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[04]クリスチーナ,マーヤ,エリヴィラ,メアリー

 翌日――


「用意は整えた」

 皇子は国王夫妻への面会に必要なものを整えてくれたが、

「一人で挨拶してこい、クリスチーナ」

 同行はしないのだそうだ。

 そして今日も朝から名前間違い。だから一文字もかすってないっての。

 国王夫妻の使者としてやってきた従兄殿が、それは喋り続けてくれる。私の緊張を解すというよりも、彼は話すのが好きなのだろう。

「そう言えば、貴方の故国からやって来た姫が新しい侍女を雇い入れました」

 建前上、皇子の後宮の主である私ですら知らないような、本当に些細なことまで本当によく知っている。

 細い顎と白い肌と、亜麻色の髪と……なんとも信用できない風貌だ。従兄殿の情報の裏を取って正しければ、今後は従兄殿からも情報入手することを考えよう。

 皇帝夫妻が待つ部屋は……地味だった。

 後宮の私の部屋のほうが派手で豪華だ。皇帝はなかなかに格好良い男性だが、

「会えて嬉しいわ」

 声をかけてきた女性は地味だった。

 着衣もかなり地味だけれども皇后陛下……だよね? 着衣も容姿も地味だと悩まされるなあ。部屋の奧のほうに美人が居る。若い美人じゃなくて年を取った美人。

 なんだろう……どこかで見たことあるような。

 皇帝が”皇子の生母”だと紹介してくれた。そうか皇子に似ているんだ!

 皇帝夫妻はわりと砕けた感じのいい人でした。

 皇后は皇子が皇帝になることを望んでおられるそうで。

「貴方ならきっと良い皇后になるわ」

 話しぶりからすると皇后にも実子がいるようなんだが、やたらと皇子に肩入れしていて、奇妙な気持ちになる。


 皇帝夫妻には嫌われてはいないようだが、皇子の母、姑さまには好かれてないようだ。


 従兄殿同伴で姑さまとお話したのだが、とげとげしくてびっくり……はしなかった。従兄殿に送られ後宮へと戻ってから侍女に、故国の従妹の姫が新しく侍女を雇ったのは本当かどうかを尋ねた。

 侍女は知らなかったようで、確認してくると部屋を出ていった。

 私は堅苦しい正装を脱ぎ捨てて、ベッドに横たわり手足を伸ばそうと寝室へ向かう途中、またもや逢い引きしている皇子と侯爵令嬢を発見。

 疲れていたのだが、なんかこう……楽しそうなので、今日もかぶりつきで見ることに。

 侯爵令嬢、今日は男装していた。

 でもその美しい姿は男装するとより一層目立つ。光沢があり艶々の黒髪を皇子が掴み、赤い紅を塗った唇に触れる。


 いいですねー。私は姑さまに嫌味言われて帰ってきたというのに、皇子は美女とお楽しみですか。


 帰ってきた侍女と一緒に二人の逢瀬を眺めながら、集めてきてくれた情報を聞いた。従妹の姫はやはり侍女を新しく雇っていた。

 この国の後宮は侍女は一人につき一人と決まっているので、前任者はとうぜん解雇。

 新しい侍女がどんな人なのかまで情報を仕入れてきてくれた。

「髪は茶色味を帯びた赤毛で、背は低く、主とよく似ています。喋る言葉のアクセントからしても同国人のようです」

 あれ? 駆け落ちした王女さまも茶色味を帯びた赤毛で、身長が低めで従妹の姫とよく似ていたよね……。


「皇帝夫妻はお前のことを気に入ったようだ、マーヤ」


 だからマーヤって誰だっての! 私はマーヤじゃなくて! それよりも、従妹の姫のところに侍女として王女らしい人が居ることを皇子に伝えた。

 皇子は昨日皇帝夫妻からの招待状を見たときとはまた違う渋い表情をつくり、食卓に部下の女騎士を呼び何かを耳打ちした。

 皇子に付き従っている女騎士を間近で見たのは初めて。

 プラチナブロンドの髪は女性とは思えないほど短く切りそろえられている。短髪は彼女の顔に合っているが、伸ばしてもきっと似合うだろう。

 女騎士は心得たとはっきりと解る表情になり、礼をして立ち去る。

 私たち女性とは違う動き、でも男性とも違う、鍛えられた女性のみができる動作。

 それはともかく皇子。

 唇が少し赤いです。皇子らしからぬ血色の良さです。食事をしていると段々色が取れていきますけれども。

 そうか、誤魔化すためにここで食事をとっているのですね!


「……本当か?」


 悪口ではありませんよ、皇子。

 事実ですから。姑さまがわざとお茶を零して、私のドレスに染みをつくってくれたのは。皇子が贈ったドレスだと知りながらの仕業です。

「そういう人かもしれないな」

 皇子はマザコンではないようで。それどころか部外者で厄介者で、名前もちゃんと覚えていない私の意見を簡単に信じるとは、仲悪いのでしょうかね?

