○ 12番目の勇者:タンザナイト 8
僕は、冒険者ギルドの建物の入り口に立っていた。
長年さらされた風雨により黒ずんだ冒険者ギルドの看板、それが冒険者ギルドの歴史の古さを思わせる。
冒険者ギルドの看板のレリーフは、戦士らしき風貌の男と、その男の4倍くらい大きな龍のレリーフだ。ぶ厚い丈夫なダマスカス鋼を、裏から釘打ちのようなことをして作った凹凸で、人物などを表現する画法は遙か昔に失われたと、僕は聞いたことがあった。おそらくこの看板も、遺物の一つなのではないだろうか。
そのレリーフに描かれた戦士らしき男は、左手で持っている盾で龍の吐いている炎を防ぎ、右手の長剣を勇敢に振りかざそうとしている。龍は、長い首と翼を伸ばして、今にもその戦士に襲いかかりそうだった。
まさか魔王って、こんな龍みたいな奴だったりして、なんて、怖い想像をしてしまった。
僕の顔くらいの位置に設置してあるスイングドアの扉を両手で押し開いて、冒険者ギルドの中に入った。
冒険者ギルドの天井にいくつも吊された永久光石が、部屋全体を明るく照らしていた。
「凄い数の光石だなぁ」と、僕は思わず独り言を言った。光石は、定期的に魔力を通せばずっと光り輝くという便利な物で、庶民には手が出せない高級品だ。
すでに光石は国内の鉱山では掘り尽くされてしまったと言われており、原石が市場に出回ることは少ない。
遙か昔の風習で、今はおとぎ話に近い話ではあるけれど、昔の男は、女性に求婚を申し込む際に、この光石が付いた指輪を贈ったそうだ。そして、その求婚に応じた女性は、その光石を、台所の天井につり下げて、愛する夫の為に料理を作る際の光源にしたそうだ。
貴族などでは、そのおとぎ話的な風習が根強く残っている関係で、今でもプロポーズの際は、光石の付いた指輪を贈るらしい。まぁ、その貴族の風習のせいで、光石の価格が天井近くに張り付いたまま落ちないし、貴族の妻が台所に立つという事もないらしいが…… 。
そんな高級な光石の、しかも、僕の頭ぐらいの大きさの光石が、いくつも天井からぶら下がっていたら、僕は、驚いてしまうし、唖然としてしまう。この永久光石を一つ手に入れられたら、僕の家族とその孫くらいが遊んで暮らせてしまいそうだ。
「おい、ガキ、邪魔だ」
建物の入り口近くで突っ立ったままになっていた僕の後で声がした。僕が入り口を塞いでしまっていたから入れないようだった。
「あ、すみません」
僕は、後ろに不愉快そうに立っていた、人というか、猫人に、頭を下げて、道を譲った。
猫人って、不機嫌な時や、怒ったときに、毛が立つって噂、本当だったんだなぁ、と猫人の後ろ姿を見送りながら僕は思った。猫人の頭や顔に生えている毛が、さっきまで逆立っていたけれど、僕が謝ってからは、しゅんと、柔らかそうな毛並みに戻ったからだ。
さらに少しの時間、天井からぶら下がっている永久光石を眺めたあと、受付に行って、魔王討伐の仲間を探した。
僕は、受付の女性に案内されるままに、冒険者登録を行った。どうやら、冒険者ギルドからの仕事や仲間の斡旋を受けるためには、冒険者登録がまず必要らしい。
本当は、冒険者登録手数料というのがかかるのだけど、王様からもらった宝石を証明として受付で見せたら、無料になった。一文無しだから助かった。王様、ありがとうございます。
「もしよろしかったら、こちらの依頼も受けませんか? 」
受付の女性が受注を進めてくれたのは、魔王討伐の依頼だった。報酬は、ダイヤモンドの宝石。ギルドの受付の後ろの棚に置かれていたその宝石は、大人の握りこぶしくらいの大きさで、永久光石の光が乱反射していた。受注条件も期限もなく、討伐できればその宝石が貰えるということで、名前だけでも登録しておいた方が良いというのが、受付の人のアドバイスだった。
もちろん、僕は、勇者になった理由が魔王を討伐するためだから、僕はその依頼も受けた。
