第四話 謎
麻耶は一人で椅子の上でふてくされていた。
最初は先生も昨日いなくなったことを怒ろうとしたのだが、麻耶の態度が全く変わらず結局は諦めていた。
クラスメートの大半も麻耶に目を向けず机を微かに離している。唯一近づいているのは麻耶の前に座っているクラスメートだけだった。
「麻耶ちゃんは相変わらず兄さん大好きっ子だね」
「ぶー、お兄ちゃんがいない学校なんて楽しくないもん。ゆとりじゃない教育と一緒だよ」
「ゆとり教育はもう終わってるよ?」
ゆとり教育の期間を考えても、麻耶がそのゆとり教育の範囲には入っていない。
でも、今の麻耶にはそんなことは関係ないらしい。
「せっかくお兄ちゃんと一緒に学校だと思っていたのに」
「お兄さんかっこいいもんね。みんな噂をしているよ。もちろん、のんちゃんも」
麻耶が小さく溜息をついて前にいるクラスメートを見る。
「いい? お兄ちゃんは私の恋人なんだよ。血は繋がっていないから、ちゃんとセックスだって出来るんだよ。だから、のんちゃんでもお兄ちゃんのことを思うのは許さないから」
「なはは。のんちゃんは百合少女だから男の人には興味がないのでした」
「ならいいや」
クラスメートの大半はいいのかよとツッコミを入れたい気分だったが、麻耶が未だにふてくされているため入れることが出来ない。
麻耶がキレたら誰も対処の方法がないからだ。多分、麻耶の目の前にいるクラスメート、柿山シノンを除いて。
麻耶は頬を机にくっつけた。
「ああ、愛しのお兄ちゃん。私なんかよりもリズィさんの方がいいんだ」
「そんなことはないと思うな。もしそうなら、のんちゃんのテクニックでメロメロにして捨ててあげるよ」
「のんちゃんのテクニックはすごいから本当にそうなりそう」
またクラスメートがツッコミを入れそうになるが、上記の理由から誰も入れることが出来ない。それは先生も同じだった。
授業中に平気で会話をする二人に先生は何も言えない。正確には一度口を出したのだが、麻耶の睨みつけによってカエルのごとく震えたのだ。そして、完全に許している。
「でも、お兄さんがかっこいいのは本当だよね。あんなお兄さんがいたらのんちゃんもメロメロになるかも」
「うん。お兄ちゃんは本当にかっこいいんだよ。でも、精神的に弱いところがあって、疲れた時とか抱きついてくることがあるんだ。それを慰めてあげたら可愛い笑みでありがとうって言うんだよ。守ってあげたいと思わない?」
「ほうほう。そればのんちゃんの母性本能をくすぐりますね。今度お兄さんがいる時にのんちゃんはお邪魔していい?」
「いいよ。あっ、でも、お兄ちゃん忙しいからなかなか予定が合わないかも」
その言葉になははとシノンが笑う。それに対して先生も笑っていた。不気味な笑みで黒板につけているチョークをカタカタ鳴らしながら。
クラスメートの大半は慣れている。慣れているが、今回はツッコミを入れたくてうずうずしていた。
「せっかくだからのんちゃんはお兄さんを誘惑しよう」
「むっ、駄目だよ。お兄ちゃんは私のものなんだよ」
「仕方ないな。だったら三人プレイでも」
「「「お前ら何の話をしているんだよ!」」」
我慢が出来ず何人かのクラスメートが声を揃えて尋ねていた。
「死者は無しじゃが、怪我人が多いの」
リズィがお茶を飲みながら報告書に目を通している。僕は隣に座っている優奈を見た。
優奈は僕の手を握りしめたまま僕に寄りかかって眠っている。さっきまで体が震えていたけど、安心したのか眠ってしまった。
「そなたのおかげじゃな。そなたがいなければ確実に死人が出ていた」
リズィの視線は優奈に向いていた。確かにそうだ。あの異形は優奈を狙っていた。それを僕が何とか食い止めた、ことになっているだろう。
でも、リズィにはちゃんと何が起きたかを話している。
