表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/85

[16]フェリシア,イヴォンヌ,ゲオルギーネ

 テオドラさんの結界は完璧で、飛びかかってきた虫っぽいものを全て弾いてくれた。

「バルトロ皇子を呼んできますので、お待ちください」

 皇子に心酔している異母兄のバルトロ皇子が部下を連れてやってきて、油を撒いて虫を焼き殺してくれた。

「もう大丈夫ですよ」

 皇子が気を失っていて良かった。気を失うどころか、死にかかってるけれども、バルトロ皇子の憧れが壊れることなくて。

 結界を張ってくれたテオドラさんにお礼と共に、皇子が私の名を正しく覚えていないことをバルトロ皇子には内緒にして欲しいとお願いした。

「畏まりました」

 テオドラさんに連れられてカタリナとシャルロッタと無事再会。

「あなたは……」

「お久しぶりですね、カタリナさん」

 カタリナとテオドラさんは知り合いらしい。

 たんこぶを冷やしてもらいながら私は眠りに落ちた。

 皇子は一命を取り留めたものの、しばらくは看病が必要となったので、私が通うことになった。

「フェリシア、無事だったか」

 目を覚ました皇子の第一声だったのだが、フェリシアさん? それは誰ですか?

 この時はバルトロ皇子が隣にいたので冷や冷やしたものの、熱に浮かされているらしいということで、名前間違いには触れずに済んだ。まったくしっかりと名前を覚えろっての皇子。

 助けてもらってその言い草はないとか言われそうですが、後宮に連れてこられなければこんな目に遭わなくてよかったのだから、文句は言うし、この言い草も止めはしない。


 皇子の傷による熱も下がり、意識朦朧した状態から脱し、私のたんこぶが治り、そして――


「呪解師のテオドラです。初めまして、の方もいらっしゃいますね」

 皇子の部屋に呼ばれた。

 どうやら今回の事件の事情を説明するらしいのだが、まだベッドに横に横たわったままの皇子に従兄ベニート殿。カタリナにシャルロッタ、そして縄で縛られ猿轡をされているプラチナブロンドの短髪が目立つアンジェリカ。そして私とテオドラさん。

 私はとっても部外者のような気がするのですが、聞かなければならないのでしょうか?


「皇子。お妃さまは終わりしか知らないので遡って説明したほうが良いでしょう」

「もちろんあなたの意見に従う。イヴォンヌに分かりやすく終わりから説明しよう」


 イヴォンヌ言ったところで、みんなの目が死んだようになっている。バルトロ皇子を呼ばなくて良かった。室内にイヴォンヌいないし、お妃はイヴォンヌじゃないし。もう!

 テオドラさん、私への配慮ありがたいのですが、私は聞く必要はない気がするのです。


 話は私が側室リザ殿の部屋に行く前日、アンジェリカがベニート殿にある事件の裏側を尋ねたことから始まった。

 アンジェリカは皇子の剣の師匠であり故ヘルミーナさんの父カレヴァ殿が裏切った理由を、どうしても知りたかったのだそうだ。

 ベニート殿はと言うと、皇子がオルテンシア姫に対し何をしようといているのか知りたく、私を人質に皇子の口を割らせるために二人で協力することになった。


 話はそこから始まり、最後は後宮が作られた際にかけられた呪いにまで言及することに。間に三回休みが入ったが、ほぼ丸一日を費やした。


 私に言えることは、やっぱり私は話を聞かなくても良かったんじゃないかな……ってことくらい。メアリー姫がどうして追い出されたのかが分かって、さっぱりはした。

 話しを終えて皇子はまた熱が上がってきたので、私は仕方なく残り看病をすることに。

 同じく部屋に残ったテオドラさんに、以前呪術師に”腕のたつ呪術師か、呪解師に視てもらったらなにか解るかもしれない”と、言われたことを伝え見てもらった。

 料金は皇子持ちで。そのくらいは許されるはずだ。

「そのような呪いはかかっていませんよ」

 そうでしょうね。

 話を聞く分じゃあテオドラさん以上の呪解師は世界には存在しないと。その人が”呪いじゃない”って言うんだから呪いじゃないのでしょう。それにさっきの話を聞いていたら、皇子は私の名前を言えなくなる呪いをかけられるほど余裕がない。

