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[37]私の名を呼ぶまで:第十九話

 ホロストープの全ての者が死に絶えれば良いと――

「思っていますか?」

 テオドラに尋ねられ怒りと羞恥により顔に血が上り熱くなり、片手で顔を覆い隠して俯く。

「おかしい感情ではないと思いますが。なぜそこで怒りだけではなく、羞恥までもが沸き上がるのですか?」

「どうしてなのか、私にも分からない……ホロストープの者が死に絶えれば良いと思っているか? の問いには……」

 両サイドの高い位置に結った髪が、元気よく揺れ、笑顔を際立たせる――ヘルミーナの笑顔を思い出しながら、ヨアキムは同意した。

 ホロストープの者すべてがヘルミーナの死に関係してはいないことくらいは分かっている。それどころかテオドラが話した内容からすれば、自分のほうが余程関係しているのだが、

「ホロストープの全てを恨んでいる」

 奥深くから沸き上がる感情をどうすることもできなかった。

「そうですか。ヨアキム皇子、私はラージュ皇国に呪いをかけ直すためにやってきたのですが、現時点では皇子の感情が昂ぶり過ぎているので、呪いのかけ直しはできません」

「……」

「焦る必要はありません。まだ時間はあります。感情が落ち着いたら、お邪魔させていただきま……」

「期間をあなたが決めてくれ。その期間内に必ずや感情を落ち着かせる」

 自分の中だけで昇華することはできないが、他者に期間を設けてもらえればと、ヨアキムはテオドラに依頼した。

 凍えた水はテオドラを映せる位置にあるが、テオドラは映っていない。自分を映さずその向こう側を映し出しているそこに、知り合いの気配を見て取った。

「そうですか……では、もしものことを考えて、二年にしましょうか」

「なにか理由があるのか?」

「はい。それについては後で……入って良いですよ、ローゼンクロイツ」

 声をかけられるのを待っていた悪夢師は、天幕の布を大きく持ち上げて入ってくる。

「よお」

 外のかがり火が地面に崩れ落ちている見張りの騎士を照らし出す。

「また見張りを眠らせたのか?」

「ご名答。でも眠っていたほうが精神的にいいだろ。そろそろ音が聞こえてくるぞ。大きくなった雌虫が雄虫の内臓を食らう音が。大きいと尋常じゃない音がする」

「……そのようだな」

 ローゼンクロイツは勝手に腰を下ろして、テオドラの前にあった銅のグラスを持ち、酒瓶を指さす。ヨアキムは自分の前にあった酒瓶を掴んで、ローゼンクロイツに渡してやった。

「ヨアキム皇子、この男に金と通行手形をやってくれませんか? 金は”ホロストープ王に依頼された仕事の内容を語る”という名目で。通行手形はラージュ皇国内で調べて欲しいものがあるので」

 光沢のある銅グラスに酒を注ぎ、小量口に含んで味わい”大国は兵糧もごうせいだな”と呟き、飲まなければ損とばかりにあおるローゼンクロイツを他所に、二人は話を続ける。

「金を支払うのは構わんのだが、国内で捜査したいものがあるのならば、私が手配させますが?」

 借金の形に悪夢師の必須といわれる本を手放すような男の手を借りるよりかならばと、ヨアキムが申し出るも、テオドラはありがたく辞退させてもらった。

 彼の手の者に調べられては困る【者】について、調べる必要が”ついさきほど”現れた。

「呪いに関することですので。ヨアキム皇子自身が調べてくださるのでしたら、なんとか調べられるとは思いますが、それ以外の人では……ベニート殿を借りて調べてもらおうかとも考えていたのですが、あの調子では後宮から居なくなっては困るでしょう?」

 いきなり後宮とベニートについて触れられ、ヨアキムは水分を口にしてもいないのに噎せ慌てる。

「あ……ああ」

 澄ましているヨアキムの態度が急変したことに興味を持ち、酒を口に運びながら事情を知らないローゼンクロイツが”楽しい話なら教えろよ”と、重くならない口調で聞く。

「側室リザってなんだ?」

「ヨアキム皇子の従兄、ベニート公子ですよ」

「……あー色々あるんだな。皇子さまだもんな」

 曖昧でありながら不躾な視線を浴び、ヨアキムは自分がとても可哀相な人間に思えて、必死に訂正する。

「違う! あれはそうではなく、その! 誤解だ!」

 否定すればするほど深みにはまることくらいは分かっているが、そんな理性など軽く吹き飛ぶほどに、側室リザ=ベニートに触れられるのが”嫌”だった。

 自分で許可しておきながら――それも充分に理解しているのだが。

「そう言えば、ちょっと興味があるのですが、側室リザ殿の経歴などはどのようになっているのですか?」

 テオドラは”それ以上は触れないように”と、ローゼンクロイツの杯に自分の前にあった酒瓶を持ち注ぎ、肴も前へと押してやる。

 兵糧なので質素なものだが……と勧められたものだが、柔らかい水牛の乳で作ったチーズに新鮮なオリーブオイル、塩、胡椒に乾燥ハーブを数種類散らし美しく盛られた肴は、とても兵糧とは思えない品であった。

「まったく作っていない。下手に作って調べられたら困るので、私だけが知っていることにしている。あとはベニートがそれらしい噂を三種類ほど流して煙に巻いている」

「なるほど。話を逸らしてしまいましたね。ローゼンクロイツ、語ってくれますか?」

 上品に盛られていたそれらを、貪るように上品さの欠片もなく口に放り込み、味わっているのかと聞きたくなるほど、すぐに酒を流し込む。

「じゃあまず先に金を」

「誰か……眠っているんだったな」

 一人を起こさせて説明するのも面倒だと、ヨアキムが自ら金を用意して手渡す。受け取った袋をのぞき込んだローゼンクロイツは、懐から出した小袋を手の上で投げては掴みを繰り返した。

「さすが大国、ラージュ。気前いいね。貧乏ホロストープとは桁が違う」

 ローゼンクロイツがホロストープ王から受け取った謝礼の五十倍にも及ぶ金。

「それで?」

 早く話せとヨアキムに急かされるも、気にせず目の前の肴を口に運び、酒瓶を空にしてからローゼンクロイツは食べて飲んでばかりに使っていた口を開く。

「俺が請け負ったのは、ホロストープの王女さまに悪夢をみせること。内容は、言っても怒るなよ」

「貴様に対して怒りはしない。早く言え」

「じゃあ。俺が王女さまにみせたのは、複数の近親者に強姦される悪夢。狂わない程度に、でも生々しく」

「……それだけか」

「それだけ」

「記憶を消したりは?」

 テオドラの問いかけに、そんな事もしたなといった表情を浮かべて立ち上がる。

「やった。王女さまは父親以外の近親者男性の血を無理矢理飲まされたことは覚えていない。ああ、そうだ。強姦の悪夢に、あの逃がした男を入れるようにも言われたな。あいつ、辿り着いたか?」

「辿り着きました、死にかかってますが死ねない状態で」

「じゃあ俺は行く」

 天幕から出ようとしているローゼンクロイツと、自分の横がけの鞄を持って立ち上がり追うテオドラ。

「ヨアキム皇子、少々席を外します」

「じゃあな、ヨアキム皇子」

 天幕に一人きりになったヨアキムは、残っている酒を自分の杯に注ぎ、その葡萄酒に映る暗い自分の影を見下ろしながら、ホロストープに対する殺意や復讐心を収めようとしたが無駄に終わった。


「お待たせいたしました」

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