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私の名を呼ぶまで  作者: 剣崎月


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[77]透きとおった氷,  

 後宮の私物運び出しに向かったベニートだが、ヨアキムが考えているよりもずっと早く戻って来た。

 なんでこんなに早くに……と、理由を尋ねると、途中から側室警備を他者に任せたバルトロと、皇帝のマティアスまでやってきて、作業を手伝い始めたので、作業効率が上がった。

 全員後宮持ちなので、私物と配布品の見分けはつき、ベニートはヨアキムの後宮のことをよく知っているので、誰の物か容易に分かる。

「そうか」

 勤勉な父と従兄と異母兄弟の働きにより、ヨアキムはブレンダに横面を張られずに済んだ。

「ところでヨアキム」

「なんだ? ベニート」

「プロポーズをされてしまったのだが」

 できることなら一生避けたかった話題。

「……一応聞く。誰にだ?」

 だが、ここで決着をつけなくてはならないのだろうと、再燃した傷の痛みに耐えながらベニートに尋ねた。

「エドゥアルドにプロポーズされた」

 後宮の私物運びだしを二人で行っている最中に、はっきりとプロポーズされたのだという。

「……」

 無言で「不味いものを食べたときの表情」になっているヨアキムに、あの後 ―― オルテンシアを追うなと言われて残った ―― なにが起こったのかをベニートが説明した。


 エドゥアルドに先程の声はラージュ皇族でなければ聞こえないと言われ、ベニートは直ぐに正体をばらした。

 ベニートの口調になり、胸の詰め物を捨てて。その段階でエドゥアルドが事実を認めてくれたので、下半身を露出せずに済んだ。

 互いに認め、認められた後は無言になり、テオドラがやってくるまで二人は立ち尽くしていた。

 その後は当然だが気まずく、顔を合わせないようにしていた。

 妃やカタリナ、アンジェリカなどに事実を語った際にエドゥアルドが臨席していなかったのは、そこにベニートがいたからである。

 だが王城に居る以上、一生顔を合わせないわけにもいかず ―― ヨアキムの部屋で再会することになった。

「エドゥアルド、引っ込みがつかなくなってるような気がするんだ」

 ベニートはエドゥアルドも頭が冷えて、諦めてくれたと思っていたのだが、二人きりになったとき、突然プロポーズされ……その状況を想像したヨアキムは「夢の中で死を選ぶべきだった」と脳裏に自分の顔をし嗤うローゼンクロイツの姿を思い浮かべ、内心で呟いた。

「プロポーズについては知らんが、側室リザはエドゥアルドの後宮に移す」

「ええ!」

「迷惑はかけないと言っただろうが。それなのにお前は」

 妃からベニートの部屋を尋ねてそのまま監禁されたことを聞き、ベニートを移動させることに決めた。

 妃は自分がしてはならないこと ―― 妃が誰にも言わず、側室の部屋を訪問 ―― したことを詫びたが、ヨアキムはそれに関しては注意もしなかった。

 もともとベニートは妃を守り、補佐するために側室として後宮に留めておいたのだ。ヨアキム自身、何かあったら直ぐにベニートの元へ行くよう指示を出していたのだから妃の行動を咎める立場にはない。

 むしろ側室リザがベニートであることを教え、結果として危機にさらしてしまったことを謝罪する立場にあり、実際に謝罪した。

 妃は謝ってくれたのだからもう気にはしないと――

「いやあ……でも、私は殴ってはいないよ」

 妃はそれで済んだが、ベニートはそれだけでは終わらない。

「薬を嗅がせたのだろう?」

「うん」

「妃の体調が回復するまで三日を要したそうだな」

「適量ってのがそのくらいだから。でも本当に殴っていないんだって」

 ベニートが人攫いから没収した意識を喪失させる薬は、誘拐のために使うものではなく、殴るなどして誘拐してきた者たちの、手足を切り落とすために使われるもの。

 以前誘拐し、商品として売った者たちの足取りは掴めはしたが、このような商品を買うような者だ、それなりに金と地位があり、人攫いたちを捕らえた時のようにはいかない。


―― ワンダさんを通して購入者たちを呪いましょうか? 彼女の手足を切り落とした道具があれば。道具を一々買い換えないでしょう? ならば以前手足を切り落とされた人たちの呪いが染みついているはずです。ベニートさんもそれを期待していたのでしょう? ラージュ皇国の呪いをかけ直しにくる私に依頼しようと、ワンダさんの本名を隠すなど準備をして ――


 斧で手足を切られても気付かないほどの薬。分量を間違うとそのまま死ぬほどの劇薬。誘拐に薬を使わないのは薬が高価だから。

 ベニートは回収した薬を、人攫いたちで試し、適性な分量が本当であるか? 大量に吸い込ませると本当に死ぬのか? などを試した。何度も試し、人攫いたちがいう切り落としの適正量ではなく、誘拐に用いるに適した量を見つけ出す。


