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[83]私の名を呼ぶまで:最終話;

 ヨアキム皇子と結婚して六ヶ月が過ぎてしまいました ――


 私のヒントが良かったのだそうで、ヨアキム皇子は名前を呼び間違うことなく……はあ。結婚なんてするつもりなかったのに、次期皇帝になる皇子さまと結婚とかさ。


 はあ……ふう……ちっ!


 溜息をつくと幸せが逃げるというけれども、手元に幸せなんて残ってないって。いや客観的には幸せに見えるだろうけれどもさ。

 不幸か? と問われたら、間髪入れずに「不幸だ!」と答えられる自信はある。誰も聞かないだろうけれどもね。傍からみたら幸せその物だろうからさ。

 まあ食べるに困らない。困らないどころか美味しいものを毎日食べられる……それは幸せなことなんだろうけれども……でもねえ。

 ベニート殿の側室たちとも仲良く過ごせているし、ブレンダは相変わらず綺麗なドレスを作ってくれるし、宝石商は輝く宝石を届けてくれている。

 エドゥアルド皇子のお妃となった側室リザ殿……いや、リザ妃とも仲良く過ごせている。別に過ごしたくはないんだけど、向こうが頻繁に来るからさあ。


 リザ妃とエドゥアルド皇子について文句を言うと、ヨアキム皇子の目から輝きが失せる。私以上に困らされているんだろうな……でも言うけどね。そもそも二人は皇子の従兄と弟だ。責任を持って欲しい。

 バルトロ皇子は無事に神官になりました。良かった、良かった。それだけは本当によかった。


 私とヨアキム皇子はバルトロ皇子が使用していた後宮に移り住むことになった。理由はヨアキム皇子が使用していた後宮が、ちょっと大変なことになったからだとか。

 私は立ち会っていないから知らないけれども、誰に対しても情け容赦なしに爆ぜる呪いが発動するとか。

 信用しなかった高官がヨアキム皇子を怒らせる発言をしたらしく、彼の妻と生まれたばかりの娘を連行し、赤子を後宮に投げ入れたら爆ぜたそうだ。

 目の前で赤子が爆ぜ、発狂した産後まもない高官の妻も叩き入れられ爆ぜて、呆然としている高官に「信用できたか」と冷酷にヨアキム皇子が語り彼もまた後宮で爆ぜたとか、なんだとか。


 冷酷なヨアキム皇子が想像できない私には、嘘にしか聞こえないけれども。


 ちなみに高官がヨアキム皇子を怒らせた言葉というのが「側室を持ちたくはないから嘘をついているのでは」といった意味合いのことだったらしい。……そりゃ、怒るよね。嘘つき呼ばわりされたらさ。

 使えないものは仕方ない。

 それで現在私が住んでいるのはバルトロ皇子が使っていた後宮。

 おかしくなった後宮はヨアキム皇子に割り当てられていた分で、他の後宮に被害はないそうだ。


 それでまあ、まったく血の繋がりのない皇后さまに、ヨアキム皇子のお母さま、一時期お世話になったベニート殿の母君、なぜか元恋人だったレイチェルさんとも、仲良くできてます。それといつの間にかユスティカ王国に帰ったエスメラルダ姫と手紙のやりとりをすることに。

 数少ない妃としての仕事ってことで、仕方なしに書いているけれども……二十日に一度、だめ出し食らってます。字が汚いとか、文章が美しくないとか、ヨアキム皇子に関する記述が少ないとか。

 エスメラルダ姫が手紙に書いて欲しいのはヨアキム皇子のこと。ヨアキム皇子本人が書いて出せば? と思ったし、はっきりと言ったけれども……ヨアキム皇子のほうが先にエスメラルダ姫と文通してた。私ほど頻繁ではないらしいが、けっこうマメに書いているそうだ。皇子はだめ出しは食らっていないらしい。

 私は毎回エスメラルダ姫にヨアキム皇子を敬う姿勢がないと書かれて……実際あまり敬う気持ちがないってか……。

 毎回、毎回ヨアキム皇子の良い所を探すのも大変なんだけどなあ。ヨアキム皇子って美形ってこと以外、なにを書けば良いんだろう? 従兄が異母弟の妃なんです ―― なんて書けないし。

