● 12番目の勇者:タンザナイト 11
俺様は、尊大に王座に座して、整然と赤絨毯の両側に整列している家臣達を見下ろした。集まったのはこの国の重鎮達、どれも名のある貴族達だ。
家臣を一同に整列させるなんて、儀礼的な事は堅苦しくて好きではないが、今日は仕方が無い。ペニィーに対して出していた宿題、タンザナイトが使った魔法を調べた結果を報告させる為だ。わざわざ、部下の晴れ舞台を用意してやったのだ。俺様は、家臣に思いやる心がある、寛大な王なのだ。
それにしても、さっきからペニィーの奴、震えているぜ。服装も、六時間くらい前に呼び出した時と同じ服装じゃないか。着替える間も惜しんで調べたのだろうが、ペニィーの様子からすると、魔法の正体が分からなかったみたいだ。
やれやれ。そうなると、ペニィーの吊し上げの場になってしまうじゃないか。家臣が一同に集まっている中で、俺様に叱責されるなんて、二大貴族にあるまじきことだぜ。せっかく家臣を招集したのに……。残念でならないし、心躍るぜ。どんな罵声を浴びせてやろうか。
「皆のもの。集まってくれたことに礼を言う」
俺様がそう言った瞬間に、直立不動であった家臣達が一斉に膝を折り、頭を深々と下げる。まぁ、俺から礼を言われたのだから、至上の喜びと感動だろうよ。
「さて、私の心より信頼している、我が片腕。海の道侯爵よ。お前に厳命した件の報告を聞きたい。面を上げ、我が前に出よ」
俺様は、わざと、ペニィーを持ち上げるような言い回しをした。厳命した憶えもないけど、厳命したと言っちゃったぁ。
ペニィーの奴、顔がやばいぜ。膝が震えて、真っ直ぐ歩けていないよ。生まれたての子鹿のようだ。これは傑作だ。
「恐れながら申し上げます。12番目の勇者、タンザナイトが使った魔法は、台所火魔法 と呼ばれる物でございました」
整列されている家臣達から響めきが起きる。あれ? ペニィーの奴、魔法の正体を突き止めたらしいな。結構やるじゃん。
「おお。よくぞ調べ上げた。では、それをこの場で使ってみせよ」
家臣達の間でさらに響めきが大きくなる。陸の道侯爵は、悔しそうに口を歪めた。
接見の間で、魔法を使う行為、それは二つの場合しかない。
一つは今回と同様、王に許可されて使う行為。これは、王様がその家臣を信頼しているという証である。
騎士で言えば、 接見の間での帯剣を許される行為に等しい。ちなみに、現状では、戦の女神であるシルティー以外は、接見の間での帯剣を許されていない。
もう一つの場合は、王を誅殺する場合である。つまり、反乱ね。
いずれにせよ、国王から信頼を勝ち得た家臣、もしくは、逆賊のどちらかという両極の中、海の道侯爵は、接見の間での魔法使用という栄誉を授かり、家臣の中で、抜きんでた存在となることを示していた。
天井高くに吊されているシャンデリアの光が一度消え、そしてまた輝き始めた。この現象が、接見の間の魔術禁止の効果が解かれた事を意味していると、接見の場にいる誰もが理解した。
「お許し下さい。魔法の正体を突き止めるに至りましたが、私が習得するに至りませんでした」
そう言って、頭を赤絨毯に擦りつけながら謝罪するペニィー。
周囲から響めきが最高潮に達する。海の道侯爵が、最高の栄誉を不意にしたことに対する批判が半分、そして残りの半分は、安堵である。とくに、陸の道侯爵は、安堵の深いため息をついた。先を越されずによかったという安堵である。
「それは残念だが、貴侯は魔法の正体を突き止めるという任は果たした。大義であった。下がって良いぞ」
「おお、なんと寛大な王であられることか」
そんな声が、家臣達の中から上がった。
「もう……わ……せん」
海の道侯爵の声は、言葉となっていなかった。命が助かったという安心と、ライバルを出し抜くチャンスをものにできなかった不甲斐なさ、この二つの感情が、入り混じ合う中、声は言葉にならなかったのだった。
「さて、台所火魔法 とやらを、使える者は前に出よ。ここで披露することを許す」
家臣達の間に沈黙が広がった。周りを無遠慮に見回すという、王の前であるまじき行為をする家臣すらいる状況だった。
しかし、名乗りを上げるものはいなかった。
「どうした? 遠慮はいらんぞ」
モブリデン王の声が接見の間に響いた。しかし、前に出ようとするものはいない。
「はぁ」
モブリデン王のため息を家臣達は聞いた。この場にいる家臣全員が、直立不動から、一斉に膝を折り、地面に頭を付けた。
王のため息を、家臣の無能さを批判したものと、家臣達が受け取ったのだ。そしてその解釈は正しかった。
「あの、私が……」
接見の間の遙か後方。入り口付近から、震える声がきこえてきた。
一斉に声のした方向に、全員の視線が行く。そしてその視線を感じて、震えながら立っているメイドの少女だった。接見の間に控えているメイドの一人だった。
