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第二話 狭間学園

学園生活始まりますが、いきなり凄いことになっています。

狭間学園高校。


それが僕の通っている高校の名前だ。ただ、長い休学をしていたけれど。


久しぶりに、約二年ぶりに通う高校への道を、僕は麻耶と一緒に歩いていた。一緒に手を繋ぎながら。


「ねえ、麻耶。これは何の公開処刑かな?」


周囲を歩く同じ学校の学生からの視線が痛い。特に男子。


「私とお兄ちゃんはラブラブだということをみんなに知らしめるため」


「あのさ、あまり注目されたくないんだけど」


「多分、無理だと思うよ。だって、お兄ちゃんは半年後には戦場に出るんだよね。最後の戦いのために」


最後の言葉は小さな声だった。僕にしか聞こえないような声。


最後の戦いのためということは麻耶には言ったことがない。それに、リズィも誰にも話さないように約束したのに。


「あのね、私はお兄ちゃんの恋人だよ。わからないと思った? 半年間、一緒にいたい。だから」


「わかった」


仕方ない。半年ぐらいなら学園生活を楽しんでいいだろう。


「麻耶? 横の男の人は?」


その言葉に僕達は振り返った。そこにいるのは明らかに殺気だった女子高生の集団。その殺気は全て僕に向いている。


多分、麻耶のクラスメートだろうね。


「ちょうど良かった。みんなにも紹介するね。白百合京夜。私のお兄ちゃんで恋人だよ」


その言葉に周囲が固まる。そして、誰かがポツリと呟いた。


一人一軍ワンマンアーミー


僕の異名はかなり有名だから、名前を知っている人はいると思っていたけど、まさか、このタイミングでバレるとは。


すると、女子高生の面々がゆっくり近づいてきて、そして、一斉に頭を下げた。その下げ方もすごい。


一番前は土下座。次は膝立ち、中腰、立ったままという順に段になるように頭を下げている。


しかも、僕に向かって全員が色紙を出していた。


「麻耶?」


「えっとね、みんなに言っていたんだよね。今日、お兄ちゃんが来ることを。だからね」


「だから?」


麻耶がにっこり笑みを浮かべる。


「今までの借りを返すためにって、お兄ちゃんはどこに行くのかな!?」


僕は麻耶の言葉が終わるのを待たずにスタスタと歩いて行く。その後ろから慌てて麻耶が追いかけてきた。いや、麻耶だけじゃない。見事な段差を作り上げていた女子高生の面々も。


「ああ、もう、勘弁してよ!」


とりあえず、この場から逃げ出そう。そうしよう。


「お兄ちゃん、待ってよ。別に悪気はないんだから」


「悪気はなくても僕は嫌なの。はぁ、僕の夢見た高校生活がいつも崩れていくよ」


夢見たと言ってもまともに高校生活を送った記憶はないけれど。仕方ないよね。ほとんど学校に来ない生徒だし。


あの先生はまだいるだろうな。気が重い。


麻耶が僕の手を掴んだ。僕は振り払うようなことはしない。そんなことをしようものなら『地縛失星』で対抗しないと出来ないだろう。


「ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。麻耶は僕が学校に溶け込めるようにしてくれているから。感謝することはあっても怒ることはないから」


