● 12番目の勇者:タンザナイト 9
さてと、12番目の奴は、城を出た後、どんな行動をするか楽しみだなぁ、なんて思いながら、俺様はタンザナイトの観察を始める。
観察していきなり、俺は呆れてしまったよ。
なんだ? いきなり俺様の城の衛兵を、仲間に誘うなんて。節操がないにも程があるんじゃないか? 欲張りすぎるぜ。まったく。
当然の如く、城の衛兵は断る。そうだろう、そうだろう。俺様を守る事ができるなんて、愚民にとって最高の栄誉だ。衛兵君よ、俺様への厚き忠誠、見せてもらったよ。褒美として、人質として預かっているお前の妻と子供に、会わせてやろう。月に一度の、五分だけの面会時間も、六分に延長してやろう。信賞必罰、深く感謝しろよ、衛兵君よ。
タンザナイトの奴も、しょうが無いやつだな、肩を落としやがって。挫折に弱い系か? もうちょっと俺を楽しませて欲しいものだぜ。
お、次は図書館に行くのか。無学粗暴なタンザナイトよ、しっかり勉強したまえ。そして俺様の叡智をほんの少しでも垣間見れるようになったと自惚れたなら、愚者と呼んでやろう。
おぉ、俺様のおかげで、図書館の利用費用が無料になっていることに、タンザナイトが感動している。そうだろう。俺様のおかげということを深く、噛みしめて感謝しろよ。ちなみにその図書館の本は、すべて俺様の寄贈だ。防犯魔法を全ての本に仕込んであるから、盗もうなんて考えるなよ。
まったくもって退屈だぜ。タンザナイトの奴、真面目に本なんか読みやがって。図書館で、お勉強なんて、見ているこっちが退屈だぜ。居眠りしたら、雷魔法でも落として、びっくりさせてやろう。早く、寝落ちしないかぁ。
ちぃ、意外と真面目に読書しやがる。しかも、年代記なんて読みやがって。歴史なんてつまらないじゃないか。
まぁ、俺の王様としての深い配慮を思い知れ。俺様が毎回、王朝を開く際には、ア王朝、イ王朝、ウ王朝、エ王朝と、王朝名をアイウエオの順序に命名し、憶え易いようにしているのだ。歴史の暗記量を少なくするという、この配慮。ありがたく思えよ、受験生。
ただし、カ王朝の次は、ク王朝、そして、キ王朝と、たまに順番を入れ替えていて、ちゃんと引っかけ問題も作れるようにしていて、受験問題を作る側への配慮もしているのだ。恐れ入ったか。
それにしても、図書館で読書している奴を見ているのも退屈だ。ちょっと遊びに行ってこよう。今日は、苦しんでいる愚民の慰問でもして、楽しもうかなぁ。
「シルティー、何処かに苦しんでいる人いない?」
「苦しんでいる民でございますか。魔王の出現により、総じて国民は苦しんでおりますが……」
「そうか。嘆かわしいことだな」と、口先だけで言ってみる。俺様に口先だけでもそう言って貰えて、愚民はなんて幸せなんだ。
「とびっきりの、いない?」
「それでしたら、シシュフォスが、非常に苦しんでいるかと愚考致します」
「シシュフォス? まぁいいや。そいつの所に転移出来る?」
「はい。ではタルタロスへと参ります」
眩い転移魔法が終わると、そこは地獄であった。あぁ、ここか。地面が火山の影響で、常に熱く熱せられている。そして、気温も、その地熱の影響を受けて、非常に高温となっている。空気中に含まれている水分もなく、防護魔法がなければ、呼吸するだけで肺が焼けてしまうような場所だ。暗属性の土地としては、最高峰に位置する場所の一つだ。聖属性のシルティーちゃんは、かなり呼吸が荒くなっている。属性が合わなくて苦しいのだろう。それでも俺に付いて来るなんて、なんていい娘なんだ。
俺様が、タルタロスの山の方向を見ると、上半身裸の露出狂のような奴が、ちんたらと岩を山の頂上へと押し上げていた。ああ、あれがシシュフォスか。
そうだ、結構昔に、俺様に逆らった奴だった。そうだ、思い出した。
岩を山頂近くまで押し上げ続けるっていう強制魔法を掛けたんだったな。岩を頂上まで押し上げたら、解除されるようにしてあったけど、まだ山頂まで押し上げられていないなんて、怠惰な奴だ。呆れて物が言えないぜ。
「よぉ、シシュフォス。元気だったか?」
「貴様ぁ」
シシュフォスが、凄く怖い顔で俺様を睨んでいる。
おいおい。陣中見舞いに来てやったのに、乱暴な奴だ。それに、貴様、だなんて、ずいぶん昔の敬称を使う奴だ。時代遅れ甚だしいぜ。まぁ、俺を敬う言葉が出てきたのは良いことだ。この刑罰も、少しは薬になったようだ。目出度い、目出度い。
「まだ、頂上まで岩を押し上げられてなかったのか。苦労してるな、お前も。此処、なんか殺風景で面白くないから俺、もう帰るわ。がんばれよ」
「待て、貴様ぁ。うぅぐ」
「あ、転移魔法を掛けるつもりが、手元が狂ってしまった。ごめん、岩を重くしちゃったみたいだ。まぁ、故意の事故だ。悪く思うなよ」
玉座に戻ってきた。やっぱり此処が一番落ち着く。愚民の所へ行脚するのも、大変だぜ。
「シルティーも、ご苦労であった」
タルタロスという闇属性の気候が、聖属性のシルティーちゃんの体に相当負担を掛けたみたいだ。シルティーちゃんの顔に汗が浮かんでいる。呼吸は落ち着いてきたようでよかった。
「いえ。ご同行させていただき、光栄でございました」
シルティーちゃん、少し足下がおぼつかない。
「そういえば、シシュフォスの奴、なんで未だに岩を頂上に押し上げられてないの? 俺様の強制魔法で、休む事もできず、苦しみながら、不眠不休で頑張っているはずなんだけど。全然駄目だったよ? 」
「あ、あの。恐れながら申し上げます。頂上付近まで岩が持ち上がると、岩がまた山の麓まで転がっていくように、モブリデン様が魔法をお掛けになったと……」
「あぁ。そうだったか。じゃあ、シシュフォスがあの刑罰から解放されるのは不可能だな。まぁいいか。それより、シルティーちゃん、一緒にお風呂にでも入りにいこうか。聖属性の入浴剤を入れて、体力の回復を図るとよい。汗もかいているようだし」
「ありがとうございます」
俺も、シシュフォスへの慰労で、疲れたよ。シルティーちゃんに、背中でも流してもらうとしよう。