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私の名を呼ぶまで  作者: 剣崎月


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53/85

[53]博愛,あなたは美しいが冷淡で,誠実:1

 謹慎を解かれたエドゥアルドは通常の職務へと戻った。

 ラージュ皇国は頂点に立つ一人に決裁が集中するような未熟な国家体制ではなく、ある程度成熟しているので、エドゥアルドが久しぶりに職務に復帰しても、業務が滞っていたり、不必要に仕事に追われるようなことはない。

 書記官から報告を受け、気になる書類に目を通し、部下たちと食事をし出来事を聞き、夜会に顔を出して同じように世間話を聞く。

 三日もすると以前と同じように業務をこなすことができ、滞りなど一切ない。

 仕事を終え、食事を取り後宮へと戻って来たエドゥアルドは剣を持ち素振りをする。 

『真面目だな』

 脇で見ているクリスチャンが、訓練を欠かさないエドゥアルドを純粋に褒めた。

「真面目というか、好きなんだ」

 クリスチャンを剣として扱ったことがあるのはノベラのみで、彼女は素振りなどの練習などはしなかった。

『本当に太刀筋がいいな』

 実戦にのみ使われたクリスチャンから見て、エドゥアルドはかなりの才能を有し、それを使いこなせていた。

「そうか?」

 エドゥアルドは素振りを止め、クリスチャンを立てかけているベンチに腰を下ろし、持参したタオルを取り出して汗を拭い、砂糖と塩を少量入れた水を飲む。

『クニヒティラ一族はどうしている?』

「もういない。一族断絶だ」

『そうなのか。それは残念だ』

「その話しぶりだとなにかあるのか?」

『ヨアキム皇子がいる時にでも』

「まず話せ」

『どうしてだ?』

「ヨアキムはクニヒティラのヘルミーナと恋仲だった」

『だった? ということは』

「彼女は死んだ。彼女の父親カレヴァがクニヒティラ最後の一人であったが……ラージュ皇国を裏切り死んだ。理由は”知らん”がな」


**********


『治療する……ちょっと記憶に障害が出るかもしれないが』

喋る剣・クリスチャンはそう言い、エドゥアルドの頭を光りで包み元に戻した。


**********


 エドゥアルドはリュシアンの告白を聞いていたのだが、この前ノベラに負わされた傷を治療された際に「この部分」の記憶が抜け落ちてしまった。

『そうなのか。……で、私は少々人間の感情に疎くて分からないのだが、どうして”まず”エドゥアルド皇子に話さなくてはならないのかな?』

 エドゥアルドの中ではヘルミーナは「どうして死んだのか分からない」状態に戻ってしまった。

「ヘルミーナはヨアキムの側室だった。死ぬ前日に私も会っている……病死ではない。そして彼女はラージュ皇国が誇る剣の達人で殺されたとは思えない。殺されたとしたらヨアキムが黙ってはいなかっただろう……だが、彼女は死んだ。遺体も遺品もカレヴァに返さずに」

『ヨアキム皇子以外の男と寝て身籠もったと?』

 浅い付き合いだがエドゥアルドは人間にしてははっきりと言うほうだ――そう認識したクリスチャンは、彼らしからぬ回りくどい言い方と、この後宮に施された呪いを鑑みて、人間には言い辛いとされている内容を口にした。

