第三話 悠遠の翼
かなり久しぶりの投稿です。悠遠の翼について「新たな未来を求めて」で出してから書きたかったのでこうなりました。
僕は本当にぐっすり眠った。
迷宮探索はかなり疲れたし、脱出するのに凄まじい時間がかかったからもある。結局は、いくつかの壁をぶち破ったけど。
ぐっすり眠った。本当にぐっすり眠った。こんなに眠ったのはいつ以来だろう。うん、眠りすぎて、
「そなた、聞いておるのか?」
麻耶共々遅刻した僕達は武道館の床の上で正座をしていた。ありがたい話をしてくれるのはもちろんリズィだ。
「聞いていないよ」
「一度燃やされたいのかの?」
リズィの手のひらに炎が生まれる。リズィのレベルだとこれくらいは簡単だ。でも、普通は難しい。
麻耶が小さく溜息をつく。
「リズィさんが怒っているのは、あの部屋を見つけたことをすぐに報告しなかったから。お兄ちゃんも怒られているんだから、ちゃんと話を聞いてよ」
「ごめん。あの後は疲れていて」
「そなたが疲れるとなると、よっぽどのことだったのじゃな。まあ、よい」
リズィは小さく溜息をついたままポケットからペンダントを取り出した。そして、それを僕に向かって放り投げてくる。
僕はそれを受け取ってペンダントを見た。
「これは?」
「そなたをここに連れてきたのはこれが理由じゃ。アメリカで作られた魔術器の試作一号。形態はナックル。そなたに使って欲しくての」
僕はペンダントを軽く握りしめて小さく息を吐いた。
「確か、ライド」
ペンダントが一瞬にして消え去り、代わりに僕の腕にナックルが身につけられていた。見た目はただのナックルだけど、手の甲にペンダントが付けられている。
重さは軽く、使い易さはある。
「材質は?」
「86魔鉄じゃな。魔術器試作一号器。名前はそなたが」
「ダウン。そうだね、栄光」
僕はナックルをペンダントの形態に戻しながら小さく頷いた。
「栄光はどうかな?」
「ふむ。まあ、よいじゃろ」
一応、リズィも納得してくれたらしい。というか、86魔鉄のものが今の状況で用意出来るなんて。
「お兄ちゃん。それは何?」
「ん? そっか。麻耶は知らないのか。魔術器だよ。人類側の最終兵器の一つ。実戦で調整したいところだけど、最前線に行く気にもならないか」
魔術器は基本的に魔術をサポートするものだ。僕の場合は魔術のカテゴリーに入るかわからないけど、魔術の理には少なくともかすっているはずだ。だから、能力の増加が見込める。
麻耶が珍しそうにペンダントを手に取りながらよく見つめる。
「リズィさんはこれを作っているの?」
「そうじゃな。試作型ではなく本物をの。しかし、少しだけ行き詰っているといころじゃ」
「そうなの?」
その話は初耳だ。今まで話を聞いている限り、そのような感じは全くなかった。むしろ、順調に進んでいたようにしか思えない。だから、その言葉に僕は純粋の驚いていた。
リズィは腕を横に振る。たったそれだけで空中に画面が現れた。確か、投影魔術だよね。
「今躓いているのは魔術器のコアとなる部分じゃ。隼丸はもうほとんど完成なのじゃが、アル・アジフとレヴァンティンがの。出力と処理能力がどうしても理論値を叩き出せぬ。理論上ならノルマはクリアしているはずなのじゃが」
レヴァンティンの出力機関はかなり特殊だから出力という点では十分に可能なラインに入っているはずだ。それはアル・アジフも同じ。
隼丸は扱いやすさをコンセプトとして設計しているため、出力は言うほど高くない。高くはないが、扱いやすさはかなりのレベルに達すると考えられている。しかし、レヴァンティンとアル・アジフは使いてを選ぶ。アル・アジフはリズィが持つと思うけど。
「確かにね。あの異次元機関なら出力という点では十二分の威力があるから問題は処理能力。AIのレベルを上げたらどうかな?」
「それは難しいの。技術も時間もない。どうすればいいかわからぬ」
「人の人格を付けてみるとか?」
麻耶の何気ない一言にリズィの動きが止まった。
確かに、それは盲点だ。人の人格を付けることは技術的には難しくないがコスト面が半端なく高く、一からAIを作り出して使った方が費用対戦果で圧倒的な答えを出すことが出来る。