「異形の狙いは何なのかな?」
「わからぬ。ハイゼンベルク近くで出会ったものと同じらしいの?」
「うん。ただ、今回は僕を歯牙にもかけなかったけど」
おかげで食い止めるのが精一杯だった。
『地縛失星』の弱点がもろに出た敵でもあるし。
「しかし、最後にそなたに言った言葉、翼を任せる、じゃったか?」
「うん。何も知らない人が訳せばね」
レイルー語はほとんど外国人が習いだした日本語にしか聞こえない。でも、その本来の意味はかなり難しい。
「基本的に名詞以外は日本語と同じなんだ。とても不思議なことにね。でも、名詞だけはもう一つの意味を持つことが多い。例えばツバサ。翼という意味でもあるけど、レイルー語でよく使われる意味は、希望」
僕の言葉にリズィが不思議そうに首を傾げた。
「つまり、異形はそなたに希望を任せると言ったのじゃな」
「うん。レイルー語ならね。そうだとしたら、奴の立ち位置がよく分からないんだ」
「ハイゼンベルク近くではそなたを狙い、今回は優奈を狙った。じゃが、そなたに阻まれて、希望を任せる、と」
「うん」
もし、あの異形が同一人物だとしたなら筋が通らない。僕を狙った時は、僕がたくさんの異形を簡単に、赤子の手をひねるように倒していたから危険だと判断されたのかもしれない。
でも、優奈を狙ったのは分からない。悠遠を狙ったなら理解出来るが、ストライクバーストが残されたのかが分からない。共通するのはワンマンアーミーくらいだけど。
「わけがわからぬ。異形が何をしたいのか、何をしようとしているのか」
「ところで、悠遠はどうなったの?」
「完全に壊された。まるで、巨大なハンマーに殴られたかのようにの」
僕が勢いよくぶつけられたからって言えないよね。
「まあ、悠遠に関してはもう一つ作っておったからの」
「どういうこと?」
「最初はストライクバーストと同じ人型じゃったが、機動力を極めて高めた形にしようという話があっての、悠遠はもう一つ作られていたのじゃ」
「みんなが聞いたら大激怒だよね」
ただでさえ高価な鉄をふんだんに使うなんて贅沢すぎる。
まあ、おかげで助かった部分もあるけど。
「そなたが気にするほどではない。我ら技術陣が総力をあげればフュリアスの一機や二機は1ヶ月で作ってやるぞ」
「欠陥機体は止めてね」
本気でそうなりそうだ。
「わかっておる。ところで、そなたは学校に戻らなくていいのかの? 警備は二倍に増やしたから何とか時間は稼げると思うぞ」
「戻りたいのは山々なんだけどね、ほら」
僕は優奈が繋いでいる手を上げた。
がっちり繋がれて離れそうにもない。
「そなた、やはり、ロリコン」
「誰がロリコンだよ! 僕はシスコンだけどロリコンじゃないって言ってるよね!」
「しかし、しっかり握りしめて」
「握りしめられているの! リズィの目は節穴だらけだよね!」
「嬉しいの」
「えっ? そこ喜ぶところ!?」
休憩時間になった瞬間、教室中にいたクラスメートの大半が飛び出すように部屋を出て行く。ただ、昼休みというわけじゃない。
教室の中央にいる人物が怖いからだ。もちろん、麻耶のことである。
麻耶は小さく溜息をついた。前にいるシノンも苦笑している。
「お兄ちゃんが来ないよ~」
「あっ、気にするところそこなんだ。ちなみに、のんちゃんは私達を悪魔のように見てくるクラスメートの視線を気にするのでした」
ちなみに、そんな視線で見ているのは麻耶一人なのだが、前にいるため否応なくその視線に晒される。
現在、二人以外に教室にいるのはクラスの委員長一人だけだ。
「視線なんてどうでもいいよ。お兄ちゃんさえいれば例え世紀末でも生き残れるから」
「それが比喩でも何でもないのがすごいよね」
麻耶は溜息をつき、ずっとくっつけていた頬を上げた。
「嫌な予感がする」
