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[28]私の名を呼ぶまで:第十一話

 キリエ・ブリリオートが腰まであった亜麻色の髪を切り、側室となった頃 ―― ヨアキムはエドゥアルドと”側室リザ”について話をしていた。


「彼女の概歴が秘密とはどういうことだ!」

「商家の娘だ。それ以上は公開しない」

「どこの街出身だ!」

「それも公開しない」

 部屋の隅ではベニートが、次の側室を選ぶ作業を笑いをこらえて行っていた。

「なぜ公開しないのだ!」

「出来ない理由があるからだ」

 部屋の隅にいるベニートが側室リザだ! そうヨアキムは叫びたくなったりはしなかった。

「公開出来ない理由……もしかして、彼女は烙印ありか!」

 烙印とは刑期を終えた罪人に押される焼き印のこと。

 極悪人の場合は額に押すが、それ以外の場合は罪に関係する場所に押される。

 盗みを働いた者や人殺しをした者は手に、姦淫を行った者は性器の近くに……など。押される箇所は手が圧倒的に多く、次は性器の近辺である。

「リザの名誉のために、これだけははっきりと言っておくが、どこにも烙印はない。もっとも多い箇所にも、次の箇所にも」

 元罪人であるなどと言葉を濁し、エドゥアルドに過去を探られると厄介なことになるので、ヨアキムは否定した。

「そうか……では、どのような理由で」

「だから、それは言えないとさっきから言ってるだろう」


 堂々巡りし続ける二人の会話を聞きながらベニートは処女を選んでいた。

 処女を選ぶように命じたのはもちろんヨアキム。経験のある女性ばかりを選んでいては勘の良い者に怪訝に思われるのを避けるために。

 あとは”お馴染み”の強固に【お妃になんてなりたくありません】言い張り【側室になるのはつとめだから仕方ありません。でも通われないほうがいい】という、非常に物わかりの良い女性をたちを選別するようにと。


