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[29]私の名を呼ぶまで:第十二話

―― その十名はラージュ皇国皇族”では”決して殺害できない ――


「お前はどう思う? ベニ……リザ」

 ヨアキムはベッドに寝転び、悪夢師の本を開き、丹念になにも書いていないページをめくりながら側室リザに尋ねた。

「今日はブレンダがいないからベニートと呼んでも問題はないが……私は【皇族でも決して】ではないかと思っている。私やバルトロはさほど強くはないが、ヨアキムとエドゥアルドは国内でも群を抜いている。その強さがあっても殺せない、のではないかと」

「そうか……私もそんな気がしている」

 ヨアキムは起き上がり、枕の上に悪夢師の本を置き、

「今回選んだ側室たちの詳細は?」

 迎え入れるが手折ることなく送り出す女性たちについて、調べて来た側室リザに尋ねた。

「今回は三名。教会に寄進することを前提に選んだ。商家の娘と地方領主の娘、そして伯爵令嬢」

「商家の娘はともかく、伯爵の娘と地方領主の娘は……一度も夜会に来たことはないよな?」

 ヨアキムもベニートも信心深くはなく、今回選ばれた女性たちは静謐なる神の御許に侍ることを望んでいるため、王宮に足を運ぶことを殊更嫌がり、人目につかないように直ぐに庭に逃げたりする類なので二人とも面識はない。

「親に連れられて一度は来たことがあるそうだ。その夜会はバルトロが参加すると聞き、会場の隅で神の教えを語り合ったらしい。だから付け焼き刃ではなく、気を引くための姿勢でもない。バルトロが信仰心は篤いと太鼓判を押した」

「バルトロがそう言うのなら、間違いはないだろう。商家の娘は?」

「商家の娘は地方の修道院を任されている高名な修道士が”修道女になりたいと申しておりますので、お力をお貸し下さい”とバルトロに推薦してきた。バルトロは後宮にこれ以上人を増やすつもりはないから引き取った形だ。」

「わかった。商家の娘レイラ・ルオッカか」

 扱い辛そうな側室候補たちの名と特徴を頭に叩き込み、ヨアキムは先に寝室へと入り休息を取る。

 ベニートはヨアキムが眠ったのを見計らい、足音を忍ばせてヨアキムへと近付き、枕元に置いている悪夢師の本へと手を伸ばした。


 「自称・本来の持ち主」が王宮に侵入して以来、ヨアキムは悪夢師の本を出来る限り持ち歩くようになった。後宮に足を運ぶときも。

 ベニートは悪夢師の本を見て、バルトロから聞いたことを思い出し――悪夢師の本は他人の悪夢を垣間見ることができるそうだ――誘惑に駆られた。

 側室について話合っている最中に、ベニートは最近ヨアキムが悪夢師の本を後宮にも持ち込んでいる、側室が触れても大丈夫なのか? と尋ねた。その時ベニートは、軽い気持ちであり、答えたバルトロも深い意味はなかった。

 他者の悪夢を垣間見る方法は簡単で、眠っている相手の額に悪夢師の本を乗せるだけ。眠っている”今”見ていなくても、心の奥底に悪夢が眠っていればそれが本に集まり、表紙に「自分が読める文字」が浮かんだら、白紙部分に他人の悪夢が描かれる。

 それは文章の時もあれば、絵の時もあり、時には匂いまですると――話を聞いたベニートは興味を引かれ、一度”見てみたい”という昏い好奇心に足を取られた。


 枕元に置かれている悪夢師の本。表も裏も、背表紙にもなにも書かれていないそれに手を伸ばす。

「なにをしている、ベニート」

 目を瞑ったままのヨアキムが本に手を伸ばした側室リザの腕を掴む。

 腕に込められている力は容赦なく、開かれた眼差しは謝罪を完全に拒んでいる。側室リザは手の力を抜き、許してもらえるまで痛みに耐えることにした。

「骨を折るとあとが面倒だ」

 ヨアキムは自分に言い聞かせるように声に出して言い、手を離した。


 何をしようとしていたのか? などの釈明や、尋問はなく、そのまま二人とも背を向けて目を閉じた。


**********


 ベニートがヨアキムに対して取った行動は怒らせたのとは違い、不快にさせたのとも違う。

 他人の心の触れられたくない部分に土足で上がり込もうとしたところを咎められた――が近そうだがやはり違う。

「ヨアキム」

「なんだ? ベニート」

 どうしようもない空気のまま、ベニートは側室リザ生活を維持するために、情報集めに奔走した。

「侍女のカタリナ、今は食事当番をしている彼女だ」

 ヨアキムは側室の名と顔はすべて覚えているが、侍女は顔と誰付きか程度しか記憶していない。だが例外が一人だけいる。

「ヘルミーナの侍女だったカタリナか。当然覚えている。なにかおかしな素振りでもあったのか?」

 ヘルミーナ付きであった侍女カタリナ。

 彼女のことは他の側室よりも覚えており、その身辺にも注意を払っている。ヘルミーナの死後、彼女のことをベニートに調査させ、彼女が虫に寄生されている可能性があることに気付き、側室に近付かせないように後宮に留めて様子をうかがっていた。

