第五話 日本国特殊機動部隊
ようやく男が増えます。
まだ春に近いからか朝の寒さはかなりのもの。でも、僕はその寒さを体に感じながら家の近くにあった公園で体を動かしていた。戦場の感覚が出来るだけ鈍らないようにするための訓練。実戦とは程遠いから鈍ることには鈍るけど違いはある。
足を動かし腕を振り、素早く振り返りながら攻撃の型を確認していく。
そして、いくつかし終わった後、僕は小さく息を吐いて動きを止めた。
「そろそろ家に戻ろうかな。あれ? のんちゃん?」
公園から出ようとして歩いていると視界の中に見知った顔が入ってきた。麻耶の親友ののんちゃんだ。のんちゃんが知らない男の人と歩いている。
のんちゃんもこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「やっほー、お兄さんは公園で一人遊び? のんちゃんがかまってあげようか?」
「軽く体操かな。体が少し鈍っていて。そっちの人は?」
「のんちゃんのバイトの上司。あっ、学校にバイトのことは秘密だよ」
バイトということは日本国特殊機動部隊の隊長クラスか。バイトとぼかすのは僕が日本国特殊機動部隊にのんちゃんが所属していることが知らないことになっているため。
男の人は僕をつま先から頭のてっぺんまで見渡した。そして、開口一番、
「君が、一人一軍か」
僕は身構えていた。いつでも地縛失星になれるように準備をする。
「そう身構えなくてもいい。のんちゃんから聞いていてね。昨日、戦場の英雄である一人一軍と友達になったって。私は黒川五郎。とある派遣会社の部長だ。のんちゃんとは先ほどまで仕事の話をしていてね」
僕は構えていた体を解いた。でも、拳は握り締めたままだ。
「最近学業に専念しないと成績がなかなかとれなくて。中間テストが終わるまで少しの間休みをもらおうかと思いまして。のんちゃんはバイトをやめるつもりはありませんよ」
「わかっている。君はとても優秀な人材だからな。止めてもらってはとても困る。友達もいることだし私はそろそろ行かせてもらおう。また、携帯に連絡する」
その言葉と共に黒川さんが背中を向けて歩き出す。
その背中を見ながら僕は周囲の気配を探った。こちらを見ている数は大体4くらいか。でも、気配だけじゃなくて視線はもう少し感じるからもっといる。部長というよりももっと上の人か。
警戒されていることはのんちゃんはわかっているのだろうか。
「よく、あのバイトの人が僕が一人一軍だってわかったね」
「のんちゃんが詳しく説明したからね」
そういうのんちゃんの顔は笑っていても目は全く笑っていない。つまり、ほとんど説明していないということか。僕は小さくため息をついた。
こういう状況で言葉に詰まったら疑われる。間髪いれず何かの動作か言葉を挟まないといけない。
「あまり有名人になりたくないんだけどな」
「後の祭りですな。お兄さんは一人一軍なんだからしっかりする。ところで、三角関係どうなりました?」
にやにや笑って尋ねてくるのんちゃん。僕は日本国特殊機動部隊のことを話してやろうかと一瞬思いつつ止めた。
利点があまりないし、下手したら麻耶に殺される。
「結局、家に優奈を置くことになった。優奈が麻耶に懐いてね、麻耶もまんざらじゃなくて義母さんなんて、『これで妹を産む手間がはぶけた。グッジョブ』って優奈に言うくらいだし」
「相変わらず白百合家のお母さんはどこか吹っ飛んでいるよね」
吹っ飛んでいるで表せれるのだろうか。懐いた経緯を簡単に話すとしたなら、
麻耶がお菓子を優奈に上げる。→優奈が麻耶に懐く。
優奈の将来が不安になってくる懐き方だった。麻耶もそのこと話した後同じことを言っていたし。
「でも、学校とかはどうするの? お兄さんがロリコンでも学校には連れていけないよ?」
「僕をどんな犯罪者に仕立て上げるつもりなのかな? 僕はロリコンじゃなくてシスコンなんだから」
「ここで言うのもどうかと思うけど」
僕と麻耶が付き合っているのは周知の事実だ。多分。おそらく。そうだよね?
