第六話 特異点
久しぶりの投稿です。展開はちょっと早めにしています。
麻耶は一人で椅子の上でふてくされていた。
最初は先生も昨日も途中でいなくなったことを怒ろうとしたのだが、麻耶の態度が全く変わらず結局は諦めていた。
クラスメートの大半も麻耶に目を向けず机を微かに離している。唯一近づいているのは麻耶の前に座っているクラスメートだけだった。
「どうしたの? のんちゃん、相談に乗るよ?」
前の席に座っているシノンが麻耶に話しかける。だが、麻耶はふてくされたままだった。
シノンが小さくため息をつく。
「そっか。麻耶ちゃんって毎月あるあの日なんだね」
「それは先月から来ていません」
「ならいいや」
クラスメートの大半はいいのかよとツッコミを入れたい気分だったが、麻耶が未だにふてくされているため入れることが出来ない。
さすがに麻耶もこれはダメだったのか諦めてため息をついている。
「いいの?」
「だって。麻耶ちゃんはお兄さんのことが心配で心配で来なくなっただけなんだよね? でも、麻耶ちゃんって本当に軽い方だよね」
「のんちゃんには負けるよ」
授業中にもかかわらずシノンは笑う。さすがにこの授業の担当先生は不謹慎だと思ったのか二人を指さした。
「そこ、授業中は静かに」
「「黙ってて!」」
「イエスマム」
二人の怒鳴り声に先生が一瞬で負けて縮こまる。周囲の机がさらに離れたように感じた。
「お兄ちゃんが今日も学校に来ないんだよ。多分、いや、絶対に何かに巻き込まれている。そうに違いない。行かないと」
「これこれ若人よ」
立ち上がろうとした麻耶をシノンは机を麻耶の方に押すことで物理的に阻止した。ちなみに、結構危険な行為だ。机か椅子がひっくり返る可能性がある。
麻耶は仕方なく浮かしていた腰を完全に落とした。
「のんちゃんはそのことを許さないのでした。というか、授業中だよ」
お前が言うなという言葉が周囲から洩れそういなるが必死にこらえる。さきほどの様な怒鳴り声を受けたなら確実に腰を抜かすだろう。だからこそ、漏らすわけにはいかなかった。
麻耶は授業中だと認識していないのか小さく息をつくだけで済む。
「そういえば、優奈ちゃんだったよね。お兄さんについた女の子」
「お兄ちゃんがシスコンだけじゃなくロリコンだったなんて」
「お兄さんがいれば全力で否定するところだよね。お兄さんは麻耶のことが大好きだよ」
その言葉に麻耶は頬を染めながら体をくねくねさせる。
「どうせ、年下が大好きなだけだよ。私とか、優奈とか、リズィさんとか」
口ではそうは言っているがまんざらではないみたいだ。
シノンは小さく息を吐いた。
「リズィ先生は見た目幼女だもんね」
「あんなのロリババアだよ。はっ、周囲にリズィさんはいないよね」
そう言いながら周囲を見渡す麻耶。ただ、その時の目が少しというより尋常じゃなく怖かったのでクラスメート全員が引いていた。でも、そこにはリズィの姿はない。
「はあ、お兄ちゃんは何をしているのかな?」
「ロード!」
僕はすかさず塞がれた道を熱戦で焼き払った。そして、そこに優奈の手を引いて飛びこむ。だけど、飛び込んだ先にあるのは大小様々な銃口。
「ライド! 『地縛失星』!」
放たれる弾丸の雨に僕は優奈を守るように立ち塞がった。そして、掌を前に突き出して能力を発動させる。
『地縛失星』は絶対防御があると同時に防御膜を形成する能力がある。ただし、その能力を使えば動けなくなるけど。でも、今回はそれを使うしかない。
放たれたのはAMランチャーの弾頭。対魔術に考案されたものだ。たとえ、いくら頑強な防御魔術を纏ったところで受け止められない。
弾頭が爆発する。それは、魔力を破壊させる粒子を含んだ爆発。ふつうなら即死。でも、『地縛失星』にそんなものは効かない。
