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[25]私の名を呼ぶまで:第八話

 ヨアキムはマリエの両親と、妹のキリエを呼び出した。キリエは一人別室で待たせ、まずは両親に今回の事件についての釈明を求めた。

「どうして当日になって姉のマリエが側室になった?」

 マリエの両親は、もともとマリエを側室にするつもりであり、書類がキリエであったことを知らないと言い張った。

 慈悲を求めるマリエの両親を下げ、隣室で話を聞いていたベニートが入ってくる。

「本当だろうな」

「そのようだな」

「じゃあ犯人はマリエか」

「そうであろう。死者には聞けぬがな。下がれベニート」

 ベニートは隣室へと下がり、

「ヨアキム殿下、キリエ・ブリリオートを連れてまいりました」

「通せ」

 キリエが通された。


 室内に篭もって読書をするのが好きそうな体型だな――


 ヨアキムのキリエに対する第一印象は、ヘルミーナと正反対の活発ではない体の細さに関するものだけであった。

 青ざめ怯えた表情で立っているキリエの足元に、書類を投げつける。

「拾って読め」

 言われた通りにキリエは書類を拾い上げ、自分の身上書に目を通す。

「相違はないか?」

「ありません」

「間違いなくお前の身上書だな? キリエ・ブリリオート」

「はい。私めの身上書です」

「それは大問題だな。その書類で側室として私の後宮へやってきたのはマリエだ。どういうことだ?」

 キリエは手に持っている書類を握り絞め、恐れを露わにした瞳でヨアキムを見つめる。

「お前の身上書はこっちだ。内容は同じだがな」

 ヨアキムは机上にある同じ内容の身上書を持って立ち上がり、震えて動けなくなっているキリエの目の前に突き出す。

「知っていることがあったら、正直に言え」

「私はなにも知りません」

 事実彼女はなにも知らなかった。死んだ姉、マリエがなにを考えていたのかも。


 キリエ・ブリリオートは政略結婚するほどの家柄でもなく、そんな勢力もない、うだつの上がらない貴族の娘だった。

 家庭教師をつけてもらえる程、実家に余裕がなかったので、近くの教会で勉強をし、図書館で読書するのが趣味という、ごく有り触れた貴族の娘だった。


「そうか。ならばいい。それで私の側室となる覚悟はあるのか? コンラッドなる男はどうする」

 キリエは恋人の名を聞かされて、気を失いそうになりながら、ヨアキムを見上げた。

「恋人であろう? 生憎私は忙しい。恋人同士を引き裂いた悪役を演じてやるような余裕はない。真実の愛だの、忘れられない相手だの、貴族として生まれたものの宿命だの、そんな茶番劇をしたいのなら他のヤツにしろ」

「……」

「面倒な女は要らない。覚えておけ」

「はい」

 ヨアキムはキリエの手から身上書を取り上げた。

「側室になるというのなら、身辺整理をしっかりとしてから来い。次に側室を入れるのは、五ヶ月後だ。下がれ」


 五ヶ月後、キリエは長かった亜麻色の髪を切り、緑色の瞳に決意を湛え、側室になるために後宮へとやってきた。


**********


 マリエ・ブリリオートが爆ぜるという事件もあったが、無事後宮に八人の女性と、

「お待ちしておりました、ヨアキム皇子」

「……ベニ」

「リザですわ、ヨアキム皇子」

 一名の男性が入った。

 化粧をし直し、ヨアキムも見たことがないほど派手なドレスを着て出迎えた「側室リザ」

 ベニートはヨアキムのように逞しい骨格ではなく、男としては細身の部類なので、体型を隠せる華やかなドレスを着用すれば、背が高くやや逞しい女性と見えなくもない。

 最初に見たときは騙されたヨアキムは、しなやかな動きで自分を出迎えた側室リザを前に、

「気持ち悪いを通り越して、殴り倒したい欲求が沸き上がってきたぞ」

 自分で後宮に入って良いと言っておきながら、自暴自棄に陥っているときに大事なことを決定してはならないことを痛感した。

 側室リザはヨアキムの深い後悔の言葉を聞き流しながら、テーブルに本日入った側室たちの実家が上げた身上書と、自ら指揮し調査した結果が書かれた書類を並べ、彼女たちの説明をした。

 八人の代わり映えしない説明を聞き終え、ヨアキムは首と肩を回す。

「ヨアキム皇子、寝室へどうぞ」

 側室リザが寝室への扉を開き――どうぞ――と促す。

「お前はどうするつもりだ? ……リザ」

 部屋に侍女もおらず二人きりなのでベニートと呼びかけても差し支えはないが、リザと呼びかけることに決めた。

「もちろんヨアキム皇子と一緒に」

 ヨアキムの肩に手を乗せ、そこに顎を乗せ、吐息を吹きかけてくる側室リザに、腰に下げている剣に手を伸ば、危うく抜きかけたが、我慢し払いのけるだけで済ませた。

「私はソファーで寝る」

 後宮には三十名ほどの”普通の”側室がいる。目を見張るほど美しいわけではないが、それなりの女が揃っている後宮で、なにが悲しくて成人した女装従兄と一つのベッドに寝なければならないのだと。