 物わかりが本当に良い女性なのか? 物わかりが良い女性を演じているか? までは、さすがにベニートにも分からなかった。

「今回は信仰心の篤い、妃になるよりも神に仕えたいと言っているお嬢さまたちだ。邪魔になったら教会に寄進すればいい」

 神に仕えたいと言っている貴族女性たちが、神に仕えられない理由。それは持参金がないこと。教会で働くのには金がかかる。

 誰もが教会で質素ながらも幸せになれるのならば、貧困で身を売る女はいない。

 修道女や修道士、修練士や修練女、神官などになるためには全財産を寄付するが、全財産はある一定額が必要なのだ。

 彼女たちは教会で神に仕えるために寄付する、相応額の個人資産を持っていないので、結婚しなくてはならない。

 自分の意に染まらない結婚を強いられ、信仰の道に生きられない……その抜け道の一つが側室になること。

 側室になった時点で女性たちの所有権は主の物になる。

 その主は側室が増えすぎて厄介になった場合や追い出したい場合は、寄付金を持たせて教会に送る。

「利害が一致するように、しっかりと確認しておけ。ベニート」

「私のこと、使い過ぎじゃないか? ヨアキム」

「エドゥアルドとやり合ってるんだ。そのくらいは当然だろう」

「はいはい。それじゃあ、彼女たちが本当に信仰深いのかどうか? バルトロに調べてもらうことにする」

 選別した書類を持ち、ヨアキムの部屋をあとにしたベニートは、途中でシャルロッタと彼女の祖父とすれ違った。


 ベニートと入れ違いにヨアキムの元へとやってきたのシャルロッタと彼女の祖父。


 幼馴染みのシャルロッタが結婚すると聞き、呼び出し祝いの言葉をかけ、

「ありがとうございます」

 祝いの品を渡す。

「ところでリオネル、わざわざ孫娘に付いて来る程、お前も暇ではないだろう?」

「はい。実はヨアキム殿下に頼み事がありまして」

「なんだ?」

「カレヴァの邸付きだった女騎士を王宮に上がらせたいと、相談されました。ヨアキム殿下のところでご入り用はないでしょうか?」

 女騎士の主だった配置場所は後宮なので、後宮を持つ者に尋ねるのが最短であり確実。

「名は?」

「アンジェリカ・パーションと申します」

「腕は確かなのか?」

「それは私が保証いたします。孫もアンジェリカの腕は充分に承知しております」

「分かった。ちょうど一人、側室専任女騎士が欲しいところだった」

 ヨアキムはカレヴァの邸付きであったアンジェリカ・パーションを、側室リザ付きの女騎士として採用した。


**********


 それからしばらくし、エドゥアルドがまた側室リザに関する件で、ヨアキムの所へ足を運ぶ途中、警備の兵士たちが全員倒れていた。

 殺害されたのか? と首筋に触れて脈を取ると安定しており、規則正しい呼吸をしている。兵士の表情は眠っているようであった。

「起きろ!」

 傷ついている気配もなく、血の匂いもしない。

 だが不審者は確実にいるのだろうとエドゥアルドは判断し、腰の剣を抜き眠っている兵士たちを目印に走り出した。

 彼が向かった先には、兵士たちを眠らせた「犯人」がいた。

 やや伸びた感のある癖の強い茶色の髪と、もみあげから顎にかけてを覆う頭髪と同じ色の髭。膝丈の黒に近い濃紺の上衣と同色のズボン。

「貴様なにやつ!」

 剣を突き出しエドゥアルドは飛びかった――ように見せかけ、不審者の腹にえぐるように拳をめり込ませた。

 剣がくると思っていた不審者は、腹に重い一撃を食らい膝を突いて腹を押さえる。呻き声を上げる余裕もなく、床を凝視するかのように目を見開き、衝撃に耐える。

 その不審者の髪を掴み、エドゥアルドはヨアキムの部屋へと連行した。

 部屋の主は不在。エドゥアルドは剣を腰に戻し、不審者を逃げぬように掴みしばらくの間待った。

 通路の異変に気づいたヨアキムがやって来た時、

「こいつが犯人だ」

「……いてえ」

 不審者はやっと口がきける程度に回復した。

「貴様、何者だ?」

 捕らえ髪を鷲掴みにしているエドゥアルドが尋ねる。

「さっきから髪が抜けて痛いから……離してくれないか? 逃げないから」

「信用すると思うか?」

「信用してもらわないと……」

 ヨアキムは不審者の姿を上から下まで見て、部屋に置きっぱなしにしていた「ある品」に関係しているのではないかと考え、引き出しから取り出した。

「お前が捜しているのはこれか?」

 黒い厚紙表紙のノート。

「それだ! それ」

「……エドゥアルド。掴んだままでいろ」

「言われなくても、ヨアキム」

「お前は悪夢師の本の正式な持ち主か?」

「そうだ!」

「返すわけにはいかない。この本は大事な契約だ」

 テオドラが必ず戻って来ると約束した”証拠の品”

「俺はその本の正式な持ち主で、悪夢師のローゼンクロイツだ。離してくれないかな。禿げるわ!」

「離したら逃げるだろう」

「逃げねえよ。俺はそんなに強くない。あんた、自分が”呪詛”の類は一切受け付けない体質だってこと知ってるから、俺を掴んで離さないんだろうが、俺は悪夢が通じない相手には勝てない。そんなに強くないんだよ」