爆風が止んだのを見計らって僕は走り出した。そして、道を曲がる。そこには先ほど銃口を構えてきていた集団。
「厄介だよ」
僕は防御膜を展開しながら放たれた弾丸を受け止める。さっさと抜けないと挟まれる。
この場で人は殺したくない。優奈の前で殺すなんて出来ない。
「あれを、使うしかないか」
人の前では使ったことのない究極の一人一軍の能力。あれならこの状況だったとしても切り抜けることが出来るだろう。
でも、これはある意味最終決戦を早めるもの。本当は使いたくはない。
どうすれば切り抜けれるかを考えたらあれしかない。それに、優奈を守るためならその力を使う方がいい。
「『地縛失星』。オーバードライブ」
その瞬間、僕の身につけている服装から色が消えた。純白になるというわけじゃない。色をどう表せばいいかわからない色。見た目は灰色に近いが、灰色とは違う。
直感的に見るなら無の色。自然界じゃありえない無の色。
「最終通告だ。どけ。さもなくば、腕は最低一本折る」
その声は自然と響き渡る。だけど、銃撃は止まない。
僕は小さく息を吐いた。そして、力を使う。
鈍い音と骨が折れる音が響き渡ったはずだ。そして、服の色が元に戻っていく。僕は優奈の手を掴み歩き出す。
優奈が何かを言っているが僕には聞こえない。この能力の弊害だ。強力な力の代わりに機能の一部を失う。
僕は優奈の手をしっかり握る。離さないように。もう、あの時みたいに失わないように。
もう、大切な人を失うのは嫌だから。
リズィは穏やかにコーヒーを飲んでいた。ただし、受け皿の周囲にはコーヒーが零れた後がある。
あの瞬間、京夜の服から色が失った瞬間、京夜達に銃口を向けていた兵士の全てが壁から現れた腕によって右腕を確実に折られていた。
今までの京夜を知るリズィからすれば初めて見る力。
リズィはキーボードを操作してあの瞬間の映像だけを砂嵐にする。もし、あの力が無制限に使えるなら、最終決戦は一気に早まるだろう。だから、悟らせるわけにはいかない。
「それにしても、昔から何も変わっておらぬの」
全く変わっていない。昔から京夜は誰かを守るためなら平気で軍すら敵に回す。しかも、殺しは必要最低限。今回は優奈を助けるためだけに京夜は敵に回した。
世界すらも。
優奈のことはリズィも知っている。知っているからこそ、京夜に優奈を託したのだ。京夜なら必ず優奈を救うと。
それがいいことか悪いことかはわからない。ただ、リズィからすれば京夜の行っている反逆行為は予想以上に嬉しいものだった。
「そなたがもし、我の力を借りず、誰も殺さずに地上に出れたなら、我はそなたに力を全て貸す」
それはリズィが出来なかったことだから。
リズィは近くにあった魔術書を手に取った。名は、
アル・アジフ。
「では、外にでも」
立ち上がったリズィに通信を知らせるランプが灯った。しかも、色は赤。緊急用のランプだ。
リズィはすぐに通信機を掴む。
「こちらリーズイット・エレナント」
『リズィ殿、緊急連絡です』
「京夜のことなら大丈夫じゃ。我は今から外での防御網を」
『特異点が現れました』
その言葉にリズィは総毛立つのがわかった。
特異点。
それは、アフリカ及びユーラシアの大半が異形に呑み込まれた始まりの現象だったからだ。特異点から異形達の城が生まれ、異形達が溢れ出した。
その特異点がここにある。
『出現位置は狭間学園高校上空』
「全軍に戦闘準備。日本近海にいる護衛艦も集合させるのじゃ。ペンウッドとレイナスをこの部屋であれを取るように連絡を。白百合京夜への連絡は我が行う。我は京夜と共に出撃する。優奈は試作型『悠遠』に乗せるように。翼は一本で。準備が揃った部隊からまとめて向かうように。学園への避難指示も頼む」