こんな状況でなりふり構っていられないから確かにありだ。
「ありじゃな。研究所に連絡を取る。少し待っておれ」
その言葉と共にリズィが武道館の外に向かって歩いていく。僕は正座を解きながらその場に座り込んだ。
「やっぱり、一般人から出る考え方は僕達の考えの斜め上をいく時があるよ」
実際に麻耶が言うまで人の人格を植え付けるという行為は研究者の誰も考えなかった。
理由としてはやはり費用がかかること。そして、一部の人権団体から起きた反対運動だろう。そのため、それは考えることはなかった。
リズィだって同じだ。魔術師としても指揮官としても研究者としても優秀だが、そのことは考えていなかった。
「役に立てたら嬉しいんだけどね、なりふり構わずやるってことは、情勢はまずいってことを再認識することになるから」
情勢が悪いということは直接的には話していない。でも、麻耶なら何となく察しているだろうとは思っていた。
一人一軍として出る半年後の決戦。それに負ければ完全に後がない。いや、後がないというほどじゃない。アジアから人類は滅ぶ。
そして、アメリカでもだんだん蹂躙されて近い将来消えてなくなるだろう。
「一人一軍として最後に何が出来るか、考えておかないとね」
僕のその声は本当に小さかった。麻耶が不思議そうに首を傾げたくらいだ。
一人一軍として最後に何が出来るか。この栄光と共に世界を救えるかどうか。
「人一人が背負うには重すぎるよ」
でも、背負わないといけない。いくらリズィ達が開発しているとはいえ僕のような一人一軍みたいな戦闘力は出ないだろう。
出たなら冗談抜きで世界を救える。でも、それはありえない。
「お兄ちゃん」
「ごめん。ちょっと考えていた」
戦場のことを。テレビが逐一に戦線を放送してくれているから正直に言って悠長にここにいられる。でも、決戦が始まればここにはなかなか帰って来られない。
今は今だけを考えよう。麻耶と一緒に暮らす生活を。
「京夜、少しいいかの?」
武道館の入り口からリズィが顔だけ出して僕を呼んでくる。僕は頷いて立ち上がった。
「ちょっと行ってくるよ」
「うん」
心配した表情の麻耶の頭を撫でて僕はリズィのところに軽く走っていく。そして、武道館から出た。
「手短にね」
「相変わらずのシスコンじゃな」
リズィが呆れたように言うけどこれだけは変えることは出来ない。僕にとって一番大事なのは麻耶だから。
「人質に取られたら何も出来なさそうじゃな」
「多分、犯人達が酷い目にあうよ」
これは冗談ではない。麻耶の戦闘能力をリズィは知らないからこそ首を傾げているが、本当の戦闘能力を知ればそんな冗談すら言えない。
「まあ、よい。本題じゃ。そなたに研究所の方から見て欲しいものと会って欲しい人があっての。メンバーも揃っておるから今からついて来て欲しいのじゃが」
「今から? 放課後はダメかな?」
「出来れば今から。もしかしたら、第二の一人一軍になるかもしれないのでの」
「わかった」
僕は頷いていた。もし、そんな存在が本当にあるとするなら僕は見てみたい。一人一軍として活躍出来るかどうかを。
でも、一つの問題点がある。
「麻耶、どうしようか」
僕は小さく溜息をついて武道館に戻った。麻耶に殴られることを覚悟して。
「麻耶は一体どのような体をしておるのじゃ?」
車の中、後部座席に座るリズィの横で僕は窓に頭を当てたまま真っ白に燃え尽きていた。リズィは呆れたように僕を見てる。
あの後、麻耶に事情を説明した瞬間に僕は麻耶に投げられた。柔道で使うような投げるという意味じゃない。文字通り投擲だった。襟元を掴まれてそのまま勢いよく走って全身の力で僕を投げた。おかげで僕は真っ白に燃え尽きている。
「そなたの言った犯人が大変なことになるというのはあながち間違ってはおらんみたいじゃな」
「うん。麻耶は昔から力持ちだったから。僕なんて未だに麻耶に刃向えないよ」
「そなたが本気を出せばいいのではないかの?」
つまり、一人一軍としての実力。ただ、それは一回やったことがある。
「義母さんにフライパンで殴られて止められた」
