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[60]消えた聖女:神にかけて誓う

「交換条件? 蛆一匹とエンブリオンの骸一つですか……いいでしょう。リザ・ギジェンがいたサセットス村の住民に悪夢師の奇病をかけるように頼んだのは貴方ですね? 悪友って本当に嫌ですね。父と育ての親が悪友同士ってのは、娘にとっては最悪です」


 蛆をもらう代わりにテオドラはリザ・ギジェンが喚ばれた世界へと向かうことにした。


**********


 気がついたとき私は見覚えのない場所にいた。

 知らない人たちが、私のことを聖女と呼び、世界に広がる闇と戦えと言った。なにを言われているのか分からなかった。彼らはほとんど説明してくれない。

 聖女は闇を払う力があると彼らは言う。

 私にそんな力はない。大体”聖女”ってなに? 聖なる女性とか、そんなもの聞いたことない。

 もしも聖女というものが本当に存在するのなら、それは私が住んでいる町をも治めている領主さまのご令嬢だ。

 とても優しく知的なお方だ。

 私はあの方に憧れて、勉強を真剣にするようになった。


 神に仕えたいと言われていたが、領主さまのお許しがでないようで――


 言うことを聞かない私を彼らは詰る。この世界が滅んでもいいのか? 世界が滅んだら私も死ぬのだから、世界を救うべきだと。

 彼らの言い分は腹立たしい。

 私を召喚したロビンという女が一番気に食わない。この国の王女であり巫女であるとか。

 上から目線なのが、本当に気に食わない。


「初めまして、リザ・ギジェンさん」


 その人は突然現れた。部屋にいた誰もが驚いた。

「あなたは?」

「テオドラと申します。リザ・ギジェンさん、あなたを元の世界に送り返すために来ました」

 ロビンが息を飲む。

 彼女は言った。元の世界に戻る術などないと。

「貴様何者だ!」

 ロビンの婚約者の騎士が叫ぶ。

「聖女に近寄るな!」

 神官とかいう男も叫ぶ。

 でもテオドラと名乗った人は無視している。

「元の世界に帰りたいですか? リザ・ギジェンさん」

「当たり前でしょ!」

「では帰りましょうか」

「できるの?」

「はい」

 私には特別な力なんてないけれども、目の前のテオドラという人は普通ではないことは分かった。

 ロビンやその他、腹が立つやつらにはない。そしてやつらも感じている。

「聖女がいなくなったら、この世界は!」

「戻れるはずがない!」

「気にしなくて結構ですよ、リザ・ギジェンさん」

「私を帰してください」


 テオドラという人が手の甲を合わせたところまで覚えている――


**********


「リザ、起きなさい」

 母さんの声。

「……!」

 目を開くと、見慣れた天井。

 夢じゃない。

 ベッドから飛び起きて、母さんがいる筈の台所を目指す。

「母さん!」

「遅いわよリザ……どうしたの?」

 茶色いエプロン。右側の膨らみが大きいリボン結び。見慣れた母さんの後ろ姿。

 帰ってきた! 帰ってこられた!

「なんでもない!」

 こらえようと思ったのだけれど、我慢できず、私は顔を覆って泣き崩れた。

 本当に帰って来られた、帰って……それにしても、私を元の世界に帰してくれたあの人は一体――


 もう会えないものだとばかり思っていたのだけれども、再会することができた。


 皇太子ご夫妻の結婚式を見に皇都に行った。お二人の姿を遠くから拝見して、パレードの馬車を見送って振り返った時、

「お元気ですか?」

「あ……」

 その人は小さな花を持って立っていた。

「どうぞ」

 私は差し出された花を受け取り、あの時言えなかったお礼を。

「あの! ありがとうございました! テオドラさん」

「どういたしまして」

 テオドラさんからはこの花ではなく、ヘリオトロープの香りがした。

「あの……」

「あの世界、滅んで”は”いませんので」

「そうですか。あの……この花、もらってよろしいのですか?」

 野に咲く有り触れた小さな花だけれども、いま手に入り辛い。なにせ皇太子妃の名前の花だから――

「ええ。それではお元気で。神にかけて誓って」

「え?」

 その人は消えた。いままで誰も居なかったかのように。周囲の人たちも気付かない。幻かと思ったけれども、香りだけは残っていた。


 花を潰さないように人混みを抜けて、私は宿へと戻る。


 町に戻った私は毎日を普通に過ごすことができた。何ごともなく過ぎる毎日――それがどれ程幸せなことか。


「リザ!」

「なに?」

「あの不毛の大地あるじゃない」

「ご領主さまのお屋敷の後ろに広がっている?」

 領主さまのお屋敷は荒野の前に建っている。国に幾つかある荒野で、どんな事をしてもなにも育たない。

 土を入れ替えても、荒れ地でも育つと言われる作物の種を撒いても、水を引こうが ――

「そうそう! そこが不毛の大地じゃなくなったの!」

「え?」

 この国ができた頃からずっと、なにも育たなかった大地に?

「皇太子妃殿下の花が咲いたのよ!」

「エリカさまのお祈りが通じたってこと?」

 領主さまのご令嬢エリカさまは、私が別の世界に居た間にヨアキム皇子とエドゥアルド皇子の側室になっていた。少し驚いたけれども、側室から信仰の道が開けると以前聞いていたので……エリカさまの決意と実行力には頭が下がる。

「そうみたい」

 エリカさまはいつも祈られていた。

 祈っているだけでは変わらないと言われそうだが、あの大地はもう祈るしかない状態だった。誰がなにをしても無駄だったんだもの。

「エリカさまと皇太子妃って仲良かったのかなあ?」

「聞いてみたらどう? 報告を聞いたエリカさまも帰ってくるらしいよ。リザも見たいでしょ、あの荒れ地に咲く花」


 花もそうだけれども、久しぶりにエリカさまに会えるのは嬉しいわ! きっと神々しくなっていらっしゃるに違いない!


**********


私はどこの世界にも存在します。私はどの時間にも存在します。私は存在しています。そして存在していない。長く生きているつもりはありません。私の周囲を流れる時間は遅く――私はいつでも存在します。時の流れに従わずに。逆らっている訳ではありません。


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