 妃は半日ほど意識を失う量の薬を吸わされていた ―― 量に間違いはなかったものの、ベニートは副作用までは考えていなかった。

 極刑である人攫いたちを、ゆるゆると殺すために試したようなもので、生きているのに瞳孔が開いていようが、幻覚を見て暴れようが構いはしなかった。


「殴っていようがいまいが、エドゥアルドに引き渡す。覚悟を決めて女になるなら、呪解師テオドラの所へいけ。あの人なら、簡単に性別くらい変えてくれる」

「性別変えられるのは嫌だなあ」

 文句をうだうだと言っているベニートに、

「レイチェルを連れてこい」

「分かった」

 ヨアキムに話があると言い、別室で待機しているレイチェルを呼びにいかせた。部屋に二人きりになる。

「レイチェル。どうして妃があの場所にいると?」

 レイチェルは側室リザの部屋で見たことと、自分がしたことを正直に話した。ヨアキムは少々気になり、ベニートに道具を持って来させて室内から外へと妃を出す際の行動を再現させて――たんこぶの原因がレイチェルであったことを知ったが黙っていた。

「最後にレイチェル」

「はい」

「オルテンシアを最後に見たのはいつだ?」

 レイチェルが妃に嫉妬していたら――

 そんなことはないだろうと、ヨアキムは信じていた。

 レイチェルは妃のことを嫌っていないばかりか、庭師として働いている時、妃に声をかけられて会話するような仲になった。

 妃の部屋から少し離れた場所で蛍が見られることを教えたのも彼女なのだ。「お妃さま、とても気に入ってくださったようで」そうヨアキムに告げた表情に、影も狂気もなかった。

「王女さまを最後に見たのは……ヨアキム皇子が後宮に引き返した後に、後宮を歩かれているのを見かけました」

 妃になりたくはないと言っていたレイチェル。その言葉が本当であることを知り、少々の寂しさと、鮮やかに身を引ける強さに惹かれたが、彼女の意志を尊重することが自分にできる最後のことだ。

「そうか。控え室に戻れ。もう一度呼ぶ」

「はい」

 ヨアキムは彼女を一度下げた。


**********


 部屋に残ったベニートが笑顔で自分の無罪を喜ぶ。

「彼女が運び出した際に頭を打ったみたいだね」

「そうなるようだな」

「殴っていないことは認めてくれるね!」

 妃を殴ったとなると、ベニートでも処刑される恐れがある。むしろベニートが皇族だからこそ処刑される可能性が高くなる。

 特定の男子以外立ち入ることができない後宮で、妃を殴る――これは殺す以外、防ぐ手立てがないと見なされてしまう。

「それは認める。だが原因はお前で間違いないな」

「確かに……まあ、御免と言っておくよ」

「私にではなく、妃に言え」

「はい」

 ”殴るより薬を使う方が性質悪いが……”思ったものの、処刑や処罰はしないことにした。

 ヨアキムはベニートの無垢な魂に少々弱く、それ以上にベニートは役に立つ。

「体が動かない私の代わりに、お前に色々なことをしてもらう」

「なにを?」

「まずは妃と私の離婚手続き。その後エスメラルダとの結婚、そして離婚。ユスティカ王国からも帰国させるよう連絡がきていたからな」

「分かった」

「離婚したことは妃に絶対に知られないように」

「そうだね。お妃さま、大喜びで”荘園はどこ!”って叫びそうだもんね……隠すの!」

「ああ」

「もしかしてお妃さまと再婚する気なのか! レイチェルはどうするつもり?」

 レイチェルと結婚するものだと考えていたベニートは”まさか!”という気持ちを隠さずに叫ぶ。ベニートからみても妃はヨアキムのことを何とも思っていない。レイチェルは男女の仲であることもあるが、ヨアキムに好意は持っている。

「これから話合う。最悪ベニート公子”さま”のお妃にするという手も」

「ちょっと待て、ヨアキム」

「とにかく妃には知られないように。カタリナが先日、妃の看病疲れを訴えていたから王城から出せ」

「出せって……どこに?」

「お前の母親の所に行かせろ。カタリナにシャルロッタ、あとブレンダも連れてな」

「なるほど……せっかくだから、エスメラルダ姫がお妃になっている間は、彼女に看病してもらったら?」

「エスメラルダがしたいと言ったら構わんが」

「じゃあ仕事してくる」

「もう一度、レイチェルを呼んでくれ」

「うん……刺されるなよ、ヨアキム」

「約束できんな」


 再度部屋へとやって来たレイチェル。深みのある茶色のドレスを着て、艶のある黒髪を降ろしている。そのせいで美しい顔が少々隠れてしまっていた。

「レイチェル」

 声をかけられたレイチェルは、ヨアキムの方を向き、右側面の髪を耳にかける。耳元には色のダイアモンドのピアス。

「はい」

 レイチェルによく似合っているなと考えながら、ヨアキムは彼女の希望通り別れることにした。彼女の希望だけであったらヨアキムは聞き入れなかった。聞き入れたのは他でもない、ヨアキムの気持ちもレイチェルと同じになったから。

「妃にはなりたくないのだな?」

「はい」

「分かった。お前を妃にはしない」

 レイチェルの笑った顔を見て ―― 初めてこんな屈託のない彼女の笑顔をみた……ヨアキムはそう感じた。

「ですが皇子、私は庭師の仕事を続けたいので、そこはお願いします」

「分かった。侯爵を説得するか。だが顔を変える化粧をせずにな。今度は侯爵令嬢の身分を偽らず庭師として仕事をしろ。侯爵の説得には私も協力する」


 こうしてヨアキムはレイチェルに刺されずに済み、彼女も自分の好きな道に進むことに ――


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