唐突に放たれたその言葉にシノンがポカンとする。それを気にせず麻耶は立ち上がった。
「お兄ちゃんに悪い虫がつこうとしている。ちょっとお兄ちゃんのところに、ぐえっ」
走り出そうとした麻耶の襟を勢いよく引っ張り、シノンは無理やり椅子に座らせた。
麻耶が非難の目でシノンを見ている。
「これこれ若人よ。そなたは学業があるではないか」
「そんなのお兄ちゃんよりも順位は低いよ。地球が滅ぶくらいに些細なことだよ」
「地球が滅んだらお兄さんも死ぬからね。のんちゃんも」
「うう、お兄ちゃんやのんちゃんが死ぬのは嫌だな」
麻耶が反省したように縮こまる。ただし、反省する場所はかなり間違っているが。
麻耶は小さく溜息をついた。
「でも、別の女の気配が今したんだよね。あれは一体なんなんだろう。のんちゃんはわかる?」
「のんちゃんに聞かれても答えられないからね。まあ、研究所に行ったということは、今頃、綺麗な研究者とお茶でもしているかもね」
麻耶の体がピクリと動き、徐に立ち上がった。そして、シノンが麻耶の体を椅子に座らす。
「まあまあ。多分、リズィ先生のことだと思うよ。ほら、若いし」
「ロリババァなだけだよ」
「それはそれでどうかと思うよ。あっ」
シノンが何かに気づいたように口を押さえた。その視線が気になって麻耶は後ろを振り返る。そこには、修羅がいた。
怒りに髪を逆立てて手にする杖を構えている。
「誰が、ロリババァじゃと?」
そこにいたは修羅はリズィ本人だった。麻耶の顔が引きつるのがわかる。
リズィは身長から麻耶達よりも下に見られやすいからそう例えたのだが、どうやらリズィにとっての禁句らしい。
「そなたに京夜のことを教えて」
「すみませんでした!」
京夜の名前が出た瞬間に麻耶は椅子から飛び上がって床にジャンピング土下座をしていた。あまりの速度にリズィもシノンも目をパチパチとしている。
リズィは小さく溜息をついた。
「京夜なら家に帰った。ちょっと預かって欲しい者がおっての、幼女、と一緒に家に帰ったぞ」
麻耶の体がピクリと動き、ゆっくり起き上がった。その姿はまさにゾンビというのに相応しいものでもあった。
リズィが一歩後ろに下がる。
「本当?」
麻耶の背後でシノンが頭が痛そうに手で押さえていた。こうなったら麻耶を止める手段は存在していない。
リズィは唾を飲み込みゆっくり頷いていた。
「お兄ちゃん、シスコンは許すけどロリコンは許さないよ」
「なはは。麻耶、のんちゃんの家の車で向かう?」
「うん」
麻耶が頷くのを見てシノンは携帯を取り出した。
リズィが小さく溜息をつく。
「先生の前でサボることを宣言するとはの」
「サボりじゃないよ。これはお兄ちゃんの魔の手から幼女を守るためだよ。あえて言うなら人命救助」
「本音は?」
「幼女の魔の手からお兄ちゃんを守るため」
リズィは溜息をつくしか行動を思い浮かべることが出来なかった。
「というわけだから」
僕は義母さんに隣で座って寝ている優奈の事情を話していた。一応、命が狙われている可能性もあると付け足して。
多分、麻耶が鬼の形相で詰め寄ってくるけど、ちゃんと説明をすれば理解してくれるよね。多分、だけど。
義母さんは頬に手を当てたまましきりに頷いている。
「誘拐は犯罪よ」
「話を全く聞いてなかったよね!」
思わず寝ている優奈が隣にいるのに叫んでしまった。叫んでから優奈が起きないか確認すると完全に熟睡している。
まあ、今までも全く起きなかったしね。
「聞いていたわよ。京夜の殺陣とか」
「うん、全く聞いていないのがよくわかったよ」
「ところで、その女の子といつからお付き合いしているの?」
「冗談はほどほどにして欲しいな!」
というか、いつ僕がそんなことを言った? 一言も言った記憶がないのは僕だけなのかな?
