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[08]ブランシュ,カルラ

「義妹殿にお会いできて、本当に嬉しいです」

 私の目の前には、それは可愛らしい男の子が座っている。

 年齢からすると『男の子』じゃないのだけれども、雰囲気がとっても男の子……元気な女の子でも通用するかもしれない。

 昔後宮には美女がいたんだろうな……と思わせてくれる、皇子や従兄殿とは違う美形。

 毒気がなくて素直で可愛くて。

 エスメラルダ姫とお茶を飲んでいる時よりも、ずっとお姫様とお茶してる気分になれる。……皇子さまだし、皇子の兄なんだけれども。

 皇子の兄といっても皇后さまの息子なので異母兄弟だけど。

「弟は見た目で冷たいと思われがちですが、本当はとても優しいのです」

 兄皇子は皇子に心酔しているらしい。

 私にとっては名前を間違うだけの人ですが、兄皇子にとっては、顔に傷はあるがそれすら魅力になる美形で、政治手腕に優れ、芸術に造形が深く、国一番の剣の達人で優しい……ともなれば、半分身内ながらも褒めたくなるのは当然なのかもしれない。

「身内を褒めすぎて……その……」

 気にしなくていいです。

 ある意味、斬新でしたから。兄皇子の話を聞かないと、私の中の皇子の評価がだだ滑りなので問題ありませんとも。

 兄皇子は皇子を称賛し、

「私には弟がおりますが……」

 一方で私に警戒を促した。

 皇后が産んだのはこの兄皇子ともう一人の皇子で三男。

 皇子は二男で、側室の子。

 普通に考えたら皇子ではなく目の前にいるこの兄皇子が後継者のはずなのだが、皇后は皇子を推しているらしく、皇帝も『もっとも才能のある皇子を跡取りに』とばかりに乗り気らしい。

「私も両親と同意見ですが、弟だけは反発しております」


 いや弟皇子の気持ちも解るよ? だって側室が産んだ第二皇子が、皇后が産んだ第一皇子を差し置いて次の皇帝候補と聞けば、自分の感情も割り切れないはずだよ。


「またお邪魔してもよろしいでしょうか?」

 兄皇子の皇子絶賛を聞くのは中々楽しかったので、是非ともまた来ていただきたいものです。


「お妃さま。随分とお言葉を選ばれていましたね」

 侍女と二人きりになったところで、そう言われた。言葉は選ぶしかないでしょう。兄皇子の憧憬をぶち壊す気にはなれないので。

 絶対皇子同伴で兄皇子とは会わない。

 あんなに皇子に憧れている兄皇子に、私の名前を間違いまくっている姿を見せるわけにはいかない。私はあの可愛らしい兄皇子の憧れを守ってみせる。皇子の妃である間は。


 それはそうと、私と離婚とかそっちの問題はどうなっているのだろう? 皇子は賢いらしいので、任せておけば安心……かどうかは知らないが。


**********


「今度の夜会用のドレスだ、ブランシュ」

 侍女はブランシュではないし、夜会にも参加しないので、ブランシュとは私のことらしい。

 これが兄皇子自慢の皇子かと思うと頭が痛くなるが……最近は私にだけ発動するなにか呪いのような物なのではないかと疑っている。

 魔法は御伽話だけれども呪いは存在するからね。

 どこの村にも呪い(まじない)士はいるくらい、呪いは日常生活の隣に。村にいる呪い士は、腕が優れていない物や詐欺師みたいなのも多いが、首都なら本物の呪術師がいると聞いていたけれど……でも考えてみると私の名前が言えない呪いをかける利点がない。皇子にそんな呪いをかけるために莫大な金を払う人なんていないだろうから……やっぱり呪いじゃないのかも。


