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雪の卒業式 作:快丈凪

 下校時間は過ぎ生徒は勿論、教師も少しずつ帰り始めるぐらいの遅い時間、真っ暗な校舎の隅っこの少し古い教室からピアノの音色がする。

 弾いているのは少女。長い黒髪が動く度にサラサラ揺れる。


 彼女が熱心にピアノを弾く理由……それは明日が卒業式だからだ。彼女はピアノが人より少し上手だという理由で1年生で唯一、卒業式の参加を許された。先輩たちの門出にふさわしい演奏をしなければならない。


 彼女が一生懸命な理由――実は、もう一つあった。それは……


 ガチャッ。


 その時、音楽室の扉を誰かが開けた。見回りの先生か誰かだろうか……。

 彼女が演奏を中断し扉の方を見ると、そこには男子生徒が立っていた。


「間宮、まだ居たのか?」

「先輩……」

 彼女はピアノの鍵盤に目線をそらした。

「てっきり俺だけだと思ってたのに、ピアノの音がしたから間宮だと思ったんだよ。遅いのに頑張るなぁ」

 先輩と呼ばれた生徒はピアノに近づきながら言った。

「明日が本番なんで……」

 間宮と呼ばれた女子生徒は少し照れたように言った。

「ま、確かにな。でも、そろそろ帰った方が良いぞ。暗いし」

「はい、分かりました」

 彼女はそう言うと急いで楽譜をカバンにしまい、ピアノの片付けをし始めた。



 音楽室を出ると、"先輩"が待っていた。

「間宮、送るよ。遅いし」

「えっ……でも……」 彼女が戸惑っていると、彼は力強い口調で、

「いいから。な?」

 と彼女を真っ直ぐ見て言った。

 彼女は顔を紅潮させながら小さく頷いた。


 ピアノを弾いていたのは間宮柚茉(まみや ゆま)で、"先輩"と呼ばれた彼は、松本彰史(まつもと あきふみ)という。


 生徒玄関を出た柚茉は、外の寒さに驚いた。息も真っ白だ。

 柚茉がマフラーに顔を埋め、縮こまっていると、彰史も出てきた。

「うわっ、寒いなぁ……明日は雪かな」

 彰史は小走りで柚茉の側に来た。

「雪……ですか?」

「うん、こりゃ降るね。早く帰ろう」

 彰史は校門に向かって歩き出した。柚茉も後を追う。


「間宮ん家って、どの辺?」

葵坂(あおいざか)です……」

「近所じゃん。俺は影山(かげやま)

