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私の名を呼ぶまで  作者: 剣崎月


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[73]  ,織り手,美,蝋燭,  ,エメラルド

 背後からオルテンシアに刺されたヨアキムは右腰から力が抜ける。

「オルテンシア……」

「ヨアキム皇子……私は」

 彼女に重なる悍ましい虫の姿。先程までヨアキムに詰め寄っていたアンジェリカが剣を抜き、オルテンシアに斬りかかろうとする。

「止めろ! アンジェリカ」

 ヨアキムは剣を抜きアンジェリカの刃を止めようとしたのだが ―― 間に合わず、オルテンシアは首から胴体にかけ斜めに切られた。

 推薦されるほどの腕を持つアンジェリカの刃は、オルテンシアに即死に近い傷を負わせた。

「なぜ傷が消える?」

 それにより虫が蛹を割り、顔を出し、傷は瞬く間に修復される。

 目の前に現れた化け物 ―― アンジェリカもカタリナも驚き呆然とオルテンシアを見つめる。

「カタリナ! 後宮の者たち全員を避難させろ! 早く!」

「はい!」

 なにが起こっているのか分からないカタリナだが、ヨアキムの指示に従わねばと駆け出す。


「確かに斬ったはずなのに」

 呆然としているアンジェリカの頬を剣の柄で張り、

「アンジェリカ。どこだ? 妃をどこに監禁した」

 舌に広がる血の味。口の端を袖で拭いながら、ヨアキムは詰問した。

「それは……」

「早く言え!」

「分かりません」

「なんだと」

「お妃さまの監禁を依頼しました。相手は教えてくれませんでした。本当です!」

「ならばお前もカタリナと共に、……後宮から全員を脱出させろ」

 ヨアキムは腰に刺さっている剣に触れてみた。既に肉が収縮し、抜くには外科的な処置が必要だと判断したものの、処置されている時間はなかった。


**********


 ヨアキムより後宮から退去しろと命じられ、その指示に従い避難誘導していたアンジェリカとカタリナに、

「一体何があった?」

 庭を散策していた側室リザが尋ねる。

 アンジェリカは起こったことを一部始終とまでは行かないが説明した。

「確かにオルテンシアを斬ったのか?」

「はい」

「……」

「ヨアキム皇子は後宮にお妃さまがいるはずだと、戻られました」

「……」

 側室リザはアンジェリカに視線を送り、指示に従い後宮を出るが、そのままエドゥアルドの後宮へと向かい詰め所で剣を取り、いつもエドゥアルドが側室リザのもとにやってくる場所を目指す。

「リザ殿?」

 エリカの声をも無視し、走り生垣を越えてヨアキムの後宮へと戻った。側室リザは注意深く辺りの気配を窺いながら部屋へと戻り、妃を閉じ込めていたクローゼットを開いたのだが、そこに妃の姿はなかった。

「え?」

 妃を寝かせたマットに触れてみると既に冷たくなっている。薬の量から考えて、目覚めてもまだ歩くことはできない――

 最初はヨアキムが見つけて連れ出したのかと思ったが、それにしては室内が整然としすぎていた。

 寝室のクローゼットに辿り着く前に、入り口にある箱なども充分妃を隠すことができる。奧から探すより入り口から探すだろうと。

 側室リザは室内を荒らすように探し、どこにも妃の姿がないことを確認して、部屋を飛び出しやみくもに妃を捜し始めた。


**********


 ヨアキムはまずは側室たちの避難を徹底させた。

 ”治療を”と言われたものの、それらを無視して、出血を抑えるためにナイフを刺したまま、後宮から出てきた全員の顔を確認する。

 この騒ぎでも妃の姿は見えず、後宮内にはいないのか? と考えた時、レイチェルがヨアキムの側へとやってきて妃の居場所を耳打ちした。

「お妃さまは庭用倉庫に」

「……なに?」

「事情はあとで話します」

「……」

「信じて下さい」

「分かった」

 レイチェルから鍵を受け取り、絶対に後宮に入るなと命じヨアキムは引き返した。王宮へ通じる扉が閉じられていることには気付かずに。


 後宮内が暗くなり、捜索するに明かりが必要だと食堂でランプに火をともす。普段は通路に明かりが灯されており不便さを感じたことはなかったが、夜の用意が調っていない後宮は重苦しく圧迫感ばかりであった。

 ランプの明かりを頼りに倉庫へと向かい、閂を外して鍵を差し込む。万が一のことを考えて剣を構え直すと、腰に刺さっているナイフとそれを刺したオルテンシアを忘れるなとばかりに激痛が走る。

「ベアトリクス! 無事か」

 倉庫には妃と小蝿が数匹。

「来い」

 ヨアキムの右眼窩に収まっている冥界の凍らせた水を通し、普通の小蝿ではないことを教える。一刻も早くこの場を後にせねばと、妃の手を引いた。妃はバランスを崩し倒れかけた。もちろんヨアキムは手加減をしていた。普段であればこの程度では転ばないはずだと、妃の顔を見る。