「おかしな素振りはないが、彼女、近いうちに休暇を取りたいと考えているらしい」

「特に問題はないだろう」

「休暇を取る理由は墓参り。主亡き後でも、主の母親の墓を参りたいんだそうだ」

「……」

「カタリナと側室リザ専任女騎士アンジェリカは知り合いだ」

「なるほど」

「それで、ちょっと気になる話だ。完全に盗み聞きなんだが、どうもカレヴァ、ヘルミーナの葬儀を極秘に執り行ったらしい。墓を掘り返したどうかまでは分からないが、形見の品を埋めたとかなんとか。カタリナはアンジェリカからそれを聞いて、どこに葬られたのか分からないヘルミーナへも祈れると考えているようだ」

「休暇は許可するな」

「分かった」


―― 範囲はとても広いようです ――


「ベニート。カレヴァにヘルミーナについて聞こうと考えている。立ち会え」

「やぶ蛇にならないか?」

「虫師について調べさせた」

「誰を使って? ヨアキムの周囲にそんな暇な人はいないだろう」

「側室のキリエ。どの側室もやたらと図書室通いをしたがるので、誰でも良かったのだが」

「そうか。それで、何か分かったのか? ヨアキム」

「気になることがあったので、融合から孵化に関して調べさせた」

「気になること?」

 皇帝マティアスの側室であったラトカ・クニヒティラの死。皇帝はラトカの死を深く追求しなかった理由は様々あるが、その一つが”これではないか”とヨアキムは仮説を立てた。

「ヘルミーナの曾祖母はクニヒティラ家に降嫁した女性だ。両親を早くに亡くしたカレヴァ、故人となったカレヴァの妹ラトカを育てた人でもある」

「言われてみればそうだったな。私はあまり興味がないので、言われるまで忘れていたよ」

「カレヴァの祖母が産んだのは、カレヴァの母のみ。皇族宣誓はできずに終わった」

 皇族宣誓ができるのは、降嫁した女性の実子のみで、孫にはその権利はない。よってカレヴァは皇族宣誓することはできないのだが、ラージュ皇国の繁栄のために呪われた血は簡単に消えない。

「そう決められているから当然だろうな……」

 ベニートは言いながら胃の辺りを氷で冷やされているような感覚に襲われる。

 血統が途絶えぬようにかけられた呪い。

 その血の呪いが薄まると、その者は子を得ることができない。カレヴァはヘルミーナという娘を得た。それは血の呪いが続いている証拠――のはずであった。

「融合が孵化しない条件に近親者の体液がある。お前はこの近親者とは、どこまでが範囲だと考える? ベニート」

「まさか」

「ヘルミーナと私は血統上孵化しない条件に該当する。亡くなられたカレヴァの祖母が皇帝の娘であればだが」

「ではカレヴァの祖母は皇帝の娘ではなかったと」

 カレヴァは最初から呪われていなかった。普通に娘を得ただけのこと。何ごともなければ証明されなかったであろう偽りの血統が、図らずも暴かれた。それも責任を負うべきものではない、なんの咎もない一人の娘の残酷な死によって。

「そうだ。だがそれは構わないだろう。もう亡くなられているのだからな。問題はカレヴァが自分の身に寄生卵が植え付けられていること、娘ヘルミーナが融合していると知っていたとしたら?」

「ちょっ……ちょっと待て、ヨアキム」

「カレヴァはヘルミーナを生かすために私の元へと寄越した。そう考えると……辻褄が合うとまでは言わないが、ある程度は納得できる」


―― ラトカ・クニヒティラはもしかしたら、自分の血統を疑いあのような真似をしたのかもしれない ――


「召喚状を用意してくれたら、領地に引っ込んでるカレヴァをどんな手を使っても連れてくる」

 ヨアキムは用意しておいた召喚状をベニートに渡すため、机の引き出しに手をかけた。乱暴に開いた扉。おおよそこんな非礼なことをするはずのない老将軍リオネル。

「リオネ……」

「ヨアキム殿下。ベニート様。ホロストープがカレヴァの指揮のもと、我が国に侵略を」


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