表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

理不尽 作:菫

 平成十八年三月十日。

 大賀中学校の私たちは、今日、卒業の日を向え、こうして式に臨んでいる。

 卒業証書授与の中、音楽教師がピアノを引いている。悲しげに、そして優しく心に

響く――。ショパンの「別れの曲」だ。

『同じく、水無月涼』

 私は返事をして立ち上がった。

 

 今こうして、卒業式に立っているのは、この学年メンバー全員ではなかった。一つ

だけ、誰も座っていないパイプ椅子がある。そこには笑顔で笑う一人の男子生徒の幸

せそうな顔がある――。


*  *


 ある日、事件は起きる。


 その日、私こと水無月涼の隣の席の人物は、朝からいなかった。担任に聞いても分

からない、連絡がないの一点張りであった。

 昼休み、その担任が教室に飛び込んで――文字通り、飛び込んできた。そしてあま

りの勢いのよさに、転んでしまってクラスから笑いが起きる。しかし、その教師――

男――はにこりともしなかった。ただ、驚きと悲しみと恐怖に目を見開いていた。

「せ、先生?」

「どーしたの、先生?」

 走ってきたと見え、息があがっており、しかもなかなか立ち上がらない。言ってお

くが、彼は体育教師だ。

「ちょっと、先生落ち着いてよ……」

「おいおい、大丈夫?」

 彼は言った。

「ああ、大丈夫だ……いいか、皆良く聞け」

 この寒い季節だと言うのに、額に汗を浮かべて彼は言った。


「高原修平が……死んだ」


 そう言った彼の目に、光はない。

 私は無意識に隣の席に目をやる。

――そこは、朝から空席だった高原修平の席だった。


 彼は、高原修平は人気者だった。けれど、彼は病気だった。そんなに、入院するほ

ど大げさな物ではなくて、喘息だと言っていた。だから体育の授業はあまり動き回ら

なかった。けど、明るくて、頭が良くて、生徒会にも入っていた。人当たりが良く

て、周りから好かれていた。

 そんな彼が――死んだ。

 しばらく、皆呆然としていた。当然だ。昨日笑ってさよならを言った相手が、今日

死んだと聞かされて、すぐに対応できるものではない。

「ど、どうしてですか!」

 一人が叫ぶ。教師は答えた。

「隣のクラスの西田が……昨日、チンピラに絡まれていたそうだ。それで、高原はそ

れを助けに行って、喘息の発作を起こした。病院に運ばれたが、もう遅かったそう

だ。今朝、息を引き取った……」

 クラスから、やっと沈黙を破るすすり泣きが聞こえてきた。

――なんて、理不尽な世の中だろう。

 正直者が馬鹿を見るなんて言うけれど、高原修平はその代表的な例の一つになって

しまったのだ。なんて――理不尽で、悲しい世の中だろう。こんな事が、許されるの

だろうか。

 涙が、流れなかった。


 その日、家へ帰って私はただぼーっとしていた。

 何も、手につかなかった。

――高原修平は、昨日の英語の授業で教科書を忘れてしまい、私が机をくっつけて見

せてやった。ごめんごめん、なんて謝っていたっけ。

 なぜだろう、と考える。

 なぜ、彼は死んでしまわなければいけなかったのだろう。そのチンピラ共が死んで

しまえば良かったのだ。なぜ、彼だったのだろう。

 答えは、案外簡単に見つかった。

――彼は、優しかったんだ。


 二日後、クラスでお葬式に行った。授業はほったらかしだ。当たり前である。

 代表が作文を読み上げる。

『なぜ、彼が死んでしまうのか。どうして彼でなければならなかったのか、不思議で

仕方ありません。彼は、西田くんを助けようとしただけです。それなのに、どうして

死んでしまわなければならなかったのですか。聞けば、事件があったのは商店街の中

だったそうです。僕は、怒りを感じます。当然、そこにはたくさんの大人がいたはず

です。なぜ、なぜ助けてあげなかったのですか……』

 代表の彼は、そこで嗚咽を漏らした。そして再び気丈に顔をあげ、話し出しまし

た。

『世の中は……どうかしています。高原くんには、将来がありました。あったはずで

す。やっぱり、世の中はどうかしている、理不尽です』

 私は、その言葉に顔を上げた。そう――理不尽なのだ。

『ここには来ていないかもしれないけれど、あのとき商店街にいた皆さん。その人た

ちが、全員――高原修平だったら、オリジナルの高原修平は助かったのです。……僕

ら学生は、これから社会に出ます。昨日、クラスで誓った事があります。それは、こ

の世の中を変えてやることです。少しでもいい、それが引き金になってくれれば、高

原くんのような可哀相な死者が少なくなるはずです。――誓います。僕らは、社会に

貢献し、今の世の中を変えていくことを』


 本当だろうか。商店街に、大人がいたのだろうか。いたのなら、高原修平は助かっ

ていたはずだ。

 理不尽だけど、無情な世の中ではないはずだ。

 きっと、そこにいた人々はそれなりに彼を助けようとしたと、私は信じたい。でな

ければ、私は怒りが爆発して、どうにかしてしまいそうだから。


*  *


 彼のいない卒業式は、幕を閉じた。

 全校で奏でるこの歌声が、天国の彼へと届くよう祈りを込めて。


*  *

 

 世の中は、理不尽である。そうは思わないですか?

 正直者が馬鹿を見る世の中なんて、おかしいのです。正しい事が、世間に波風を立

てると言うのなら、思い切り波風を立たせてやりたい……。




「理不尽」の作者、菫にございます。

まずは最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m

本当は「別れ」の囚われないで、暗くない話にしようと思ったのですが、結局コレで

した(苦笑)

これからもバンバン短編を書いて行きたいと思います。

ネタなどありましたら、ご提供願いします。

菫でしたっ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