 知ったことではなく、その程度のことは耐えられるので。

「気にならないと言うのか?」

 実家も同じような感じだったんですよ。

 父親とその母親、私から見たら祖母が同居していて、それは性格の悪い婆さんでした。父親のことをいつまでも息子扱いで、父親も息子扱いされて喜んでいるような、母親が婆さんに虐められているとき庇いもせず、むしろ一緒にいびるような。

 結婚なんてするもんじゃない、どうしても結婚しなければならないのなら、夫の母親、もしくは両親が死んでいるのを選ぼうと。いびる婆さんと尻馬に乗ってる幼稚な父親に堪忍袋の緒が切れた母親は離婚して街へ出て、お屋敷のお手伝いの仕事を得て、私を育ててくれました。

 お屋敷の女主人は姑さまや婆さんと同じような性格だったが、金がもらえるのなら我慢はできる。

 我慢して働いて、その縁で私は下働きながらお城へと入り……思えば姑の性格が悪かったせいでお妃になり、お妃になった先でも性格の悪い姑さまと遭遇し……。


 やっぱり結婚なんてするもんじゃないですね。


 皇子は食事を終えると部屋へと戻られました。

「ではな、マーヤ……私が対処する」

 だから私はマーヤじゃなくて、そして皇子は何を対処するのですか?

 頭がよろしくない私にはさっぱりと解りません。

 私と皇子はなんとも清らかな関係。皇子は早い段階、私の故国の城を出たあたりで冷静になり、私と別れることを念頭に置いているので触れはしない。

 皇子の好みがあの美しい侯爵令嬢なら、納得できるというもの。もしも私の部屋に渡っていたら、出窓から自分たちが逢瀬を楽しんでいる場所がもろ見えであることを知ることができるのですけれども。私は教えてあげるつもりなどなく、今日も清らかに別寝室。


 皇子、脳裏に侯爵令嬢を描いて元気にお休みください――皇子が消えた扉を見つめながらそう考える私の表情は、邪悪な笑顔に違いありません。


**********


 数日後――


「エリヴィラ。メアリーは新しく雇った侍女は、王女ではないと言っている」

 あー。メアリーは王女さまの従妹だから、エリヴィラが私のことを指している……のかな? 話の流れかしらしてそうだよね。

 私は王女さまの小間使いではなかったので、どのような方か詳しくは知りません。

 皇子が問題だと考えるのならば、ご自分で探ってください。私には関係のないことですか……。

「メアリーがなにを企んでいるのか探れ」


 探れといわれても……従兄殿に聞いたほうが早そうですけれども。私は私で調べてみて、なにも解らなかった従兄殿に頼ってみよう。


「話を聞いていらっしゃるのかしら」

 今日も今日とて元気にエスメラルダ姫が訪れてくれました。メアリー姫に直接聞くわけにはいかないから……エスメラルダ姫がなにか知っていたら儲け物だ。

 そう思って話を聞いたのですが、エスメラルダ姫ほどの御方になると、小国出のメアリー姫の動向なんて気にもならないようです。

「貴方のほうが地味顔ですからね。あんな普通過ぎる顔立ちが勝てるはずがありません」

 メアリー姫すら視界にないのなら、侍女になっている王女さまなんて気付くはずもないか。顔が似ているからよけい気付かれないかもしれない。

 なにも聞き出せなかったので、あとは彼女が喋るままに聞いていた。


「わたしは幼い頃から美しく、皆に泣かれたものです。もっと醜くなければ嫁ぎ先がないと。乳母はそれは心配しておりましたわ」

 はいはい、たしかにエスメラルダ姫はお美しいですが、可愛らしい盛りに、そんなことを言われて育ったとは。私が住んでいた村では、美人はもてはやされたものですけれども。

「わたしは四姉妹で唯一美しく、姉のペネロペや妹のシャキラ、カンデラスとはまったく違う顔立ち。美しいと言われた先々代のお妃に瓜二つでなければ、母上は浮気したと思われたことでしょう」

 先々代……その頃はまだ美人でも正妃になることができたのか。

 昔のように美人を王妃という形に持っていけば、皇子は侯爵令嬢と幸せになるけれども、エスメラルダ姫は幸せにはならないな。

 幸せにしてあげたいとも思いませんが。

「三人ともわたしが皇子の後宮に入ると聞いて、嘲笑ったわ。”あなたのような美しい人に、皇子が興味を持つはずない”とね。あの時の見下した表情! 悔しくて……思い出しても」

 そんなことはありませんよ、エスメラルダ姫。皇子は美人好きです。好きというより大好き、いいえ愛してます。


 エスメラルダ姫以外の方ですけれども。


 しばらく故国にいる三人の姉妹がどれ程厚遇され、自分がどれ程辛い日々を送ったのかを聞かされた。誇張があるのかどうかは解らないけれども、

「私は三人の王女さまは、エスメラルダ姫のことが好きなのだと思いましたが」

 私も侍女と同意見。

 三人の王女さまは本心からエスメラルダ姫のことを気遣って「側室になるのは良いが触れない」と宣言した皇子の元へ行くなと言ったようにしか聞こえない。そして一生結婚しないで、城でお姫様生活を満喫するべきだと。

 でも彼女はそう取れなかったんだね。

 美人は褒められ過ぎて性格が歪むことは聞いたことあるけれども、あまりに美貌を嘆かれて好意を好意として取れなくなってしまっているのは……大変なことだな。


 個人的な意見としては、エスメラルダ姫は故国に帰ったほうが幸せになれそうだ。

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