表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

推しの勇者は聖女ではなく転生モブ皇女をご所望らしい

作者: 沢野みら
掲載日:2026/03/29

 雲一つない青い空。遠くに広がる大海。

 海風に乗って運ばれてきた細かな水の粒が、陽光を受けて宝石のようにきらめいている。ときおり吹き抜ける風が、並び立つ騎士たちのマントを優しく揺らした。

 穏やかな空気が、あたりを包み込んでいる。うん、完璧。文句なしの祝賀日和だわ。


 眼下の広場を埋め尽くしているのは、帝国のみならず近隣諸国から集まった王侯貴族たち。

 その視線はすべて、空中に浮かぶ巨大な魔道スクリーンへと注がれている。


 そこに映し出されているのは──皇帝であるお父さまと、勇者のウィルフリード様。


 今日は、魔王を討ち倒した勇者一行の祝賀会。

 第三皇女である私も、皇族の一員として同じ壇上に列している。口角が上がらないように厳かな表情を保つのが、とてもつらい。


「勇者よ、此度の魔王討伐、大義であった」

「はっ。ありがたきお言葉」


 ──キ、キタ〜〜ッ! くぅ〜! この日のために生きてきたのよ、私は!


 二人のやり取りは、待ちに待ったハッピーエンドへの合図。

 ぐっと歯を食いしばって耐えているけど、その裏側では花吹雪を撒いて歩きたいほど舞い上がっていた。




 私には、生まれた時から前世の記憶がある。そしてここは、前世で何度も読み返した大好きな小説〝ひかり輝く丘で貴方とふたり〟略して〝丘ふた〟の世界。


 精霊王の神託を受けた勇者と聖女が、魔王討伐の旅の中で愛を育み、最後には結ばれる──王道にして至高のラブストーリー。


 そして今まさに、そのクライマックスが目の前で再現されようとしている。


「ウィルフリードよ、そなたは褒章に何を望む?」

「はっ。……皇帝陛下、恐れながら私は、皇女殿下を娶らせていただきたく存じます」


 震えるほど原作通りの展開。来るわよ、伝説のプロポーズが。

 ちょっと鼻息が荒いのは許してほしい。ずっと見たかった名シーンなんだから。


「……許そう。勇者よ、皇女の手を取るが良い」

「はっ。ありがたき幸せ」


 ウィル様が、あのキラキラの笑顔を浮かべてこちらへ歩いてくる。


 旅の中で育まれた愛が、ついに実を結ぶ瞬間よ。聖女の前に跪いて愛を捧げ、皆に祝福されて幕を閉じる。まさに完璧なフィナーレ。


 ……やばい。無理。尊い……。

 特等席でこれを見届けられるなんて、前世の私はどれだけ徳を積んだんだろう。


 ほら、あと少し。

 ウィル様は皇太子から順に目礼しながら、まっすぐ進んでくる。


 ああ、来た。来たわよ!


 あのキラキラの笑顔が、最愛にだけ向ける、とろけるような微笑みに変わって──。


「皇女殿下、愛しております。私と結婚していただけませんか」


 セリフ、完璧。顔面、国宝。

 目の前で拝めて、天にも昇る──って、え?

 

 ちょっと待って……なんで私の目の前にウィル様が?


 シン、と周りも静まり返っている。

 鷹がピーヒョロローと鳴く声だけが、むなしく響いた。


 ……。


 ……違う、違う違う違う。間違ってる! ウィル様、場所を間違えちゃった! 隣、隣よ!

 全方位からの視線が、私ではなく左隣に集まっているのに気付いて、ウィル様!


「……、……勇者よ。それは第三皇女である」


 お父さま、ナイスフォロー!

 そう、そうなの。聖女は私の隣の、第四皇女リオニー。ウィル様と一緒に旅した精霊の愛し子。こんなことになって、ショックのあまりプルプル震えてしまっている。


 ちょっと位置がずれちゃっただけだろう。旅から帰ってきたばかりで、疲れてるのよね。分かる分かる。

 ほんの少し、横にずれるだけでいいから。


 私はこくりと頷きながら、ウィル様に目で促した。


 それなのに、彼はリオニーに視線すら向けない。

 真っ直ぐに私を見つめたまま、凛とした声で言い切った。


「はい。私が愛し、生涯を共にしたいと願っているのは、アデリーナ皇女殿下です」

 

 ──え? いやいや、ちょっと待って。ありえない。

 だって……だって、ウィル様と私の接点なんてなかったもの。なかったわよね?