多分、僕だけじゃない。絶対に。
「あら? 私に紹介しに来たのよね?」
「正しいけど義母さんが思っているような紹介じゃないからね!」
どうしてこんなにも疲れないといけないのかよく分からない。
僕が小さく溜息をつくと、優奈が身じろぎした。そして、ゆっくり目を開ける。
「ここ、は?」
「起きた?」
目を覚ましたばかりの優奈が僕を見ると、一瞬で顔を真っ赤にして僕から距離を取ろうとする。だけど、そこに座る場所はない。
「危ない!」
僕は無我夢中で体を動かし手を伸ばした。そして、優奈の体を抱き寄せて背中から落ちる。
背中に軽い衝撃とお腹に軽い物体。僕は一瞬だけ息を詰まらせるけど、すぐに優奈を見た。
「無事?」
「あっ、ごめんなさい! 私、ひゃっ」
勢いよく立ち上がり後ろに下がろうとして優奈な僕の体に足を引っ掛けた。僕は慌てて手を伸ばして優奈を掴んで引き寄せる。
傍目から見れば僕と優奈が抱きついているように見えるだろう。
麻耶がいなくて良かった。
「あらあら、騎乗位?」
「あんたがいるのを忘れていたよ! というか、他人の前でそんなことを言わないで!」
「きじょう、い?」
「優奈も尋ねないで! お願いだから探索もしないで」
「へぇ~、お兄ちゃんはロリコンだったんだ」
その言葉に僕の体温が急激に下がったような感覚があった。恐る恐声のした方向を見ると、そこには鬼の形相をした麻耶の姿があった。
今、授業中だよね?
「そんな幼女に騎乗位って、お兄ちゃんは鬼畜だったんだ」
「ま、待って。これには理由が」
「お兄さん、今の状況でその言い訳は火に油を注ぐだけだとのんちゃんは思うな」
どうやら味方はいないようだ。というか、いつの間にか麻耶の後ろにクラスメートの姿があるし。
確か、麻耶と一番仲がいいのんちゃんだったはず。
麻耶がゆっくり近づいてくる。そして、拳を振り上げた。
「言い訳は?」
「事故!」
麻耶は全力で拳を振り下ろしてきた。少し理不尽じゃないかな?
麻耶の理不尽から少し経ち、僕の前で麻耶が見事な土下座を決めていた。
「ごめんなさい。でも、お兄ちゃんが悪いんだよ!」
「反省する気は全くないよね」
とりあえず、溜息をつくしか方法がないという悲しい事態。というか、どうして僕が殴られないといけないんだろう。
「まあまあ。のんちゃんが思うに、麻耶はお兄さんのことが心配だったんだよ。許してあげてね」
「事故だって言ったのに」
麻耶は土下座をしたまましゅんとしている。優奈も自分が起こした行動からこうなったことにしゅんとしていた。
僕は小さく溜息をつく。
「もういいよ。一応、優奈は今だけ預かっているだけだから」
「うん。研究所が襲われたんだよね。あれ? 私はいいとして、のんちゃんは聞いていてもいいの?」
「のんちゃんの口は堅いから大丈夫なのです」
「後でリズィに魔術をかけてもらうよ」
それなら話すことはまず有り得ないはずだ。だから、大丈夫だろう。
口が堅いという人物ほど信用にならないのは今までの経験でわかっているし。
「とりあえず、優奈は自己紹介を」
「は、はい。真柴優奈、です。ふつつかものですがよろしくおね」
「自己紹介の仕方が完全に間違っているからね!」
ふつつかものってどうしてここでそのチョイス?
