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[52]悪戯:皇子たちが迷走した理由

 ベニートは側室リザとして女性物の衣類を教会に寄付した。

「女物の下着……わざわざ作らせたのか」

「もちろん。この下着を身につけた貧しい女性を捜し出し、後宮に迎え入れるんだ」

「……好きにしろ」

 ベニートは後宮を楽しみの場所と見なしているので、側室選びも好き勝手である。

 基本姿勢としては貧しく身寄りのない女性――そのような女性は多数いるので、簡単に手に入る。

 その為、少々趣向を変えることにした。

 寄付した下着の行方を追い、独身の女性であれば側室として迎え入れると。

 完全に遊んでいる状態だが、

「好きな人がいたりしたら無理強いはしないよ」

「お前がそんなことをしないのは分かっている、ベニート」

 貧しいながらも幸せであれば、連れてこないことはヨアキムにも分かっていた。


**********


 寄付した下着は五枚。そのうちの四枚は、人妻であったり、老婆であったり、貧しいながらも誠実な恋人がいたりと、条件から外れていたが、最後の一人は行方不明になっていた。

 とは言うものの、田舎の娘を狙った人さらい。細心の注意を払っているわけではない。首都の捜査専門チームを派遣すれば、すぐに発見することができる。

 人身売買そのものは、大陸では禁止されていないが、誘拐しての売り買いは禁止されている。その子の両親が売ったと言えば逃れられてしまいそうだが「言った」「言わない」は悪魔の証明であり、あとで撤回されると買ったほうが悪い立場になる。

 また証書を取り交わす契約は知識人の証。

 契約は中流語で取り交わされるが、拐かされる者たちのほとんどは下流語を使うため、基本契約は成立しないのだ。

 公証人が立ち会っての売り買いが奨励されており――その公証人が詐欺を働いていたらもちろん捕らえられる。


 ベニートは首都から少し離れた町へ軍と共に赴き、圧倒的な強さで制圧し、ベニートが寄付した下着の持ち主を無事に救出した。

 下着の持ち主は無事で、故郷に帰れることを喜び、家族も彼女の生還を喜んだ。今回の遊びは失敗だったな……と思ったベニートだが、帰ることが難しいほどの怪我を負った娘がいた。