リズィは部屋から飛び出した。狭間学園の大きさは桁違い。それに、いくつもの研究施設がある。
何より、これからの未来を生きる者達がいる。
「あの時の後悔はせぬ。アル・アジフ、我に力を貸せ」
「っく」
その瞬間、シノンの目の前で麻耶がうずくまった。
「麻耶!」
シノンはすかさず駆け寄る。そして、すぐに手首を触って心拍数を計る。速度は若干ながら速くなっていた。
麻耶は苦しそうに窓の外を見ている。
周囲にいた生徒は何事かと囲むように二人を見ていた。
「何、これ?」
麻耶が驚くように声を上げる。そして、ふらつく足取りで窓際まで歩いた。
「無理をしたら駄目だよ。急にうずくまって」
「違う」
シノンにしか聞こえないような声。だけど、シノンはその声を聞いていなかった。見ているのは麻耶の表情。
麻耶は空を見上げながら怯えている。
「来ないで。お願いだから」
麻耶が両手を組んで祈る。それはまるで何かが来ないことを願っているような祈り。
シノンは空を見上げた瞬間、シノンの携帯が震えた。これはメールだ。シノンがすかさず携帯を取り出してメールを開く。
内容は本当にシンプルだった。
特異点発生。場所、狭間学園高校上空。
「お、おい。あれを見ろよ」
見上げた先にあったもの。それは黒い渦を巻く雲。見ただけでは完全に嫌悪感しか与えない。
シノンは唇を噛み締めた。
こんなことは想定していないし、起きるとは思っていなかった。だけど、一つ言えることがある。
もう、シノンは普通の日常に帰ることは出来ない。
「くっ、麻耶、ちゃんと逃げてね」
「のん、ちゃん?」
「今までありがとう」
シノンは走り出す。特異点が発生した以上隠してはいられない。シノンはすかさず携帯を取り出した。そして、とある番号を打ち込む。
「日本国特殊機動部隊のシノン。特異点発生の真下にいるため武器の使用許可を要請します」
『許可する』
聞こえてきた声にシノンは小さく頷いた。
もう戻れない。それはシノン自身がよくわかっている。わかっているからこそシノンは戦う。戦わないと、大好きな親友を守れないから。
「もっと、お兄さんと仲良くなりたかったな」
それはシノンの本音。だけど、それ以上話すことは許されない。もう、ありえない未来だから。
シノンは玄関まで降りた。そして、靴箱が並ぶ端にあるロッカーの一つに鍵を差し込み捻る。
ロッカーを開けたそこに入っていたのは一本の槍。真っ赤な柄と輝きを放つ刃。それを手に取るシノン。
「待って!」
その声にシノンは肩を震わせた。何故なら、その声は麻耶のものだったから。
「どうして」
「それはこっちのセリフだよ。のんちゃんがいきなり」
麻耶の言葉が止まる。シノンが麻耶の目の前に槍を突き出したからだ。
「私はもう、のんちゃんじゃない。シノン。私のコードネームはシノン。もう、のんちゃんは存在しない」
「っく」
急に感じた感覚に僕は壁に倒れかかるように寄りかかっていた。この感覚は覚えている。
異形との戦いの最中、大型以上の異形が出て来た時に感じる感覚。
「京夜さん?」
「こんな時に」
優奈を助けないといけないのに異形が出て来る。この平和な日本で異形が出て来たならそれは大量虐殺を意味する。
「エレベーターを」
「こっちじゃ!」
道を曲がった瞬間、リズィがこっちに向かって手招きしていた。僕は優奈の手を握ったままリズィに近づく。
「リズィ! 異形が日本に現れる!」
「そなた、特異点を感じ取れるのか!?」
「特異点!?」
その言葉に僕は驚いていた。特異点なんてあの日、異形が現れた時くらいにしか現れなかったはずなのに。
もしかしたら、あの時も特異点だったのかな?