 妃の目の焦点は若干合っておらず、口の周りの化粧が剥げ、皮膚が少し白く毛羽立っていた。薬特有の”焼け”である。

 腕を引くとやはり足元が覚束ない。だが走ってもらわねば困ると手を引き、明かりがなくても進める外回廊近くまで連れてゆく。

「ベアトリクス、この通路をまっすぐ……先回りされたか」

 息が上がっている妃と、迫って来るオルテンシアであったもの。

「ヨアキム」

「ベニート」

 向こうの角から現れた側室リザに妃を預けて、延ばしに延ばしていたオルテンシアの処分に向かおうとしたのだが、

「ベニート、ベアトリクスを連れて逃げろ」

 妃が側室リザに監禁されたと声を上げた。

「本当か? ベニート」

「いまそれどころではない、ヨアキム」

 犯人が側室リザであれば、レイチェルがあの場でヨアキムに言わなかった理由も分かる。側室リザはヨアキムの信頼が厚い。そのことを知っているので、言わなかったのだろうと。

「答えろ、ベニート!」

 ヨアキムはベニートが悪ふざけを好むことも、薬を手に入れることができたことも知っている。

「ヨアキム! 後ろ」

 妃の安全を図ろうとまた手を引き、走り出す。

「アンジェリカに手を貸したのは事実だが、私が知りたかったのは別のことだ、ヨアキム」

「なにを知りたいと」

「ヨアキムがオルテンシアに対してなにかを企んでいるのは解っていた。私はその企みを知りたかった」

 ヨアキムは立ち止まり側室リザの後ろを指さす。

「あれがオルテンシアだ。ホロストープが最後に放った刺客」

 ヨアキムに手首を握られていた妃が驚き振り返る。

「刺客……まさかヘルミーナの……」

 色々あるがベニートは察する能力に長けており、

「分かったのなら連れて逃げ……」

 真実さえ教えればあとは妃を害することはないだろうと判断した。

「リザ! こんな所にいたのか。避難していないからもしやと思ったら。捜したぞ! 来い」

 やや遅れてやってきたエドゥアルドは、側室リザが避難せずに自分の後宮を通り抜けて侵入したことは知っていたが、側室が他の後宮から侵入するのは処罰対象になり得るので、口を噤んだ。

 エドゥアルドは愛した側室を陥れて手に入れるようなことはしない。

「エドゥアルド、二人を連れて逃げろ」

 エドゥアルドがクリスチャンを握っていたので、妃が多少怪我をしても治療できるだろうと二人を預けてヨアキムはオルテンシアに向かっていった。

「ヨアキム皇子! お待ち下さい」

 腰に刺さったナイフと荒い息から一人では行かせられないと側室リザが追い、

「リザ!」

 妃を連れて逃げるより、ヨアキムと共に一気に畳み掛けて殺害した方が確実だろうとエドゥアルドも追った。


 一人残された妃は、薬の後遺症ではっきりとしない頭を「殴られたせいだ」と勘違いしながら、星明かりの下、出入り口を目指した。


**********


 虫と完全同化したオルテンシアは、虫師の虫の目を通じ、どこに誰がいるのかすぐに突き止めることができた。

 見た目はオルテンシアではない、意識も虫に乗っ取られる ―― はずだったのだが、オルテンシアの執念が残った。

 ”オルテンシアであった時”は物わかりの良い側室を演じていた。

 本当に欲しかったのはヨアキムの寵愛。それを享受している妃が憎い ――

 オルテンシアの憎悪はリュシアンの不死への渇望と争い、勝利し、寄生した虫はヨアキムではなく妃に狙いを定めた。

「なぜ私ではなく……」

 ヨアキムたちが追いつめた先にオルテンシアの姿はなかった。生えた虫の足で壁を歩き、別の場所を目指している姿が月に映し出されているだけ。


『んー女は男ではなく、その男が気に入っている女を恨むものだと読んだぞ』


 呆然としているヨアキムにクリスチャンは声をかけた。

「え? 誰だ。今誰が話を?」

 側室リザがクリスチャンの声に反応して辺りを見回す。ヨアキムは貧血で重くなっていた体が軽くなった――この場から逃げだしたくて、力がわいてきた……ようである。

「リザ……」

「エドゥアルドさま?」

「リザ、お前は皇族だったのか!」

 側室リザの視線を無視し、

「エドゥアルド、クリスチャンを貸せ。リザ、今の声は皇族以外には聞こえない。あとで説明してやる」

 ヨアキムはクリスチャンを持ち急いだ。

「二人とも、追ってくるな! あれを殺すのは私だ」


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