だから、他人の目は気にしない。近所の目も気にしない。気にしないつもりでもきっと痛いんだろうな。しくしく。
「お兄さん泣いているの?」
「世の中の理不尽さに嘆いているだけだよ。のんちゃんの家はどこ? そこまで送るよ。これでも男の子だから」
「あそこ」
のんちゃんが何気なしに指さした方角。そこには、巨大な邸宅があった。そいうより、少し離れた位置にある小高い丘全てを敷地とする豪邸。確か、青山という人が住んでいる土地だったはずだ。
僕はのんちゃんが指さした方角を見た。そして、またのんちゃんを見て、また、指さした方角を見る。
「青山さん宅?」
「うん。のんちゃんは柿山シノンと名乗っていますが本名は青山シノンなのでした。ちなみに、麻耶ちゃんだけ知っているから秘密だよ」
「はいはい。あの距離だったら、最速コースか普通コースか近道コースのどれがいい?」
「ちなみに聞くけどどう違うのかな?」
のんちゃんが不思議そうに尋ねてくる。まあ、そうなるわな。
「最速コースが『疾風迅雷』で駆け抜けるコース。普通コースが普通に大通りを歩いていくコース。近道コースが歩いて近道するコース」
「あれま。思っていたよりも普通だった。お兄さんのことだから、『ぶち抜いて行くぜ!』とか言いながら直進すると思っていたのに」
「それは誰のものまねかな?」
僕はそんな言葉づかいをしたことがない。今までで一度も。
「にゃはは。のんちゃんとしては送ってもらいたいのはやまやまなのですが、そろそろ麻耶が起きる頃だと思うのでお兄さんはそっちに行った方がいいよ。浮気だと言って殺されたくないなら」
「本当にそうなりそうだからか怖いんだよね」
麻耶に冗談は通じない。それは今まで麻耶と暮らしていて嫌と分かっている。というか、体が覚えているくらいに。
僕は小さくため息をついた。こういう状況で女の子を一人にするのは心ないけど、のんちゃんなら大丈夫かな。
「何かあったら叫んでね。すぐに助けに行くから」
「お兄さんなら本当に飛んできそうだよね。何かあったら叫ぶよ。そんな必要はないと思うけどね」
のんちゃんが歩き出す。それと同時に周囲を警戒していた人達も動きだした。のんちゃんを監視していたのか、それとも、
「ただならぬ敵に目を付けられちゃったな」
人質を取られないことを、うん、あの二人なら例え日本国特殊機動部隊がやってきても全員撃退しそうだよね。冗談抜きにして。
朝食の席。四人座れるテーブルに僕と麻耶、優奈は座っていた。ただし、二人はまだ寝ぼけているのかほとんど目を閉じたままゆっくり箸を動かしている。その光景を見ながら義母さんは嬉しそうだった。
まあ、何を思っているかわかっているけど。
「そうだ。義母さん、今日は僕、学校休むから」
「何で!?」
椅子をガタッと音を立てて倒しながら麻耶が詰め寄ってくる。本当に怖いんですけどどういうことかな
? というか、さっきまでほとんど寝ていなかった?