リズィが何とも言えない表情になる。麻耶も十分に化け物なのだが、義母さんも十分にすごい。何が凄いというなら気配が全くしない。本当にいつの間にかいるのだ。
そのおかげで何度思春期男子の大切な宝物集を見ている時に覗かれたことか。
本音を言うなら本気で自殺したくなるレベル。だって、義母さんも見た感想を言うのだから。
「白百合家は有名じゃからな。本家の方は異能の持ち主が多いと聞くしの」
「僕も白百合家の血が通っているとも言われるし」
このことに関しては科学的に否定されている。麻耶が隠して僕と血縁関係がないか調べたからだ。結果は白。完全な赤の他人だと僕に言った時はどう反応しようか困ったくらいだ。
確かに、白百合家は異能の力がある。でも、その中身を知ったなら正直に言って反吐が出るくらいだ。
「どうやれば異能の力を増やせるか」
「一人の特異児を使った一家による近親相姦。白百合家はそれでそこまでになったよ」
これは僕が知る真実。
僕がいる家、義母さんは麻耶は白百合本家からは勘当された身分らしい。名を名乗ることは許されるが分家であると言う感じだ。その理由は白百合家以外の男と義母さんが結婚したから。
「正直に言って、僕が養子になった時、白百合家本家に戻る話が出たくらいだからね」
「一人一軍を確保して子孫をより強くするためじゃな」
「うん。そうだと思う」
僕ははっきり否定した。力づくで従わせようとする奴らも力づくでねじ伏せた。一人一軍の力は無敵に近い。
もし、白百合家によって僕が買い殺しにされたなら、白百合家は世界を手に入れる可能性だってあったはずだ。
「あの家は狂っている。自分達のためなら他人を不幸にしてもいいと平気で思っている。僕も麻耶も絶対に反対だ。あんな家にいるのは」
「そうじゃな。我も、そなたと出会える時間が減るのは少し惜しい」
リズィが顔を赤らめて言う。どう反応すればいいか全く分からない。
「そろそろ着くみたいだね」
僕は話を変えるために周囲の風景を見て言った。すでに周囲には警備員の姿がある、その武装は最前線さながらだ。
この研究所がどれだけ大切なものであるかがわかる。
そして、車が止まった。
リズィが車を降りて手を差し伸べてくる。
「ようこそ。人類を救う希望の研究所に」
狭間研究所。
日本にある最大の研究所で半年後に向けた決戦兵器の開発が極めて活発な場所だ。実際、中に入ってみるとたくさんの技術者や科学者が躍起になって動き回っている。
期間は半年。なんとしてでも兵器を作り上げないといけないから。
「こっちじゃ」
僕はリズィに案内されてエレベーターに乗った。すると、リズィが操作盤のところにあったカード認証機にカードキーを認証させる。すると、階のボタンを押すことなくエレベーターが動き出した。
リズィがカードキーをポケットの中に無造作に入れる。
「上の階層では一般兵が使う武器が開発されていての、資源の少ない中でどうすれば出来るか試行錯誤中じゃ」
「そうなんだ。上の階層ってことは下の階層には」
「そうじゃ。魔術器及びフュリアスの開発を行っておる」
「フュリアス?」
確か、英語で怒り的な感じの意味だったはずだ。でも、そんな名前のものは聞いたことがないけど。
そして、エレベーターが開く。開いたその先には巨大な人型の機械があった。
ずんぐりとした巨大な体。相撲取りを想像した方が説明が早いかもしれない。その体型を真似て機械で作ったならこうなるであろう姿。腰には下を向いた砲。肩には巨大な戦車砲みたいなものがついている。そして、その背中にある箱状のものはおそらくバッテリーだろう。
「これ、は?」
「ストライクバースト。移動要塞をコンセプトに作り上げたフュリアス一号機じゃ」
「冗談抜きで機動戦士だったんだ。でも、どうしてそんなネーミング?」
確か、それによく似た名前のものがあったはずだ。まあ、それが関係するかどうかは知らないけれど。
「ストライク。打つや叩くと言う意味じゃな。バーストは爆発する。これは聞いた話じゃが、強力な砲撃で敵の戦線に穴を空けるために作られたものじゃ」
「敵の戦線を打ち、爆風によって穴をあける。だから、ストライクバーストね。なんだか納得できたよ。でも、これって使えるの?」