 皇子が用立ててくれたドレスは、見るからに高級品。


 シンプルで美しいタイプじゃなくて、ふんだんに使われたレースと生地の半分以上を隠してしまうほどの刺繍が施されたもの。

 まちないなく今回も夜会で”うく”ね。

 でも、折角だから袖を通させて貰おう。恥ずかしがりシンプルな物に換えてもらうのは簡単だけれども、これを作った人たちの苦労を考えたら夜会に着てでるべきだと。

 似合っているかどうか? 迄は責任を負えないけれども。

 ドレスを飾って、私は侍女と女騎士とともに街に出た。

 さすが大国の首都。物で溢れかえり、大勢の人が街を行き交っている。

「呪術師の店はこちらです」

 侍女は私の「皇子呪われ説」を聞いて、話に興味を持ち単独で呪術師の所へと足を運んで相談したのだそうだ。


 そうしたら”私”を連れてきてみな―― 言われたとのこと。


 呪術師の店は普通の民家のようで、知らなければぜったいに通り過ぎるような建物だった。室内も田舎の呪い士とは違い、清潔で見られて困るようなものは何も置いていない。

 目に就かないところに置いてあるのかもしれないけれど、動物の頭蓋骨を紐で括って飾りにしていないだけで、私の好感度は高い。

「おや」

 呪術師は男性だった。

 てっきり女性だとばかり思っていたので私は驚いたが、呪術師も私と同じくらい驚いていた。

「あなたに呪いはかかっていない。相手の男性は見ないことにははっきりと言えないが、恐らくそのような呪いはかかっていないことだろう」

 そうですか、呪いじゃないんですか。

 あれは素なんですか、それはもう救いようがない。

「後宮の女性であるあなた、おそらく妃であろうあなたの相手の男性を、ここに連れてくるのは無理だろうが……驚いているようだな。では種明かしをしよう。どうしてあなたが妃であることが解ったのか? あなたの着衣に”虫の包”がついている」

 呪術師は私の洋服の袖に手を伸ばし、見えない何かを掴んだような動きをした。人差し指と親指の間は空いているけれども、なにも見えない。

「あなたたちには見えないはずだ。これは虫師の虫だ……帰ったら室内が虫で溢れかえっているだろう。触っても害はない」

 私には見えない虫の”ほう”とやらを見つめながら、呪術師はそんなことを言った。

 視てもらった料金を押しつけて帰ろうとすると、

「腕のたつ呪術師か、呪解師に視てもらったらなにか解るかもしれない」

 耳より情報とまではいかないが、そんな忠告をくれた。

 私は侍女と女騎士とともに後宮へと戻り、いちおう深呼吸してドアに手をかける。

 虫なんて恐くもなんともないけれども、なにが出てくるか解らないから。

 ドアを開けると室内には、肥えているとしか言いようのない芋虫が大量に。

「お妃さま……」

 虫はいいのだけれども、ドレスがずたずたに引き裂かれていた。

 あの綺麗なドレスを、一体だれが!

 私は近くにあったケースに芋虫を放り込み、ドレスへと近付き触れて、あることに気付いた。

 このドレスは私が皇子から貰ったドレスじゃない。


**********


「違うと言うのか? カルラ」

 はい違います、皇子が手にしているドレスも私の名前も。

 私の名前はともかく、ドレスは違う。洗濯専門の下働きであった私は、指先で布の種類を判別し、その布にあった洗い方をしていた。

 住み込みで働いた先で学んだ技能だ。

「調査室へ運び、監視しておくように」

 皇子はドレスを髪の短い女騎士に手渡し、調査するように命じていた。

 私はあのドレスについてもう一つだけ解っているのだが、それは言わなかった。あのドレスは私よりもずっとスタイルの良い女性の物だ。

 引き裂かれていてもはっきりと解る。私のウェストではあのドレスは着られない。

 女騎士が出ていってから、皇子は騒がしい箱へ近寄った。

 中身はあの肥えた芋虫たち。箱の中でも自己主張激しく動き回っている。

 貴族や王族の姫君ならこれが嫌がらせになるのだろうけれども、田舎出身の私にはなんということはない。

 皇子は箱の蓋を開けて中身を確認し、

「虫師の虫か」

 呪術師と同じことを言った。見る人が見ると解るんだ。私には肥えた芋虫にしか見えないのに。

「虫の包だと? 誰に聞いた? カルラ」

 皇子が虫師のことを知っているのならと、先程呪術師のところで言われた”虫の包”にが私の袖口についていたことも教えた。

 ”虫の包”とは虫師が作る『虫の特殊な卵』のことで、孵るまで普通の人間の目には見えないものなのだそうだ。実際あの時見えていなかったのは、孵っていなかったからなのか。

 ”虫の包”の利点は、持ち運びやすいこと。

 私の部屋に撒かれた大きさの虫をこれ程の量運ぶと目立つ。箱に入れて歩いてもゴソゴソ煩くて、すぐに犯人が判明してしまう。

 それに”虫の包”は孵るまでの時間も自由に操れるので、いつ誰が持ち込んだものなのか? 調べ辛いのだと言う。

 私は皇子にこの一週間の間に訪れた人を教えるようにと言われ、侍女と一緒に名を上げた。

「エスメラルダとメアリーあたりが怪しいか」

 他にもお茶を飲みに来て下さった方はいらっしゃるのですが、皇子はこの二人を疑ったようです。

 私個人の意見としては、エスメラルダ姫は違うと思う。

 あの方、虫を撒いてご満悦になれる程度の低いプライドの持ち主じゃないと。ならばメアリー姫か? 聞かれると……否定し辛い。でもクローディア王女を侍女として、なにかを企んでいるようだし……まさか企みが私の部屋に虫をばらまき、ドレスを引き裂くことだったとか?

 そうだとしたら、侍女など雇わずにご自身で頑張れば、目立つことなく完全犯罪だったのに。


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