 エドゥアルドはローゼンクロイツと名乗った男から手を離す。

 髪を引き抜かれるようにして掴まれていた男は、頭を撫でようと手を頭上に移動させたが、二人の視線を受けて、無抵抗を表すために両手を挙げる。

「悪夢師ローゼンクロイツ。この悪夢師の本はどうして呪解師テオドラの手元に」

「借金の形ってやつだ。過去に何度もテオドラに借金して、踏み倒して逃げた結果、絶対に返金する”品”を取られた」

 ”借金を踏み倒して逃げた”と聞いたあたりで、エドゥアルドは蔑みの視線を容赦なく浴びせる。

「そうか。ならば余計に返すわけにはいかないな」

「まあ、そうだな。本の気配が感じ取れたから来てみたら……その本奪わないから、表紙に手のひらを乗せさせてくれ」

「いいだろう。だがおかしな真似をしたら、容赦はしない」

「しないしない。俺は眠らせたりできない相手には手を出さない」

 ローゼンクロイツは黒の表紙に手を置く。表紙になにかが浮かび上がったり、本が変化することもなく……傍目には、何をしているのか? といった状況。

 ただヨアキムの右目には、虹色に輝く光りが本の中に吸い込まれていったように――見えた。

「眠らせた兵士たちを起こせ」

「俺がこの王宮出たら目覚めるようになってる」

「そうか……ところでお前、先程エドゥアルドに”呪詛の類は一切受け付けない”と言ったな? どうしてそれを知っている? 皇族男子のみに伝えられる真実だぞ」

 ヨアキムは本を持ったまま、半歩近付く。

「あー。あんたらが信じるかどうかは別として、俺は呪術師リュディガーがまだ呪術師じゃなかった頃から生きてるの」

「そうか……ならばちょうど良い。お前が知っている呪術師リュディガーについて話せ。悪夢師の本は返さないが、呪解師テオドラに借金を返済できる金はくれてやる」

 銀色の髪の隙間から睨みつけてくるヨアキムに、ローゼンクロイツは肩を窄めて首を右に少し傾けて拒否した。

「俺が長々とここで話をしていると、兵士たちが死んじまうぜ」

「先程は目覚めると言っていたではないか?」

「無理矢理寝かせてるんだ。長引けば死ぬ」

「そうか、言えないのならば仕方ない。お引き取り願おう」

 柄に手をかけたエドゥアルドに、ヨアキムが首を振り”行かせろ”と無言で指示を出す。納得のいかないエドゥアルドだが、斬りかかっても”殺せないことは分かっている”ので、歯軋りをしながらローゼンクロイツが部屋から出て行くのを待った。

 部屋から出たローゼンクロイツは振り返る。


「一つだけ言っておく。俺が嘘をつかなかったのは、あんたたちを騙せないことを知っているからだ」


 ヨアキムは悪夢師の本を開くが、やはりなにも書いているようには見えなかった。

「白紙にしか見えないのは……良いことだとは聞くが」

 エドゥアルドも覗きもみ呟く。彼も悪夢師の本の内容どころか、表紙に浮かんでいるというタイトルすら見ることができない。悪夢師の本は悪夢師以外でも、不幸であれば読むことができると言われている。

 悪夢師でもなく、不幸でもないが辛うじて表紙に書かれているタイトル「*****」を見て、悪夢師と判断できるのはエストロク教団の格の高い神官だけ。

「バルトロが悪夢師の本だと言っているのだから間違いはないと思ったが……厄介な相手をも呼び寄せる本だな。ところでエドゥアルド、お前は悪夢師ローゼンクロイツを捕らえる際本気で殴ったのか?」

 エドゥアルドは剣も上手いが、無手もかなりのもので、本気の拳がまともに入れば、ほとんどの人間は死ぬ。

「殺害するつもりで殴ったが死ななかった。リュディガーが言い残した十人の師の一人なのだろう……借金を踏み倒すとふざけたことを言っていたが」

 ラージュ皇国には建国の礎を築いた呪術師リュディガーには、敵わない相手が十人いた。十名中九名は不明。明かになっているのは、リュディガーの師とされている呪解師テオドラだけ。

 その十名はラージュ皇国皇族”では”決して殺害できない――そう伝えられていた。

「……」

「なんだ? ヨアキム」

「エストロク教団の高位神官だけが表紙を読むことができる……エストロク教団を作ったのはまさか……な」


―― その十名はラージュ皇国皇族”では”決して殺害できない ――


 この文章【では】の部分だけが曖昧で、解釈も多数ある。【皇族には決して】や【皇族でも決して】ではないかとも言われている。



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