「システム面もほとんど完成しておる。後は動作訓練だけじゃ。まあ、そなたに見せたかったのはこれじゃないのだがの?」
リズィが歩き出す。僕はその後を追って歩き出した。リズィの向かう先にあったのはこれまた人型の機会。ただし、ストライクバーストとは違い、こちらは文字通り巷で騒がれている言葉を体現したようなものだ。
ただ、それ以外に武装はない。その横に五本の棒が立てかけられている。
「リズィ、あれは?」
「あれがそなたにみせたかったものじゃ」
なんだろう。どこかで見たことのある形だ。確か、
「オーバーテクノロジー」
「正解じゃ。知っておろう。沖縄沖で見つかった年代不明のエネルギー体のことを」
テレビで取り上げられていたのを見たことがある。沖縄県沖で見つかった謎の棒状の物体。それは莫大なエネルギー、それこそ原子力発電程度じゃ桁違いとなるエネルギーを生み出すものが見つかった。それも、五本も。
科学時代の遺産とされ、アメリカ、中国、ロシア、インドにそれぞれ一本ずつ提供されたはずだった。でも、ここにそのずベ手がある。
「どういうこと?」
「各国から返してもらったものじゃ。日本が開発しようとしている最強のフュリアス。一人一軍ならぬ一機一軍になる可能性のある機体。名前は悠遠」
「どういう意味?」
そんな言葉聞いたことがない。一応、これでも日本語はちゃんとやっているはずだ。多分。
「空間的、時間的に遠いことを表す言葉じゃな。五つのエネルギー体。その全てを使う贅沢な機体じゃ。そのエネルギー体が生まれた時代から取って悠遠」
「遠い過去に作られたもの利用した機体、というわけね。でも、どうして一機一軍? そんなに強いものなの?」
「そうじゃな。これはまだ分かっておらぬ部分が多いのじゃが、それぞれのエネルギー体には特殊能力があるのじゃ。我らはそれを悠遠の翼と呼んでおる」
特殊能力ということは、五つあるのか。その五つを上手く利用して戦うとするなら、確かに一機一軍を名乗る理由にはなる。
僕はたくさんの戦闘服を瞬時に変えることで無敵に近い戦闘能力を出せる一人一軍なのだから。まあ、その分、それぞれの弱点が一杯だけど。もし、器用に全てをこなせる人がいるなら、もしかしたら、僕は簡単に負けるに違いない。
「その悠遠の翼を積み込めば、悠遠は最強のフュリアスとして大空を舞うはずじゃ」
「そうだね。確かに、そんな凄いものを使っているなら僕が苦手な空の戦いでも主導権が握れそうだよ。これが見せたいものなんだよね。会わせたい人って?」
「京夜」
リズィが真剣な表情になる。僕は思わず喉を鳴らした。
「そなたが」
そこで一回言葉を切り、僕の目をまっすぐ見つめてくる。一体何を言われるのだろうか。
「ロリコンでないことを祈っておる」
「僕をなんだと思っているのさ!」
期待して本気で損をした。というか、僕はシスコンではあるけどロリコンでは断じてない。絶対にない。絶対にあり得ない。年の差は、まあ気にしないけど僕は純粋なシスコンだ。
はっ、暴走してしまった。
「そなたはシスコンじゃろ。もしかしたら、ロリコンだと」
「シスコンは認めるよ。麻耶のことが大好きだからね。でも、その扱いはあんまりだと思うんだけど」
「そうじゃな。まあ、よい」
「よくないけど、もういいや」
僕は諦めてため息をついた。リズィがクスッと笑って歩き出す。その後を追いかけるように僕はゆっくり歩き出した。
周囲の光景を見ながら歩く。
ストライクバースト、悠遠の他にもう一機のフュリアスが開発されているようだった。ただ、それはほとんど未完成らしく、足しか出来上がっていない。
「気になるかの?」
「まあね。だって、下半身だけだよ」
「淫らな想像はするのではないぞ?」
「リズィって本当に僕より年上?」
本気で疑いたくなってきた。というか、今の発言のどこにそんな要素があったかわからない。
僕が小さくため息をつくと、リズィがちょうど立ち止まっていた。ちょうど、部屋の前で。どうやらノックしていたらしく、中から「はぁーい」という女の子の声が聞こえる。
そして、ドアが開いた。
「リズィさん。あれ? そちらの方は?」
ドアが開いた先にいたのは女の子。というか、幼すぎないか?
