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い、今のシカト?!シカトだよね?
視線を彷徨わせてしまった私も悪いけども!
――――気まずい雰囲気を抱えながらも私には仕事がある。305号室の柳川さんの病室へ向かった。
「柳川さん、お腹も張ってますし、足浮腫んでますからおしっこ出させるお薬追加しますね。あと、このマット敷くとちょっと痛みが和らぐかも」
「永井ちゃん、悪いね~」
「いえいえ、そんなことはいいですけども。この手さえなければ」
音もなく私のお尻の後ろに回っていた手はお尻の側でビクッとする。もう振り向かなくても手があるんだろうな、と仙人のごとく手の気配を察知できる。
「なーんだ、永井ちゃん、隙がなくて面白くないぞ~」
「面白くなくていいんです」
ピシャリ、と言ってやるとブーと鼻に皺を寄せる柳川さん。キモイけど憎めない存在ではある。私はもともと入っている点滴の管に支持された薬剤の点滴パックを下げて柳川さんの薬剤投与と温熱療法のマットを敷いて「柳川さん、また痛くなったら言ってくださいね?」というと柳川さんは「はぁーい」と素直に答える。
こういう時だけは素直な柳川さん。たまに見せるこの素直さがあるから許せるのかもしれない。私は笑顔を振りまいて、くるりと後ろを向きベッドを離れようとするとペロンとナース服のスカートをすかさずめくる柳川さん。私はその手と柳川さんに軽蔑の視線を送る。
「永井ちゃんのパンティ、小豆色~」
「柳川さんッ!」
もうッ!小豆色じゃなくてワインレッドと言ってよ!オバチャンみたいじゃんッ!……てかマジでセクハラだって!プンプンしながら、病室を出ると隣の病室に目が止まる。
その病室には伊崎くんがいるはずなんだ……。
お腹に赤ちゃんがいるこの身でドキドキしている自分は歩登を裏切っているのかな? いや、ドキドキって言っても恋愛感情じゃないと思うよ!ちょっとだけ彼の笑顔にときめいちゃったりするだけだから!
ほら、あるでしょ?好きな芸能人、好きなタイプの顔を見るとドキっとしちゃうあの感じ。伊崎くんの顔はちょっと好きだな、と思う。茶色いくせっ毛のふわふわした髪に日に焼けた肌。特に私は男らしく日焼けした肌が好きだった。
褐色の肌、筋肉のついた腕、女の手よりもゴツゴツした男の手には色気がある。そう私の彼氏の歩登もタイプこそ違えど褐色の肌をしていた。歩登と共通点があるからドキっとしたのかもしれない。
それでも裏切っていることになる?
それとも心の中で想っているだけだからセーフ?
少しだけ自分の中で後ろめたい気持ちがある私は足早にその場を離れた。ナースステーションに戻って一息ついていると「さて伊崎くんの様子でも見に行こうかな」という岡田医師。
『伊崎くん』と聞いて少しピクリと手が反応して止まる。
岡田医師はファイルを閉じて「うーん」と伸びをする。その間に誰を連れていくか決めるんだ。生憎、総合病院とはいえ、小さめの病院のうちでは総回診なんてものは存在しない。その時々によって医師が患者の元を訪れたり、患者が処置室に赴いたりするというのが日常だった。
うッ……私が付き添いの看護師じゃありませんように……
「永井ちゃん」
「ハ、ハイ」
「伊崎さんとこ行くよー。もう安定期でしょ? 運動、運動!」
「ハ、ハーイ」
指名された私を見て他の患者さんでお風呂に入れない人のシャンプーをしに行く準備をしているりゅうちゃんが苦笑いしている。りゅうちゃんは私が看護部長に注意されて伊崎さんの元へ行きづらいと思っていることをわかっているのだ。
りゅうちゃんは準備をしながらも口パクで『頑張って』と言う。げんなりとしながらも私は頷いた。だけど何を頑張るのだ、何を……。指名されてしまえば断る術はない。おずおずと付いていくと勿論、部屋には伊崎さんが待ち構えている。




