表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ホワイト・メリー・オブ・マエバシ

作者: Haku

前橋を舞台としておりますが

このストーリーは完全フィクションであり

全く関係ありません。

前橋に「メリーさん」は居ません。

群馬弁も結構適当ですのでご了承下さい。



其処には、痩せた一人の老女が立っていた。


おやまあ、あんたかい、この婆さんの昔話を聞きたいってのは…

若けえのに可笑しな人だいね。あははは。

さ、取り敢えず座ろう。私は腰が悪いもんでね。そう言えば、あんた名前は?

……そうかい、じゃあ春山さん、あんたは何処に住んでるん?…、前橋の…桃ノ木川の近く。あはは。

私の実家と結構近いよ。ほら、H尋常小学校…あ、今はH小学校かい。

彼処の近くに小さいお寺があって、その脇の道を曲がったとこにあったんさ。

今は取り壊されちまったけど、でけえお屋敷がさ。それが私の実家だった…懐かしいねえ。

そう、そう。私は娼婦になる前は金持ちのお嬢さんだったんさ。

…私が十二の時、親父が死んで、家が危なくなってね。

母は箱入り娘で仕事なんて出来なかったし、弟たちは皆小さくて働けなかったし………

それで、あたしが奉公に出ることになったんだよ。

行き先は遊郭…あの頃は銘酒屋、っていたかね。

ほら、中央駅分かるかい。あすこのすぐ傍の飲み屋街だよ。

尤も、今じゃすっかり寂れちゃって当時の俤は無いけどねえ……

あの頃は全盛期で、凄かったよ…色々と………


店に入って最初のうちは女中みたいな事をしていたよ。

姐さん達のご飯を運んだり、洗濯や掃除をしたり…

一年位経った頃、一人姐さんが死んじゃってね。…梅毒で。

それでいよいよ私も客を取らされる事になったんだけど…怖くて怖くて。

なんせ御嬢さん育ちだったからね。裏社会なんてちっとも知らずに生きてきたからさ。

まさか御嬢さんの私が娼婦になるとは思わなかったよ。

娼婦達が夜通し猫撫で声で客を呼ぶ色街の……

其の風景の一部になるなんてさ……



慣れと云うのは恐ろしい。

最初は客と寝るのが痛くて気持ち悪かったんだけど…

仕事をこなしていくうちに、なあんにも、感じ無くなっていったんだよ。

身体が冷え切って、神経がだんだんと壊死して往く様に……

温かさを感じ無くなっていったんだよ。

そう、男の欲望と家の借金の為だけに働く人形に為って仕舞ったのさ。

どうやって客を呼び寄せて、如何やって抱かれるか、如何やって男を喜ばせるかっていうマニュアルが

ぜえんぶ頭にインプットされていて、その通りに動くだけ――――――

あの雪の日にあの人が来てくれなかったら、

私は心を失った儘、“赤いメリーさん”みたいに為っていただろうね。


二月十九日、雪が降っていてとても寒い日でね。客がちっとも来ないから、

今日は休みにしようかってとこに一人、遣ってきたんだよ…

格子窓の外をぼうっと眺めていたら、男と目が合ってね、

男は私を見るなり大層驚いたように目を見開いて、うちの店に入ってきた。

スラッと背が高くて、鼻梁が通った端正な顔立ちで……

それはそれは目が覚める様なすごい色男だったから直ぐに姐さん達が誘い始めたけど、

それらを制して私の所にやって来て…「深雪(みゆき)、か?」って聞いたんだよ。

勿論「違うよ、私は雪弥(ゆきや)よ」って云った。雪弥っていうのは私の源氏名ね。

そうしたら彼は遣る瀬無いというか切なげというか――――

なんとも言葉にし難い表情(かお)をして、

「そうか、すまないね。雪弥、君はここの女かい?」

「ええ、お兄さん、私を買ってくれるの?」

「ああ、買おう」


それから私達は二階に行ってお酒を飲んだりしたんだけど

彼――――渥美さんはそんな()はせず、

私に質問ばかりでねえ。


「雪弥、年は幾つだ?」

「十五」

「何処の生まれかね?」

「前橋よ」

「前橋の何処だい」

「…んー、川、の近く」

「いつからここに?」

「十二の……ねえ、」

「何?」

「さっきから、質問ばかりね」

「ああ、すまない」

「どうして、そんなに私のことを聞くの?」

「…気に、なってしまってね」

「何故?」

「…君が…ある、ある()に、とても良く似ているんだ………」

そう云って、黒曜石の様な()を細めて微笑んだ彼の魅力的だったこと――――

でも、渥美さんは二十八歳になるというのに未だ独身でいるらしかったよ。

まだまだ女遊びをしたいから妻を持っていないのかと思ったけど、違った。

その後もうちの店に毎週来る割にちっとも女を抱きやしない。お喋りしたり、御飯を食べていくだけ…

彼が結婚しない理由は他にあったんだよ。

私もまさか、そんな物を抱えているとは思わなんだ…

でも、気付いたのさ。初めて会ってからひと月程経って、

とうとう彼が私を抱いた日に。


何故気付いたかって、ふふ、渥美さんがいけなかったのさ…

だって、事の真っ最中に名前を呼ぶんだもの……

“深雪っ”、“深雪”って何度も呼ぶんだよ…切なげにね。

「私は雪弥よ」って云ってやろうかと思ったけど、辞めた。

気付いたんだよ、私に似ている娘っていうのは“深雪”って子で、

渥美さんはその子を狂おしい程愛しているけれど、それは叶わない恋で、