年齢は大体10歳を超えたくらい。髪の毛は黒で長さは肩にかかるくらい。瞳も黒。肌は黄色人種特有の色をしている。身長はリズィとあまり変わらない。リズィの背が低いだけだけど。
確かに可愛らしいけど、ロリコンではない僕にとってはその程度だ。僕はロリコンじゃない。
「優奈、こやつが白百合京夜。一人一軍じゃ」
「一人一軍!?」
優奈と呼ばれた女の子が部屋に戻る。僕がポカンとしていると扉が開き優奈が色紙とペンを僕に向けて差し出していた。
「サインください!」
僕は苦笑しながらサインに応じる。学校の中でもこういうことがあったからね。
リズィはサインに応じている僕を意外そうな顔で見ている。
「慣れた手つきじゃな」
「昨日さんざん書いたからね」
主にクラスメートから。まあ、教室にはほとんどいなかったけど。
「わぁ、一人一軍のサイン。自慢出来るな」
優奈は嬉しそうに色紙を抱いている。僕はリズィを見た。
「この子が?」
「そうじゃ。悠遠のパイロットである真柴優奈じゃ」
「真柴優奈です。今年で13歳です」
「パイロット?」
僕は目を疑った。まだ、13歳なのにパイロットなんて普通はありえない。どうして彼女がパイロットなんかに。
「パイロットとしては理由が」
その瞬間、周囲がけたたましい音と共に周囲が真っ赤に染まった。
僕は拳を握りしめる。
「ライド、『地縛失星』」
すかさず服装を変える。赤いということは緊急の何かのはずだ。この研究所は兵器が大量に開発されているから襲撃されてもおかしくない。
世の中には反体制派なんていくらでもいるから。
「優奈は部屋に入っておれ。我と京夜は上に上がる」
「わ、わかりました。か、隠れていますね」
優奈が部屋の中に戻る。それを確認した僕とリズィはエレベーターに向かって走り出した。
「警備員というより防衛隊の数は?」
「基本的には自衛隊じゃ。アメリカ陸軍もおる」
「そっか」
自衛隊は戦力としてはあまり頼りにならない。全ての国家で一番異形との戦いに関わっていない。だから、心配だ。
エレベーターに到達したリズィはカードキーを認証機に通そうとした瞬間、地面が激しく揺れた。
リズィが体勢を崩し倒れるけど、僕は慌ててリズィを受け止める。
「大丈夫?」
「すまぬ。じゃが、今のは」
リズィの言葉を遮るように前方の天井一部が崩れた。
そこから現れたのは異形。ハイゼンベルク近くのあの滅びた街で出会ったヒト型の異形。
僕は地面を蹴った。そして、その異形に飛びかかり側頭葉に振り上げたかかとを叩きつける。確かな手応えと共に異形を頭から床に叩きつけ、大きく跳ねる。
さらに飛び上がって跳ねた異形にかかとを落とす。 異形の体が床にめり込んだ。
「これなら」
「後ろじゃ!」
リズィの声。振り返る隙はなかった。
強烈な衝撃と共に僕の体が吹き飛ばされる。『地縛失星』の上からダメージを与えられたことに僕は驚愕していた。
すぐに体勢を戻した僕の目の前に掌が迫っていた。力任せにその掌を上に弾き、肘を叩き込む。
だが、肘は受け止められた。床にめり込ませたはずのヒト型の異形によって。
「ヤハリ、キカナイ」
膠着状態になった僕に異形が話しかける。僕は大きく後ろに下がった。
「どうしてここにいる!?」
「ミツケタ」
だが、異形は僕を見ていなかった。見ているのはストライクバーストではなく悠遠の体。
いや、悠遠の翼の方か。
異形が動く。『地縛失星』の速度では追いつけない速度で。僕は拳を握りしめた。
「ライド、『疾風迅雷』」
だから、最速で異形を追いかけ、最速で肘を異形のわき腹に叩き込んだ。
「ライド、『地縛失星』」
そのまま速度を大きく原則させず拳を叩きつけた。異形の体を地面に叩きつけ、僕の足が天井につき、天井を勢いよく蹴った。
『地縛失星』の必殺技。全ての力を拳に集める。
「オーバーロード!」
全ての力を異形に叩きつけた。地面が大きく陥没する。
『地縛失星』のオーバーロードで砕けないものはない。そう思っていた。
異形の腕が伸びる。まだ生きていたことに僕は驚いて反応が遅れた。
異形の腕が僕の首を捉える。そのまま首を絞められる。
