘したとしたら、その瞬間にそのメイドとその一族は死刑決定となってしまう。まぁ、それはどうでもいいんだけど、いちいちメイドの働きぶりを俺自らチェックするなんてめんどくさいしね。
「シルティー、そろそろ機嫌を直してよ」と俺は言った。
「申し訳ございませんが、いまだに心は晴れません」と、シルティーは言った。
「いつものことじゃないか」
「そうですけど……。私はパンなんて焼くことができません。ヴィーナスの方が、モブリデン様に相応しいのでしょうか」と、シルティーちゃんは言った。あれ? 結構思いつめちゃっているのかな。
こうなったら仕方がない。
「モ、モブリデン様? 」とシルティーちゃんは、突然俺に抱えられて驚く。俺は、そのまま自分の寝室に転移をした。
イチャイチャに関しては、イチャイチャで解消するしかない。王としての執務があるというのに、まったく、しょうが無いシルティーちゃんだ。シルティーちゃんが不機嫌になってしまった原因は、すべて愚民どもにあるとしか考えられん。なにが「パンがない〜」だ。些細なことで騒ぎやがって。パンがなければ、飢え死にすればいいだろうに。そんな簡単な道理もわからんとは。まったく、呆れてものが言えないぜ。
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ふぅ。シルティーとお風呂で8回目をしていたら、すっかり昼を過ぎてしまった。第4の勇者は徒歩で出発したみたいだけど、どうなったかなぁ。たぶん、まだ歩いているだけだろうけど。
あれれ。第4の勇者の奴、死烏に襲われているじゃないか。王都の周辺で人を襲うなんて珍しいな。あ、そっか。そういえば、勇者に持たせたのはダイヤモンドだったな。俺の監視魔法の魔力を死烏は本能で感じ取って、第4のやつの周りに集まってしまったのだろう。烏って、もともと光るものが大好きだしな。俺の魔力が奴に渡したダイヤモンドの中心部から、406面カットされた断面を通して、煌びやかに輝いているのだろう。
俺の魔力は隠蔽しているから、人間の水準だと感じ取れるやつなんていないし、この世界でも、限られた奴らだけだろう。俺が勇者に渡した宝石に隠した俺様の魔力を感じ取れるやつがいたとしたら、ドラゴン渓谷に住んでいるアクア・レジア、巷ではなぜか火竜と呼ばれているが、そいつと、シルティー、ヴィーナス、ほか数名くらいだろう。オーディンやアキレスなんかもたぶん分かるが、封印したから除外する。あと、クラケノスも本能として感じ取るだろうが、まあいいや。死烏も俺の魔力を感じ取れるなんて、本能というのは実に侮れないものである。まぁ、ダイヤモンドを俺の魔力が透過する際に、感知しやすい性質に変化してしまっているから感じ取れたという、特別な事象だろうけどな。
それにしても、第4の勇者のやつ、なんて様だ。まったく、呆れてものが言えないぜ。完全に死烏に遊ばれているぜ。死烏としては、俺様の魔力を感じ取って、猫のようにじゃれているだけのようだが、勇者のやつ、脅えきっているぜ。万策尽きましたって感じで、木に這いつくばりやがって。
トントンと部屋をノックする音が聞こえた。この気配、ヴィーナスちゃんか。シルティーがまだベッドで放心状態というか、恍惚状態なんだけど、このまま部屋に入れたらまためんどくさいことになりそうだなぁ。でも、まぁいいや。このままヴィーナスちゃんにもベッドに上がってもらって、シルティーちゃんと親睦を深めてもらおう。
「はいれ」と俺は言って、扉に掛けてある封鎖魔法を解除する。
「モリブデン様。パンがないということで、3時のおやつにケーキを焼いてきましたわ」と、嬉しそうにヴィーナスちゃんが寝室に入ってきた。
ヴィーナスちゃんは、ベッドの上のシルティーが視界に入ってしまったのか、固まってしまった。ちょっとヴィーナスちゃんには刺激が強すぎたかもしれん。
「F 、Cl、Br、I、 At ? 」と、ヴィーナスちゃんは、顔を真っ赤にさせながら言葉にならない言葉を話す。
「ブラジャーがふっくらとしているのは、俺がベッドから投げたとき偶然そうなっただけだ。まぁ、愛の後であることは間違っていないがな」と俺は潔く答えた。
やはり、ヴィーナスちゃんには刺激が強すぎたようだ。
「He、 Ne、Ar、 Kr、Xe 、Rn?。おやつは用意しましたけど、デザートは私なんです」と良いながら俺に飛びついてきた。
「いやいや、変なねーちゃんじゃなくて、シルティーなんだがな。Sexを連発したのは事実だが」と俺はちゃんと説明をしておく。
まったく。困ったことになったぜ。シルティーちゃんの意識がはっきりしていない状態であればまだ大丈夫だが、シルティーちゃんの意識が覚醒したあと、2人が本気で俺の体を取り合う喧嘩をしたら、激突する魔力で、王都なんて一瞬で消し飛んでしまうんじゃないだろうか。まぁいいや。
そういえば、ヴィーナスちゃんが発した意味不明な記号の羅列は、元素周期表の族番号17番と族番号18番のような気がしたが、まあいいや。対抗意識を燃やしたヴィーナスちゃんの舌使いは、いつもと比較にならないくらい積極的だ。面白そうだから、このままヴィーナスちゃんの好きにやらせてみよう。