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[11]皇子と侍女

 以前側室たちは後宮に収められたら最後、主が死去するまで一歩も外へと出ることが許されなかった。

 近年になり女騎士を付けて外出することが許可されるようになったものの、外出できる時期は”月のもの”がおとずれている時期に限定される。

 それ以外の時期は主以外の子を外で孕む恐れがあると、外出は余程でないかぎり許可されない。


**********


 侍女はいつでも外出できるので、側室の依頼で外に出ることも多い。

 カタリナはある日、主の側室から母の墓参りに行って来て欲しいと頼まれた。命日なので墓を参りたいのだが、外出できる時期ではなく遠出もできない。

「畏まりました」

 毎年のことなのでカタリナはいつも通り軽い気持ちで引き受け後宮を出た。

 側室の実家へと立ち寄り、側室のことを昔から知っている召使いたちに近況を伝え、代第続く墓所へと案内してもらい、側室の希望通りの花をたむけて手を合わせる。

 側室の実家に泊めてもらい後宮へと戻る。そこまでは例年と変わりなかったが、その年は違った。

「カタリナ***が死んだ」

 カタリナが後宮へと戻ると、主である側室は亡くなっていた。あまりの衝撃に当初、皇子がなにを言っているのか理解できなかった程。

 呆けて座り込みそうになったカタリナだが、亡くなられたのならば部屋を片付けなければと、側室に与えられていた部屋へと向かったが、そこは空になっていた。

 そこにはカタリナの私物もあったのだが、何一つ残ってはいなかった。空になった部屋は随分と広いなと他人毎のように思うことしかできず、果てこれから自分はどうしたら良いのだろうか? 途方にも暮れもした。

 側室の葬儀は行われたが、皇子が執り行った小さなもので、父親すら呼ばれぬまま急いで片付けられてしまった。

 カタリナは主である側室を失ったが、皇子が後宮に残り仕事をするよう命じたので、仕事を失うことはなかった。

 主に女騎士たちの食事当番を任され、釈然としない気持ちを抱えたまま過ごし、そこへ顔見知りであった女性が新顔の女騎士として配置されてきたのは二年前のこと。

 側室の実家にいた女騎士が、邸を解雇されたと王城へとやってきたのだ。そう言えば花をたむけに行っていなかったな……と、カタリナは思い外出を申し出たのだが却下された。

 そうしている間に側室の父親がホロストープ王国へ寝返り戦争が始まる。女騎士たちは戦場ではなく王城の守りを任された。

 新顔の女騎士は戦場へ連れていって欲しいと懇願したが、寝返った人物の部下であったこともあり願いを聞き入れてもらえないばかりか牢に繋がれた。

 カタリナは皇子から直々に彼女へ食事を運ぶ仕事を任された。

「アンジェリカが自殺しないように見張れ」


 皇子はそう言い戦場へと向かい、右目を失い剣の師匠を失い、戦争に勝利した。


 アンジェリカが自殺することはなく、皇子は彼女を牢から放ち自ら付きの騎士に抜擢し、カタリナはまた普通の食事当番へと戻った。

「カタリナ」

 皇子付きになったアンジェリカは美しく伸ばしていたプラチナブロンドを短く切って、後宮へと現れた。

「アンジェリカ、元気そうで良かった」

「まあまあ元気」

 アンジェリカとカタリナは外出許可を渡され、二人で側室の実家へと向かい墓に花をたむけた。


 裏切った人の墓はここにはない。どこにもない――


 剣の側室がいた部屋には亡国ホロストープの王女が入り、同時期に数名の貴族の娘が側室となった。

 剣の側室の実家は取り壊されることなく皇子が管理し、カタリナはまた花をたむけに足を伸ばした。

「カタリナ。今度ロブドダンから輿入れするクローディア王女付きの侍女になれ」

 皇子は命じ、同時に外遊先についてくるように命じた。

 わざわざ侍女を連れて側室を迎えに行くのは珍しいと思いながら、カタリナは付き従う。することが極端に少ないカタリナは、自分の中から剣の側室を追い出す作業に追われていた。前の側室に肩入れして今の側室の粗を捜すような真似はしないようにと。

 死者は殊更美しく感じられる、思い出は美化されると自分に言い聞かせながら。


―― これが”例の侍女”だ

―― 心配する必要はありません


「クローディア王女の私室を見たいのですが」

「どうしてだ?」

「新しい主の趣味を知っておかねばと思いまして。私の中にある側室はずっとあの方ですので」

「解った。見られるよう手配する」

 皇子が外遊を終えてロブドダン入りし歓迎を受ける時、カタリナはクローディア王女の部屋へと入った。

 室内は以前の側室が好んだ装飾とは違う。部屋を覗かせてもらって良かった……そう思いながらカタリナは部屋の中を歩くと、別部屋から奇妙な音がした。

 一度きりで終わるのならば、物が倒れた程度で済むが、ずっと音が続くので何事かとその扉を開ける。

 雨戸を閉められた暗い部屋に手足を縛られ、口を封じられて転がされてる”侍女”を見つける。


「どうしてこのような所に?」


 固く結ばれた猿轡を外し背中をさすりながら事情を聞き”侍女”を立たせて走った。

「カタリナ、その女性は」

「説明は後で。皇子のところへ案内して! アンジェリカ」

 皇子がメアリーを”クローディア”として迎え入れようとしているその場に乱入する。


「皇子、その方は王女ではありません!」


 そしてカタリナは側室付き侍女ではなく、妃付きの侍女となった。

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