 たしかにあの時は、消えかかっている火と虫の大群を前に焦っていたから気付かなかったけれど、あの危機的な場面なら、あやふやな私の名前じゃなくて皇子の名前「ヨアキム」で結界を張れば良いものを、わざわざ私の名で張ろうとしたのは、皇子はもう呪いを受ける余裕がないからだと ―― テオドラさんの言葉を聞いて納得した。


 皇子だけは首を捻って不思議そうにしていた。この男、私の名前を間違っている自覚がないらしい。


 私が早く皇子が元気になって、晴れて自由の身になりたいと漏らすと、

「おや? ヨアキム皇子と結婚するのではないのですか」

 わりと本気で驚かれた。ずっと飄々としている……本当かどうかは分からないけれども、ラージュ皇国の建国当初からある後宮に呪いをかけた人よりも年上だと言っているくらいの人が、本気で驚いている。

「ヨアキム皇子と結婚するのは嫌だと?」

 いやですとも。名前を間違い続けてくれる皇子なんて、そのせいで一瞬ですが危機に陥ったんですから。

 私の拒否を聞いたテオドラさんは、手袋を外して手近にあった用箋に両手の甲を押しつけてペンを走らせて息を吹きかけて乾かし折り封筒に入れ、先程の用箋と同じように手の甲を押しつけて手袋をはめ直しその封書を私に差し出した。

「どうぞ、お妃さま」

 皇子の頭を冷やすタオルを絞った濡れた手を拭いて、私は封書を受け取る。

「その封書、お妃さまがヨアキム皇子と正式に結婚、大聖堂祭壇の前で永遠の愛を誓う際、皇子に渡してください」

 だからそんなことはありませんって、テオドラさん。

「ヨアキム皇子が別の方と結婚したらそれは捨ててください。ですがもしもの場合、ヨアキム皇子との結婚を回避できるかもしれないアイテムとなります」

 テオドラさんが言うには、この手紙には”結婚相手を正しい名で呼び結婚宣誓しなければ、ラージュ皇国にかかっている全ての呪いが消える”と書かれているのだとか。

「その封書は祭壇前に立ったヨアキム皇子しか開くことができません。祭壇前でヨアキム皇子が答えにつまって、お妃さまを正式に迎えないと宣言するかもしれません」

 ラージュ皇国にかかっている繁栄の礎となっている複数の呪いを一瞬にして解くと?

 どんな呪いも確実に解けると言われているだけのことはある。

「ヨアキム皇子が祭壇前でお妃の名前を間違わずに言ったら、結婚してあげてください。結婚が成立した際に発動する名前を一生間違わない呪いを、お妃さまに特別にかけておきますので」


 私が皇子と正式に結婚することはないだろうが、この封書は大事にしておこう。大呪解師がくれた封書だ。


 テオドラさんは皇子が復調するといなくなり、気付いたらエスメラルダ姫もいなくなっていて……怖ろしいことに側室リザ殿はエドゥアルドさんの後宮に移動していた。この二人についてはあんまり深く考えたくない。

 でも側室リザ殿をもらったエドゥアルドさんは上機嫌で、バルトロ皇子が『弟もヨアキム皇子の即位に同意した』と。


 側室リザ殿を貰い受けて皇帝になることを諦めたって、それは……。


 そんなことがあって……いつの間にか皇子と私の結婚式が執り行われることになっていた。私とは離婚するはずだったのでは?

 皇子は正式な皇太子に冊立され、皇太子になるとすぐに妃と挙式を上げると宣言した。皇太子と正式な結婚をした相手が未来の皇后となるのだけれども……なぜ私!

