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[30]私の名を呼ぶまで:第十三話

 リオネルの報告どおりホロストープ王国はラージュ皇国に侵略をしかけたが、捕らえた敵国兵士たちからカレヴァがホロストープ王国に寝返ったことは判明したものの、指揮はカレヴァではなかった。


 ラージュ皇国は侵略されて黙っている国でもなければ、話合いで穏便に済ませる国でもない。

 最高司令官である皇帝マティアスから軍に、ホロストープ王国完全攻略の命令が下され、皇位継承権を持つ四名が皇帝の代理として動き出す。

 バルトロは国内の守りに、出征指揮官はエドゥアルド。

「それでは行って参ります」

 ヨアキムとベニートは国境を隣接する国への事情説明へと出向く。

 ラージュ皇国とホロストープ王国の国力の差は明らかで、どう考えても後者が勝利するのは不可能であった。

「じゃあ、私は急いで回ってラージュに戻る」

「頼んだぞ、ベニート」

 ベニートはホロストープ王国と国境を隣接する小国を回り、ラージュ皇国がホロストープ王国以外の国に進軍しないと親書を携えて”安心”を届けにゆく。

 ラージュ皇国ほどの大国がひとたび軍を動かせば、小国の恐怖は一気に頂点に達する。

 不要な警戒や、これを好機にとホロストープ王国に援助をし戦争を長引かせるなどを阻止するため外交官として赴く。

「ちょっと待てベニート」

「なんだ?」

「エドゥアルドが”側室リザに渡してくれ”と頭を下げてきた。戦争前に余計な刺激を与えたくないから受け取った」

 エドゥアルドの雰囲気からは想像もつかぬ可愛らしい小箱を受け取り、開いて中を見る。

「砂糖で作られた箱庭だ」

 箱の中には砂糖細工で作られた、小さな家と庭木と小道。

「……」

「……」

 ラージュ皇国では一般的な「出征する男が好きな女性に対して贈る物」

「飴細工、作らせて待ってたら良いと思う?」

 受け取った女性は同じような小物を飴細工で作り、男の帰還を待つ。

「勝手にしろ。それよりも、ブレンダは?」

 ラージュ皇国は世界で唯一砂糖が生産される国である。

「ブレンダに関しては大丈夫だが、アンジェリカがどうしてもヨアキムと話をしたいと言っている」

「そんな暇はない」

「ヨアキムにそんな暇がないのは私だって分かっている。でも伝えたのには意味がある」

「なんだ?」

「彼女、従軍したいらしいよ」

「女騎士は同行させないと決定しただろう。従わねば……そういうことか」

 従わなければ騎士の地位を奪う――そう言おうとしたヨアキムだったが、地位を奪われたら彼女は思うがままに動くことができる。

「私が思うに、彼女はカレヴァのことを愛しているのだと思う」

「親子ほども歳が離れているが……地位を剥奪したほうが厄介ごとになるか」

 ヨアキムは命令に従わないアンジェリカを軍人法に背いたとして監禁を命じ、その世話をカタリナと、シャルロッタに任せた

「もしもアンジェリカが逃げ出したら、捕らえなくてもいい。行き先は分かっている。無理はするなよ、シャルロッタ」

「はい。ヨアキム皇子。あと祖父のこと頼みます」


**********


「お待ちしておりました、ヨアキム殿下」

 ヨアキムもベニートと同じ外交官として他国に出向き、今回の戦争に際して協力とホロストープ王国への援助をしないよう求めにやってきた。

 違うのはベニートの向かった先が国力の差が明らかで、反対しようものならすぐにひねり潰すことのできる小国群であるのに対し、ヨアキムが向かった先はユスティカ王国。

 国境が隣接していないことが幸いし、繁栄している大国家同士。

 間にある小国を滅ぼすのは簡単だが、そうすることにより国境が隣接すると余計な火だねを抱えることになる。

 ホロストープ王国もできれば残したいのだが、戦争を仕掛けてきた張本人であるホロストープ国王が異常といえるほど挑発的な態度を取ったことで、和解も妥協も早々に消え去った。

 ヨアキムはユスティカ王と面談し、ホロストープ王国以外の国と事を構えるつもりはないことを書面として取り交わす。

「今回の戦争はラージュ皇国が引き起こした物ではないかと噂する輩もいるが」

 その噂は厄介であり、戦後の保証などでしか証明できないことであるが、ヨアキムにとって僅かばかり喜ばしいことであった。

 カレヴァ・クニヒティラという男は、それ程までにラージュ皇国に忠誠を誓っていると、どの国も信じている証拠。

「違います。そうは言っても信用はされないでしょうが」

 カレヴァはラージュ皇国の誰かの命令で、軍を動かす切欠を作るためにホロストープ王国へと寝返ったふりをしているのではないかと、エドゥアルド率いる本隊が国境で刃を交えても、まだ囁かれていた。