僕達は三人で走り出す。そして、エレベーターに乗り込んだ。
「優奈は試作型『悠遠』に乗ってもらいたい」
「えっ? あの機体に?」
「そうじゃ。我と京夜は特異点発生位置、狭間学園高校に向かう」
その言葉に拳を握りしめる。特異点が、狭間学園だなんて。
「わかりました。京夜さん、麻耶さんを」
「うん。リズィ。僕は先に」
「落ち着くのじゃ」
エレベーターが止まる。そして、ドアが開いて優奈が降りた。すぐさまドアが閉まり上昇する。
「そなたの最速を出せばそれだけで被害が出る。この意味がそなたにもわかるの」
だけど、早くしないと麻耶達が危険だ。
「まずは落ち着くのじゃ。そなた、誓ったのじゃろ? 失わないと」
「リズィ、ごめん。ちょっと、頭が煮詰まっていたみたい」
「仕方ないことじゃ」
エレベーターが止まる。それと同時に僕とリズィは走り出していた。
「ライド。『疾風迅雷』」
加速する。加速して加速してさらに加速する。今はまず、周囲に被害が出ないような速度で狭間学園に向かう。話はそれからだ。
「これがそなたの速度か。ふむ、すごいの」
その言葉に僕は振り向いた。そこには本の上に座って浮いたまま平行して動くリズィの姿があった。明らかに物理法則を無視している。
僕がそれを見つめていると、ものの見事にぶつかった。電信柱に。もちろん、加速を緩めたり『地縛失星』を限定的に発動したりとしたのでただ痛いだけで済む。
「京夜、無事か?」
「そんなことより、どうしてついて来れるの?」
今の速度は遅くないし十分に早い。だけど、リズィはそれについて来る。
「そなたの『疾風迅雷』を使わさせてもらっておる。これが自動書記魔術器のアル・アジフじゃ」
「便利だね」
それなら空も飛べるのは納得出来た。魔術器だから何をされたって肝を抜かすほどじゃない。
僕達は屋根の上を跳び移る。もっとも、リズィは文字通り飛び移るだけど。
「ヤバいの」
空を見上げたそこには巨大な黒い塊が出来上がっていた。僕が知っているものよりもはるかに大きい。
ここからあの時みたいな現象が起きたならどうしようもない。
最悪、神化を使うしかない。
「リズィは避難誘導を。僕は落ちてくる異形を」
その瞬間、黒い塊に穴が開いた。たくさんの何かが降り注ぐ。それは異形だ。異形が大量に空から落ちている。
僕は加速する。この場で一番いい手段は異形の殲滅だ。異形を被害を少なくするために。
優奈は走っていた。目的地は試作型『悠遠』が整備されている場所に。
試作型『悠遠』はオーバーテクノロジーである悠遠の翼の内の一つを搭載することで動くことが出来る機体。
これなら何度も優奈は動かしたことがあった。
試作型なので戦闘能力は極めて低い。低いけれど、今はほとんど博物館にある戦車などに比べたらはるかに高性能でもあった。
「優奈ちゃん! 準備は出来てるよ!」
整備員の人達の声を聞きながら優奈は必死で駆け上がる。そして、試作型『悠遠』のコクピットに乗り込んだ。
シルエットはまさに笹かまぼこに手足をつけたような形。背中にオーバーテクノロジーのエネルギー体を埋め込むことで動かす。
コクピットは頭部にありお腹は少し膨らんでいる。背中にはエネルギー自体を吹き出すことで行動できるバーニアがついていた。
「試作型『悠遠』を出撃させます。滑走路は二番の使用許可を」
『使用許可は出せない。今すぐ試作型『悠遠』の起動を止めろ』
「リズィさんから話は言ってないのですか!?」
『口答えするな! 貴様は我らの飼い犬として大人しくしていろ!』
「いや」