ただ、この光景だけは勘弁して欲しい。男一人に対して周囲にたくさんいる女子。うん、嫉妬で死ねそう。


「麻耶、彼女らはクラスメート?」


「うん。私達のクラスメートだよ」


だったら挨拶しないのはダメだよね。


「仕方ないか。初めまして。僕は白百合京夜。麻耶の義理の兄をやってるよ」


そう自己紹介した瞬間、女子の面々が我先にと自己紹介を始める。つまり、たくさんの人が同時に言うので何を言っているかわからない。


僕は聖徳太子じゃないぞ。






「失礼しまーす」


麻耶が元気よく職員室のドアを開けた。開けて中をキョロキョロと見渡す。


僕もその後ろから中を見渡すが、知らない顔が多い。新任の先生が多いみたいだ。


「どうした? おっ、後ろにいるのは」


ドアの近くにいた先生、というか、オレが前に来た時の担任だった人。いきなり会うとは。


「白百合じゃないか。おっと、今は白百合兄か」


まあ、白百合は二人はいるからそうなるかな。僕は小さく溜息をつきながら先生を見る。


「ちょっと落ち着いたので戻って来ました」


「まあ、お前は政府から休学扱いにしろと言われているからな。教室とかは白百合妹に聞いておけ。一時間目の授業は?」


「武術訓練だよ」


「よし、帰ろう」


そう言って回れ右をした僕の腕を麻耶が掴んだ。


言いたいことはよくわかる。ただ、一人一軍ワンマンアーミーと呼ばれる僕にとって武術訓練なんていらない。


その考えがわかっているのか麻耶が小さな息を吐く。


「お兄ちゃんと一緒に授業を受けたい」


「だけどさ、オレが武術訓練受ける意味が」


「単位の取得」


そんなものがありましたね。


僕は小さく溜息をついた。仕方ないけど武術訓練を受けるしかないみたいだ。まあ、のらりくらりとしていればいいよね。


僕の溜息に麻耶がギュッと手を握りしめてくる。


「じゃぁ、教室に向かおう。体操服は持ってる?」


「持っていると思うか? まあ、戦闘服ならあるけど」


「おっと、白百合兄は少しだけ残れ。白百合妹は外にいとくこと」


その言葉を聞いた僕は麻耶を職員室の外に出して扉を閉めた。最初から残すつもりだったのかいつの間にか手が離されている。


先生が溜息をついた。


「まあ、お前がどこで戦っているか俺達は知っているからあまり言わないけど、今回はどれだけいれる?」

「よくて半年。異形の進行によって大きく変わります」


異形が攻めてきたなら僕は最前線より前に立って敵を滅ぼさないといけない。そうしなければ、人類が滅びる。


半年の間に何が出来るかわからない。でも、何か出来ると僕は思っている。


「そっか。なら、俺からは一つだけ。楽しめ。この生活をな。以上だ。行ってよし」


その言葉に僕は頷いて職員室から出た。ドアの近くで背中を壁に預け、麻耶が悲しそうな表情で床を見ている。


僕は麻耶の手を握った。


「麻耶、案内してよ」


「うん」


麻耶が頷いて歩き出す。その表情は少し暗い。


「お兄ちゃんはさ、どうして高校に入ったの? どうして、最前線でいないの?」


麻耶が考えているのは今の世界についてだろう。未だに僕達は完全に染まっていない。


僕は普通の高校生活を送りたいという気持ちがある。麻耶は僕がここにいるのは自分という枷があるからと思っている。


それが、世界の滅亡に近づくとわかっていても。


「僕は、自分が何かしたいか未だにわかっていないんだ」


一人一軍ワンマンアーミーとしての力を発現した時だって僕はがむしゃらだった。


自分が生まれた意味がわからず、生きる意味がわからず、家出をして海外に渡った。それは当時からすれば暴挙だったと思う。でも、何かしたいと思っていたことは確かだ。


「高校生活を過ごせば、何か見つかるんじゃないかって。戦いだけじゃない僕の何かを」


「そうだね。私も手伝うから。お兄ちゃんの道を」






「諸君! 今日から一年間、武術訓練の教官となる岩城だ! 一年間で貴様らを最低限の戦闘が出来るように鍛えてやる! 返事は!」


『ありがとうございます!』


僕以外の全員の声が響き合う。


完全に忘れていたけれど、もうそんな時期か。戦場にいたらわかることもわからないかな。


「声が小さい!」


『ありがとうございます!!』


十分に声は大きかったと思うけど、どうやらこれがこの授業の特色らしい。ただ、戦場でそんな大きな声を出せば敵に見つかるから意味がない。


「現在、世界は大きな脅威と立ち向かっている。もし、そいつらと日本が戦うことになれば、国民総動員で奴らを倒さなければならない。この意味がわかるな!? この武術訓練が日本を救うのだ!」


