表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

○ 4番目の勇者:ダイヤモンド 2

 俺は、あの日、つまり魔王を倒すために王都を出発して商業都市セクメドラに向かった日、その道程にて心が折れた。


 俺は、夏の青々と茂った平原の中を意気揚々と歩いていった。数十キロの重さもある甲冑プレートアーマーも、心なしか羽毛のように軽く感じた。軽い足取り、どんな冒険が俺を待ち受けているのか。魔王を打倒するという使命感。商人となって忙しさの中ですっかりと忘れかけてしまっていた若き日に夢見た旅。今まで俺は、冒険を夢見ていたんだ。次に復活した魔王を俺が倒してやる。過ぎ去りし少年の日にそう想っていた。


 前の前の魔王が倒されたときはまだ俺は子供だった。

 子供の頃、勇者が魔王を打倒したという知らせを受けて歓声をあげる王都の人々。しかし、魔王が現れてから倒されるまでの日々は、暗い思い出しかない。

 暗い顔をして空っぽの商品棚を虚ろに見つめていた父。客なんて3日に1人も来ない閑散とした店の床を、何度も磨く母の姿。「勇者様が魔王を倒してくださるまでの辛抱よ」と母から何度も何度も聞いた。「もう少しよ。もう魔王の喉元にまで勇者様の剣は届いているわ」と、最期の最期は弱気な声になっていた母だ。子ども心ながらに、母はそれを俺にではなくて、母自分自身に言っているのだと気付いていた。


 魔王が打倒されたことを知った父が、そっとカウンターから席を立ち、店の裏庭の井戸のところでこっそりと嬉し泣きをしていたのを知っている。魔王のせいで品不足となり、流通も止まり、客もこない店を切り盛りしていくことが不安だったのだろう。今のいままで、父が泣いている後ろ姿を見たのはそのときだけだ。

 その時俺は、また魔王が復活したら、そのときは俺が倒してやろうと決意したんだった。


 前の魔王が復活したときも、品薄になり商売もゼロに限りなく近いくらい細った。だがそのときは、父から商売のイロハを学び、父の右腕、後継者として王都でも認知されていたし、父の後を継いでいくという決意が固まっていた。

 王都の人々が飢えないように、必死に商品をかき集めた。農村も作物の収穫が激減し、売るべき食料がない中で、額に土をつけて土下座をして作物を買い入れた。時には、回復魔法薬の材料が不足したときなどは、俺自ら山に採取しに行ったこともある。

 そんな忙しさの中で、魔王を倒そうなんてことを少年の日に決意したことなんてすっかり忘れていたわけだ。そして、必死に店を切り盛りしているうちに、魔王は勇者に倒された。


 そして、今の魔王の復活だ。モブリデン王は、勇者の公募をされた。勇者を貴族の中から輩出しようとするわけでもなく、純粋な能力によって決めるという決断をされた。そして、俺の心の中に忘れていた少年の日の想いが蘇った。そして、妻を説得し、商会の従業員をも説得した。商会の規模も、この町で中規模と認知される程度に商会も大きくなり、自分がいなくても仕事を回せていける体制も作った。

そして、王の課した勇者選抜試験に合格し、俺はアガピオスという名前から、第4の勇者ダイヤモンドとなった。

 そして、甲冑プレートアーマー長剣ロングソードを特注した。鍛冶屋が出来上がった甲冑と長剣を届けに来た次の日の早朝、俺は出発した。


 王都を出てから、4、5時間過ぎた頃、だいぶ日も高くなってきたときだ。大きな広葉樹の木の下で、妻が持たせてくれたパンを、食べていたときだった。


 風に揺られた木々の木漏れ日という割には、明暗がくっきりとしているなと思い、空を見上げると、カラスの群れが広葉樹を中心として、空を旋回していた。木の上を見上げると、枝にたくさんの鴉がいつの間にか泊まっていた。これだけの鴉がいるのに、どの烏も「カァー」というように鳴いていなかったことが不気味だっと思ったことを覚えている。

 

 俺は思わず、食べかけのパンを鞄にしまい、ヘルムを装備した。そして、広葉樹の木から距離を取るべく足早にそこを立ち去ろうとした。広葉樹の木に、鴉の巣があって、ひな鳥でもいるのだろうと思った。

 そのとき、木に止まっている鴉の全てが、じっと俺を見ていることに気付いた。全羽が俺の方向を黙って見ている。そして、鴉の瞳が、真っ赤に光った。いつの間にか、鴉が、魔素の影響で死烏カニバ・クロウと成っていた。

 そして、奴等は一斉に俺目掛けて飛んできた。もちろん、俺も剣を抜き、応戦しようとした。しかし、広葉樹から飛んでくる死烏カニバ・クロウを切り落とそうとした瞬間、後頭部に衝撃があった。ヘルムが凹んだことが分かった。