「お兄ちゃんはやらないよ」
「さ、サインだけで充分です。それに、私は迷惑をかけてますから」
そう言いながら優奈が僕の手を握ってくる。一応、そのことについて理由は話しているから麻耶は額をピクリと動かすだけで済むけど、十分に怖い。
研究所のことがよほど怖かったらしく、優奈は僕から離れないのだ。
「麻耶、そんなに怒らないよ。のんちゃんだって命を狙われたらそうなると思うよ」
「わかっているからこうして怒っているんだよ。命を狙われた時のことはよくわかっているから」
麻耶の最後の声は本当に消え入りそうだった。
麻耶は命を狙われたことがある。だから、不満ではあるが強く言うことが出来ない。僕は麻耶の頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。僕の恋人は麻耶だけだから」
「お兄ちゃん、恥ずかしいよ」
「のんちゃんは今更だと思うな」
その言葉に麻耶の顔がさらに赤くなる。僕は笑みを浮かべながら前にあったコップを手に取った。
中に入っているのは緑茶。ただし、色がいろいろとおかしい。ほとんど緑色だ。青汁という表現が一番近いかもしれない。
それを懐かしく思いながら口に含む。口の中に広がる苦味と苦味。さすがは特濃緑茶。誰も手をつけない。
「京夜さん、一つ聞いてもいいですか?」
優奈が震える手で尋ねる。
「あの、私の命を狙った相手はなんなんですか?」
「あれは異形だよ」
その言葉に麻耶ものんちゃんも驚いていた。当たり前だ。未だに日本は異形の脅威にさらされたことがないのだから。だから、こんなにも日常が静かだ。
一部の過激派は参加しろとか義務を果たせとかうるさいけど、気にするものじゃない。
「お兄さん、嘘はダメだよ。こんなところに異形が出るわけないって」
「信じたくない気持ちはわかるよ。でも、あいつは異形だ。ハイゼンベルク近くの街で戦ったことがあるから」
あれが異形であると僕ははっきり言うことが出来る。だけど、異形なのに言葉を話す理由は分からない。
後は、異形とは少し違うような気もするところはある。
「つまり、もう日本まで異形が来ているってことだよね? ハイゼンベルクはもう」
「ハイゼンベルク要塞も万里の長城もちゃんと健在だからね。現れた異形は特殊なタイプ。僕も、まさか日本で異形が出るなんて思わなかったくらいだし」
「良かった。ハイゼンベルク要塞が落ちたと思ったら心配で心配で。でも、お兄ちゃんは異形を倒せなかったのかな?」
「うん。あの異形はもしかしたらあらゆる異形の中でトップ。向こうの一人一軍だからね」
僕のことである一人一軍と同程度の実力。平均的な高さが極めて高い相手。負ける気はしないけど勝てる気もしない。
ただ、そいつが僕に目を向けなければ裏技を使うしか方法がなくなるからあまりやりたくない。
「お兄さんと同じなんだ。でも、そんなのが日本の各地に出たらすごいことになるよね」
「そこまですごいことにはならないと思う。相手は僕みたいに広域殲滅は出来ないと思うし」
出来るなら今頃優奈を焼き尽くしているだろう。それに、あいつは多分、日本にはいないような気がする。
気がするだけで実際は分からないけど、最後の言葉を考えても僕に任せて戻っている可能性だってある。
そうなると、ハイゼンベルクの方が危ないか。
「京夜さん、異形ってどうして私達を襲うんですか? どうして、人を殺すのですか?」
それは未だに解明されていない分野だ。
異形がどうして襲いかかってくるのか。その理由がわかれば困ることは少なくなるだろう。
それに対してどうにかすればいいから。
「のんちゃんは捕食だと習ったけど?」