「それには触れたくはない……。ヨアキムはまだヘルミーナのことを引きずっている。そこに恨みはないように見えるから……余計にな」

 クリスチャンはここまで聞いても、なにが理由なのか理解できなかった。

 だがヘルミーナとその一族に関することは、まだヨアキム皇子に言わないほうが良いと判断をし、

『そうか。ではエドゥアルド皇子にだけ語る。ヨアキム皇子には時機をみて伝えてくれ」

 それらを人間の判断に委ねる。

「分かった」

『私が話そうとしたのは、あの一族は剣の達人が生まれやすいからお妃の候補にどうだ? と、言おうとしたのだが、もう居ないのであれば仕方ないな』

「そうだな。それでクニヒティラ一族に剣の達人が多く生まれたのはどうしてだ?」

『細工したから』

「細工?」

『剣の達人が生まれやすくなるようにした』

「呪ったのか?」

『違う。呪っていたら、ラージュ皇族にエドゥアルド皇子のような剣の達人は生まれない。呪いを受け入れる余地はないから』

「よく分からないが、どうやって?」

『星の位置を合わせるんだ。その星の元に生まれると剣が上手くなるという巡り合わせがある。呪いではなく加護というものだ。他にもいろいろな才能を開花させる星もあるが、ラージュ皇国で星が合うように生まれ、産むことのができるのはクニヒティラ一族のみだ』

 クニヒティラ一族は剣の達人に生まれ、剣の達人を産む星の巡り合わせになっている。

『クニヒティラ一族は兄弟の年齢が離れていることが多かったはずだ』

「言われてみれば、カレヴァとその妹であったラトカは十歳以上は離れていた」

『星の巡りが戻って来るのには、そのくらいの年月が必要となる。結果兄弟は歳が離れる』

「そんなことができるのか」

『常人には無理だが星術師せいじゅつし、星の加護を人に与えることができる術師のことだが、彼らはそれをやってのける。ノベラは腕のいい星術師だったからな』

 クニヒティラ一族にその加護を授けたのは、誰でもない剣師ノベラであった。

「……」

 ノベラの名を聞き、エドゥアルドの表情は、曇るような生やさしい変化ではなく、壊滅的としか言えない表情になる。

『そんな顔しないでくれエドゥアルド皇子。ノベラが星術を使うのは珍しいことなんだぞ』

 そもそもラージュ皇国で「剣」が国家の武器として採用されたのは、リュディガーがノベラに憧れ、剣を推したことが大きい。

 リュディガーの熱意に剣師ノベラが「それなら」と、クニヒティラ一族に加護を与えたのだ。

 ラージュ皇族に直接星の加護を与えなかったのは、さきほどクリスチャンが語った通り、星の加護は「間が空く」という弱点がある。

 一族が滅亡しないように、子どもが”よく生まれる”呪いと、その加護は相反するため、誰か別の者が受けるしかなかった。

 加護は当人たちのもので、別の国に逃げても同じ効果が望める。よって絶対に自分をフランシーヌ・ラージュを裏切らない人物を選ぶ必要があった。


 その任を割り当てられたのがローラント・クニヒティラ。彼がその加護を受けることになった。


「なんというか、もやもやした気分になる……エリカが来たようだな」

『では私は黙るとしよう』

 エドゥアルドは”ノベラ仕様”の形をした剣クリスチャンを布で覆い隠して立ち上がる。

「エドゥアルド殿下」

 現れたのは枯葉色の髪をまとめ、地味な色合いの服を着たエドゥアルドの唯一の側室エリカ。

「もう夕食の時間か?」

「用意がととのったそうです」

「そうか。あとで礼拝堂へゆく」

「かしこまりました」

 エリカは右手を握り、左手をその上に覆い被せ、腹部の前におき、深々と礼をして指示に従った。


 皇子は通常、側室とは食事を共にしない。妃がいない場合は王宮で食事を取ってから後宮に戻って来るのだが、後宮から一歩も出ることが許されない先日の謹慎の際は、エドゥアルド皇子も後宮の食堂で召使いや側室たちと同じものを食べることになった。