優奈は口を開く。少しだけ俯きながらもその顔は何かを決めるようだった。
「装備はエネルギーライフル。カートリッジは背中の左側に大量に付けてください。右側にはレンジソードを」
『貴様は世界のためにいれば』
「戦っている。京夜さんもリズィさんも戦っている。だから、私も戦う。もう、守られながら生きるのは嫌だから!」
その瞬間、試作型『悠遠』についていた悠遠の翼が眩いまでの輝きを示す。人の顔を模した頭部の目が光を放ち完全起動したことを周囲に伝える。
『まさか、レベル10だと』
「私も、みんなを守るために戦いたい!」
優奈はコクピット内にあるレバーを握りしめた。右のレバーは出力の調整と試作型『悠遠』の右手の動かす。左のレバーは出力の調整が無い分細かい動きや稼働範囲が大きくなっている。
「試作型『悠遠』、行きます!」
試作型『悠遠』は動き出す。それと同時に目の前で空間がねじ曲がり試作型『悠遠』が通れるような渦が出来上がっていた。
優奈はそこに向かって試作型『悠遠』を動かす。そして、渦を突き抜けた先は、外だった。
「力を貸して。リズィさんを手伝うために。京夜さんと共にいるために!」
バーニアを吹かして試作型『悠遠』が飛び上がる。目的地は狭間学園高校。二人が向かった場所に。
麻耶は真っ直ぐ突きつけられた槍を見ていた。麻耶の前にいるシノンはもう覚悟を決めたのか、少しでも動けば攻撃する意志を目に宿している。
「のんちゃん、ううん。シノンは、もう覚悟を決めているんだ」
「私はもうこの学園にはいられない。異形を倒し、そして、消える。ただ、それだけの存在だから」
「異形? 異形が来るの?」
シノンは静かに頷いた。
「特異点が現れた。もうすぐ避難が始まるから、麻耶は生き残って。戦うのは私の役目」
「じゃ、私も戦うね」
その言葉はまるで遊びに出かけるかのような軽さがあった。だから、シノンは思わずまばたきしてしまう。
麻耶はシノンの前に拳を突き出す。
「これでも白百合だからね。特殊能力くらいはあるよ」
「くらいって。だめ。異形は普通じゃない。麻耶が死ぬかもしれないのに」
「死ぬ? そんなことはないよ」
麻耶はそう言って笑った。そして、拳を近くの壁に叩きつける。たったその一撃で壁は見事に大きなひびが入っていた。
「異形ということはお兄ちゃんが来る。世界最強の一人一軍が。それまで二人で持ちこたえたらいいんだよ」
「だめ! 麻耶が死んだら、お兄さんが悲しむ。そんなことさせない。だったら、この場で麻耶を」
「私はね、怖いことがいくつかあるんだ」
そう言って麻耶は笑みを浮かべる。そして、自分の胸をトンと叩いた。
「まずは戦場に行くこと。戦うのは嫌いだから。嫌でも、私はみんなとは違う異能があるんだって」
「だったら」
「それ以上に、親友を見捨てたくない。そして、お兄ちゃんだけを戦わせるわけにはいかない。お兄ちゃんはずっと戦って来たんだよ。ずっと、ずっとずっとずっと。たった一人で、一人一軍という実物があるから、死ぬことの恐怖を隠して、必死に戦っていた。倒れたら人類が滅ぶと自分を追い詰めてアフリカでの殲滅戦まで決行した。お兄ちゃんはね、孤独なんだよ」
力がありすぎるというのも誰も寄せ付けない。麻耶にはそれを感じたことはないが、京夜の姿を見ていれば何となく察することが出来た。
一人でたくさんの敵と戦わなければいけない恐怖。囲まれれば死ぬかもしれない。誰にもわからず死ぬかもしれない。だけど、京夜は戦い続ける。
「だったら、私はお兄ちゃんの彼女としてお兄ちゃんを支える。それはシノンにものんちゃんにも否定させない。だから、向かう」