麻耶がまだほとんど寝ている優奈を指さす。
「もう麻耶の体に飽きたの? こんな幼女がいいの? やっおぱりお兄ちゃんはロリコンだったんだ!」
「人聞きの悪いことは言わないでよ。僕はただ、リズィと」
「ロリコンは犯罪よ?」
「そこ! 話を聞いていないふりをしないで! 僕は全くロリコンと言ってないよね!? というか、ロリコンは犯罪者じゃないから!」
まあ、白い目で見られると思うけど。
こんな騒ぎの中、優奈は目をほとんど覚ましていない。というか、寝ている。
「お兄ちゃんがロリコンだったなんて。もう、私なんて捨てられるんだ」
「もしもーし。麻耶、聞いてる?」
「うう、お兄ちゃんなんて嫌いだよ。もう、会いたくないよ。肌も合わせたくないよ。吐き気がするよ」
「夜は一緒にベットで寝る?」
「お兄ちゃん大好き!」
本当に変わり身が早いよね。少し怖いくらいに。
僕は小さくため息をついて話を再開することにした。
「優奈のこれからのことをリズィと話すために優奈を連れて研究所に向かうから。午後からは出られたら出るよ」
「出席日数は大丈夫?」
「もう、気にしない方針で」
来年こそは、来年こそは卒業したいな。うん、来年こそは。
「もう、京夜ったら、そんなに優奈ちゃんが可愛いからってリズィさんにお嫁にくださいっていいに行くなんて」
「どうして義母さんは話を聞かないのかな?」
「それに関してはお兄ちゃんに同意するけど、まあ、お母さんだし」
それで片付けたら本末転倒な気もするが、義母さんのことだからそれで片付くのが恐ろしい。
「ところで、挙式はいつにするの?」
「頭の中は大丈夫!?」
一人で未来計画を作っていた義母さんに僕は思わずつっこんでいた。
朝食が終わり、優奈と一緒に麻耶を見送った後、優奈と一緒に研究所に向かっていた。ちなみに、タクシーは使わない。あんなバカ高いものを使っていられないというのもあるけど、優奈に周囲の街を案内するためだ。ちなみに、僕が再確認するためとも言っていい。
ここら辺の街並みはだいぶ変わったから。
五年前から日本にやって来る資源はかなり少なくなった。それでも唯一の安全国としてかなりの量の資源が集まっている。でも、それは研究用の資源だ。おかげで、街並みから工具店などの金属を扱う店や娯楽のゲームセンターなどは姿を消している。
僕は小さく溜息をついた。
「ここも、大きく変わったね」
「そうなんですか? 私には普通の光景にしか」
「優奈が物心ついた頃はそうだったからだと思う。でも、昔はもっと色々なものがあったな」
友達と一緒にゲームセンターに遊びに行き、どこかのバーガーチェーン店で安いものを注文し話しながら食べる。そんな光景がよくあった。
でも、今はほとんど見られない。学校があるからでもあるけど、街に活気が見当たらない。
「大きく変わったよ。異形が出てから。ここに来るたびにそう思ってしまう。僕もここでよく遊んだから」
「何年くらい前の話ですか?」
「12年かな。ちょうど、戦争が始まる前だったよ。その頃は本当に色々あった」
だから、こういう街並みを見ていれば少し悲しさを感じてくる。でも、仕方がない。そうでもしなければ今頃日本も異形に呑みこまれていた可能性だってある。
僕達はそのまま街並みを歩く。ただ、少し気になることが。
「ちょっとストップ」
僕が立ち止まったのはとある空き地の前。優奈も不思議そうに首をかしげている。
「ここがどうかしましたか?」
「懐かしいなって思って。ここに、ゲームセンターがあったからさ」
12年ほど前にここにはゲームセンターがあった。友達と一緒によく遊んだものだ。
まあ、立ち止まったのはもう一つ理由があるんだけどね。
付けられている。数は視線が8。
一時期戦場で暮らしていたから視線や殺気には敏感になったけど、まさか、こんな平和な日本でそれを感じるなんて。振り返ることはできないし、どういう方法で話を聞いているかわからない。ただ、猛攻は僕が気づいていることに気づいていない。このまま研究所にいければいいけど。