だから似ている私を“深雪”の代わりにしている。

私はそれでこう考えた。ああ、じゃあ彼の前では“深雪”で居よう、

この可哀想な色男(ひと)の為に身代わり人形になってあげよう、って………

その時はまだ深雪が誰なのか分からなかったけど、

噂好きな一人の姐さんが渥美さんについて色々聞きつけてきて教えてくれた。

何でも渥美さんはそとでは有名な人で、大商家の御曹司で東京の大学を出て、

暫くそちらで働いていたが、家を継ぐ為に地元の群馬に返ってきたらしい、と。

それから、美人の妹が居て、とても仲が良く、近所では評判の美人兄妹と名高い。

妹さんはもう結婚して、子供も居るが、兄の方は相手数多なのに未だ独身、だとも。


これで謎が解けた。

―――――――――渥美さんは、妹さんを愛してしまっていたんだ。

渥美さんが「狂おしい程愛しているけれど叶わない恋」の相手というのは妹さん。

ああ成程、それで私を中々抱かないでいたのか……

そして、渥美さんは妹への想いを捨て切れず結婚出来ないでいたと。

あの時、私を“深雪”と呼んだのは私が妹に瓜二つだったからで

私を選んだのは彼の行き場の無い恋心の為であったと――――――――――





でもねえ、そう気付いた時にはもう、取り返しのつかない事になっていたんだ。

私も、彼も……



「雪弥!客だよ」

「はあい……誰…」

「…決まってるじゃないの。あの色男だよ。とんだ上客が馴染みになったもんだ」

「……やあ、雪弥」

「あ…渥美さん…」

「渥美さん、おしげりなまし…なんて、ふふふ」


渥美さんはうちの店に毎週遣って来たよ。私の馴染みの上客になった。

その頃にはもう私は彼に客として以上の感情を抱いていたねえ。

おまけに彼も彼で私以外の女と遊んでいないみたいだったから、少なからず自惚れていたよ。

でも…私は渥美さんを愛していたとしても

彼にとっての私は唯の“深雪の代わり”でしかない、とも思ってた。

不毛な恋だったね。


「渥美さん、」

「なにかね?」

「毎回毎回私としか遊ばないのね。私なんかより綺麗な姐さんは沢山いるでしょうに」

「君とが好いんだ。喋るのも酒を飲むのも、…一緒に寝るのもね」

「深雪さんとそうしてる気分になるから?」

「…………判って……たのかい?」

「良いのよ、渥美さんが傍に居てくれるなら、何だって、何だって良いのよ」

「、雪弥…?」

「雪弥って呼ばなくても良いわ。深雪って、呼んでも良いのよ。

 私が貴方の深雪になるわ。(わたし)を…愛しても、良いのよ……!」

「ああ、ああ、ああ………み…いや……雪弥、君は雪弥だ…

 すまない、確かに最初は君と深雪を重ねていたよ。

 でも、雪弥…今は違うんだよ」

「………あ、っみさ……ぁあ…!駄目、そんな直ぐに、ぃ…!」

「……一緒に、いこう……外界(そと)に」



それから私達は、三日後に大橋で落ち合う約束をして、その日は別れたんだ。

あの時ほど時間が過ぎるのを急いた事は無いね。

遂に遣って来た三日後の朝…

その日は梅雨で雨が降っていてね。身体も何だか怠かったんだけど、

一目散に大橋までタキシ―を走らせたんさ。

でも…突然、私喀血してしまってねえ…タキシ―の中で卒倒したんだよ。

渥美さんとの駆け落ちの為に買った真っ白のワンピースが真っ赤に染まって……

目を覚ましたら其処は病院で。

でも頭が少々イカレてた私は大橋に向かおうとしたんだわ。

直ぐに姐さんにとっ捕まえられたけどねえ。


「雪!!その体で何処行くん!?」

「大橋、行かないと……あつみ、さ…ゲホッ、待っ…てん…」

「渥美!?何なんソレ、お前の客の……… ああ、ね」

「約束したん、さ……一緒に…」

「諦めな。もう………、無理だ」

「……もう…?」

「結婚したんだよ。昨日。其れに前橋には居ない。…もう、無理だ」


その時に、一生分の涙を使い果たしてしまったね。

それからずっと私は泣いていないよ。


姐さんが云うに、私は結核で倒れて一週間も寝ていたらしい。

そして私が目を覚ます前日、彼は結婚して、東京に引っ越したって。

店が大きくなって東京に店を移す話が前からあって、

彼に東京のお嬢さんとの縁談が出ていたんだけれども彼はずっと渋っていたんだと。

だけれども五日前、半ば強引に縁談をまとめてしまった。

渥美家は丸ごと東京に移ってしまって、店もなあんにも残っていない。

残されたのは哀れな娼婦が一人……




それが今やみすぼらしい年金暮らしの婆さんさ。

私の話は以上。

何か質問あるかい?

何?見せたいものがある?…何だい、写真?




……ああ………

これ、……もしかして

あんたの旧姓は…渥美……

じゃあ渥美さんの、孫なのかい……

ねえ、良かったら、良かったら…哀れな婆さんに、この写真をくれないかい?

ああ、ああ……ありがとう

嫌だ……水だよ、涙はあの日に枯れた筈なんに……

少しばかり、残っていたみたいだねえ………

ふふ…これでもう、ずうっと一緒だよ………









“君と出会えて幸せだったと、云っていましたよ”










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