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私の名を呼ぶまで  作者: 剣崎月


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[66]私の名を呼ぶまで:第三十八話

「呼び出して悪かったな、バルトロ」

 ヨアキムは王城ではなく大聖堂に居ることの多いバルトロを呼び出した。

「構わないよ、ヨアキム」

 普段は第一皇子であるバルトロをたてるためにも、ヨアキムが出向くのだが、

「いま街中に出ると、ちょっとな……」

 皆の純粋な祝福を受け取れる立場ではないので、回避するためにバルトロを呼び出すことになった。

「気にしなくていい」

 用事は――妃と会って欲しい――

 皇帝夫妻と姑のアイシャに正式な挨拶を終え、皇都の橋の補修工事も完了する目処がついたので、妃を紹介しないわけにはいかない。

 それで貴族たちに紹介する前に、正式に皇族であるバルトロ、エドゥアルド、ベニートと彼の母親であるリザの四人に紹介する必要がある。

「本来ならばバルトロに最初に紹介するべきだったのだが」

 順番でいけば当然最初はバルトロだが、

「後宮に近付かない私よりも先に紹介されて当然だ。ベニートはお妃の身上調査も行った縁もあるしね」

 実際の順番はベニートが一番になってしまっていた。

 ちなみにベニートの母リザは、皇族としてはもっとも順位が低いので、皇族として最後、貴族として最初に会わせることになる。

「そう言ってもらえてよかった。それで後宮まで行って話をしてやってくれるか? 仰々しい紹介というのは妃には向かないので」

「喜んで。そうだ、エドゥアルドも連れて行こうか」

「そのエドゥアルドなんだが……」

 ヨアキムはエドゥアルドが側室のメアリーと結託していることを説明した。

「狙いは妃だと考えられるので、後宮で会わせず、貴族たちに紹介する直前に顔合わせをさせようと考えている」

「そういうことなら」


 妃に面会を果たしたバルトロは、妃の「魂の美しさ」に感激し、ヨアキムに讃美の言葉を贈る。


「バルトロがそこまで言うのなら、余程美しい魂なのだろうな」

 顔は凡庸だが魂はずば抜けている ―― ヨアキムは妃に少しだけ興味を持った。


**********


「ヨアキム皇子。お妃さまのお部屋に虫が!」

 ヨアキムの元へ息を切らせながらやってきたカタリナの一言に、ヨアキムは剣を持ち、

「後宮か? カタリナ」

「は、はい」

 彼女を置き去りにして駆け出した。

「無事か!」

 扉を乱暴に叩くように開き、妃の安否を問うヨアキムに、妃は引き裂かれたドレスについて語り出した。

 ”虫はどうした?”と尋ねようとしたヨアキムだったが「誰のものか分からない引き裂かれたドレスが置かれている」と聞かされ、虫に関係することかも知れないと黙って話を聞いた。