最悪は強行突破か。
「京夜さん、どうかしました?」
「ちょっと懐かしかったからつい。物思いにね」
僕は歩き出す。その後を追って優奈も歩き出す。
問題は今いる大通りから抜けた研究所に向かう道に抜けた時、人気は一気になくなる。もし、そこで待ち構えられていたならかなり大変だろう。
僕は小さく息を吐いた。
「変わらないものなんてないから仕方ないんだけどね」
「そうですね。でも、それがいいんじゃないでしょうか? 変わらないものもあればいいですけど、変わらないものばかりでは日常が停滞しますし」
「13歳なのによく考えるね。そう言えば、優奈の両親は?」
「えっと、言わなくちゃだめですか?」
優奈が尋ねてくる。もしかしたら、優奈にとっては触れて欲しくないことかもしれない。
僕は首を横に振った。
「話したくないならいいよ。僕はそこまで無理強いするつもりはないしね。ただ、一つだけ。どうしてパイロットに?」
「えっと、内閣総理大臣が来て、『君は世界を救う力がある』と言いまして」
「どうしてパイロットに選ばれたかは分からないか」
「はい」
理由がわからない以上どうしようもないけど、優奈が選ばれた理由をリズィにもどことなく聞いておかないとな。こんな子がパイロットになるなんて普通じゃないからは。
まあ、戦場なら普通なんだけどね。
「京谷さんはどうして戦場に?」
「義母さんに無理言って世界を旅させてもらっていたんだ。そして、戦争に巻き込まれた。そこで、大事な人を失ってね、僕の力が覚醒した」
それからが一人一軍としての戦いの歴史だ。もし、それがなかったなら僕は今頃ここにはいないかもしれない。いや、もしかしたら、人類自体がいないかもしれない。
それが無かったらどれだけよかったことか。
「それからは戦いの連続かな。人と戦っていた僕は異形との戦いに変わって今に至る」
「そうだったんですか。京谷さんも大変な人生を歩んでいるんですね」
「そうなんだよね。あっ、あの路地に入るよ。あそこが一番近い道だから」
この道に入れば大体10分は時間を短縮できる。問題が、短縮できる時間は襲われる時間が速くなる。一番の利点は地元しかわらかないほど複雑になるから待ち伏せの可能性が少ないということかな。追手も振り切りやすいし、近道だからその目的が悟られにくい。
地図で最初から確認されているだろうけど。でも、こんなところを地図を持って歩いていたら完全な不審者だ。
「わかりました。でも、ここに入って大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。大々的に道を塞ぐ手段なんてないからね。それに、昨日、道が繋がっていることを調べてきたし」
それに、昔からの土地勘もある。迷うことはない。もしもの場合は調べればいいだけだ。
「さてと、このまま研究所に」
その瞬間、後方からの気配が消えた。いや、別の気配によって塗り替えられたと言うべきか。後方からの視線がなくなって思わず言葉を止めてしまう。
「そうかしました?」
「なんでもないよ。あっ、思っていた以上に道草くってる。ちょっと早足で行くよ」
「はい」
僕の言葉に応じて僕達は歩く足の速度を速めた。実際に時間はかかっているのだから理由としてはおかしくない。
だけど、言葉を止めたのはかなりマズかった。こういう時は普通にしなければ気づかれる。相手には悟られたと判断していいだろう。
僕を狙っているには数が少ないから、狙っているのは多分優奈。どういう理屈でどういう部隊が狙っているかわからないけど、今は周囲に視線を向けながら、
「よう、京夜じゃん」
その声に僕は立ち止まっていた。目の前に信じられない奴がいたからだ。優奈を後ろにやって身構える。
「白百合、大和」
「奇遇だな。まさか、お前と出会うなんてよ」
そこにいたのは腰に刀を提げた男。年齢は確か30歳。白百合家で最強と言われている。
僕の本気とどっちが強いかはやりたくない。
「京夜さん、この方は?」
