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[31]私の名を呼ぶまで:第十四話

「なんだ!」

 さきほどまでは何もなかった剥き出しの斜面に現れた岩の壁。それに疑問を投げかけた声――その声にヨアキムもカレヴァも、そしてリオネルも聞き覚えがなかった。

 連れてきた騎士たちの声ではない”何者か?”

 カレヴァは単身でここにやってきた。見張りの兵士がつけられるかと思っていたが、そんなこともなく、一人地獄にも似たような場所でヨアキムを待っていた。

 無造作に転がっていた石が次々と崩れだし、その下から手のひらが現れ、顔が現れる。

「大地から……人間が?」

 固く人が隠れられるような窪みなどない山肌から、次々と人が湧き出す。それらは一様に表情がなく、体の作りもどこか不快さを感じさせるものがあった。

 一人の騎士が剣を構えて、まだ大地に生えた状態に見える”それ”を切り裂こうとした時、

「攻撃しないでください!」

 また彼らに聞き覚えのない声が響き渡った。

「呪解師……」

 その声に覚えのあるヨアキムは、血が溢れ出す顔を手で覆いながら、

「いまの声に従え。動くな」

 不気味な物体に触るなと指示を出す。

「間に合った」

「呪解師テオドラ」

 テオドラはラージュ皇国側から現れた。

「みなさん……なんでこんなところで、普通に話していられるんですか……ああ、苦しい」

 高地で硫黄の匂いが漂う中、本当に苦しそうに息をしながら汗を手の甲で拭う。

「ちょっとお待ちください」

 テオドラが独特の手の甲を合わせる動きをすると、カレヴァの背後に地中から虫たちが湧き出し「人間」が現れた。

「あの男が元凶の虫師です」

 ヨアキムたちの驚きを他所にテオドラは事も無げに、カレヴァとヨアキムを隔てた壁に片手を置き、もう片手を宙にかざし、彼らには聞き取れない呪文を唱えた。

 突如現れ、元凶と言われた男は、男と同じように突如現れた素っ気のない丸檻に閉じ込められる。

「ごほっ……ごほっ……間に合ってよかった。カレヴァ殿、もう体が勝手に動くことはないでしょう」

「あ、ああ」

 地中から這いだしていた人間たちは崩れる。その破片は全て虫で、彼らはまた土中に潜り隠れた。

「ヨアキム皇子、その顔。ちょっと見せていただけますか……目は駄目ですが、こちらは”あれ”が入りますので大丈夫でしょう。傷どうします? 私は傷を治すことはできませんが、血を止めることはできます。傷跡は残ってしまいますが」

「傷は残っても構わない。血を止めてくれ」

「畏まりました」

 テオドラがヨアキムの血が溢れ出している傷口を人差し指でなぞると、傷口は歳月を経た傷跡へと変貌を遂げた。

 血の溢れ頬を伝う感覚がなくなったヨアキムは、頬を撫でる。

「治してもらって言うのも”なん”だが……どうやって私の顔の傷を治した?」

「傷は治しておりません。傷口を殺しただけです。その部分は死んでいます。死んでいるといっても、普通の死とは違いますので生きているものとは変わりません。相反しているようですが骸師むくろのしにはそのような技があるのです」

「骸師?」

 ヨアキムたちには聞き慣れない『師』であった。

「死体の特性を持ったまま、生きているように動けるようにする技を持つ者たちです。もちろんヨアキム皇子は死んではいませんよ。そもそもヨアキム皇子の死体は、普通の骸師では動かせません。腕の立つ私の祖父であっても……動かそうとは思わないでしょう」

「そうか。出血を止めてくれて感謝する」

「いいえ。それでカレヴァ殿が攻撃を仕掛けたのは、この檻に閉じ込めた虫師リュシアンの仕業です。あとはゆっくりと、心ゆくまでお話ください。それが終わったら、私が説明しながら王都までお伴させていただきます」

 一仕事終えたと大きめの石に腰を降ろす。行儀悪く足を開き、首を落とした形のテオドラと、檻に閉じ込められた突然現れた「虫師」

「一息ついているところ、悪いのだが。呪解師テオドラ、事態について説明してもらえるだろうか?」

「あーはい。ごほっ……私、この硫黄の匂いが苦手でしてね……って、関係ありませんね。それで、何から話したらいいでしょう?」

 むせているテオドラにヨアキムは水を差し出す。

「ありがとうございます」

「まず聞きたいのは、檻の中にいる突然現れた虫師についてだ」

 黄色みを帯びた檻に捕らえられた、一見すると何の変哲もない男。黒と茶色の中間に位置する頭髪と、白くもなく黒くもない目を惹かない肌。目が二つに鼻が一つに口が一つ……としか説明出来ない、特徴のない顔立ち。