 彰史はニッと白い歯を出した。柚茉は小さく微笑む。


「早いなぁー……明日で卒業かよ」

 彰史は後ろで手を組みながら言った。


「あっと言う間でした?3年間って……」

 柚茉は彰史に尋ねる。彰史は白い歯を見せて、

「まあね」

 と笑った。


 その後二人は他愛のない話を少しして、気づいたら柚茉の家の前に着いていた。


「あ、先輩、私はココで……」

 柚茉はそう言って家の前で立ち止まった。

「へー、間宮ん家ってココなんだ」

 彰史は柚茉の家を見渡しながら言った。

「でかい家だな、お前んち」

 彰史はからかう様に柚茉を見る。柚茉は照れながら小さく首を横にふり、彰史を見た。

「ん?どうした?何か付いてる?」

 彰史は自分を真剣に見つめる柚茉へ聞いた。

「先輩、頼みがあります」

 柚茉が思いきった様に言った。彰史は不思議そうな顔をして柚茉を見た。

「先輩の第2ボタン、私に下さいっ!」

 彰史は驚いた。普段はおとなしく、こちらから話しかけないと口を開かない柚茉が……自分から彰史に、しかも第2ボタンをくれなどと言ったのだ。

「明日が本番ですから、式が終わった後で構いません……ボタンを下さい」

 柚茉は今まで生きてきた中で一番緊張していた。心臓の鼓動が速い。その音は頭にまで響いてくる。


「……ボタン、良いよ。でも条件つき」

 彰史の言葉に驚き、今度は柚茉が不思議そうな顔をした。

「明日ピアノが上手くいったら、ボタンやる」

 彰史はくるっと柚茉に背を向け、

「だから、明日ミスんなよ。今はピアノの事だけ考えてろ。じゃあな」

 そう言いながら、彰史は帰っていった。途中、手をヒラヒラ振ったがこちらを振りかえる事は無かった。



 彰史は生徒会長だった。外見も成績も普通だったが、明るいキャラクターからか彰史に惹かれた女子は少なくなかった。そして、柚茉もその一人だった。


「間宮……何て読むの?」

「ゆ……ゆまです!間宮柚茉です!」

 卒業式の打ち合わせの時、初めて柚茉は彰史と会話をした。

「へぇー、そっか!なるほど。ピアノ頑張れよ、間宮柚茉!」

 彰史は屈託のない笑顔を柚茉に向けた。その瞬間、柚茉の想いは"憧れ"から"恋"に変わっていた。


 突然第2ボタンが欲しいなんて言って……彰史に自分の想いが分かってしまったかもしれない。

 柚茉は不安になりつつも家に入り、明日に備える事にした。しかし、ピアノの事を考えようとしても彰史の笑顔がなかなか消えなかった。


 次の日の朝、彰史が言ったとおり雪が降っていた。地面や屋根がうっすらと雪に包まれただけだが、柚茉は昨日の彰史を思い出していた。



 そして午前9時30分……式が始まり、2年生の伴奏に合わせて卒業生が入場してきた。

 柚茉は職員席の近くで待機しており、入場する先輩たちを見ていた。その中に彰史の姿も見つけたが、彼は脇目もふらずに歩いていた。


 卒業証書授与……代表は首席の卒業生だったが、柚茉は彰史が気になっていた。

 そして校長祝辞。……お決まりの言葉から始まる。すると話の途中で係の先生に

「間宮さん、そろそろ準備して」

と耳打ちをされた。柚茉は小さく頷いてピアノのある体育館の舞台そでへ行き、周りから見えない所に座った。


 ここからは話をしている校長先生しか見えない。

 今私は一人……そう考えた途端、柚茉は緊張してきた。心細い。ピアノの発表会を何年こなしていても、それとは規模も重さも違う……。手が震える……。


 その時、拍手が聞こえた。……校長先生の話が終わったみたいだ。

「続きまして送辞。在校生代表―……」

 ふと壇上を見ると今の生徒会長が送辞を読んでいた。ならば次は……

 心臓の鼓動が高まる。多分次だ……次は……


 送辞を終え、拍手を受けて壇上を去る生徒会長。

「続きまして答辞。卒業生代表、松本彰史」

 コツコツと足跡が近づいて来る。

 心臓はもはや柚茉の物ではないみたいに、せっかちに鼓動を早める。


 彰史が壇上に上がってきた。一礼をして答辞の紙を開け、読みはじめた。


 今、ココには私と先輩しか居ない……。

 柚茉はそう思った。何百人もの人に見られてはいるものの、この舞台の上に居るのは柚茉とピアノとマイクと彰史だけだった。


「―……卒業生代表、松本彰史」

 一礼して、舞台を後にする彰史。柚茉はこの次の卒業生退場の演奏の為、立ち上がり、ピアノの側へ移動した。

「卒業生退場。演奏は1年、間宮柚茉さん。曲目は"別れの曲"」

 アナウンスが流れ、柚茉は舞台そでから現れ、一礼をした。

 拍手に包まれ、ピアノの前のイスへ座る。柚茉の緊張はピークだった。

 それでも、震える手で楽譜を開き、手を鍵盤の上に置いた。


 柚茉は深呼吸をして呼吸を整える。それと同時に気持ちを切り替た。

 柚茉はピアノを弾き始めた。演奏が流れ始めると在校生が順番に立ち上がり、卒業生は次々と退場してゆく。


柚茉の位置から卒業生の姿は見えない。しかし、今の彼女はピアノ以外を考える余裕が無かった。


 最後の生徒が立ち上がったとき、曲はクライマックスを迎えた。ちなみに、柚茉が弾いているのは卒業式用に原曲を短く編曲したものだった。


 最後の音を弾き、余韻が残る体育館。その音が消えた瞬間、割れるような拍手が聞こえた。柚茉は立ち上がり、お辞儀をして壇を降りた。


 柚茉は一つも間違えなかった。彰史との約束を守ったのだ。柚茉は弾き終えた達成感と周りの先生の嬉しそうな表情を見て心から安堵した。

 こうして卒業式は無事に終わったのだった。


 体育館を出た柚茉を彰史が待っていた。

「よっ、お疲れさん」

「先輩……!」

 柚茉は彰史の方を向く。すると彰史は何かを柚茉に投げた。受け取った物を見てみると、それは学生服のボタンだった。

「先輩……」

「あ、因みに第2ボタンね。他のが良いって言っても無いよ」

 彰史はそう言ってボタンがすっかり無くなった学生服をヒラヒラとひるがえしてみせた。柚茉は思わず微笑む。


 彰史は真面目な顔で柚茉に近付いてきた。柚茉も彰史を見る。


「ありがとう。良かったよ……間宮のピアノ……」

 気づいたら、柚茉は彰史の腕の中にいた。

「えっ……先輩……」

「あのさ、俺な、これから学校来なくて良いんだよね」

 彰史は柚茉を見ながら続ける。

「それって、楽で良いけど、間宮の顔見れなくなるって事だろ?それは嫌だ。だからさ……側に居てくれよ、間宮」

 そう言うと彰史はくるっと背を向ける。きっと顔は真っ赤だろう。後ろ向きでも耳が赤い。でもそれは……きっと柚茉も同じだ。


 彰史は柚茉に背を向け、返事を待っている。その時、腰の辺りに抱きしめられる感触があった。慌てて振り返ると、顔はよく見えないが確かに柚茉が抱きついていた。


「側にいます。ずっと……」


 彰史は微笑み、柚茉の手をそっと握った………。


 今、雪が舞い始めた。

 皆は別れを惜しむ雪だと言う。

 しかし、卒業式に舞い降りた雪たちは、その日に結ばれた二人に優しく降り積もっていった。まるで二人を祝福するように………。






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