○ 12番目の勇者:タンザナイト 6
「本当です。お酒を飲もうと思って酒場に入ったんのではないんです」
「はいはい。分かったから早く失せな。商売の邪魔だ。そもそも、酒を飲むつもりがないのに、酒場に来るな。客ですらないってことじゃないか」
僕が、勇気を振り絞って酒場に入った瞬間、酒場の主らしき人がカウンターから出てきて、僕を玄関先まで、猫のように僕の首筋を持って摘まみ出した。さすがは、荒れくれ者もたくさんお客として抱える酒場だ。酒場の店員も、強そうな男だ。上腕二頭筋の盛り上がりが並じゃない。
「あの、僕は勇者で、酒場に仲間を集めに来たんです」
「やっぱりか。そうだと思ったよ」
酒場の主らしき人は、ため息をついた。
「毎度の事ながら、どうして勇者様は、俺の酒場でパーティーを集めようとされるのかなぁ。常連客を冒険に引き抜かれたんじゃあ、こっちが商売あがったりだよ。とりあえず、帰れ、帰れ。ここは子供の来るところじゃねぇ。20歳になったら、また来な」
「あ、でも仲間集めを……」
店の中に戻ろうとする店のマスターを呼び止めるように僕は言った。
「あのなぁ、魔王討伐も大事だし、その為の仲間集めも大事だ。それは、分かる。俺も、魔王を討伐して欲しいと思うし、店の売り上げの低下にも目をつむる。しかし、それとこれとは話が別だ。20歳未満は、法律で酒場での出入りを禁止されている。それともなぁにかぁ? 勇者は何をやってもいいと思っているのか?」
マスターは、両手を腰にあてた。僕の返答次第では、げんこつが飛んでくる。そんな予感がした。
「いえ。そういう訳ではないんですけど」
マスターの言っていることは正論だ。僕は何も言い返せない。ぐうの音も出ない。
「まぁ、悪く思うなよ。決まりは決まりだ。あとな、店の客を悪く言うつもりも無いんだが、魔王を倒そうっていう意気込みのある奴は、もうみんな、とっくに旅に出ちまってるよ。この店にいるのは、飲んだくれだけだ。他を当たった方が、身の為だぞ」
そう言って、マスターは、酒場の中に戻っていた。僕は、しばらく酒場の玄関前に佇んだあと、王都の検問を抜けて城壁の外に出た。当番制なのか、入った時の検問所の兵士は居なかった。
今日、泊まれる所を探さなきゃならない。
検問所付近はさすがに気が引けたので、防壁に沿って歩いた。本当に堅牢な防壁だと思う。どれほどの資材と労力を掛けたのか見当もつかない。
僕は、検問所からも、街道からも離れた所に腰を下ろした。城壁を背にして寝れば、警戒する範囲が前方だけになる。
防壁に体重を掛けてもたれかかり、僕は一息ついた。そして、母が持たせてくれたパンを食べ切った。日持ちするようにと、二度焼されたパンで、もともと固かったが、日が過ぎたせいで、パンの中まで乾燥でぱさぱさだった。
城壁で隠れて見えないけれど、夕日が落ちたのだと思う。辺りが急速に暗くなりはじめ、影の輪郭が曖昧になっていく。気温も下がっていくだろう。背中に、城壁の石の冷たさも感じた。城壁に沿って吹いてくる風と、頭上から吹いてくる風の二種類が、僕の髪をなびかせる。僕は、ローブにくるまった。そして、両手に持った杖に魔力を流し、暖をとった。