「この虫師はリュシアンと言います」

「ホロストープ王が言っていたリュシアンか」

 カレヴァの問いかけにテオドラは頷き説明を続けた。

 虫師リュシアンは呪術師リュディガーと同じ時代に生を受けた男で、ホロストープ建国に深く関わっている人物でもあった。

「リュディガーは去りましたが、このリュシアンは残ったのです」

「この男、二百歳を越えているのか」

 随行者の中で最年長であるリオネルが、自身よりも遥かに年上「らしい」男の顔を覗き込み呻くように呟いた。

「話をしてくれと言っておきながら悪いのだが……呪解師テオドラ。カレヴァを救えないのか?」

 ヨアキムは右目の奧に異物感を覚え、押さえながら最後の望みを託して尋ねた。

「無理です」

 答えはあの日ヘルミーナの孵化を語った時と同じく、淡々と感情もなにもなく、だがそれだけに真実なのだろうと思わせる語りぶり。

「そうか」

 生かしたところで連れ帰り裁判にかけて処刑するしかないのだが、聞きたかったのだ。

「ならばあとは良い。カレヴァ」

「ヨアキム殿下」

「裏切り者として死んでくれ。遺体は火口に捨てる」

「はい」

 剣を握り直し火口へと進むヨアキムの背後を、剣を捨てたカレヴァがついて行く。数名の騎士があとをついて行こうとしたが、リオネルが止めて二人は火口の縁で立ち止まる。

 カレヴァは火口を背に、ヨアキムはカレヴァの前に

 ヘルミーナとカレヴァと共に過ごした日々を思い出し、鋒を突き出す。

「お前のことを、父のように思っていたよ」

 言いたいことは色々とあったが、言えることはなにもなくヨアキムは一歩踏み込み剣を横へと一閃させる。

「私も殿下のことを……息子のように思っておりました」

 カレヴァの胴体は切り裂かれ、バランスを失った体は叫び声もなにもなく火口へと消えていった。

 踵を返し、振り返ることなく戻って来たヨアキムは、騎士たちを連れて進軍を再開することを告げた。

「王都に向かうぞ」

 重苦しい空気のなか、テオドラだけが変わらず。

「この檻も運んでください。乱暴に扱っても平気です。檻も中の虫師も壊れたりはしません」


**********


 ヨアキムが考えていた以上にホロストープ王国の状況は悪かった。阻む相手がおらず、村すらも空。焼いて物資を与えないようにするのではなく、本当にただの「空」

「餌にされたのでしょう」

「餌?」

「王都に辿り着いてから説明します。見れば納得できることでしょう」


 ヨアキムたちは王都を望めるところで立ち止まった。

「ヨアキム皇子、あれを」

 一人の騎士が声をあげ、ヨアキムはホロストープの異様な王都を目の当たりにして、過去に訪問したことがあるリオネルに尋ねた。

「昔から、こうだったのか?」

「いいえ。小さい王都でしたが……あのような不快な物で覆われてはおりませんでした」

 リオネルは檻の中にいるリュシアンを睨む。

 凡庸で有り触れ、特徴のない容姿の裏側に、醜悪な血が流れているのを感じたような気がした。

 王都の近くにはすでにエドゥアルド率いる本隊が到着しており、野営の天幕が張られラージュの旗がたなびいていた。

「遅かったな、ヨアキム」

「少し時間がかかった」

 ヨアキムの顔の右半分を覆う布と、のぞいている傷についてエドゥアルドは直接は触れなかった。

「カレヴァは?」

「斬った。顔の傷はその時についたものだ」

 二手に分かれると聞いた際、カレヴァはヨアキムのほうへと向かうだろうと確信していたので驚きはしなかった。もちろん殺されたことについても。

「そうか。では現状を説明しよう。王都を虫が覆っていて手出しができない。兵士は逃れられたが、非戦闘民は餌にされたそうだ。生き延びた者たちがそのように証言をした。捕らえた兵士も同じことを言っていた……」

 説明をしていたエドゥアルドは見慣れぬ、普通の人間の目には奇異には映らぬが、リュディガーの血の呪いを受けたものには、人間とは感じられない相手を目の当たりにして言葉を失う。

「……」

「初めまして、テオドラと申します」

「その威圧感、やはりただ者ではなかったか」

「いや、そんな。王城があのようになった原因は、この檻に閉じ込められている男が原因です」

「途中にしてしまった説明を聞かせてもらえるだろうか? 呪解師テオドラ」

「その前にある人物を捜して欲しいのです」

「どんな人物ですか?」

 テオドラの説明を聞いた、エドゥアルドと彼に従ってここまでやってきた兵士たちは、自分たちが捕らえた男であると気付き、急いで男を連れてきた。


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