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[40]私の名を呼ぶまで:第二十一話

 ホロストープ王城に脚を絡める巨大な虫 ――

 頭部や脚の生えている胸部の大きさとは釣り合わない、肥大化したとしか言いようのない腹部。

 その腹部と六本の脚が虫、頭部は人間の顔に酷似しており、胸部は二つの乳房がはっきりと見て取れる。人間に酷似した上半身とも言うべき箇所の色は銀。

「あれは一体?」

「グレンが使った性別反転の技は錬金術師が開発した”人間用”に生み出されたものでしたので、虫の見た目まで変えてしまうのです。これからもっと研究して、虫らしくするのでしょうがね」

 グレンの言葉を思い出しながら、ヨアキムは”悲鳴”を上げる巨大な虫から視線を離さない。

 巨大な銀の虫はしがみついている脚の二本を離して振り回す。それは出産前に藻掻き苦しんでいるように見える。

 銀色の上半身と釣り合わない大きさの腹部が重みに耐えかねて引きちぎられ、地面に落下する。水が入った革袋が落下した音 ――に似たような音が誰の耳にも届く。

 地面に叩き付けられた腹部から溢れ出すのは水。

 異臭が漂うこともない、無色透明で無臭の虫の体液とも違うもの。

 腹部が千切れた銀色の虫は、その水たまりに落下し、昨晩の脚が落下した震動など比にならないほどの物が大地を揺るがす。周囲の物が破壊され、水しぶきと建物が壊れて埃が厚い壁を作り視界を阻む。

 それらが地に落ち、空気が元来の透明さを取り戻した先に見えるもの。

「王城は残ったか」

 城を囲む城下は無傷な物はなく、ほとんどが崩れ、ヨアキムたちの場所から城を見えやすくした。

 ”理”が破壊されない限り、王城は崩れることはない――

「行きますか? ヨアキム皇子」

「ああ。理の玉座を破壊し、忌まわしい虫たちもろとも焼き殺す」

「分かりました」


 城へと近付くと雌虫が落ちた震動で崩れた建物の瓦礫に道をふさがれる。テオドラは彼らの先頭に立ち、

「王城までご案内します」

 腕を組んだまま歩き出した。テオドラが歩みを進めると、瓦礫は平され道となる。あまり歩みの早くないテオドラの後ろについて、死ねないでいるシリルを含むラージュ勢は王城に辿り着いた。

 王城の上階と地面を一本の虫の脚が繋いでいる。

 テオドラはその脚を手のひらで撫でて、もう片手で叩く。するとその虫の脚は武装した成人男性が三人は楽に並んで登り降りできるような階段に変化する。

「伝説に聞く、ユスティカの錬金術師パンゲアのようだ」

 リオネルが呻くように漏らす。

「お先にどうぞ。私は落下した雌虫を見てから向かいます。そうそうご老人、パンゲアと私の術は似ていて当然です。彼に錬金術の応用を教えたのは私ですから」

 地上で手を振るテオドラと、階段を駆け上るヨアキムたち。

「ヨアキム皇子……」

 リオネルの問いにヨアキムは無言で頷くだけであった。


**********


 駆け昇っていった彼らを見送ったテオドラは、

「自分で作っておきながら……この階段昇るんですか? 天辺見えないじゃないですか。あーやだやだ。飛べたら楽なのに」

 愚痴をこぼしながら王城の向かって右側に進む。さきほどの虫の腹部から溢れ出した体液でぬかるむ大地を乾かしながら、銀色の上半身を持つ雌虫へと近付き、大地に広がるまるで頭髪のような部分を弾く。

「感触は……鋼のようですね」

 羽音が聞こえたので振り返ると、そこには数十匹の蝿が群がっていた。蝿は虫の死体に卵を産み付けにきたのではなく、様子と結果をうかがうためにグレンが放った物。

 テオドラは蝿に人差し指を向けて、宙に図を描く。

「これで人間っぽい虫にはならないと思いますよ、グレン」

 蝿たちはそれを見てから地上すれすれのところを飛び回り、空へと消えた。蝿たちが近付いた地面からは虫が湧き出し、銀色の虫の死体に群がる。

「さてと、階段は嫌ですが後を追うことにしますか」

 テオドラは昨晩から聞き続けている音に背をむけ、ポケットに両手を突っ込んで早足で引き返した。


 ヨアキムたちが全てを終えて城を後にしたとき、銀色の雌虫の姿はもうどこにもなかった。


**********


 人の気配のない王城を注意深く、シリルの言葉を無視して進み、玉座に到着した。

 男性の後ろ姿と、のぞいている血の気のない脚。その女性の脚は根本付近から揺さぶられているのが見て取れた。ヨアキムたちは男を取り囲む。

「王、いったいなにを……」

 露わになっている脚よりも血の気が失せた顔色で、シリルが男に声をかける。

 振り返りシリルを見たホロストープ王と、彼の足元にいる全裸の女性。

 表情はなく目は開いているが虚ろでどこも見ていない。彼女はいまだ悪夢の中におり、

「オルテンシア!」

 恋人であったシリルの叫び声も届かない。

 誰よりも早くヨアキムが踏み込み、ホロストープ王の胴体を真っ二つに切り裂く。

 足だけになった胴体は数歩進み上半身と離れた。

 上半身はオルテンシアの目の前に落下した。虚ろな瞳は王であり父の死体を見つめ、彼女は悪夢から解き放たれ、現実の惨状に悪夢との境界線を失う。

 父の死体が側にあり、周囲には異国の男たち。自身は一糸身に纏わずどころか、全身青痣と裂傷だらけで、膣には違和感、そして出血。

「オルテンシア」

 聞き覚えのある声にオルテンシアは体を硬直させ、


―― 殺すには話を聞くか、ホロストープ王を殺害するかしかないのだな? ――

―― そうです ――


 ヨアキムは剣を構えて叫ぶ。

「全員、王の死体から離れろ!」

 シリルが生きているということは、ホロストープ王は死んでいない。

 オルテンシアから離れた下半身が弾かれたように立ち上がり、背骨や膀胱が覗いている断面が盛り上がり、そこから虫が姿をあらわした。

「ヨアキム皇子」

「下がっていろ。王女からも離れろ!」

 虫の脚に似た長い節のある物体を振り回しながら、ホロストープ王であった足が”足を”引きずりながら歩き出す。

 どこを狙えば一撃で仕留められるか? 考えていたヨアキムは無意識のうちに右目を細めた。弱点を見つけたわけではないが、そこを斬れば死ぬような ―― そう感じた右足の付け根の部分を突き刺す。

 虫の脚に似たものは動きを止めて、下半身はまた床に崩れ落ち、なにかを吐く音のほうに視線を向けると、大量の血を吐き出しているシリルがいた。

「オルテン……」

 彼は手を伸ばしたが悪夢の中で彼に犯され、それが現実だと思っているオルテンシアは手を伸ばそうとはしなかった。

 やっと死んだとヨアキムが剣の血を払い鞘に収める音が冷たい室内に響き、


All the birds of the air

Fell a-sighing and a-sobbing,

When they heard the bell toll

For poor Cock Robin.


 それに重なるように遅れて到着したテオドラが、誰も聞いたことのない言葉で歌った。

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