 妃に言われてじっくりと見ると、たしかに違っていた。

 今回用意したドレスはミドルトレーンで、裾から太股の中程まで連理の枝の刺繍があり、隣に立つヨアキムのマントと繋がる刺繍が成されている。

 ヨアキムは私室に置いていたマントを取りだし、裂けたドレスと合わせてみた。刺繍はまったく合わず、よくよく見ればブレンダが怒り出しそうな雑な刺繍でもあった。

「調査室へ運び、監視しておくように」

 ヨアキムはシャルロッタにドレスを手渡し、

「ブレンダとベニートを呼べ。それとアイシャを監視しろ」

 小声で命じた。

 シャルロットと入れ違いに部屋に戻って来たカタリナが、虫を閉じ込めた箱を引きずりヨアキムの足元へと置いた。

 中を見なくてもその虫が普通ではないことを感じ取る。

 ただそれ程脅威も感じはしなかった。蓋を僅かに開き確認してすぐに元に戻す。

 妃が虫師という存在を知っていることに驚き、問い返した。

「虫の包だと? 誰に聞いた? カルラ」

 妃は今日の出来事をかいつまんで説明し、呪術士に虫の包がついていると言われた袖口をつまんで見せる。

 ―― また虫師か

 危険なことはないだろうが、妃とカタリナをもう一度テオドラに見て貰わなければ安心できないと考えながら、虫師の虫が入った箱を持ち部屋をあとにした。

 ヨアキムは妃に対しては「エスメラルダとメアリーあたりが怪しいか」と言ったものの、実際はエスメラルダのことは疑ってはおらず、

「母でなければいいのだがな」

 母親のアイシャのことを疑っていた。妃の前で名を出さなかったのは、そうだとしたらあまりにも自分が情けないからであった。



「あなたのような貧乏人では購入できないわ。虫師の虫は高額なのよ。宝石や書籍なんかよりもずっとね」



 数日後、ヨアキムの元へエスメラルダの護衛を務める側室たちがやってきた。

 虫師の虫が妃の部屋にばらまかれたことをエスメラルダ付きの侍女から聞き、確認のためにやってきたのだ。

「お前たちは気付かなかったと」

「はい」

「分かった」

「エスメラルダ殿下ではけっして!」

「エスメラルダのことは疑ってはいない。お前たちは別だがな」

 ヨアキムの視線に彼女たちは頭を垂れる。

 恭順ではなく、右眼窩から溢れ出す、決してこの世の物ではない冷気に恐怖し、ユスティカ王以外には、垂れる必要がない頭をヨアキムに下げたのだ。

「犯人捜しは止めてもらおう。お前たちができる唯一の潔白証明だ」

 虫師に関することはできるだけ内密に済ませたいヨアキムは、そうして彼女たちを遠ざけた。


「間違いなくエドゥアルドが関わっているな」


 エスメラルダの護衛をつとめる側室たちですら兆候をつかめなかった。となると犯人はエドゥアルドがついているメアリーしか考えられない。

 エドゥアルドが関わっていると言う証拠を掴む前に、ドレスを引き裂いた犯人が判明した。

「情けない……」

 間を隔てているテーブルに肘をつき、両手で額を抑えるようにして、銀糸の髪で顔をかくし、背後に立っているシャルロッタやベニートが驚くほど”情けなさ”を露わにし、そう呟きしばらく微動だにしなかった。

 向かい側に座らされたアイシャは縛られた両腕をテーブルに乗せ、手のひらを開いている。

 おかしなことをしないようにと、気をきかせたベニートが前もって拘束したのだ。もっともベニートはアイシャが自殺をするとは思っていない。

 彼女がそんなことができないことは、ベニートは知っているが、形ということで。

 重苦しい沈黙が長らく支配し――耐えられなくなったアイシャが叫び声をあげた。

「謝ればいいのでしょう!」

「……要りません……はあ……」

 こういう場合、普通は夫に任せるべきだが、アイシャと皇帝の関係を考えると言いだし辛く、なにより自分と妃と母親というヨアキムを中心とした範囲で起きた出来事なので、ヨアキムが片付けるのが妥当でもあった。

「じゃあ、どうすればいいのよ!」

「分からないのでしたら、こんなことしないでください」

 後先を考えないから、こういう事をしでかすのだと分かってはいるが、そうとしか言えなかった。

 心から情けなさそうにしているヨアキムを前にして、羞恥からくる怒りを露わにしたアイシャも徐々に冷静になり、そして同じように項垂れた。

「あなたが犯人だということは妃に伝えますが、陛下には伝えません。私にできる最大限の譲歩です。分かってくれますね」

 ヨアキムはテーブルに手を置き、体重をかけて、重たそうに立ち上がった。

「ベニート、外してやってくれ」

 そして振り返ることなく、アイシャの元から去った。

 マティアスの後宮から出て、執務室に戻ったヨアキムに、

「アイシャさまは、お妃さまに嫉妬したのではなく、美しいドレスに嫉妬したのではないでしょうか?」

 シャルロッタが自分の意見を述べる。

「ドレス……」

 聞けばシャルロッタも自宅では少々値の張るドレスを着て、楽しんでいると――

「アイシャさまはお妃さまが着ているようなドレスに、袖を通したいだけだと思います」

「言われてみれば」

 アイシャが妃に対して行った二度の行為はどちらもドレス絡み。

 シャルロッタのように貴族の娘が自宅でひっそりと楽しんでいるとして……アイシャの実家は没落した貴族。側室になる以前、実家が遊びようのドレスを仕立ててくれたとは考えにくい。

「お妃さまの名で、アイシャさまにドレスを贈ってみたらいかがでしょうか?」


 ヨアキムはそれは名案だと、ブレンダにアイシャのドレスを依頼することにした。


「お断りします」

 ブレンダは最初、自分が作ったドレスに染みをつくるは、頭を悩ませたデザインを台無しにするはと、二度もしでかしてくれたアイシャのドレスを依頼され、けんもほろろに断った。

 妃のドレスはブレンダの店のみが扱うと公表しているので、妃からアイシャへと贈るドレスをブレンダの店以外に注文するわけにはいかない。

「そう言わず」

 ベニートの取りなしと、

「なにか望みがあるのなら言え」

 ヨアキムからの提案でやっと引き受けた。


 ブレンダの望みは妃に新しい宝飾品を、最低でも三つはプレゼントするというもの。取引業者は――

「ブレンダの知り合いの女宝石商だそうだ」

「大変だね、ヨアキム」


 ブレンダはアイシャが持っているドレスに手を加えて、彼女に似合う鮮やかなドレスを作りあげた。それを妃名義でヨアキムから渡されたアイシャは”どうしてそんなこと”をしたのか、ヨアキムに正直に語った。

―― 羨ましかった ――と。

 あまりにも正直な言葉に、ヨアキムはそれ以上追求することはできなかった。


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