 女装したベニートがヨアキムの後宮で、もっとも美しい側室であったとしても。


「ヨアキム。それは大事な女性相手に対する典型的な行動だ。無理に同衾せず、女性の意志を尊重する、良い皇子の態度とも言えるけれど……私が本命と噂されたら、嫌だろう?」

「……」

 部屋をかえようとしたヨアキムだが、渡って手をつけずに眠るわけにはいかない。

 ベニートが語った通り、渡りがあって手を出さないと、本命候補と噂されるのはよくあること。ならば手をつければ良いが、いまのヨアキムは女性を抱きたい気持ちはなく、ただ眠りたかったので側室リザの提案を受け入れて、

「離れろ、リザ」

「これ以上離れたら、私がベッドから落ちてしまいますわ、ヨアキム皇子」

「知るか、触るな、近付くな」


 心から何も考えないようにして、眠りについた。


**********


 ベニートは側室リザとなり後宮での生活を満喫していた。

 ヨアキムを困らせることにも快感を覚えたが、あまりにやり過ぎてたたき出されないように、自らカタリナの監視を買って出て、普通の側室ではできないことをする、使い勝手の良い側室の地位に腰をかけることに成功した。


 その日ベニートは皇帝夫妻主催の夜会に”参加せず”代わりに側室リザが参加した。

 側室リザをみつけてしまったヨアキムは、二度ほど透明感のある瞳を擦り、あとはいつも通りの凍りついたような表情を貼りつけて要人と挨拶や重要な話をかわし、一段落つけてから壁の花を気取っている側室リザの腕を掴み中庭へと引き摺りだした。

「痛いですわ、ヨアキム皇子」

「後宮で遊んでいる分には許せるが……お前の母親もいたのだぞ」

 会場にはベニートの母、リザもいたが、女装した息子に気付くことはなかった。

「そう怒らないでくださいませ。だいたい、本来の目的はこれですから」

「これ? 夜会のことか?」

「はい。自分のことを知っている人たちを欺く。側室になれば夜会参加も可能ですからね。ただの女装では、夜会には参加できませんので」

 ヨアキムは色々と言いたかったが、

「今晩渡る、覚えておけ」

 それだけ言い、側室リザの頭を「ベニートにするように」叩き、会場へと引き返した。

「あ、痛っ!」

 側室リザはヨアキムに叩かれた頭を撫でながら苦笑する。


 女装し、側室となり知っている人たちを欺き、スリルのある生活――


 その生活に最大のスパイスとなる男と遭遇したのも、この時である。

「初めまして、だな」

「初めまして、エドゥアルド皇子」

 ヨアキムと入れ違いにエドゥアルドがやって来て声をかけてきた。


―― 気付いていない? ヨアキムも母上も気付かなかったんだから、エドゥアルドが気付いていない可能性は高いか


「私のことを知っているのか?」

 エドゥアルドは背が低く、ラージュ皇国の一般的な成人女性と同程度。対するベニートは、一般男性の平均よりも高く、いまはドレスにあったヒールの高い靴を履いている。

「もちろん」

 皇族でもっとも背の高く、体格がしっかりとしているヨアキムと並べば女性に見えるが、エドゥアルドと並ぶと「お姉さんと弟」という感じになる。

「私はあなたと会うのは初めだ。良かったら名を教えて欲しいのだが」

「リザと申します」

「リザ、夜会は初めてか?」

「はい」

 普段目が合っても滅多に話しかけてくることのないエドゥアルドが、いつになく積極的に話しかけてくるのにベニートは調子に乗った。

「誰と来た?」

「独りで参りました」

「独りで?」

「はい」

「独りでは会場には入れない筈だが」

「私はその他大勢の一人です」

「お前、側室なのか?」

「はい」

「誰……ヨアキムの? それともベニート?」

「私はこの身をヨアキム皇子に捧げているものです」


 異国から身分を隠してやってきた貴族の娘――とでもしておけば良かったものの、調子に乗りすぎたベニートは、側室だと告げてしまったのだ


 後宮に先に戻った側室リザは、ヨアキムがやってくるのを待った。

 部屋をドアを乱暴に開け閉めしたヨアキムに、声をかけようとしたのだが、それよりも先にヨアキムが口を開く。

「ベニート。エドゥアルドが”お前が殴っていた側室のリザを寄越せ”と言ってきた」

「……本当?」

「嘘をついてどうする。会話は聞こえてはいなかったが、お前の頭を私が小突いたところから見ていたらしく”女性に暴力をふるうような男の手元においてはおけん”だと。エドゥアルドの側室になるか?」

「遠慮させていただきます。私にそっちの趣味はありませんし」

「女装して後宮に入り、側室となっているのに”そっちの趣味がない”と言っても、あまり信用されんだろうがな」

「ヨアキムが信用してくれれば充分」

「……ところでベニート。エドゥアルドは本当に”お前”に気付いていなかったのか?」

「多分……そうだと信じたい。私だと気付いて側室にしたいと言ったのなら、彼……あれだろ」

「考えないようにするか」


 以来、ヨアキムと側室リザはエドゥアルドに頻繁に話しかけられるようになる。

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