「私は領地を広げるためって聞いた。お兄ちゃんは?」
「多分、どっちも正しいんじゃないかな? 実際に異形が捕食をしている場面は見たことがあるけど、異形自体が捕食をするのは人間だけだしね。もしかしたら、異形は別に捕食をする必要がないかもしれない」
捕食や領地を広げるだけが全てじゃないように僕は思える。もっと別な何かがあるような気もする。
「あれ? どうして人間だけなのかな? のんちゃんはそんな話、聞いたことはないけど」
「アフリカに行けば色々な動物がいるよ。チーターと追いかけっこになった時は泣きたくなったけど」
あれは本気で早かった。疾風迅雷の最速を出せば確実にたくさんの動物が死ぬからスピードを抑えていたけど、いつの間にかチーターがもう一体狙ってきたし。
逃げ切った時にはいつの間にかキリマンジャロに登っていた。
「うわ、のんちゃんは初めてそんな大嘘を吐く人を見たよ。アフリカなんて異形の溜まり場だよね?」
「のんちゃん、お兄ちゃんはこれでも一人一軍だから。普通の異形じゃ勝負にならないよ」
そういうこと。まあ、アフリカ探索で一番大変だったのは食料の確保なんだけどね。寝る場所も木の上で、朝起きたらキリンと目が合ったとかもあったし。
信じられないのは無理もない。アフリカの様子を見に行った全員が未だに帰って来ていないから。
「そうなの? でもさ、一人一軍って胡散臭いよね。のんちゃんはあまり信じていないよ」
「ライド。『地縛失星』」
僕は『地縛失星』を身につける。そして、持っていたサバイバルナイフをのんちゃんに渡した。
「これで全力で斬りつけてきて」
そう言いながら僕は首を叩く。のんちゃんはサバイバルナイフを見つめ、一直線に首に向かって突いてきた。その動きは洗練されていて僕は微かに目を見開く。
慌てているのは優奈だけ。麻耶は『地縛失星』の性能を知っているから騒がない。
そして、のんちゃんが突いたサバイバルナイフは僕の首に当たり止まった。のんちゃんは驚いてまた突くけど、僕の首には刺さらない。
「えっと、のんちゃんはバカだから原理が理解出来ないんだけど」
「安心して。僕も理解していないから。『地縛失星』は絶対防御と強力な筋力を扱えるんだ。異形との近接戦闘じゃ、よくこれを使うしね」
使うと言っても言うほど使うわけじゃない。実際は『疾風迅雷』が一番多いし、数が多いなら『爆炎光破』を使う場合が多い。『地縛失星』を使うのは相手のスピードはそこそこ早い時とか、殴り合いになる時とかだ。
でも、『地縛失星』が一番、一人一軍の中で信用されやすい能力でもある。
「ほうほう。とりあえず、凄いということだけのんちゃんは理解できました。それ以外はちょっと理解できません」
「そうなるよね。ダウン」
服装を変えてサバイバルナイフを返してもらう。そして、それを収納場所に直した。上着の中だ。微妙なふくらみだけど、ものを入れていたらなにかと気づかれないレベルでもある。
「お兄ちゃんっていつもそれを携帯しているんだ」
「まあね。昔からずっと使っている奴だから。一種のお守りかな」
そう言いながら僕はサバイバルナイフを手の上で回す。ペン回しの様にナイフを回し、元の鞘に戻した。
「あっ、今更なんだけど、学校は?」
「お兄ちゃんに悪い虫がつくと思ったらいてもたってもいられなくて。のんちゃんはどうして?」
「のんちゃんは親友のことが心配だったから。まあ、サボりたかったのもあるしね。でも、先生に報告するために一度戻ることにするよ。怒られるのはのんちゃんが引き受けるから、麻耶は優奈ちゃんを監視すること」
「監視ですか? わ、私は別のそんなことは」
「オッケー。お兄ちゃん、のんちゃんを外に見送れる? 私は優奈と話があるから」