わかっていないのはこの教師だろう。


国民総動員で異形達を倒せるなら、今頃、異形は駆逐されて存在していないだろう。


特に、人口の多い中国で壊滅させられるに違いない。それが出来ないから脅威に立たされいるのだ。国民総動員でどうにか出来る敵でもないのに。


「そこのお前、俺の言葉に不満そうだな。唯一の学生服の分際で。武術訓練を受けるつもりはないのか!」


どうやら表情に出ていたらしい。教師が僕を指差している。


とりあえず、僕は小さく溜息をついた。


「国民総動員で異形が倒せるなら、今頃世界は平和になっているよ。こんな無駄なことをするくらいなら銃器の練習をした方がよっぽどましだよ」


武術だけで勝てるほど甘くはない。僕が戦えるのは圧倒的な力を持つ僕のスキルだからこそ。


異形は並大抵の動物じゃない。それを知っているから僕は言う。


「そうか。貴様は校庭を走ってこい。トラックを100周だ! わかったか!?」


「速度は?」


「全速力に決まっているだろうが!」


トラックは一周300mほどだから30kmか。そんなに長いというわけじゃないか。


僕は軽く呆れたように息を吐いて武道館から外に出た。校庭には誰もいないから走りやすい。


「ライド、『疾風迅雷』」


全速力で走れば天変地異を巻き起こす上にトラックをまともに走れない。だから、速度は大体秒速3kmほどでいいだろう。


大気を操り衝撃波で校舎が気づかないように気を配る。そして、僕は地面を蹴った。


『疾風迅雷』特有の時間が引き延ばされる感覚。一秒が何十分にも変わったような感じだ。ただ、息の速度や足の速さは変わらない。あくまで、知覚する時間が伸びているだけ。


『疾風迅雷』の力でトラックを走り回る。感覚が引き延ばされるのはとても便利だ。ただ、上限があって、秒速5kmが限界。時速に直せば凄まじいことになるが、それが限界だ。