「白百合大和。麻耶の親戚」
「おいおい、戸籍上は京夜とも親戚だろ。さてと、会った試しに一つ聞いていいか?」
僕はコクリと頷いた。そして、手を握りしめる。
「真柴優奈を渡してくれないかな?」
「ライド。『地縛失星』!」
すかさず地縛失星に服装を変える。やはり、優奈を狙ってきたか。
大和は頭をポリポリとかき、
「やっぱり無理か。クライアントの話じゃそんなに難しくないって聞いていたんだけどな。まあ、いいか。京夜を倒して奪っていけばいい」
「僕を倒して? 冗談も程ほどにしない? ロード」
僕は地縛失星の力を微かに引き出した。それと同時に足下のコンクリートにひびが入る。
本来なら使わないけど、大和相手なら使わないとヤバい。
「ほぉ、そんな力でほざくのか。くっくっくっ。ガキが喚くな!」
大和が刀を鞘から抜く。あの刀の一撃はかなり痛い。地縛失星でも幾らかはダメージが抜かれる可能性がある。
異形と違って鎧通しがあるから。
最悪、優奈だけでも逃がさないと。
「囲まれているこの状況で余裕だな、おい」
「囲まれている? そんな状況、アフリカじゃよくあるからね。それに、雑魚が何匹集まろうとも、この前では虫けらにしかならない」
「おうおう、よく言うわ。だったら、斬ってやるよ。このオレが直々にな!」
大和が動く。鎧通しの技は見切るしか、
「はいはい、ストップ」
その声に僕も大和も完全に止まっていた。隙を丸出しで。
だって、そこには拍手をしながらニコニコしている義母さんの姿があったから。気配を全く感じなかった。
「これ以上は、めっよ」
「可愛く言っても年齢が合わないと思うよ」
「いいじゃない。若作りは楽しいから」
そう言いながら義母さんがニコニコ笑う。ただし、さっきまでとは違い周囲に気配を放って周囲の気配に対して牽制しながら。
こういう状況で相対したらわかるけど、麻耶のお母さんだなとわかる。今戦ったら勝てるかどうかわからない。
「ちっ、お前か。ここは引くぞ」
周囲の気配が慌てるのがわかった。数は8。気づけたのが4だから隠れるのがかなり上手いみたいだ。
「あれ? 大和ちゃんは久しぶりに私と手合わせしないの?」
「誰がやるか。だがな、覚えておけ。俺達は」
「日本国特殊機動部隊が何をするつもり?」
義母さんが不思議そうに首を傾げる。その言葉に周囲が完全に固まった。もちろん、僕や大和も。
日本国特殊機動部隊を義母さんが知っていることにも驚いたし、大和達の勢力を日本国特殊機動部隊だと断定したのも驚いた。
大和が口をパクパクさせるほど驚いている。
「麻耶と京夜に手を出すつもりなら止めた方がいいよ。二人共、私より強いから」
「日本国特殊機動部隊の話をどこで聞いた?」
大和が義母さんを睨みつける。それに対して義母さんはにっこり笑って、
「内閣総理大臣から」
「何で日本政治のトップから!?」
僕は思わずつっこんでいた。いや、普通はこうなるだろう。秘密とか言われた方が納得出来る。
「だって、総ちゃんは私の子分だから」
聞けない。これ以上は全く何も聞けない。もちろん、何か怖くて。
しかも、義母さんに子分がいてもなんら不思議じゃない自分がいる。
「ちっ、内閣総理大臣からなら仕方ない。京夜は驚いていないみたいだな」
「これでも戦場暮らしは長いからね。日本国特殊機動部隊の名前はよく耳にするよ」
「そうかよ。なら、言っておく。俺達は真柴優奈を狙っている。その女の子は外国の圧力によって奪われた存在だ。大人しくここで」
「なら、優奈は僕が守る」
僕は優奈の手をしっかり握った。
「日本国特殊機動部隊だろうがアメリカだろうが中国だろうが僕は優奈を守る。優奈の意志に反することがされるなら、僕は国すら敵に回して見せる。一人一軍を甘く見ないで」
「言うじゃねえか。ガキが粋がっているんじゃ」
「ライド。『爆炎光破』」
地縛失星から爆炎光破に服を代える。そして、一言呟いた。
「オーバーロード」
その瞬間、熱線が大和の持つ刀を消し去った。正確には鞘を残して蒸発させた。