 ベニートは適当に「これもエストロクのお導きだろう」と、ヨアキムと似たりよったりの薄っぺらい信心ながらそう呟き、彼女にセシルと名付け側室として迎えた。


「この子が私の新しい側室」

「被害者の一人……なるほどな」

「はじめま して 。 よあきむ でんか」


 他の側室たちも新しくやってきたセシルに、言葉は悪いかもしれないが同情し、彼女たちは仲良く側室として暮らしていった。


「これが使われる薬か」

 人さらいたちから応酬した品に、人の意識を失わせる薬があった。

「死んだりはしないのか?」

 透明で液体状。揮発性が高く、吸い込むと意識が混濁する。

「分量を間違えれば死にます」

 答えているのは人さらいの一人。

 見た目はまさに垢抜けない”田舎のかかあ”にしか見えない女。

 平民たちは馬鹿ではない。見目麗しかったり、身なりが綺麗な人に無用に近付いたりはしない。彼女たちが心を許すのは、自分たちと同じように見える人。

「分量を間違うと死ぬ……か。具体的に教えてくれるかな」

 ベニートは箱に並べられている薬の瓶を一つ持ち、彼女から話しを聞く。

「絹のハンカチを四つ折りにして、二枚目まで浸透させて、手のひらの熱で少々温めて口と鼻を覆うのか。ちなみにコレ、飲んだりしたらどうなる?」

「死にますとも」

「眠るように?」

「いいえ、苦しん……」

 ベニートが女を見て笑う。その笑いに、なにをしようとしているのか気付いた女は後ずさりするが、両腕を兵士に掴まれ動けなくなる。

「本当に苦しいのか?」

「本当です! 本当に! 喉を切り裂かれて、腹を切り裂かれたほうがマシだと!」

 髪を振り乱し叫ぶ女の頭を固定させる。

「君が飲ませた相手が”そう”叫んだのかな?」

「……」

「実際見たことないと、こんなに恐怖しないよね」

「見てなどいま……せ……」

「じゃあ私に見せてもらおうか」

 薬を瓶の半分ほど飲まされた女は、獣の咆吼に似た叫びを上げてのたうち回る。

「恨みはラージュ皇族にとっては養分だからね」

 ベニートは薬が入った箱を持ち、女を放置して部屋を出た。その女が死んだのは四日後。


**********


 王城は壕を巡らせており、谷底のように深い壕の下には凶暴な動物たちが放たれている。侵入者を阻み、罪人を生きたまま食わせるために。

 壕の上にある入り口通路から、エドゥアルドは新しく放たれた熊を見ていた。

 首都から少々離れた山間部に現れた巨大な熊で、村人を十五人も食い殺し、討伐隊が組まれ駆除される予定だったのだが――

 突如現れた”見たことがない服を着た、剣を腰の両側にたくさん差していた、変わった名前の男性”が拳で巨大人食い熊を沈め檻に入れてくれたので、討伐隊は王城の壕に放つために連れて帰ってきた。


―― あの巨大熊を拳で……なあ


 どう考えてもノベラだろうと思いながら、エドゥアルドはその強さに感心していた。エドゥアルドは殺すことはできても、生け捕りに、それも殴って捕らえる自信はない。

「エドゥアルド」

「なんだ? ベニート」

 手を振りながら近付いてくる、従兄をねめつけるように見上げる。

「薬で死んだ女を壕に投げ捨ててもいいかな?」

「薬で死んだ……ああ、人さらいの主犯か。構わないぞ。我等ラージュ皇族以外なら、動物たちも喜んで食うだろう」

 投げ捨てられた女がむさぼり食われる音を聞きながら、ベニートは新しい側室を勧める。

「……」

「変な顔しないでくれよエドゥアルド。あーエリカは修道女になりたいが、両親が許してくれないので側室になった女性だ。側室のリザがいつ手に入るか分からないのだから、分かるだろ?」

 エドゥアルドの側室になった地方領主の娘・エリカ。彼女は神に仕えるために側室になり、充分にその任を果たした。

 そろそろエドゥアルドに違う側室をあてがい、彼女を希望の修道院に入れてやるべきだとベニートは進言したのだ。

「……ベニート」

「なに?」

「エリカは結構良い女だ。以前いた側室たちとは違い、本当に側室の地位に興味を持っていないし、態度もいい」

 エドゥアルドが褒めているのを聞き―― じゃあエリカを妃にしちゃえば ――と喉まででかかったが、なんとかしまい込むことができた。

「以前いた側室たちって、やっぱり上面な女が多かった?」

「上っ面というか……ヨアキムの母親に似ていた」

 エドゥアルドは「はっきりしない態度を取る」と言いたかったのだが、人によって人に対する感じかたは違う。

「やっぱり上っ面だけの女じゃないか」

 ベニートはアイシャのことを、上っ面だけの女としか認識していない。

「そういう意味ではなく」

 ”どういう意味?”と思ったベニートだが、首に手をかけられ手すりに背中を押しつけられ、景色が逆転し、

「落ちる、落ちちゃう! 私が落ちてしまう、エドゥアルド!」

 人食い熊がいる壕に落とされそうになっていた。

「他人の母親を上っ面だけの女というのは止めろ。お前なら落ちて死んでも熊には食われないだろう。なにせ呪われているからな」

 壕の下にある門を守っている兵士たちが、指をさしてベニートが危ないと叫ぶ。

「エドゥアルド! 私を殺したら、リザの詳細不明に!」


 ベニートは落下させられることなく、無事に橋に両足をしっかりと付けることができた。


「リザはどこの出身だ」

「教えてあげない」

「貴様! 卑怯だぞ」


 エドゥアルドは柄に手をかけたが、抜かずに王宮に引き返すベニートの後を追った。


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