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真面目?

「ねえ、りゅうちゃん!」


「ん、どしたの、血相変えて」


さっきの伊崎さんとの会話の後、ナースステーションに戻った私は同じ看護師仲間の鎌田りゅうに話しかけていた。勿論、質問の内容はわかってるわよね?


「ちょっと、チョイチョイ」


手招きをして周りに他の看護師や医者などがいないか確認してから、コソコソと話しかけた。りゅうちゃんはなんだ、なんだ、と面白がるように耳を貸す。


「あの、あのさ!患者さんと仲良くなったことある?」


「は?普通に喋るでしょうよ。え、何そんなこと?」


「いや!!その……そういうことじゃなく……ゴニョゴニョ」


なんだか私が世間知らずのオバサンみたいではっきり聞くのを躊躇う。逆にりゅうちゃんの顔からはっきりと苛立ちが感じられて、焦った私はつい、周りを確認せずに「患者さんに連絡先教えたことある?」と聞いてしまったのだ。


「永井さん、いい度胸ね。患者さんをナンパする相談なんて」


うげっ! 高田看護部長!何故ここに!高田看護部長は妊娠中の私の胸よりも遥かにデカイ胸の下で腕を組んで睨んでいた。


「いえ、看護部長。彼女、最近患者さんにセクハラ受けてるんです。305号室の柳川さんにオケツを触られたりして……」


ナイスフォロー、りゅうちゃん!


驚いた看護部長が「それは本当なのッ?!」と詰め寄った。いえ、それは本当ですけども〜!! たいして気にしていなかったので、もしかして柳川さん、怒られるのかな、と思ったら、少しだけ柳川さんが可哀想になった。


「あ、でも大事にしないでください。大したことじゃないんで」


「……永井さん、私は知っていますよ? 高校生の患者さんと親しくしているでしょう。患者さんとプライベートで交流を持つのは禁止されているはずです。それにあなたは身重の身体でしょう? 交際男性以外に興味を持つなとは個人的なことですから言いませんが、規則は守ってくださいね?」


 うわ! 知ってた! ……別に恋愛感情なんてものは抱いていないが、他の患者さんと話すよりも楽しくなっていたのは確かだった。看護部長の口調は穏やかだが、目は全く笑っていない。


 お、恐ろしい!冷ややかな視線は私の背筋をも凍らせる。



「か、看護部長!いえ、私は全然そんなつもりは……」


「返事は?」



 少し強調して大きくなった看護部長の声に私はビビってどもってしまった。


「ハ、ハイ!規則を破ることはありません!疑われるような言動は慎むべきでした」


「よろしい。以後、気をつけるように」



 りゅうちゃんと二人、看護部長に深く頭を下げて謝った。



 看護部長がナースステーションを出て行ってからやっとふぅ~と溜息を吐いた私たち。



「いや、永井ちゃん、看護部長に見つかるなんて災難だったね」


 そう、声をかけてきたのはオペが終わって戻ってきた岡田医師。スラリとした長身に穏やかな物腰は患者さんにもナースにも人気があった。



 ナースステションのデスクに座ると長い足が邪魔な様で身体を横に向けて足を組む。それでパソコンの画面を見たまま素早くキーを叩きながら、「永井ちゃんからそんなこと聞くなんて意外だよな」なんて言うとりゅうちゃんまで「クスッ私も初めて聞かれましたよ~ミチルは真面目だから」って言われて私はかなり驚く。


「え、私、真面目?」


「「自覚ないんだね~」」


 二人の声が揃うと顔を見合わせて笑うのでよっぽど私は真面目に見えているらしい。というか真面目だと思う。ナンパ野郎もそういう固いとこは見抜くのかナンパされたことなど数えるほどしかなかった。いや、外見が普通すぎる、いつも疲れた表情をしている、というせいもあるかもしれないが。


 お腹が少しせり出してきた私は夜勤は外され、日勤が多くなってきた。でも、日勤の方が患者さんの多くが起きているのでナースコールで呼び出されることが多い。実はりゅうちゃんが言っていた『305号室の柳川さんにオケツを触られた』というセクハラは本当なんだ。



 イチイチ気にしてられるほど暇でもないが、やっぱりオケツを触れていい気はしない。だから305号室の柳川さんからナースコールがあると溜息が出る。まあ、もしかしてホントに具合が悪くなる時もあるわけだから、ナースコールで呼ばれること自体はいいんだけどさ。さっきのナースコールではお腹が痛いと言ってきた。



「柳川さーん、お腹大丈夫ですかー?」

「永井ちゃん、永井ちゃん、ポンポンとーっても痛いの~」



 柳川さんはお腹をさすって困り顔で私を見る。うえッ!オヤジのくせにポンポンとか言うな!しかも目つきが気持ち悪い!



「どんなふうに痛いんですか~?」

「うーん、ジクジク~って感じ」


「ちょっとお腹みてみましょうね~」


 黄色のカーテンをシャララララと音を立てながら閉めて柳川さんのお腹を見ることにした。お腹を私が触ると柳川さんの目つきが変わる。伸びてくる手に咄嗟に振り向くと柳川さんの手がビクっと金縛りに合ったように止まった。



「やーなーがーわーさん?」

「ハイ!永井ちゃん!僕、柳川でーす」


 エヘッと言って舌をぺろっと出しても可愛くなーい!



「もうッ!お腹は大丈夫なんですか?」

「ジクジク~」


 また伸びてくる手に「しつこいッ!」と喝を入れると口を尖らせて「はぁーい」と言う柳川さん、やっぱり可愛くないよ!でも、痛みは本当のようだ。少しお腹が張っている。



「永井ちゃん、柳川さんどうだった~?」


 ナースステーションに戻るとまたパソコンに向かってキーボードを打ち付けている岡田医師が声をかけてきた。末期ガンの柳川さんの容態が気になっているみたいだった。


「お腹が結構張ってきていて少し痛みがあるようです。それに足に浮腫も目立っていました」


「末期ガンだからね~……うーん。利尿剤服用させようか。あとは~浮腫があるんだったら温熱療法もしといて」



「はーい」


 再び、柳川さんのいる病室へ向かうために薬剤と温熱療法のマットを準備していたら、松葉杖で歩いている彼が目にとまった。



 ――――伊崎さん……


 さっき看護部長に注意されたからか少し動揺して視線が彷徨った。その迷いを彼は見逃さない。私の顔を見て何か言いかけていた彼はプイとそっぽを向いて部屋に帰っていった。



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