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[15]ルシンダ,ベアトリクス,オルテンシア,ヨランダ,テオドラ

 暗がりに目が慣れるまでじっとしていると、頭が痛みだした。どこかにぶつけたのだろうか? 私は座り直して今日の出来事を振り返る。

 いつも通り朝起きて、皇子と朝食をとって、

「ルシンダ。シャルロッタの怪我が完治した。外出を許可する」

 相変わらず名前を間違えて呼ばれた。

 そのあと私は外出はせずに……そうだ、側室リザ殿の部屋へ向かったんだ。妃が側室の部屋を訪れるのは好ましくないと言われるので、人目を避けて単身で。

 皇族男子にかかっている呪いとはなんなのか? 正直に答えてはくれないだろうと思っていたけれども。呪いについてはカタリナには聞かせられないようなので仕方なく。

 側室リザ殿の部屋について、そこで話をして…………


 側室リザ殿に殴られたような、いや、確実に彼に殴られたはず。


 私は側室リザ殿に殴られて、後宮のどこかに監禁されたらしい。側室リザ殿の部屋ではないだろう。腐葉土の匂いがするし、暗がりに目が慣れてきてきたので周囲を見回すと、小蝿が飛んでいるのがわかった。

 後宮の側室がいるような部屋ではない。そして頭が痛い。痛む箇所に我慢して触れてみたら、たんこぶが出来ている。

 私は二回ほど叫び、床に耳をつけて誰か来ないか待ち、すぐに諦めた。私は声の通りが良くないし、もともと下働きなので誰も足を向けない場所があることも、王族が住む建物はやたらと頑丈で声の通りが悪いことも知っている。

 叫んでも無駄だと、とっとと見切りをつけて、溜息を吐く。

 助けがいつ来るかは解らない。カタリナに側室リザ殿の部屋に行くと告げてこなかったこと、書き置きも残して来なかったことを後悔しながら横になった。


 現実から逃避するのは寝るのが一番だ。


 たんこぶに触る音が聞こえて、私は目を覚ました。

 固い床の上に寝ていたので、体中が痛くてたまらない。ゆっくりと節々を伸ばしたいところだが、扉を開けた人がリザ殿だとまずい気がする……が、周囲には隠れられる場所もないので仕方なく突っ立って扉が開くのを待つ。

 冷たい空気が流れ込み、明かりが入り込んで来る。

「ベアトリクス! 無事か」

 えっと、皇子。室内に私以外にベアトリクスさんなる方がいらっしゃるのですか?

 助けにきてもらって悪いけれども、私の名前はベアトリクスじゃないっての。

「来い」

 皇子に腕を引かれて転びそうになりながら部屋を出る。

 周囲は星空眩しく……すっかりと夜になっていた。夜の空気の冷たさか、皇子の手もとても冷たいな。顔色も悪い……どころじゃなくて。

 よくよく見ると私の手を握っている皇子の手が血だらけ。血に驚いている私に構うことなく皇子は引っ張って歩く。

 ちょっと待ってくださいよ、皇子。

 明かりが揺れ、皇子の腰の辺りが光った。嫌な光り具合だ。皇子が持っている剣も明かりで同じように光っている。


 ……皇子の腰に短剣が刺さってるよ! 血が滲むどころじゃなくて……ええ?


 なに? なにが起こったの?

「ベアトリクス、この通路をまっすぐ……先回りされたか」

 状況が飲み込めない私は”進め”と言われた道を、皇子が持っている明かりだけを頼りに見た。見なければ良かったと後悔するような生き物がそこにいた。

 気持ち悪いとしか言えない生き物がそこにいた。あれは生き物なのか?

 皇子……腰の短剣は抜かなくていいんですか?

 もうね、何を言っていいか解らないし、言えるほど息も続かない。皇子に手を引かれて走り回ってもう、心臓が悲鳴を上げている。

 腰に短剣が刺さって血まみれだってのに、皇子、元気ですね。

「ヨアキム」

「ベニート」

 向こうの角から現れたのは従兄ベニート殿じゃなくて、女装したまま剣を握っている側室リザ殿。

「ベニート、ベアトリクスを連れて逃げろ」

 私の背を皇子が押したのですが、名前は間違ってるし、なにより私はこの人に監禁されたのですよ。

 二人きりになったら、また監禁される恐れがある! 叫ばずに温存しておいた声でしっかりはっきり言いましたとも。

 皇子の血色の悪い顔が険しくなり、

「本当か? ベニート」

「いまそれどころではない、ヨアキム」

 私を背に庇うようにしてリザ殿に尋ねています。側室リザ殿からは庇っている形ですが、背後から迫ってきているあれに対して剥き出し状態なんですがね。

「答えろ、ベニート!」

「ヨアキム! 後ろ」

 私はまた皇子に手を引かれて、走り出すことに。私の背後に回った側室リザ殿は走りながら、私を監禁した理由を説明しています。

「アンジェリカに手を貸したのは事実だが、私が知りたかったのは別のことだ、ヨアキム」

「なにを知りたいと」

「ヨアキムがオルテンシアに対してなにかを企んでいるのは解っていた。私はその企みを知りたかった」

 皇子は立ち止まり、荒い息を上げながら側室リザ殿の後ろを指さした。

「あれがオルテンシアだ。ホロストープが最後に放った刺客」

 …………え、ええ! あれが亡国王女オルテンシアさん? いや、全然顔違うし! 違うどころか、あれ人間の顔じゃないし。カマキリの顔が乗っかって、肩にはあの特徴的な鎌のような前脚が突き出し、脇腹にはクワガタの脚みたいなのが生えて暴れていて、胸のあたりが光りの当たり具合が悪いのではなく、確実に蠢いている。あれがオルテンシアさんに見えるって、皇子の頭が怪しいのか、本当だとしたらオルテンシアさんが変身したってこと? 王族は時と場合によっては変身するの?