爆炎光破のオーバーロード技の一つだ。鉄程度なら一瞬で分解して蒸発させることが出来る。
「おいおい、生身に食らえば洒落にならねえぞ」
「そうだね。人間に向けたことはないけど異形に使ったことはあるよ。貫かれた血も流さないで一瞬で死ねるよ」
あまりの温度の高さに周囲を焼き固めるからだ。まあ、あまりの温度の高さに血が沸騰した可能性もありえる。
「ちっ。引くしかないか。クライアントからは穏便に取り返して欲しいと言われているんでね。じゃ、またな」
大和が背中を向けて歩き出す。僕は小さく溜息をついて爆炎光破を解いた。
「優奈、大丈夫だった?」
「京夜さん、本当に私を守ってくれるんですか?」
「それくらいなら簡単だよ」
そんなに難しいことでもない。ただ、目を離していられないからそこをどうにかしないといけない。
すると、義母さんがニコニコして、
「京夜がプロポーズするなんて驚いたわ」
「はい?」
どうしてプロポーズに飛躍するのだろうか。
「だって、優奈をあらゆる勢力から守るんでしょ? つまり、ずっといるってことじゃない。それってプロポーズでしょ?」
「飛躍しすぎだから! 僕はそんなつもりで言ってないし」
「プロポーズじゃないんですか?」
「優奈も泣きそうな顔をしないでよ。僕は優奈を守るけど、それは妹みたいだから」
「そっか。優奈を私の養子にすれば全てが解決ね」
「京夜さんはロリコンでシスコンだから」
「人の話を聞けー!! というか、僕はシスコンだけどロリコンじゃないからね!!」
近所迷惑になることに関係なく、僕は大きな声で叫んでいた。本当にいいかげんにして欲しい。
「ふむ、京夜はやはりロリコンでシスコンじゃな」
「予想していたとは言え、真っ正面から言われると辛いね」
僕は小さく溜息をつきながらカップの中にあったコーヒーを口に含んだ。ちなみに、目の前で同じようにコーヒーを飲んでいるリズィはコーヒーに角砂糖を五つくらい入れている。
優奈は別の部屋で検査中らしい。
「それにしても、日本国特殊機動部隊が本当に存在していたとはの」
「僕も驚いているよ。日本国特殊機動部隊は本当に幻影のごとく姿が掴めない存在だったのにね」
一応、これは演技だ。リズィにのんちゃんのことを悟られるわけにはいかないのだから。
リズィは小さく息を吐いた。
「日本国特殊機動部隊の存在はあらゆる国家にとってタブーじゃ。噂では、日本国特殊機動部隊によって日本が戦わない条約を結んだと言うしの」
「そのことはリズィが詳しいんじゃない?」
その噂は聞いたことがあるが、その条約の内容は聞いたことがない。本当に噂で終わるのか、それとも。
「そうじゃな。我が知るのは中国じゃ。噂では聞いたことがあるじゃろ?」
「中国政府は自国民より日本国民を大切にする。それは日本によって脅されているから」
「そうじゃ。実際に、日本人をリンチにしただけで関係者どころか親戚一同最前線に連れて行かれたからの。老若男女関係なく」
その話は有名だ。実際に新聞沙汰になったくらいに。
中国というのは自国民に圧政を敷くのは得意だとか皮肉られていたっけ。でも、それが脅されているなら同情してしまう。
それが日本国特殊機動部隊の仕業だったなんて。
「日本国特殊機動部隊は世界から恐れられておる。それが優奈を狙ったとなると」
「目的は悠遠の翼」
「そうなるの。日本に提供されたとは言え、技術者は世界各国から集まっているからの」
「日本が利益の独占するためだね。パイロットさえ確保すればそれ自体が日本の主導になる。世界を救ったことが日本の主導だったなら」
「異形との戦いが終わっても日本が国際政治の中でトップに立てる、じゃな。そもそも、何もしなくても日本はトップに立てるじゃろうに」
異形との戦いが終わったなら唯一の戦いに参加していない日本が主導になるのは当たり前だ。戦いが起きていなくても日本は様々な援助をしているのだから。
僕は小さく溜息をついた。
「大人達の都合に巻き込まれるのが子供とでも言うかのような図式だね」