僕は小さくため息をついた。そして、麻耶への恐怖で震えている優奈の頭をなでてやる。
「大丈夫。麻耶は優しいから」
「京夜さんが言うなら」
麻耶の顔が少しむっとなるのは気にしないでおこう。
僕が立ちあがるとのんちゃんも立ち上がった。そして、二人揃って玄関に向かう。
「ごめんね。麻耶につき合わせて」
「のんちゃんは大丈夫だよ。お兄さんも大変だね」
「そうかな」
軽く苦笑しながら僕は靴を履いて玄関を開けた。そのまま外に出る。のんちゃんも靴を履き外に出た瞬間、僕は家の中から見えない角度でサバイバルナイフを抜いていた。
「ところで、本当の目的は何かな?」
のんちゃんがほんの一瞬だけ動きを止めて、そして、動き出す。
僕はサバイバルナイフを直して玄関を閉じた。
「あらま。さすがののんちゃんでも一人一軍を騙すことはできないのでした」
「これでものんちゃんよりも長く生きているからね。サバイバルナイフの扱い方、どう見ても熟練の動きだったよ。普通じゃあの速度は出せないし」
「うーん。長年の動きが出ちゃったか。失敗失敗」
口はそうは言っているけど全くそういう雰囲気は出していない。多分、僕には正体を言うつもりだったのだろう。
僕は小さくため息をついた。
「で、君はどこの組織所属?」
「のんちゃんは日本なのですよ。日本と言っても裏部隊だけどね」
「日本国特殊機動部隊だね」
「知っているんだ」
日本国特殊機動部隊。通称ファントム。
その実態は世界のあらゆる組織が掴んでおらず、その規模すらも定かではない。ただ言えるのは、隠密行動に関しては世界でもトップクラスであるということ。
日本が唯一異形に対して戦闘をしていないのは日本国特殊機動部隊が掴んだ様々な裏情報によるところが多いと聞く。
「のんちゃんからの真剣なお願いです」
「ありがとう」
僕は真剣な表情になったのんちゃんの言葉を遮ってお礼の言葉を言った。
「麻耶を僕がいない間に守ってくれたんだよね」
「の、のんちゃんは別に」
「だから、ありがとう。のんちゃんのことはリズィにも話さないよ。だから、これからも麻耶の大切な親友でいてくれるかな?」
のんちゃんは一瞬だけ視線を落とした。そして、僕の顔を不安そうに見つめてくる。
「のんちゃんはいつか裏切るかもしれないよ?」
「麻耶を絶対に裏切らない」
「日本国特殊機動部隊の隊員だよ」
「もしもの時は僕の部下にするよ」
のんちゃんが嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、僕に近づいて抱きしめてくる。
「あるがとう、お兄さん。日本国特殊機動部隊に入った情報は出来るだけリークしてあげるよ」
「のんちゃんが危険にならない?」
「うん」
のんちゃんは普通に頷いた。頷いて笑みを浮かべる。
「お兄さんのためなら頑張れるよ。それに、最近の日本国特殊機動部隊はどこかおかしいから」
「おかしい?」
のんちゃんは頷いた。頷いて僕から離れる。
「新人が多く入っているような気がして。多分、のんちゃんの気のせいだと思う。お兄さん、ではまた。明日の学校で」
「うん。またね」
のんちゃんがそのまま学校のある方向に向かって歩き出す。僕は小さく息を吐いて携帯電話を取り出した。
「あっ、朴? 久しぶり。うん、うん。元気だよ。あのね、ひとつお願いがあって、調べて欲しいことがあるんだけど。うん、うん。えっと、ランクはAくらいかな。・・・・・・。ははっ、高いね。でも、大丈夫。ちゃんと即金で用意できる。調べて欲しいのは」
女性比率が多い気もしますが、これから男性も増えて行きます。少ししたら、多分。