「かはっ」
『地縛失星』の弱点は締め技。いくら強力な攻撃力や鉄壁の防御を持っていてもこれには弱い。
「ジャマダ」
その言葉と共に僕は投げ飛ばされた。気づいた瞬間には何かにぶつかる。痛みはない。だけど、ぶつかったものは、悠遠の体だ。
僕が地面に落ちると同時に同じように落下している。悠遠の体の砕けた部品が。
「くっ、やられた」
僕は立ち上がった。異形は僕なんて見ていない。見ているのは悠遠だった。
異形は僕を、見ていない。ストライクバーストでもない。見ているのは部屋。優奈が隠れている部屋。
そこを見た異形が笑ったような気がした。
「ライド、『零落白夜』!」
僕は叫んだ。戦場では最も使い道のないもの。だけど、この時には使える。
一瞬で優奈が隠れている場所を探し出す。そして、僕は拳を握りしめて地面を蹴った。
「ライド、『地縛失星』!」
異形が動くより早く、僕は部屋の前に立った。異形はこの時ようやく僕を認識したようだった。
『ジャマヲスルナ』
ほとんど歯牙にもかけない様子からここまで持ってきた。後は完全に僕に注意を向けるだけ。
「そっちの都合には付き合ってられないからね。お前はここでたお」
視界から異形が消えた。僕は視線を下に向ける。そこにいたのは異形の姿。
『地縛失星』じゃ異形の姿を追えない。でも、
僕の体が異形の力に吹き飛ばされる。
異形の力には『地縛失星』にしか対処出来ない。
僕の体が壁を砕き、部屋の中を転がる。すぐさま立ち上がって優奈の位置を確認した。優奈は部屋の隅にある家具の影に縮こまって固まっている。
「後はないか」
僕は小さく呟いて拳を握りしめた。それと同時に部屋に入ってくる。
「ミツケタ」
その言葉に優奈の体がビクッと震えた。やはり、異形が狙っているのは悠遠とそのパイロットだ。
「ライド、『疾風迅雷』!」
『疾風迅雷』に変えた瞬間、全速力の膝蹴りが異形の頭を捉えた。異形の体が吹き飛ぶ。
ここで気を抜いたらいけない。
「ライド、『炎熱光破』。オーバーロード!」
『炎熱光破』の最大出力。熱量を限界まで高めながら収束させプラズマ化した炎を一点に叩きつけるオーバーロード技。
熱量の塊が異形に突き刺さり爆発した。
周囲に漏れる熱量をさらに収束させ異形に叩き込む。
「これで」
終わったと思っていた。今まではあらゆる大型でも『炎熱光破』のオーバーロードで焼き尽くせなかった敵はいない。
でも、僕が気づいた時、異形の姿が横を駆け抜けていた。一直線に、優奈に向かって。
「ライド、『疾風迅雷』! オーバーロード!」
振り返って加速した先には腕を振り上げた異形の姿。優奈は頭を抱えている。間に合わない。いや、間に合わせる。何のためのオーバーロードだ!
時間がゆっくりになる。周囲がスローモーションになる中、僕は加速しながらポケットのものを取り出した。
魔術器である栄光だ。
今日、リズィからもらったばかりのペンダント。それを使う。
「ライド!」
ペンダントを握りしめ、栄光を呼び出した。腕に身につくナックル。それを振り上げながら駆ける。
間に合え。間に合え。間に合え! 間に合え!!
振り下ろされた異形の腕を栄光で間一髪で弾き、そのまま異形に栄光を叩きつけた。
異形の体が後ろに下がる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。間に合った」
栄光を身につけた拳を握りしめ、僕は異形を睨みつける。異形の視線は栄光に向いていた。
「キサマ、ナゼ、ジャマヲスル?」
「邪魔するさ。僕は守る」
もう、あんな悲劇を繰り返さない。
「一人一軍の力があるからこそ、僕はみんなを守る。そのための力だ」
僕がそう言うと異形はフッと笑った。そして、背中を向ける。
「キサマニ、ツバサヲマカセル」
そして、異形の姿が忽然と消えた。まるで、元からそこにいなかったかのように。
「一体、何なんだ?」
僕は呆然と立ちつくした。その姿はリズィが援軍を連れて来るまでそのままであった。
しばらくは一週間一話ペースで書いて行こうと思います。