 食堂は召使いは何時に、側室は何時にと食事の時間が決まっており、エドゥアルドは手間暇を考え、側室と同じ時間に食べることにした。

 その際彼女と話し、女性としてではなく、人間として彼女を気に入り、謹慎が解けたあと、彼女と会話するようになった。


 彼女の部屋で話さないのは、彼女を側室として扱っていないと明かにするためである。


 食事を終えたエドゥアルドはエリカが祈りを捧げている礼拝堂へと向かった。

 音を立てないよう注意深く扉を開き、跪き祈りを捧げているエリカの邪魔にならぬよう、最後尾の椅子に腰を下ろす。

 エドゥアルドは彼女が神に祈る姿を見ていると、一緒に暮らしていた兄バルトロのことを思い出す。

 祈りを捧げる人の後ろ姿は、エドゥアルドに疎外感を与える。それが彼が神を敬わない原因であった。

 エドゥアルドが物心ついた頃には、バルトロは祈りを捧げる人生を選んでいた。次の皇帝の座は、彼がほとんど会ったことのない側室の息子ヨアキムに。



 父と母がヨアキムを望んでいる以上、彼にはどうすることもできない。全てが決まってからエドゥアルドは自我を持った形となり、兄から神に仕える人生を奪うことも、ヨアキムから皇帝の座を奪うこともしないようにと考えた結果、軍人しか道が残っていなかった。

 文句を言うほどエドゥアルドも子どもではないが、狭まった未来しか残っていなかったことを悔しと感じる時もある。

 そのような不満も、兄が祈る背を見て「我慢しなくてはならないのだな」 ―― 子ども心に彼は理解した。


 五歳年上のバルトロは、まだ子どもであったエドゥアルドの元から去っていった。成人した兄が祈る姿は見たことがなく、未だにエドゥアルドの記憶にあるのは、子どもの兄が祈る姿であった。


―― 神がローゼンクロイツとか……兄上、考え直せ……あれは祈るに値しない神だ


「お待たせいたしました」

「いいや」

 祈りを終えたエリカがやってきて、先程と同じ礼をし、中央の通路をはさむように硬い長椅子に腰を下ろして話をする。


「エリカは神に仕えるのが希望なのは知っているが、信仰に生きようと考えた理由はなんだ?」

「はい。私が信仰を深めたのは、荒れ地が理由です」

「荒れ地? お前はどこの出身だ?」

「グレナルス地方でございます」

「ああ、あの辺りか」

 グレナルスはラージュ皇国が約百年前に手に入れた国の一部で、ラージュ皇族には見覚えのある不毛の大地が広がる場所がある。

 エリカはその辺りの生まれであった。

「はい。なにを植えても育たぬ大地が広がっております。過去幾度も土壌を改良しようとしましたが、どれも失敗に終わりました。ですから私は神に縋ろうと」

「あの土地を変えようと思うのなら、信仰しかないだろう。お前の信仰が通じるといいな」

「ありがとうございます」


**********


「グレナルス地方の不毛の大地は、リュディガーの呪いによる物か?」

 その不毛の大地と同じ物がこの城内に存在する。城内の中庭にあるラージュの理の玉座。なだらかな草原に囲まれた丘はひどく荒れていた。

『そうだよ』

「あの辺りは当初の皇国領土ではなかったが?」

『徐々に大きくなることを見越してさ』

「現在の皇国領土はもっと広がったが?」

『呪いの綻びの原因の一つだよ』

 リュディガーのかけた呪いに綻びが生じたのは、彼が打ち込んだ呪いの楔とそれを軸にする鎖が細くなってしまったことにある。

 だからといって、領土を広げるなというわけではない。

 大陸の覇者になるために、いままで以上に国土を広げる。その為にテオドラが新たに呪いをかけにやって来る。

「そうか。あの呪いによる不毛の大地は永遠にあのままなのか?」

 呪いの楔を打ち込まれた大地は、リュディガーの肌の如きかさつき、ひび割れ、なにも育たぬ状態になっている。

『いいや、直るよ』

「いつ頃?」

『テオドラが呪いをかけ直したら』

「あの方はリュディガー以上の呪いをかけるのだろう?」

『比べものにならないほどだ』

「それなのに、不毛の大地はなくなると?」

『テオドラは大地に呪いの楔を打ち込まない。テオドラは天空に巨大な呪いの楔を打ち込む。だから不毛の大地など生まれない』

「天空に?」

『そうだ。今度は大陸全土を覆う無数の呪いの楔だ。天空に呪いの楔を打ち込み、大地を鎖縛できるのはテオドラだけだ。テオドラが呪いをかけるとき、リュディガーの呪いは消え去る』


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