InterludeⅠ
?月??日 ?時 ???
懐かしい夢を見ている。
これはまだ怜が幼い頃の思い出だ。
家族全員で遊びに来ていた遊園地。初めての大きな場所に怜は見るもの全てに興味を引かれ、はしゃいでいた。そんな彼を見つめている両親は微笑ましそうにしている。
走り回り怜に対して落ち着きなさい、と注意する姉の天音。
今なら小さな小言でも、いちいち突っかかるように返事をしてしまう。だが当時はまだ姉のことが大好きで、初めての遊園地だということもあり、そんなこといちいち気にしてはいなかった。
両親に挟まれる形で、二人は手をつなぎ、色んなアトラクションを楽しむ。
姉は父と、怜は母親と一緒にメリーゴーランドに乗る。交互に乗ることで、片方に対して手を振ったり、写真を取ったりする。白馬に乗ったり、かぼちゃの馬車に乗ったりと二人が小さい頃に好きだった童話に出てきたそれに実際に載れたということでとても嬉しかったし、楽しかったのを覚えている。
次に父と姉の三人でコーヒーカップに乗った。最初はゆっくりと回していたが、姉が調子に乗り、高速で中央のハンドルを回したために、グルグルと当時の怜にはかなり厳しい速さになり、徐々に気分が悪くなり、終わった後には顔色は真っ青になっていた。
姉はその後に父親に注意され、半ベソをかいていた。気分が悪くなっていた怜に対して涙を浮かべながらごめんね、と謝る。気分の問題もあったが、その時はうん、いいよ、と許してあげた。
あの時気分が回復したのはお昼が過ぎてからだった。母の膝に頭を乗せて休んでいた怜。姉の天音は怜の変わりに遊んでくると父親の手を引っ張って遊びに行った。その後姿をうらやましそうに見ていたのを覚えている。
お昼を済ませ、午後からはようやく自分も遊べると、午前遊べなかった分を取り戻そうと両親が目を離しているときに走り出した。二人が気付いていなかったので天音が慌てて怜の後を追う。何で勝手に走り出したのか、と数メートル進んだところで捕まった怜はそう叱られた。
午前中天音のせいで気分が悪くなり、遊べなかったからだというと、彼女もそれ以上叱ることができず、視線を逸らしてしまう。
しばらくの間二人は黙ったまま突っ立っていた。徐々に通行人たちが雪崩のように歩いてきた。人気アトラクションに向かう人たちがまた増えたのだ。その勢いに飲み込まれた二人。何とか手をつないでいたのでさらにはぐれることはなかったが両親がいるところからドンドンと離れていく。
そしてようやく抜け出した二人。だが地図なども全て両親が持っているためにここがどこなのかも分からなかった。自分たちがどこで昼食を摂ったのかも看板があれば確認できるかと思っていたが漢字が読めないために分からなかった。
姉の天音が怜の手を引いて歩いてくる他の家族やカップル、外国人を避けて歩いていく。どの方向から来たのかも分からないために、いくら歩いても見つけられるはずはない。徐々に不安が募ってくる。そして十数分歩いた辺りでとうとう怜が泣き出してしまったのだ。
『お父さん、お母さんどこー?』
顔を真っ赤にし、涙を流して泣き始める。突然立ち止まり、泣き始めた例に戸惑いを隠せない天音。怜が勝手に走り出したからこんなことになったのであるが、彼女はそれに対して文句を言うことはせず、しゃがみ込んで怜と同じ目線になる。
『見つからないくらいで泣かないの、男の子でしょ!』
少しでも元気付けようと彼女なりに声をかける。
だが少しだけ強く言ってしまったために怜はさらに声を上げて泣き続ける。
周りを歩いている者たちはそんな二人の様子をチラチラと見るが、誰も手を貸そうとしない。天音がここで誰かしらに声をかけて助けを求めれば、もう少し早く両親の元に戻れたかもしれない。だがまだ幼い頃であったことと、泣き止まない怜のことを慰めるのに必死でそれどころではなかった。
『おどーざーん! おがーざーん!』
『大丈だよ、絶対に見つかるから!』
まだ幼かったこともあるが、泣くことしかできなかった怜。彼女だって泣きたかったはずだ。勝手に走り出した弟に巻き込まれて迷子になってしまったのだから。たった一歳しか違わない彼女も心細かったはずだ。それでも姉だということだけでしっかりとしなければいけないという責任感を幼いながらに感じていたのだと今更ながらに思う。
天音がいつもいう言葉――大丈夫だよ――でもやはりそれは姉だからそうできるのであって、自分のような人間はいくら頑張ってもやはり無理だった、と少し悔しく思う。
いつも守ってもらってばかりだった怜。それは高校になっても変わらない。
本当にそれだけで良いのか。守ってばかりで、男として恥ずかしくないのか。そう思うとどうしてあそこで諦めてしまったのかと後悔する。姉を探し出すために二人と別れたのではないのか。絶対にもう一度会う約束までして、それを一方的に破ってしまった。今頃どうしているだろうか、無事に家についただろうか――夢を見ている中で怜はそう考える。あの時から何ひとつ変わっていない。姉に守られる、助けられる自分。女なのに男の自分よりも強い、腕っ節じゃなく、心が。そんな姉が誇らしく、そして妬ましかった。
――一度でいいから、そんなことしてみたかったな……。
子ども染みた望みであるが、怜にとっては小さな恩返しでもあった。
そんな彼はゆっくりと夢から覚め――そして再び現実にて意識を覚醒させた。