ただ、それをすれば止まることはほとんど出来ない。実際に、それを使った時は海を走る時くらいだ。もちろん、頑張って波を立てないようにするのが大変だった。


他人の目から見ればどう動いていたかわからないだろう。だから、僕は足を止めた。


「ダウン。よし、終了っと」


100周が終わって僕は武道館に向かって歩き出した。戻ったら何を言われるかわかるけど、走ったものは仕方ない。


僕は小さく溜息をついて武道館に入る。そこでは、麻耶が先生に投げ飛ばされていた。


「ライド。『疾風迅雷』」


無意識に拳を握りしめていた。そして、地面を蹴る。


床に叩きつけられそうになった麻耶を受け止めて僕は投げ飛ばした相手を睨みつけた。


「お兄ちゃん」


「貴様! 100周を終わらせたのか!?」


「ああ。麻耶に何をした」


麻耶を床に下ろして睨みつける。拳を握りしめて。


「その小娘が刃向かってきたからだ! 武術訓練の教官に刃向かえばどうなるか体験してもらおうと思ってな!」


確かに教師の実力は只者じゃないだろう。だが、麻耶が投げ飛ばされるわけがない。つまり、不意をつかれたに違いない。


僕は小さく溜息をついた。


「別に僕が何を言われても我慢出来る。だけど、麻耶に危害を加えるつもりなら容赦はしない」


「お兄ちゃん、私が先生に文句を言ったからだよ。だから、私が」


「そうだとしても、投げ飛ばしたのは許せない」


僕は一歩を踏み出す。


「力で押さえつけても何も解決しない。それに、無駄な授業でそんなことをする意味がない」


「子供の分際で。戦場を知っているか? 最前線を知っているか? そこで行われている地獄を知っているか? 知らないだろ? なら、黙れ」


戦場は知っている。一人一軍ワンマンアーミーになってからよくいたから。


最前線は知っている。僕は最前線より前でよく戦っているから。


それらで行われている地獄は知っている。守れなかったたくさんの人達と一緒に。


「わかった。一度、ぶん殴ってやる」


「出来るとでも思っているのか?」


そう先生が笑みを浮かべた瞬間、僕の拳は先生の頬を殴りつけていた。先生が床に倒れて転がる。


「ライド。『地縛失星』。お前が知っている世界はまだ生ぬるいよ。本当の地獄を知らないくせに語っているんじゃないよ」


「貴様。教官に手を上げるとはいい度胸じゃないか。上下関係を教えてやる」


僕は小さく溜息をついた。溜息をついて、


「だったら、実力の差を思い知らせてやるよ」






「前代未聞だよね」


僕は隣に座っている麻耶に向かって尋ねた。


「前代未聞通り越していると思うよ。戦場返りの教官を瞬殺のフルボッコにするなんて。お兄ちゃんの強さが見れたから良かったけど」


「あれでも手加減したけどね」


むしろ、手加減しなければ確実に殺していた。『地縛失星』はそれほどに強力だ。高層ビルを投げ飛ばせたこともあるし。


確かにあの教師は強かった。スキル無しなら勝てるかどうかは五分。戦場返りもだてじゃない。ただ、相手が悪かった。


「停学で済むと思う?」


「退学だと思うよ」


今期初登校初授業で不祥事を起こすなんて、確実に怒られるよね。うん、絶対に怒られる。


はあ、ついに高校も退学か。


僕は今いる学園長室を見渡した。狭間学園の学園長室だからかかなり豪華だ。あまりに豪華すぎて虫酸が走る。


学園長室のドアが開き、そこから学園長と多分高校の校長が入ってきた。そして、僕達の向かいの椅子に座る。


「白百合京夜君。君は我が校始まって以来の不祥事を起こした」


でしょうね。


「しかし、君の保護は政府から通達されていてね、人類のためにと言われているよ。だけどね、私達は君を甘やかさない。白百合京夜君は武術訓練の教官になってもらい」


「ちょっと待った」


今、何て言いました?


「教官? 僕が?」


「ああ。君のせいで武術訓練の教官が病院送りになったのでね、その代わりだよ」


その代わりと言われても、僕は武術訓練自体に疑問を持っている。持っているからこそ、一番武術訓練の教官に相応しくない。


「武術訓練は無意味なもの。最前線に出て異形と戦っていたらわかるけど、武術訓練はいらないと思います」


「君は国民総動員という言葉を聞いたことがないのかね?」


こいつも国民総動員か。何度も考えるが、国民総動員が出来て真っ正面から戦えて異形を撃退出来るならいろいろな国がそうしている。


正直に言って、国民総動員自体が間違っている。


「国民総動員は意味のないものです」


「君は非国民というわけか」


こういう戦争中ではよくある話だ。国の方針に従わないなら非国民として差別する。そうすることで味方をたくさん作ることが出来る。


僕は小さく溜息をついた。


「国民総動員する隙があるなら、ハイゼンベルク要塞でも万里の長城でも救援部隊を送ればいい。今の戦線が崩壊すればアジア、オセアニアの人類は確実に滅亡する。アメリカも危ないだろうな」


「人類が滅亡する? 何をバカな話を。君がいれば世界を救えるのだろう?」


「僕の力で世界を救えるなら、もう救っている」


救えていないから今の世界がある。こいつらは世界の情勢が何らわかっていない。


平和な場所にいるからこその言葉は今の僕からすればただイラつかせるだけだ。あの惨状を知らないくせに。


いつの間にか握りしめていた拳の上に麻耶の手が重ねられる。そして、麻耶は小さく首を横に振った。


「お兄ちゃん、大丈夫だよ」


「ごめん。学園長。武術訓練の教官の件はお断りさせていただきます。今の僕が武術訓練をやったところで何の価値のないものにしかなりません」


「退学になりたいのかね?」


「覚悟は決めています」


僕は真っ直ぐ学園長の目を見た。すると、学園長がフッと笑みを浮かべ、校長と視線を合わせた。


「噂以上の少年ですな」


「さようで。この状況なら処分はあれで決定かと」


僕と麻耶は完全に固まっている。そして、学園長が立ち上がり、ドアを開けた。


「えっ?」


そこにいた人物を見て僕は固まっていた。だって、ここにいるはずのない人物がそこにいたのだから。


リーズイット・エレナント。僕のような親しい人はリズィと呼ぶ。


「なんでここにいるのさ」


「軍本部からの命令じゃ。魔術器の開発が大詰めじゃから安全な場所で開発しろと。まあ、他の若手を育てたいというところじゃな」


そう言えば、リズィってノンキャリアだっけ。戦場であっという間に戦果を上げて、嫌がらせのような最前線での左遷でもすぐにトンボ返りしたって噂があるし。


科学者としても優秀なんだよな。まさに天才だよ。僕が言うのもおかしいかもしれないけど。


「白百合京夜君はエレナント先生の補助をして欲しい。エレナント先生は新しい武術訓練の教官だ」


その言葉に麻耶の手に力が入るのがわかった。リズィは最前線で指揮するぐらいのエリート。しかも、ノンキャリア。この年齢でここまで上がったということは様々な訓練に耐えたということだ。


