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[57]悪夢師:死霊の国にて

 グレナルス地方のサセットス村に住んでいたリザ・ギジェンが行方不明になった原因も理由も、そして彼女が住んでいた村を覆う奇病の原因も、

「気付いちゃいるがな」

 探ったローゼンクロイツには分かっていた。

 それらをテオドラに伝えなかったのは、調べてくれと言われなかったため。そして、教えなくてもすぐ真相に辿り着くだろうことも分かっている。

 リザ・ギジェンの故郷の村に悪夢師の奇病を蔓延させたのはローゼンクロイツの師匠にあたる人物。テオドラの父親の友人でもあり、放浪癖のある父親に代わって、テオドラを育てのもその師匠であった。


「なにを企んでいるのやら、あのジジイたち」


 カルマルの町でテオドラと別れてから、気分の赴くままに国を渡り歩き――


「おっと……ごめんよ」

 とある国の首都で、急いでいるらしい男女の女性にぶつかり、彼女の所持金をすった。

「ロブドダン王族がお忍びでねえ」

 家に帰れば金など幾らでも手に入るだろうと。彼女が側室になることを嫌い、騎士と駆け落ちしたことをローゼンクロイツは知らない。

 王家が集めた金を、この国に還元してやろうと、入り口付近の掃除が行き届いている酒亭の扉を開ける。

 カウンターに座り主お勧めの酒を受け取り、テーブル席についている男女を指さす。

「あの男、なに怒ってるんだ?」

 大荒れで声を荒げている男について尋ねた。

「あいつなあ。遺産もらえなくて、人生計画が頓挫したんだそうだ」

「そりゃまあ。伯父さんや叔母さんの遺産ってやつか?」

 勢いよく酒を飲み、グラスを空にし、追加を求めながら話を促す。

「いやいや、あいつの本当のお袋の遺産」

「……そりゃあ。かなり期待してたんだろうな」

「期待したほうが馬鹿なんだよ。あいつのお袋さん、ちっと性格悪かったんだよ。で、あいつの向かい側に座ってる女は、あいつの妻なんだが、お袋さんはあの女との結婚に大反対でなあ」

「押し切って結婚したのか」

「そういうこと。そいでまあ結婚式を二人きりで挙げようとしたんだが、そこにお袋さんが来てな。祝福するためじゃなくて”結婚するなら遺産はない”と。あいつは結婚を執り行ってくださった侍祭さまの前で”遺産は要らない”と宣言して、そいつは教会の書類に残っちまったのさ」

「自分で要らないって言ったんだから、諦めろってやつだな」

 息子は時が経てば母親の怒りも収まるだろう、孫が生まれたら可愛さに折れるだろうと考えていたのだが、彼女は息子が思ったような人ではなかった。

 時が経とうとも息子の妻を気に入ることはなく、孫が生まれても”その女の血が入った醜い孫なんていらない。見せるんじゃないよ、汚らしいったらありゃしない”――と、徹底的に拒否した。

「そう思うよな。お袋さんは、ちょっと性格悪かったから、徹底してやがった」

「ちょっと、な」

「うん、まあ、ちょっと。死んだ人を悪く言うのもな。お袋さんは雇った家政婦の娘、家政婦が死んでからは、その娘が家政婦になって働いてたんだが、その娘に財産を残した」

「へえ」

 ”遺産は渡さない”彼女は徹底した。

「お袋さんはあの息子よりも狡猾だったから」

「ちょっと性格悪い?」

「そう、ちょっと性格悪いお袋さん、その娘は気に入っててな。娘ってももう二十越えてるんだが、小さい頃から知ってるから、娘でいいよな。お袋さんは娘本人にはそんなこと言わなかったが、お袋さんの性格を知ってるやつらから見たら、娘は気に入られてよ。それでお袋さん、歳を取って体の自由が利かなくなったから、娘の身の安全を考えて、紹介状を手に入れて、娘をお城の下働きとして送り込んで、自分は教会に寄付して面倒をみてもらうことにした」