「そうじゃな。優奈の力はそれほどまでに強力じゃろう。そう言えば、そなたは優奈の力を知らぬかったの?」
「うん。優奈はそんなにすごいの?」
リズィは頷いた。頷いて、真剣な表情になる。
「そなたなら、優奈の力を理解出来るかもしれぬな。そなた、それを知る意志はあるかの?」
その真剣な表情に僕はハッとする。この表情はそれを貫き通さなければ殺すという表情だ。多分、受け入れているのがリズィ一人くらいなのだろう。
「あるよ。それは僕が化け物の一種だから。僕は受け入れる。例え、どんな力でも」
「化け物ではない。そなたの力は何ら化け物ではない。そなたは普通に」
「ありがとう」
僕は身を乗り出してリズィの頭を撫でた。そして、立ち上がる。
「案内して。優奈が今、何かをしている場所に」
「そうじゃな。そなたなら、優奈の力を許容出来るかもしれぬ。ついて来るのじゃ。優奈がこんなにも特別扱いされている理由を。そして、優奈が何故、大人の都合によって弄ばれているかを知るのじゃ」
そこは真っ白な空間だった。そこにいるのは光の翼を出した優奈。その優奈が真っ白な空間、周囲がまるで、ひしゃげ、砕けたかのようになりながらも平然としている。
それを離れた所で見ている研究者達。
「レベル8クリア。レベル9に移行します」
「前回はレベル9で失敗したからな。今回こそは成功して欲しいものだが」
「そうですね。世界のために」
研究者の顔には笑みが浮かんでいる。ほとんど感情を宿さない目をした優奈を見ながらだ。
京夜やリズィの前で見せていた年相応の顔じゃない。暗い感情を乗せた何か。
「レベル9、開始します」
その瞬間、優奈の体がビクッと震えた。そして、顔を歪ませる。何かを堪えるように。
「さあ、覚醒するのだ。悠遠の乗り手に相応しい、悠久の翼をもつ力を!」
「ライド。『疾風迅雷』」
その声が響いた瞬間、優奈はその場に崩れ落ちていた。そして、優奈の体が何かにぶつかる。
「大丈夫?」
「京夜、さん?」
「大丈夫だね。良かった」
優奈を受け止めた京夜は優奈を抱きしめた。そして、京夜は研究者達を見る。だが、研究者達は笑っていた。
「このままレベル10に移行しろ。一人一軍と一緒ならさらなる覚醒を遂げるはずだ」
「わかりました」
京夜の耳にそのような研究者達の声が聞こえる。だけど、その発言をしたことは間違いだったと気づけたのは数瞬のことだった。
目の前に京夜と優奈がいる。それだけで思考がついていかない。
「ロード」
京夜が小さく呟いた瞬間、周囲の機器が同時に全て爆発した。京夜が研究者達を睨みつける。
「優奈をここまで傷つけるなんていい度胸だよね? あなた達にとって優奈は何者?」
答えれた研究者はいなかった。だが、研究結果を書いていた事務員らしき人は答える。
「世界のためだ。たかが女の子一人を天秤にかければ世界の方が」
その瞬間、事務員の顔に京夜の拳が振り抜かれていた。事務員がそのまま後ろに倒れる。
「たかが一人? 世界のため? あなた達が考えているのは自分達の研究でしかない。世界は一人の力じゃ救えない。そして、無理やりやらされて救えるものじゃない。優奈は連れて行く。邪魔をするなら全員潰すよ」
「き、貴様がやろうとしていることを理解しているのか? この研究が成功すれば、世界を制する力が手に入るのだぞ!」
「それが本望なんだね。異形から世界を守る力じゃなくて、世界を制する力。あなた達は神にでもなったつもり?」
「神はその女の子だ。神の力さえ理解出来れば」
「そう」
京夜は拳を握りしめた。そして、小さく呟く。
「傲慢で、取り返しのつかない集団だ」
その言葉と共に京夜は優奈の手を握って歩き出した。優奈は背中の翼をどこかに消して京夜の後をついて行く。その顔はどことなく嬉しそうでもあった。
「世界の敵になるつもりか?」
京夜は振り返った。そして、
「世界でも神でも、僕が守ると決めたものに手を出すなら、戦うだけだよ」
大和は京夜のライバルです。