武術訓練のレベルが跳ね上がる。そう感じるだろう。


「というか、前任は?」


「岩城のことか? 大丈夫じゃ。昔に一緒に戦ったことがあっての、その貸しを返してもらっただけじゃ」


世界って狭いよね。


「エレナント先生は半年ほどここにいるつもりらしい。エレナント先生、困ったことがあれば白百合京夜君と白百合麻耶さんの二人に相談してください。二人なら年も近いので」


年が近いと言っても、近いのは僕だけだ。麻耶とは10以上離れているし。


「了解じゃ。二人とは知己じゃから相談もしやすい。二人を借りてよいか?」


「はい。白百合京夜君と白百合麻耶さんはエレナント先生の話が終わったら教室に向かうこと」


「はい」


僕と麻耶が返事をして立ち上がる。そして、リズィと一緒に学園長室から出た。


「なんでいるのさ」


「駄々をこねたら行かせてくれたのじゃ」


駄々こねたって。まあ、リズィはマスコットとして人気があると言っていたけど、おそらくはあれだろう。


「麻耶、先に教室に行ってくれないかな?」


「えっ? うん。すぐに来てね」


事情を察知してくれたらさい麻耶が先に教室に向かって歩き出す。


僕は小さく溜息をついた。


「共同研究の依頼?」


「そうじゃな。この狭間の地にある研究所からじゃ。開発中の二つのデバイスである運命と七天の完成じゃな」


この二つは噂で聞いたことがある。


処理能力を極めて高めることがコンセプトのリズィのデバイスと違って、演算能力を極めて高めたことがコンセプトのものだ。


リズィは凡庸性で日本は特殊性を求めたということである。


「魔術器がこの地に5つか。アメリカが許可したのはやっぱり僕がいるから?」


「多分。万が一、デバイスが盗難にあったとしても、そなたの能力ならばすぐに犯人を見つけ出すことが出来る。それがわかっているからこそ共同研究を許可したのじゃろう」


でも、アメリカの本心は違うはずだ。あの国は一番であることを求めている。つまり、リズィと日本のコンセプトを合体させたデバイスを作るための技術が欲しいということだろう。