 そして、その衝撃の正体は、上空を旋回していた死烏カニバ・クロウだった。広葉樹から飛行してくる死烏カニバ・クロウに俺が気を取られている間に、後方の死角から鋭い爪で俺を突き刺そうとしたのだった。

 俺は背筋が寒くなった。甲冑フル・プレートを着込んでいなかったら、死烏カニバ・クロウの鋭い爪で頭蓋骨を貫かれ、即死していただろう。

 死角を無くさねば、と俺はとっさに判断した。そして、また広葉樹の木に駆け出した。背中に衝撃を受けて何度も転ばされた。なんとか広葉樹にたどり着き、木を背にして、俺は剣を構えた。


 剣を構えてからは、死烏は襲ってはこなかった。しかし、俺を誘いだそうとしているのか、おびただしい数の死烏が木から10メートルくらい離れた地面に降り立ち、俺をじっと見ている。次々と地面に降り立っていく死烏俺の目の前の地面は黒く染まっていく。そしてその中で紅く光った数え切れない瞳が俺を見つめている。


 硬直状態が続いた。死烏カニバ・クロウ達は俺をずっと見つめているだけで、あっちから攻撃を仕掛けるつもりはなさそうだった。しかし、このまま俺を見逃そうという意思は、紅い瞳からは感じられなかった。


 痺れを切らした俺は、死烏の群れに向かって駆け出し剣を振るうが、その前に奴等は空に逃げる。届かない俺の剣先。

 そして、木から離れたことによって生まれた俺の死角から攻撃を仕掛けてくる。俺は、堪らず木に逃げもどる。


 こうなったら根競べだと思い、俺は剣を構えたまま、幾千の死烏の瞳を睨む。死烏達の紅い瞳は無感情に俺を見つめているように思えた。


 変化は、太陽が傾いていくことだけだった。長剣が次第に重くなっていく。しかし、構えを解こうとすると容赦なく上空の死烏が俺目掛けて急降下し、俺の肩や腕に容赦ない衝撃を与える。剣の構えを解くわけにはいかなかった。


 夜になった。満月の綺麗な夜だった。最悪なのは、多くの死烏が満月の中を飛び回っていることが分かること。満月をさっと横切る影は、死烏だった。そして、夜空の星よりも妖しい紅い瞳が地上で無数に輝いている。


 緊張で眠気はなかったが、全身が疲労していることは分かった。そして、気温が下がっていくにつれて、俺の体温も下がっていく。甲冑の金属が俺の体温を容赦なく奪っていく。

 最初は、長剣の先が震えている程度だったが、いつのまにか俺は膝から全身が震えていた。剣先の焦点は定まらなず、上下左右に振り子のように揺れている。酒場で泥酔した千鳥足の冒険者が握っている剣のほうが、まだ焦点が定まっているんじゃないかとさえ思った。

 

 次の日の太陽が昇った。しかし、状況は変わらなかった。相変わらず俺をただ無機質に見つめるだけの死烏。

 俺の体力の方が先に限界が来た。糸が切れたように眠気が俺を襲い始める。そして、一瞬でもうとうとしようするものなら、体の何処かに衝撃を受ける。俺の警戒が解けたタイミングを狙って奴等が襲ってくるのだ。


 そして、俺の限界が訪れた。もしかしたら、肉体の限界ではなく、精神の限界であったかも知れない。怖くなった。俺は、振りとはいえないような、むちゃくちゃに剣を振り回しながら、死烏の群れに突っ込んだ。もちろん死烏達は空へ逃げる。そして、容赦なく死角を攻撃される。足腰に力が入らず、転ぶ。起き上がろうとすると、死烏が俺に衝撃を与え、また転ぶ。起き上がれない。そして俺は怖くなった。

 そして、俺は泣き叫びながら、まるで亀のように地面に縮こまった。いつともやむとも知れない攻撃が続いた。甲冑が凹んでいき、背中に攻撃を受けると、その衝撃がダイレクトに俺の体に伝わるようになった。

 そして、俺はいつしか気を失った。そして、次に戻ったときには、草原に俺がうずくまっていただけだった。死烏の群れは何処かへ行っていた。

 夢だったのかとも思った。しかし、甲冑の傷が、これは夢ではなかったと主張する。


 その後、どうしたかっって?もちろん王都に逃げ帰った。もう俺には無理だと思った。そして、モブリデン王から頂戴したダイヤモンドは、ギルドに魔王討伐の品として渡した。もう、魔王を討伐に行こうなんていう気持ちは、俺の心の中に一粒ほども残ってはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