「刺客……まさかヘルミーナの……」

 それにしても後宮でこんな大事が起きて、皇子が怪我しているというのに助けが来ないってことは、皇子が言った通りこの後宮は男性が立ち入れないらしい。

「分かったのなら連れて逃げ……」

 二人がわかり合ったらしい所で、もう一つの足音が。

「リザ! こんな所にいたのか。避難していないからもしやと思ったら。捜したぞ! 来い」

 エドゥアルドさんがやってきた。側室リザ殿を探してここまで来たらしい。その愛には感服しますが、同時に人を見分ける目がないことに泣けてきます。

 その人はあなたの従兄ベニート殿です。

「エドゥアルド、二人を連れて逃げろ」

 皇子はそう言い残して、あのオルテンシアさんらしい物体に向かっていきました……で、

「ヨアキム皇子! お待ち下さい」

 裏声の側室リザ殿が皇子の後を追い、

「リザ!」

 当然エドゥアルドさんも後を追い。一人華麗に取り残された私はどうしたものかと。

 星が綺麗です、さきほどまで雲で隠れていた月が姿を現し、それもまた綺麗です。

 あのオルテンシアさんらしい物体は皇子たちに任せて、私は一人逃げようと思います。よくよく見たらここは後宮の一角ですし、出口は解っていますし、星と月の明かりだけで充分歩けるので。

 たんこぶを撫でながら出口を目指して歩いていると、まさかの先回り。あと少しで出口だというのに、前方にオルテンシアさんらしい方が立っていた。人は本当に驚くと声がでないと聞いていたが、本当に出ないことを体験することになるとは。


 あと少しで出口を通り抜けて王宮の庭へと出られるのに! 庭はもう見えているってのに!


 助けを求めるために叫び声を上げようと声を出したつもりだったが、耳元を飛び回る蚊の羽音のほうがまだ大きかった。

「ヨランダ! 伏せろ!」

 背後から聞こえて来た皇子の叫び声に、私は強ばった体をなんとか動かし、倒れ込むようにして伏せる。頭が痛いし考えたくないくらいに疲れているし、なにより何が起こっているのか分からないし。

 体の上で切り裂かれる音がして、なにかが壁にぶつかり潰れる音がした。やっと顔を上げると、カマキリの頭がなくなったオルテンシアさんらしい物体の体と、床に崩れ落ちている皇子。

 助けを呼びに行こうと思ったのだが……床に虫が。

 オルテンシアさんらしい物体の体から虫”っぽいもの”がわき出してきて床に広がる。

 普通の虫なら私も恐くはないし、踏みつぶして進めるけれど、この虫っぽいのはなんか嫌だ。見たことがないからとかじゃなくて、なにかおかしい。

 だいたいあの物体からわき出してきている時点でおかしいよね。

 わき出した虫っぽいのは皇子を目指しているように見える。……皇子が腰から下げていたランタンを外して燃料を撒いて火を付けてみた。

 虫っぽいものたちは火に阻まれてくれたけれども、この火はすぐになくなる。

 ああ、早く誰か来て! ……んなこと言っても始まらないか。皇子の肩に両手を回して、俯せのまま引き摺って移動させよう。

 腰に刺さっている短剣には触らぬように……皇子、重い!

 成人男性だから仕方ないんだろうけれども、私の腕力じゃあ動かせない! 危機が迫ると力が出るって! 火が、火が尽きそう。


「ヨアキム皇子と、そのお妃さまですか?」


 出口の庭に人が現れた。

 皇子が意識を失って倒れている、虫が迫ってくる! と叫ぶと、その人は頷いた。その人は王宮や後宮では見たことがない格好をしていた。

「お妃さま。私は女ですけれども後宮には入れません。ですが私は特殊な結界を張ることができます。あなたを中心にその結界を張らせていただきますので、皇子の側にいてください」

 結界を張る? 結界師とかそういう人? まあいいや、この虫っぽいものから逃れられるのなら。

 皇子の側により、私は声をあげる。

「それでは」

 その人は手袋を脱ぎ捨てて手の甲を合わせて呪文らしいものを唱えた。

「炎よテオドラを守れ」

 結界は張られた気配がなかった。手の甲を合わせていた人は、その手を離して苦笑する。

「ヨアキム皇子から、お妃の名は私と同じテオドラだと聞いたのですが、やっぱり違うんですね」


 …………ヨアキム・ラージュ・ヴィクストレーム! 貴様と言う男は! この危機的状況を脱するために必要な、必要な! 虫っぽいものが弱まった火に向かって飛び込んできた!


「噂で聞いていたほうの名前で結界張りますので、お待ち下さい」


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