 これで欠点が思い浮かぶのならいいのだけれども、欠点は良いところ以上に浮かばない。勢いで私を妃にしてしまった時のように、短気なのは欠点かもしれないけれども、その時以来、短慮な判断を下しているのは見たことがない。


 エスメラルダ姫に手紙を書くために、またヨアキム皇子を観察するか。やれやれ……。


 カタリナは以前と変わらず元気に侍女してくれていて、手紙を書くときも協力してくれている。武器を置くことを命じられたアンジェリカは信仰の道へ。思い込みの激しさが治るといいね。無理だろうけどさ。あの思い込みの激しさは。

 アンジェリカから謝罪はされた。でも実際私を監禁したのはベニート殿だしね。なにより彼女のことよく知らないし。もう会うこともないだろうから、わりとどうでもいい。

 たんこぶについて、レイチェルさんに恨みはないよ、助けてくれたんだから。それにしてもあの庭師がレイチェルさんだったとは知らなかった。

 そしてあの日レイラさんについていて、私を危機に晒してしまったことで、ひどく落ち込んだシャルロッタ。

 でもあれは仕方がない。レイラさんが私を害しようとしているから、彼女を見張るよう、ヨアキム皇子に命じられていたのだから。


 ベニート殿はそこら辺の警備変更や監視の予定を前もって聞いていたし、相談されていたから、私の監禁予定、簡単に組めたらしい。


 ……で、シャルロッタはおめでた! 結婚三年目にして妊娠したので休職となりました。

 必ず帰ってくるので、その席を空けておいてくださいと言われた。お仕事に真剣な騎士なんだろう。うん、うん、待ってるよ。

 シャルロッタが戻って来てくれるまでの間、警備についてくれるのはノヴェッラさんという人。いままで見たことない人だけれども、ヨアキム皇子が”三年間だけ頼む”と「なぜか私に」言ってきた。

 ヨアキム皇子の言いたいことは分からないけれども、腕はたしかで、エドゥアルド皇子が剣の稽古を頻繁につけてもらっているそうだ。


 偶に訳の分からないことを言っているけれども、気にする必要はないだろう。


 最近困ったことと言えば、シャルロッタが妊娠したことで、私も妊娠を希望されるようになったことだ。

 諸事情により私はヨアキム皇子のたった一人の妻になってしまったので、希望されて当然なのだが……失敗したなと思ってる。

 ヨアキム皇子と嫌々結婚したので、初夜の日に拒否したら「分かった」って。そして「お前がいいと言ってくれるまで待つ」となにもせずに終わった。

 それ以来、同じベッドで寝ても触れてこないし、話題にも出さない。

 でも凄く「やりたそう」な目でこっちを見ている時が。欲求不満なら愛人作って下さい。それにしても失敗した! 自分からヨアキム皇子を誘わなくてはならないなんて! 黙ってなし崩しでやってたら、こんなことにはならなかったのに。私のばかー! そしてヨアキム皇子のばかー!

 冷酷な皇子なら、嫌などという意見など無視してくれたらよかったのに! ……絶対ヨアキム皇子、冷酷じゃないから。

 それにしても今更ヨアキム皇子をどうやって誘えと?


「遠乗りに出るぞ」


 なんだか、ヨアキム皇子が馬に乗せてくださるのだそうで。

 椅子に腰掛けるように乗せられたのですが、こう……安定が悪いし、私らしくないので、ヨアキム皇子と同じように跨ることに。

 私の背後に乗ったヨアキム皇子が手綱を引いて、やたらと格好良い黒馬が駆け出した。どこに掴まればいいの! と思ったものの、ヨアキム皇子がしっかりと私のこの肉厚というか、佳麗なくびれなどない腰に手を回して抑えてくれていた。

 ありがとうございます、ヨアキム皇子。でも馬に乗せたいって言ったのは皇子なので、このくらいは当たり前でしょう。

 城内の丘……ラージュ皇国の王城は城の中になだらかな丘がある。おまけに周囲に建物が見えないという。さすが大国、城の規模がすごい。


「ここからは降りて向かう」


 ヨアキム皇子が降りて、手を貸してくださいましたとも。馬は後からきた騎士たちに預けて……で、徒歩で丘登り。


 辿り着くとそこには……最近さあ、奇跡の花ともてはやされている私の名と同名の花が。正確には私の名はその花から取ったんですけれどもね。

「いままで、この花はここには咲いていなかった」

 ヨアキム皇子まで奇跡とか言うなよ! 大体この花、どこにでも咲いている、雑草と大差ない花じゃないですか!