 あの愛しの侯爵令嬢レイチェルさまはどうした? あの美女を捨てるのですか。

 姑のアイシャさまとは仲良くなってしまった。ドレスがね、派手なドレスを皇子が私名義でアイシャさまにプレゼントし続けたせいで。

 私以外の女が皇子のお妃になったら、派手なドレスをプレゼントしてもらえないことに気付いて、それは良い姑さまになりました。

「準備はできたか? ゲオルギーネ」

 そして今日も相変わらず、まったく掠りもしていない! 花嫁衣装を着た結婚相手の名前を間違ってるんだっての!

 もう逃げられない……と、覚悟を決めるほど私は諦めがよくはないので、祭壇の前で結婚宣誓をする時、最後の砦であるテオドラさんの封書を皇子に差し出した。段取りにはなかったことなので皇子は驚き、祭壇の向こう側に立っている司教がなにかを言おうとしたが皇子が制して封を開いた。

 読んでいる皇子の目の動きを下から見上げながら、私は皇子が”結婚しない”と言うのを待つ。

「呪解師テオドラからの手紙だが、私がお前の名前をいつも間違って呼んでいるとは本当なのか? ゲオルギーネ」

 はい間違ってます。思いっきり間違ってます、この場においても間違ってます。ゲオルギーネじゃないです。

 皇子がなにか言おうとした司教にテオドラさんからの手紙を見せた。読んだ司教は顔面が蒼白になって、式場にいた全員を連れて聖堂から出て行き扉が閉ざされた。

 人気がなくなった飾りたてられた聖堂内は僅かばかりだが滑稽だった。

 そして皇子は私に手紙を読ませるよう裏返した。


『ヨアキム・ラージュ・ヴィクストレームさま

 このたびはご結婚おめでとうございます

 さて、ヨアキム皇子。皇子はお妃さまのお名前を間違って呼んでおられます

 お妃さまが”皇子は自分の名が呼べない呪いにかかっているのではないか?”と心配するほどに

 皇子にそのような呪いがかかっていないことは皇子自身、よくご存じでしょう

 そこで私から名を呼んでもらえぬお妃さまに”とある呪い”を結婚祝いとして贈らせてもらいました

 祭壇前での宣誓の際、お妃さまの名を誰からも聞かずに正しく呼ぶことができたら、この国にかかっている古く綻が目立つ呪いを全て解き放ち、大きな一つの呪いに統合できるようにしました


 お妃さまを媒介にして


 これほど強力な呪いですので、リスクも大きいです

 間違ったらこのラージュ皇国にかけられている天の守りも地の護符も、永久に続くための王家の血の呪いも全て解けます


 呪いをかけ直す間にラージュ皇国は滅びることでしょう


 回避する方法は

 お妃さまの名を正しく呼び結婚宣言をすること

 お妃さまの名を正しく呼べる気がしないのであれば結婚しないこと

 この二つだけ

 後者の場合はこの綻びかかっている呪いを直し直し、騙し騙ししてラージュ皇国の命脈を繋いでゆくことになります

 前者のチャンスは一度だけ。祭壇前に立ったお妃さまは、皇子が正式な名で呼ばぬ限りご自身の名を言えぬようになっております 


 ヒントくらいは、もらえるかもしれませんけれども


 他の方が皇子にお妃さまの名を教えても無効です

 ヨアキム皇子とお妃さまとラージュ皇国の繁栄、心より期待しております

 呪解師テオドラ』


 手紙の内容を読んで私も焦った。テオドラさん、こんな内容の手紙を書いたら皇子が本気になる……あれ? この手紙の模様……大聖堂正面に刻まれている模様によく似てる……いやそっくり、そのもの。


「一度だけチャンスをくれるか?」


 チャンスは差し上げます。そしてヒントも一つだけ差し上げましょう、ヨアキム皇子。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