「はぁ。のんちゃんの負けです。その代わり、絶対に私のそばから離れないで。麻耶の指示はこののんちゃんが出します」
「うん」
「じゃ、校庭に」
その瞬間、玄関のガラスを突き破って異形が飛び込んでくる。形は巨大なカマキリ。シノンは動いた。
体を回転させながら正確に槍を上から叩きつける。
だが、その槍はカマキリの異形の背後から放たれた何かに弾かれた。すかさずステップで後ろに下がりながらカマキリの鎌を避け、頭に向かって槍を突く。
槍は簡単に突き刺さりそのまま頭部を完全に割った。
その場にカマキリの異形が崩れ落ちる。その後ろにいるのは巨大な蜂。槍が弾かれたのは針を飛ばしたから。
シノンはすかさず槍を投擲しようとして、何かが蜂の頭を吹き飛ばしていた。ちょうど玄関口にあった初代校長の銅像。それが放たれたのだ。麻耶によって。
シノンが槍を振りかぶった体勢のまま固まる。
「のんちゃん、どうかしたの?」
「えっと、麻耶って何者?」
「力持ちの人間だよ」
たったそれだけで銅像を一直線に投擲なんて出来ない。シノンは諦めたようにため息をついて槍を下ろした。
「考えても仕方ないか。のんちゃんについて来て。多分、今のは第一陣だから校庭にたくさん降りて来ると思う」
二人は玄関から飛び出した。そして、すぐさま校庭に出て、考えが甘かったことを悟る。
そこにはひしめく異形の姿があったからだ。まるで、整列しているかのような校庭を埋め尽くす異形の影。その視線が一斉に二人に向く。
異形との戦いは一対一じゃない。異形の数の比率が大きすぎる。真っ正面から戦うのは愚策だと最前線では伝えられているが、こんな日本でそんなことが伝えられているわけがない。
「えっと、やっちゃった?」
「のんちゃん、今言う言葉じゃないよね」
麻耶が小さくため息をつき異形を見つめる。異形はこちらを向いているが動く気配はない。まるで、何かを待っているかのような。
「来たか」
その声は二人の背後から聞こえてきた。二人が振り返った先にいるのは金色の肌を持ち灰色の瞳をした鬼。
その鬼が二人を見つめている。
「これが、人間」
鬼が笑みを浮かべる。その笑みに二人は一歩後ずさった。
「どんな味がする?」
鬼が一歩を踏み出した瞬間、シノンは槍を振り切っていた。だが、その槍は鬼に簡単に掴まれる。
「刃向かうか。ならば、お前から」
「今!」
麻耶が一歩を踏み出した。鬼の腕を捻りながら足を払い投げ飛ばす。槍は腕を捻った瞬間に手放しているからシノンも一緒じゃない。
鬼は簡単に着地しと笑みを浮かべた。
「これが人間か。いいだろう。行け!」
鬼の言葉と共に異形が動く。数はわからないけど空からどんどん振ってくる。
二人はお互いに身構えた。そして、
「オーバーロード。ライド。『地縛失星』」
熱線が一瞬にして異形達の半分を焼き尽くす。それと同時に『地縛失星』の京夜が二人の前に降り立った。
「間に合ったかな」
京夜はそう言って身構えた。
金色の姿をした灰色の瞳を持つ鬼。それは、灰色の姿をした金色の瞳を持つ鬼とはちょうど正反対のように僕から見えた。
おそらく、強さの桁が他の異形と比べてかなり違うだろう。
「今ので。ほう、お前が一人一軍か」
その言葉に僕は内心で驚いていた。何故なら、鬼が日本語を話したかろだ。灰色の鬼とは違う。
「噂は聞いている。我らの同胞を殺し回る史上最悪の魔王だと」
確かに、アフリカでは目に付く異形を全て倒してきた。確かに相手からすれば恐怖の相手だと思われたかもしれないが、魔王?