特殊性に凡庸性を高めたらどうなるかはわからない。


「やっぱりか。わかった。僕は教室に戻るよ。じゃ、また」


僕は歩き出した。歩き出して足を止めた。


「あれ? 僕の教室ってどこだっけ?」






「はぁ。私に先に言ってって言ったのはお兄ちゃんだよね」


結局、教室に辿り着けたのが次の休み時間。学校で迷っている僕を麻耶が見つけたからだ。


「誰だって迷うと思うよ。この大きさなら」


僕は小さく溜息をついて壁に張られている学園の地図を見た。


日本最大の敷地面積という謳い文句があるけど、実際は世界最大。異形が出るまではアルタミラにある研究所に併設されていた学園が世界最大だった。狭間学園が二番目。


だから、今は世界最大。もちろん、校舎だけでかくれんぼが普通に出来る。


「そうだよね。私も迷ったことがあるよ。でも、お兄ちゃんは探知も得意って聞いたことがあるけど」


「僕の場合はかなり特殊なやり方だから。こういう状況だと使えないよ。ところで、麻耶はどうやって僕を見つけたの?」


すると、麻耶はにっこり笑って、


「迷ったから」


その言葉に僕は完全に固まった。麻耶は笑っている。


「てへっ」


「てへっじゃないよ。迷ったっておかしいよね。麻耶はこの学園に所属しているし」


僕は小さく溜息をついて地図を見る。でも、そこに書かれている地図は全く知らない場所だ。


確か、冗談を抜きにして新入生の一部が学園内で遭難するらしい。僕も麻耶のその一部になったか。


「というか、あまりに広すぎだよね。この学園は。もう少し小さくても良かったのに」


「うん、それには賛成だね。地図を見る限り、ここは特殊棟かな」


全く聞いたことの無い名前だ。麻耶は生徒手帳を取り出して、学園の地図を見ている。


「ふむふむ。多分、あっちに行けばいいと思うよ」


「それで遭難したんだよね」


「そうなんだよね」


麻耶が遭難するのは無理もない。この場所はどうやら地図を見ながら移動すれば迷う場所らしい。そうでなければ地図を見る麻耶が迷うわけがない。


僕は小さく溜息をついた。溜息をついて拳を握りしめる。


「ライド。『零落白夜』」


僕の服装が戦闘服に変わる。色は白を基調として淡いピンクが波打っている。


僕はしゃがみ込み、手のひらを床につけた。そして、目を瞑る。


見えて来たのは黒い空間。そこに描かれているのは巨大な魔術陣。通常の円形魔術陣ではなく球形魔術陣。それが黒い空間の中に鎮座している。


道を調べるための波長が飛ばないからなんとなくわかってはいたが、ここまで複雑怪奇な魔術陣が描かれているのを見たのは初めてだ。もしかしたら、何かの隠し部屋が存在するかもしれない。


『零落白夜』は僕の戦闘服の中では一番使い道のないものだ。有効に使う時の手段は、地雷原で地雷全てを見つける。


戦闘に関しては一番使えないけど、地球上に存在していた地雷原を全て見つけて破壊することをした以上、隠している者を見つける時にしか使わない。探偵向きの能力。


「お兄ちゃん、何かあったのかな?」


「うん。隠し部屋というより、封印された部屋かな。球形魔術陣が描かれている」


僕は目を瞑りながら答える。『零落白夜』の能力をさらに使用して魔術陣を細かく見ていく。魔術陣を構成する文字や線の特徴から自分の記憶の中にある知識と照らし合わせて行く。でも、これは、


「球形魔法陣じゃなくて、魔法球かな」


「魔法球?」


「先の時代。科学時代に存在した神の力を使えるとい言われる救世主達。その人たちが使った物が魔法であり、魔法球はその中でも一番ランクの高い者。世の理をも覆し、天変地異を鎮めるくらいの能力がある。そう伝えられているよ」


魔法というのはそれほどまでに強力なものだ。実際に魔法使いと戦ったことはないけれど、リズィのような魔術師と戦ったことはある。魔法の劣化能力。それでも、銃を相手にするよりもはるかに強い。もし、魔法使いがいるとしたなら、それこそ本当に救世主になるだろう。


僕のような力があったとしても。


「天変地異ということは、先の時代が終わる原因になった最終戦争のことかな?」


今の時代は俗に魔科学時代と呼ばれている。銃が主戦力にはなるが、魔術師も戦場では役にたつため、魔術と科学が戦場を支配するという意味で魔科学と呼ばれている。実際に、今の科学技術のほとんどは魔術の恩恵があるためあながち間違ってはいない。


今の時代の前にあった科学時代。その頃には戦車と呼ばれるものが存在し、戦場を蹂躙していたらしい。でも、今は銃の攻撃を防げるほどの装甲が確保できないため存在していない。戦闘機なるものも、サイズの関係から輸送機ぐらいしか引き継がれていない。旅客機はそのままらしいけど。


その科学時代が滅んだ理由が最終戦争と呼ばれる戦いだ。これは文献にしか残っていないが、黒い大きな存在があらゆる国家が集まった軍隊を魔法で消滅させたらしい。それを倒したのが救世主と呼ばれる人達だ。


現在ではユーラシア大陸とヨーロッパ大陸を隔てるチェルノブイリ海峡が出来た理由が最終戦争の爪痕らしい。


救世主の魔法と各国が核兵器が黒い大きな存在にぶつかり、黒い大きな存在は救世主もろとも消滅した。この時に、黒い大きな存在の攻撃でチェルノブイリ海峡が出来上がったとされる。


だから、ユーラシア大陸を割るような力を魔法が持っているとも解釈が出来る。天変地異を起こせるなら天変地異を鎮めることもできると考えられたのだろう。


あっ、面白いものを発見した。


「かもね。実際に、最終戦争の後は、日の光が地上に届かなくなって、夏なのに冬が到来し、たくさんの人が餓死をしたと聞くよ。そこに現れた新たな救世主が新たな世界を作り出した。それが今の魔科学時代。でも、僕はそれが少し違うと思うんだ」


「何が違うの? 私はその話が本当だと学校で教えられたけど」


「最終戦争後の救世主の存在。今の世界の経済を握っているのはどことどこの国?」


「えっと、中国とアメリカ」


この二つの国は経済の中枢を握っているとされ、三番目に位置している日本を大きく突き放している。そこから僕はふと思ったのだ。


「救世主の存在が、衣食住を提供した者なら? 人々は救世主とあがめてもおかしくない。何せ、あらゆる文献で世界の終わりと囁かれたくらいだからね。だから、救世主の存在は中国とアメリカの人だと思っている」