仲間の募集は、12番目の勇者、タンザナイト名義で出した。仲間を募集する期間は一週間で、できれば毎日、ギルドに顔を出して欲しいということだった。
「あの、僕お金を持ってないんです。何か、生活費を稼げる依頼ってないですか?」
僕は、受付の人に聞いた。募集の期間が一週間で、その期間は王都に滞在することになる。その間、生活するお金がない。
「薬草探しのクエストとかどう? 君は、薬草とかに詳しいかな?」
受付の女性は、受付台の上にある台帳をパラパラ捲った後、僕に尋ねた。
「ある程度の薬草なら見分けがつきます」
僕は、自信満々に答えた。農村育ちの僕だ。山に生えている草木の見分けはつく。それに、この王都も、僕の村もそんなに距離は離れていないから、自生している草木の種類は似ているはずだ。山での山菜集めだったら、兄たちにも負けない。
「それじゃあ、この月桂葉を集める依頼があるわよ。期限は明日の夕方までだけど大丈夫?」
月桂樹は、王都から片道一時間の距離にある山に生えているそうだ。報酬も、一日分の仕事代金としては悪くないし、依頼の特別報酬として、依頼主であるレストランで、夕食を無料で食べれるというのも魅力的だった。僕は、迷わずそれを受注し、冒険者ギルドを出た。
袋一杯分の月桂葉だけど、料理の香辛料に使う素材で、定期的に必要な材料だから、多めに取ってきてくれたら、その分も買い取ってくれるということらしい。月桂樹の木を一日だと見つけられない可能性もあるし、善は急げという諺もある。僕は、今から出発して夕暮れまでその山で採取することに決めた。そして、明日も朝一番で山に行って、出来るだけ沢山採取することにした。今日は、日没までに王都まで戻って来たいから、山での探索が3時間くらいしか取れないけれど、それは仕方が無い。
「おーい。待ってくれ」
僕が、王都の検問所を越えて、二十分くらい山に向かって歩いているところで、僕は呼び止められた。
「やあ。君が12番目の勇者なんだって?」
僕よりは年を取っていると思うけど、10代後半くらいの男の人だった。僕は、仲間募集の話を聞いて、追いかけて来てくれた人ではないだろうかと思った。
「はい。そうです」
「やっぱりか。追いかけて、来て、よかったよ」と、その人は息を切らせながら言った。
「もしかして、冒険者ギルドで、仲間募集の掲示を見た方ですか?」
「あ、ああ。そうなんだよ。君の仲間になりたくてね。ところで、君の武器ってなんなの?」
彼は、周りを確認しながら、僕に尋ねた。きっと、モンスターがいないかを確認しているのだろう。
「恥ずかしながら、まだ装備を整えられていないんですが、今は一応この杖が武器です」
僕は、嬉しかった。仲間の募集期間が一週間と聞いていたけど、すぐに一人目が見つかりそうだ。それに、僕を追っかけて、こんな王都から外れた場所まで来てくれている。僕は、嬉しかった。
「杖なんだ。ちょっと見て言いかい?」
「はいどうぞ。使い古しなんですけどね」
僕は、そう言って、自分の杖を彼に渡した。僕の家に置いてあった、かなり年季の入った杖だけど、勇者志願者試験では、プレートアーマーを着たモンスターだって倒したことのある杖です、そう説明したかったけど、自粛した。
「ありがとう。へぇ。ちなみに、僕の武器はこれだよ」
そう言って、彼は、腰に下げていた長剣を抜いた。
そして、次の瞬間に、彼の剣は、僕の体へと振り下ろされた。僕の体に、鋭い痛みが走った。そして、僕は地面へと倒れ込んだ。
「君に、二つアドバイスだ。一つ目、高価な宝石を周囲の目に晒すようなことしちゃいけない。二つ目、見ず知らずの他人に自分の得物を渡すなんて、最低の行為だよ。受講料は、君の命と、持っていた特大の宝石ということで、いいよね」
僕は、遠のいていく意識の中で、その声を聞いた。