「近づく事を許す。前に出よ」
モブリデン王の声が響く。そして、そのメイドは、普段絶対に踏むことを許されない赤絨毯の上を歩いた。ひれ伏している国家の重鎮達を見下ろす形でメイド姿の少女が歩くという、希に見る光景がそこにはあった。
「台所火魔法 を使う事が出来るというのは、真か?」
モブリデン王が尋ねる。もし、偽りであったのであれば、このメイドの命はないと、誰もが理解していた。メイドの命だけではない。そのメイドの一族郎党が極刑に処されるだろう。
王宮で働く事のできるメイドということであれば、中級、もしくは下級貴族の娘と相場が決まっているが、そんな弱小貴族の娘が、王の前で偽りを申したとなれば、一族の連座は免れない。
赤絨毯にひれ伏している家臣達は、このメイドが、自らの血縁から遠い者であることをひたすら願った。
「真であります」
その少女は答えた。
「使って見せよ」
モブリデン王のその一言を聞いた家臣達も、顔を上げ、メイドを凝視する。
「台所火魔法 」
その少女が魔法を唱えると、少女の一差し指から炎が上がった。
「その魔法についての説明を許す。知っている限りの事を説明せよ」
「恐れながら申し上げます。この魔法は、料理の際に使用する魔法でございます。よって、台所でよく使われる火魔法、それが名前の由来でございます」
「なるほど、それで台所火魔法か」
そのままんまだな。まったく呆れて物が言えないぜ。
「そして、この魔法の特徴は、強火、中火、弱火という火加減が容易な点でございます。また、焼く、煮る、蒸すなどの料理法や、肉、魚、野菜などの食材に応じて、美味しく調理するのに適した炎を出すことができます」
「なるほど、理解したぞ。大義であった。下がって良い」
モブリデン王、つまり俺様は思った。すっごい、どうでもいい魔法だと。そもそも、タンザナイトは何故そんな魔法を、コウモリ相手に使ってるんだ? コウモリを焼いて食うつもりだったのか? まったく、分けが分からないぜ。理解に苦しむ奴だ。
それにしても、この場をどう治めようか。まったく困ったぜ。予想外の展開だ。俺も、台所に行ったことなんてないし、行く予定もない。台所火魔法 なんて使う予定も機会もない。この場に集まった家臣達も、上級貴族だから、料理なんてしたことないだろう。いや、自分の屋敷の何処に台所があるかと、台所の場所すら知らない奴らが大半だろう。俺も、宮殿のどこに調理場があるなんて知らないし。
まったく、困った事態になったぜ。勇者タンザナイトめ。俺を追い詰めやがって。こんなに追い詰められたのは初めてだ。このままこの場を解散させたら、
「台所で使う魔法? なぜ王がそんなものにご興味があったのだろう」とか、家臣達から噂をされるだろう。台所火魔法 なんてものを家臣に聞いた俺様が、影で馬鹿にされるに決まっている。王は、暇人なんじゃないか、とか、陰口をたたかれるだろう。ちくしょー。タンザナイトめ。俺を嵌めやがったな。
「モブリンデン様」
シルティーが、俺様に声を掛けた。
「殺気が漏れております」と、シルティーは続けていった。俺様は家臣達を見ると、みんな脅えた目をしていた。俺様としたことが、怒りで我を忘れてしまったぜ。
「海の道侯爵よ。宮廷魔道師長官でありながら、魔法に対する無知、なんとする」
俺様は、責任を、ペニィーに負わせることにした。そうだよ。ペニィーが、台所火魔法 を知らなかったのが全て悪い。職務怠慢だ。まったく、貴族という爵位に胡座をかきやがって。呆れてものが言えないぜ。
「申し訳ございません」
深く謝罪するペニィー。だが、許さん。俺様は、職務に怠慢な奴を許すほど寛容な王ではないのだ。
「海の道侯爵に命じる。台所火魔法 を習得するまで、宮廷魔道師長官の任を解く。先ほどのメイドと同様の仕事をしろ。いや、先ほどのメイドの部下として働け。以上だ。この場は解散とする」
俺様は不機嫌に席を立ち、その場を去った。まったく、王様も楽じゃないぜ。
<シ王朝年代記シ王朝27代目モブリデン王の章:前文>
シ王朝の27代目モブリデン王は、偉大な王であった。長い歴史を紐解いても、彼ほど輝かしい業績を打ち立てた王は、例を見ない。彼の治世における、魔法、医学、芸術の興隆は、どの時代と比較しても目を見張るものである。また、奴隷解放・男女平等という概念を打ち出し、政策として具体化したのが、このシ王朝27代目モブリデン王であった。特に、男は外で仕事、女性は家を守るという固定化された概念を打ち砕いた王として有名である。逸話として伝えられているのは、国を代表する貴族であったとしても、男を台所に立たせるということをしたことである。
この年代記の編纂を行っている現在においても広く知られているところではあるが、それらは歴史的事実である。