 いままで手を尽くしてもどうすることもできなかった荒れ地に花が咲いたって、誰かが撒いた種か、捨てた根が根付いたかの二つの一つか、両方でしょうよ。


 丘に立って辺りを見回す。


 私と向かい合い、手を握ったヨアキム皇子は、

「私はお前に後継者を産んで欲しい」

 切り込んできた! いきなりなんですか! でもまあ、あれだ。誘わなくて済んだようだから、これは誘いに乗るべきだな。

「エスメラルダに”はっきりと言わなければ通じないだろう”とアドバイスをもらったのでな」

 文通内容ですか? 文通内容なのですね!

 でも私似の平凡顔で生まれたら嫌だなあ。皇族はやっぱり美貌が大事だと思うのですが。

「考えて欲しい」

 また私の意見優先? 冷酷なヨアキム皇子はどうした! 聞いてもらえるのは良いことなのだろうが。でも……「いや」という答え受け入れてくれるのだろうか? そんなの望んでないよね、受け入れること前提だよね。

 ヨアキム皇子からは逃げられないし、大国相手に逃げるほどの気力もないので、この誘いに乗ることにしよう。今夜全裸でベッド待機で問題解決か。この機会、逃すわけにはいかないな。


 それにしても結婚式で名前を呼ぶためのヒントを出した時も、適当に出せば良かったのに、真面目に答えて気付いたら次期皇后ですよ。あの時もヨアキム皇子、真剣だったなあ。

 いや普段も真剣なんだけど……なんていうのかな? 真剣さの度合いが違うというのか。……私もよくは分からないのだけれども、たまに他人の真剣さに抗えない時がある。

「頼みがある」

 また頼みがあるんですか? ヨアキム皇子。私にできることかどうかは聞きませんが、この丘で話す必要があるのですか?

「ここがラージュ皇国の理の玉座だ」

 それは知りませんでした。……で、わざわざ誓いの庭に私を連れてきてなにをするつもりですか?

「私がお前を一生幸せにすると誓う」

 意味分からない。なぜに私を幸せにすると誓うのですか? ……って、いま誓ってしまったのですか! 私、ヨアキム皇子に幸せにしてもらわなければ、理をためることができなくなって、天災を防ぐことができな……うああああ! テオドラさんが言ってたじゃないですか! 天の楔は理と密接に結びついているから、理を溜めないと大変なことになるって。だから誓いは厳選してくださいって! 聞いてなかったんですか? ヨアキム皇子。ちょっとお待ちくださいよ! なかったことにできないのですか? なにが悲しくて私を幸せにするとか。

「それで……」

 ヨアキム皇子曰く、名前を呼んで欲しいと。意味分からないよ、この皇子。私はヨアキム皇子とは違って、一度も名前を間違って呼んだことはない。ちょっと発音悪くて”ヨアヒム”になったことはあるが、それは許容範囲内だろう。まったく違う名前を連呼した皇子に比べたら。

 でもまあ両手を握られているので、解放して貰うには名前を呼ぶしかない。

「それは違うだろう」

 ”ヨアキム皇子”は違うんですか? ……フルネームかな? ちゃんと覚えてますよ、ヨアキム・ラージュ・ヴィクストレームでしょう。それも違うと? なんと呼んで欲しいのだ? ヨアキム皇太子かな?


 違うのか! じゃあ、なんて呼んで欲しいんだよ! はっきりと言えよ、ヨアキム皇子。


「名前だけで」

 名前だけ? ……”皇子”ってつけるなってこと?

「お前は私のことを呼ぶときは、いつもヨアキム皇子だろう」

 いや、だって皇子は皇子ですから。皇子じゃない皇子なんて、ただの大陸一の美形なだけですよ。それはそれで凄いことなんでしょうが、ただの美形だよね。

 でもまあ、簡単なことですので、ご希望に添って呼びましょうか。なんとも抗いがたいので……なに、そんなに真剣になって名前だけ呼んで欲しいのやら。


「ヨアキム」



私の名を呼ぶまで【完】



「わたしの名前、ずっと間違っていたのに」

「それは言うな、私も反省している」




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