「ヨアキム殿はこれから戦場へ?」

「はい」

「ここから引き返すうちに、エドゥアルド殿が我が国に到達しそうだが」

 ホロストープ王国はラージュ皇国とユスティカ王国の間に位置する小国の一つで、食糧の多くをこの両国からの輸入で賄っており、戦争が始まってから国境が閉ざされ食糧の供給は途絶えている。国内にどれ程の備蓄があるかは解らないが、長引けば不利なのは仕掛けてきたホロストープ王国の方。

「国王陛下にお願いがあります」

「なんですかな? ヨアキム殿」

「我々をユスティカ王国側の国境からホロストープへ入らせて欲しいのです」

 ヨアキムと彼の護衛である一団を閉鎖している国境から通してやるということは、ユスティカ王国もホロストープ王国と戦争をも辞さないという意思表示にもなるが、ユスティカ王は戦争を望んではいない。

「よろしい。通られよ、ヨアキム殿」

 ユスティカ王は後々のことを考えて、ヨアキムたちを自国の国境からホロストープ王国へ入れるよう取り計らった。

 情報の行き違いほど怖ろしい物はない。国境に通過許可の連絡が届くまでは王城に滞在するように求められたヨアキムはその言葉に従う。

 その滞在中にヨアキムに一目惚れしたのが、

「あの方が、ヨアキム皇子?」

 美しきユスティカの王女エスメラルダであった

「戦後必ずまた参りますので」

「待っておりますぞ」

 ユスティカ国王と証書を交わし、ホロストープ王国を完全に孤立させ、ヨアキムはエドゥアルド率いる本隊とは別ルートでホロストープ王国へと入った。

 ヨアキムと若き先鋭たちと、若者たちをまとめ、皇子に助言を与える老騎士。

「リオネル」

 参謀でもある老騎士のリオネルに、自分の考えを漏らした

「なんでしょう? ヨアキム殿下」

「ラージュの国境にカレヴァはいない。いるとしたらユスティカ王国側だ」

「ヨアキム殿下……」

「昔カレヴァと話をしたことがある。ラージュ皇国を脅かす国を滅ぼすとしたらどうするか? とな。物騒な”例え”話ではあったが。その際にホロストープ王国についても話題に上った」

「ユスティカ側から攻めると?」

「そうだ。もともと軍も貧弱だ。国境にかかり切りになれば、他はおざなりになる。ユスティカ王国に面している火山地域。利益がないのでユスティカ王国が欲しないだけで、あれを天然の要塞だと勘違いしているようだ。人はあまり通らないが、地図で確認し行商の者たちから情報を集めた結果、通過は可能だと判断した」

 ヨアキムたちは立ちこめる硫黄臭の中、不毛で岩が剥き出しになっている山の斜面を無言で進軍する。

 火山口近くに到達したとき、見覚えのある金髪を持つ初老の男性が道の先に待っていた。

「こちらからお出でになられると思っておりました、ヨアキム殿下」

「まあな。お前と二人でどうやったら効率良く攻められるか? よく話合ったものだ」

 カレヴァの姿を見つけた騎士たちは周囲に何者かが隠れていないか? 注意を払うも、不毛の斜面には隠れられるような場所はない。

「……」

「まず聞こう、カレヴァ。お前はラージュ皇国を裏切ったのか?」

「裏切ったと言えば裏切ったのでしょう」

「……」

「ヨアキム殿下。答えてください。ヘルミーナは虫が孵って死んだのではないのですか?」

 リオネルが旧知の言葉を理解して、会話を続ける二人の顔を交互に見る。その様子に、意味が分からない騎士たちは口を閉ざし、火山口から届く異音と不可思議な会話の隙間に、敵の気配がないか、より一層神経を尖らせる。

「気付いていたのか?」

「やはりそうでしたか……ご迷惑をおかけ致しました」

「そこまで知っているのなら、娘を殺す切欠を作った男に頭を下げる必要はないだろう」

「ヘルミーナは三年もヨアキム殿下をお待たせしたのですか……まったく」

「カレヴァ……」

「ヨアキム殿下、お気になさらずに。殿下が隠さずに教えてくれたとしても、私は同じ道を歩んでいたでしょう。元凶であるホロストープ王国を滅ぼすために、故国ラージュを疲弊させる行動をとりました。馬鹿な男であり、災いを招く家臣であり……殿下は虫についてどの程度ご存じですか?」

 ヨアキムはテオドラから聞いて、自分が理解できた部分だけをカレヴァに伝えた。

「……それを語った者は虫師ではありませんな」

「虫師ではないが、虫師より腕の立つ存在だ」

 ヨアキムはその時、確かに油断していたが、それを差し引いてもカレヴァの動きは異常であった。

「殿下! 避けてください!」

 カレヴァの叫びを聞いて、ヨアキムは理解するよりも早く身を引くが間に合わず、右下から切り上げてきた剣の刃先が、頬を切り先、眼球を撫で、額まで到達する。

 顔を斬られ片目を失ったが、剣を抜きカレヴァに斬りかろうとしたヨアキム。二人の間に突如岩の壁が立ちはだかった。


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