「お前がいるために世界の浄化が遅れている。新たなゲートを作り出して良かった。まさか、今から殺せるとはな」
「麻耶、のんちゃん、下がって。こいつはヤバい。今まで戦った異形の中でトップクラス」
「トップクラス? 我に並ぶ同胞などいない」
いない? あの灰色の鬼はどうなんだ? 色が反転しただけだから同じだと思っていたけど、それ以上だとでも言うのか。
二人を守っていられる状況じゃない。せめて、軍さえ来てくれれば。
「おっ、クライアントからの連絡を受けて来てみれば京夜だけじゃなく麻耶がいるとはな」
「ベストタイミング」
やって来た大和に対して僕は笑みを浮かべていた。大和の周囲には武装した男達がいる。
「はっ?」
「麻耶、のんちゃん、大和の方に。実力だけなら保証出来るから」
「おいおい。いきなり何だよ。異形の集団とか金色の鬼とか子供のお守りとか。俺は何でも屋じゃねぇぞって、来るんかい」
僕が鬼と向き合っている間に二人が大和の場所に向かう。大和は結構麻耶を気に入っている。麻耶も大和は嫌いじゃないらしい。
まあ、麻耶もいる時の大和って本当に子供みたいだからな。
「人間がいくら集まろうと我ら同胞」
「だったら」
僕は地面を蹴る。『地縛失星』の全力を使って鬼との距離を詰める。そして、全力で空に蹴り飛ばした。
「ロード!」
右腕だけ『疾風迅雷』を纏い、空中に蹴り飛ばした鬼の頭を掴む。
部分展開をした場合、ちょっとした違う能力が使える。『疾風迅雷』の場合は、焼き尽くすくらいの紫電。それを手のひらに展開したまま鬼の頭を掴んだ。
鬼の頭を焼き尽くす。
「ライド。『爆炎光波』。オーバーロード!」
そして、炎を全力で叩きつけた。最大出力のオーバーロード。それを至近距離で受けた鬼は地面に叩きつけられ焼き尽くされる。その熱波は校庭にいた異形も焼き尽くした。
「ライド。『地縛失星』」
服装を変えて地面に着地する。膨大な熱量によって溶解した大地であっても『地縛失星』の防御力なら全然耐えられる。
「全力で叩きつけたから、普通は生きていられないけど」
僕は麻耶達の方を見た。二人共無事らしく普通に立っている。
「はははっ、ふはははははっ! まさか、まさか、これほどだとはな。まさに、魔王に相応しい能力だ!」
生きていた。しかも、無傷で。その能力はまさにあの鬼と同レベル。
相手が魔王二人だなんて悪夢だ。
「ならば我ら勇者はお前を滅ぼすしかないな。さあ、出でよ」
その言葉と共にさらなる異形が降り注ぐ。今は異形を先に倒すことに専念すべきじゃないのに。特異点を閉ざすことに集中しなければ。
降り注ぐ異形は大きい。小型や中型が少なく大型が主流だ。厄介にもほどがある。
「魔王を、殺せ」
異形が動き出す。数が多いし囲まれている。『爆炎光波』になる時間はない。
その瞬間、何本かのエネルギーの塊が何体かの異形を貫いた。
僕はそちらを振り向く。
そこにいたのは見たことのないロボット。だけど、あれはフュリアスだ。そして、あれには優奈が乗っている。直感的にわかった。
「待たせたの!」
校庭にリズィの言葉が響き渡る。それと同時に大量の人の気配を感じた。
「米軍及び自衛隊の全力を持って、異形を殲滅する!」
リズィの言葉は高らかに戦域に響き渡った。