「ふと思ったんだけど、ここでその話をする理由は?」


僕は小さくため息をついて床から手を離し、目を開けて生徒手帳を取り出し、ページをめくる。そして、とあるページを開いて麻耶に向けた。そこに書かれているのは学園の成り立ち。


「狭間学園を作り出したのは日本だけど、出資をしたのが中国とアメリカ。これは、あまりに不自然じゃないかな?」


「もしかして、お兄ちゃんがこの学園を選んだ理由って」


「さあね」


僕は軽く肩をすくめて生徒手帳を返してもらう。そして、そのまま壁に手をついた。


「とりあえず、面白い部屋は見つけたからそれをお披露目するよ」


僕は拳を握りしめた。


「ライド。『地縛失星』」


そして、掌に力を込める。すると、壁がもろく崩れ落ちた。そこにあるのは奇妙な空洞。真っ暗な空洞だ。


「ライド。『光翼天破』」


服の色が変わる。『地縛失星』から『光翼天破』へ。黒から鮮やかな青へ変わる。水色というべきだろうか。そこまで見事に鮮やかな色。


「入ってみよう」


「あう。先生に怒られないかな」


多分、怒られるだろうな。今度こそ退学かも。でも、ここに僕が一番求めているものがあるなら。それが存在するなら僕は見つけたい。


この世界を救える可能性だってあるから。


「さてと、光よ。なっ」


僕の掌に光が生まれて部屋全体を照らし出す。そこにあったものを見た瞬間、麻耶が悲鳴をあげそうになった。だけど、その声を何とかとどめている。


そこにあったのは、骨の山。見る限り、確実に人の骨ばかりしかない。ただ、そのほとんどが何かによって喰われている。


「お兄ちゃん」


「麻耶、僕の手をしっかり握って」


僕は周囲を見渡す。だが、何も見当たらない。最初から何もいなかったかのように。あるのは骨の山。


僕は骨の山に近づいた。麻耶は必死に手を繋いでくれているがやはり抵抗があるらしく、若干の抵抗がある。そして、僕はその一つを手に取った。


「この骨。麻耶、ちょっと見て」


「ううっ。わ、わかったよ。えっと、あれ? 人の骨ってこんなに空洞があるの?」


「ない」


僕達が知るような教科書の内容では絶対に書かれていない骨の薄さ。ここにはそれがある。まるで、栄養失調の人達を放り込んだように。又は、何らかの病気か。


確実にわかるのは、何かによって喰われていたことだけ。


「この部屋の中なるのは骨だけ見たいだね。天井には、何もないや」


「お兄ちゃん、早くここから出ようよ。こういう時って大抵入り口が閉まるし」


「大丈夫大丈夫」


例え、どんなに頑固な要塞になったとしても、僕の本気ならそんな障害物は苦にならない。簡単に破壊できるとわかっているから。


「とりあえず、リズィには連絡した方がいいかな」


「そ、そうだよね。お兄ちゃん、早く」


「はあ、了解」


僕は麻耶の手を引っ張って歩き出す。確か、こういう状況って昔にあったっけ。泣いている麻耶の手を僕が握って境内を歩いている記憶。懐かしいな。こういう風に歩くことが。


「お兄ちゃん」


「ん? 何?」


「なんでもない」


そういう麻耶の声はどことなくうれしそうだった。でも、一つ忘れている。


どうやってこの迷宮から脱出しよう。






外に出た時、そこには夕日が燦々と輝いていた。


もちろん、僕達二人は呆然としながらその夕日を見ている。


「夕日だね」


「うん。赤いよね。お兄ちゃんの言うように赤いよね。ところで、今何時かな?」


僕は近くにあった時計を見た。時計を見て、小さくため息をつく。


「午後五時」


「帰ろうよ」


「そうだね」


僕と麻耶は同時にため息をついて歩き出した。


今日の教訓。常に誰かと一緒にいよう。もう、迷いたくない。


もちろん、骨の山を発見した現場がどこかなんてわからないから存在だけでも知らせておかないと。


とりあえず、帰ったら寝よう。


次の話から普通に学園生活です。いつ更新するかわかりませんが。

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