「娘の身の安全? あいつがその娘に危害を加えると?」

 また空になったグラスを差し出し、酒のお代わりを求める。

 男は女に怒鳴り付けている。お前がお袋に上手に取り入らなかったから、俺がこんな目にあったんだ――

「違う違う。あいつにそんな度胸はねえよ。その娘の父親が、ヤバイ筋から借金したらしくてな。一回だけだが娘に父親の代わりに金を払え、払えないなら身を売れってなあ」

「そりゃあ。で、その娘どうなったの?」

「”そいつは親父じゃねえよ!”と、そっちの筋のやつらに怒鳴った。そいつ等は親父を娘の前で殴ったんだが、その娘に言わせりゃあ”婆と一緒になって母さんに飯もろくに食わせず、殴っていた親父が殴られたって痛くも痒くもないね。なによりそいつ知らねえし!”とまあ。”顔も覚えちゃいないが、そいつが親父だってなら、積年の恨み晴らさせてもらう! ブッ刺して殺す!”と家から包丁持ち出した。で、性格の悪いあいつのお袋さんが出てきて”うちの包丁勝手に人を殺すのに使うんじゃないよ! 使用人の分際で”とな。あとはあいつのお袋さんが”うちの使用人を勝手に連れて行こうってのかい? 親父? ちょうど良かった、あんたの妻が病死して薬と医者代を、このあたしが立て替えてるんだ。払いな!”と。その娘、しっかりとした契約が結ばれててな。そいつらも契約書があるとは思っていなかったらしく、こりゃあ下手に手出したらまずいってことでさ。でもあいつのお袋さんが死ぬと契約切れちまうだろ?」

 息子が遺産を相続できる形ならば娘との契約も続行されるが、息子を完全排除しているので、契約は終わってしまう。

「それでお城に契約を変更?」

 決して契約が途切れない、信用できる働き口を彼女は娘に用意した。

「そういうこと。それであいつのお袋さんは、結構賢かったわけだ」

「手伝いと正式な契約を取り交わすくらいだからな」

「息子がぐだぐだ言うことくらい分かっていたから、娘への遺産は箱にされちまった」

「箱?」

「鍵師ってやつが作る特別な箱ってやつだ。知ってるか?」

「知ってる、知ってる。その娘以外のヤツには開けられない箱だな」

「そう、それ。箱に大枚はたいて、箱の中身は端切れの詰め合わせ。金は全部教会に寄進さ」

「ぶっ……」

「息子はその箱を寄越せと言ったが、鍵師が作る箱って、当人以外は開けないし、物を入れることもできず、運ぶこともできないんだそうだ」

 裁判を起こしても手に入るのは娘用に作られた箱だけ。

 なににも使えない、運び出すこともできない箱。手間暇と金をかけた箱だが、使用できるのは娘だけ。売ると言っても誰も買わない。奪われた娘すら買わないだろう。

「随分と金かけたなあ」

 鍵師の作る箱は当人以外には開くことはできない――それだけを押さえていれば鍵師の作った箱と呼ばれる。物を入れられなく取り出すこともできず、持ち運ぶこともできないとなると、相当な金額を上乗せする必要があった。

「あの息子と女房に遺産は渡したくないって言ってたと。作った鍵師が言ってた」

「そいつから話し聞いたのか」

「ああ。ちょうどいま、あんたが座ってる席で、あんたと同じ酒を飲みながら」

「そいつ面白い話とかしてたか?」

「……そう言えば、その娘用に作った箱だが、結構苦労したと言ってたな」

「注文がうるさくて?」

「そうじゃなくて、その娘の魂が普通の人よりも優れてるとかなんとか」

 当人にしか開くことのできない箱は、その人の魂を鍵とする。

「無限とかそういうのか?」

「違うような気がするな。その時皿が割れてしっかりと聞き取れなかったんだよ。でも割といい感じだったな。あいつのお袋さんが気に入った理由の一つだろうって」

 どの人にも気に入られる魂というものはない。ローゼンクロイツは息子とその妻を見る。彼女が息子の妻を嫌った理由の一つが魂の醜さにあったとしたら、気に入られた娘は魂その物は相当美しかったのだろうと。

「じゃあ無垢とか、純粋とかそういう類だろうな」

 魂の美しさと性格はあまり関係しないが、見える者にはある程度価値がある。

「あんたも詳しいのか?」

 彼女が魂を見極めることができたかどうか? についてだが、最後の時を過ごす場所に教会を選ぶ程だから、信仰はあったのだろうとローゼンクロイツは解釈し、信仰の根底に魂の存在があると推測したのだ。

「ちょっと聞きかじっただけ……」

 すぐ近くで黄泉の水が少し溶けた気配を感じ振り返る。

「どうした?」

「いや、ちょっとな。もしかしてラージュ皇国のヨアキム皇子、この国に来てる?」

「ああ、お出でになってる」


―― あの凍えた水を溶かす怒り? 一体、なにがあ……待てよ、さっき見た王族ってもしかしてヨアキム皇子の側室になる予定だったり……とか?


 ロブドダン王国の建国に携わったのは死霊師。

 王族は全て、背後に人ではない形に変えられた死霊を背負っている。


 酒亭を後にしたローゼンクロイツは城を見た。

「黄泉の水は摂取したら記憶障害が出るはずだが……皇子さま大丈夫かねえ」


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