 冷や汗が背中を伝うのを感じながら、私は必死に記憶の糸を手繰り寄せた。






 ここが〝丘ふた〟の世界だと確信したのは、ウィル様が皇宮にやってきた時。

 お父さまの愛妾となったクラーラ様の連れ子として現れた少年がウィル様だった。

 きらきらと輝く銀の髪、透き通った白い肌、聡明そうな緑の瞳──そのすべてが挿絵通り。


 でも、異国の父譲りらしい容姿を嫌ったお父さまは、城の片隅の粗末な部屋をウィル様にあてがってしまうのよね。

 私はこっそりウィル様を見守りながら、勇者として神託を受けるのを待つ日々を送った。


 そして原作通りに魔王が現れて、精霊の愛し子として魔王討伐に選ばれたのが、ウィル様と、妹の聖女リオニーなのよ。


 第一皇女から第三皇女まで、名前は順にアデライデ、アデレーネ、アデリーナ。

 これでもってくらいモブ感を出しまくっている私たち。


 対して第四皇女は、特別感あふれる、リオニー。

 名前からして、彼女こそが選ばれしヒロイン──だったはずなのに。




 静まり返っていた広場に、少しずつざわめきが戻ってきた。きっと皆の心はひとつ──「思っていたのと違う」。


 そんな状況で、リオニーにスタンバイされていた魔道メガホンが、私のところに再配置されてしまった。

 ここは私が皆を代表して、ウィル様に聞くしかない。


「……ウィルフリード様は、聖女リオニーと愛を育まれていたのでは?」


 これがウィル様との初会話だなんて、泣ける。とはいえ周りの人たちは、一様にウンウンと頷いて「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかり。よし、使命は果たしたわ。


 でもウィル様は首を横に振りながら、目を瞑ってしまった。流れる銀の髪と長いまつ毛が、まるで絹糸のように美しい。


「第四皇女殿下が愛し合っていたのは、私ではありません。護衛していた数多の騎士たちです」


 あ、あまたの……?

 ウィル様に見惚れてしまって、聞き間違えたのかしら。


 周りの空気がおかしなことに気付いたのか、ウィル様がそっと目を開く。


「それに、第四皇女殿下が一番親しかったのは、ワラー隊長です」


 ──な、なんですって⁉︎

 ワラー隊長といえば、原作でロラナン湖に浮かぶ月の明かりを二人で眺める時に邪魔が入らないよう見守っていた影の立役者じゃない。

 それなのに……聖女と、恋……。


 スッとウィル様が手を挙げると、魔道スクリーンにワラー隊長が映し出された。隣に並んでいるのは……ジンメル伯爵夫人。そうよ、ワラー隊長は既婚者じゃない。


「ワラー……どういうことなの?」

「す、すまない、リーナ。俺はリオニー様を、愛してしまったのだ!」


 魔道スクリーンで堂々と不義を宣言するワラー隊長に、開いた口が塞がらない。


 ──なんてことなの……。多分リオニーの無邪気な愛らしさに、勝手に惹かれて勝手に勘違いしたのよね。そうよ、そうに決まっているわ。


 原作が破綻しかけてくことを認めたくなくて、左隣にチラッと目をやる。相変わらずプルプルと震えているリオニーに、同情心が湧いた──のだけど。



「うっそ。これって逆ハー失敗ってこと……?」


 リオニーのつぶやきに、ピシャーンと頭の中に雷が落ちた。


 ──え……え? えっ? 今、なんて?

 もしかして……リオニーも……⁉︎

 

「はぁ……ウィルフリードが一番イケメンで落としたかったのにぃ」



 ──な、な、な……。


 何してくれちゃってんの妹ォォオオ!



 逆ハー⁉︎ 〝丘ふた〟は純愛ファンタジー小説なのよ! 乙女ゲームじゃない! ジャンル間違えてるわよ!


 ああ、もうなんでこんなことに……。

 幸い全員がワラー隊長たちの修羅場に興味津々で、リオニーのつぶやきには気付いていない。魔道メガホンが移動されていて、本当に助かったわ。


 それにしても、リオニーが転生者だったなんて……もっと観察しておけばよかった。でも母違いだから、離宮が遠いのよね。意味もなくあちら側をウロウロしていたら、皇妃の子を害すつもりかもとマークされるし。

 その点ウィル様は、皇后のお母さま管轄エリアに居住区があったから、見放題だったのよね。ラッキー。


 でも……これで、私が求めてたハッピーエンドは見られなくなってしまった。ウィル様が来てから、この日のためにずっと頑張ってきたのに……そうよ。ちょっとだけ、何か変だなと思ってたのよ。


 原作では、弟妹たちから平民だと嗤われて、使用人にも軽んじられるウィル様を、おてんばで純真なリオニーが助けるっていう尊い救済イベントがあるはずだった。

 愛され姫のリオニーがウィル様を庇うことで、周囲の風向きが変わる……っていう、超神展開。

 私の運が悪くて一度も遭遇できていなかっただけかと思っていたけど、まさか……起こってすらなかったの?


 ……いや、落ち着くのよ。ウィル様がずっと誰にも助けられずにいたなんて、あるわけない。虐められてる様子もなく、むしろ元気にすくすく育っていた。うん、大丈夫。


 私が虐めを目撃したのも一回だけ。その時は私付きの侍女たちに、なんとかするように言っておいたのよね。彼女たちは私のウィル様推しを知っていたし。


 ──ん? え……待って?

 もしかして有能すぎる私の侍女たちが、主の意を汲んで、その後もずっと裏でウィル様を全面バックアップしていた、とか……。そんな、まさか……。


 でも彼女たちなら、やりかねない。超プロフェッショナル集団なんだもの。

 もしかして、それでウィル様は私にプロポーズを……いやいや、そんな。私は一回も顔を出していない。超プロフェッショナルな侍女たちからバレることもないはず。


 過去の考察に耽っていたら、あっちの夫婦は話がついたらしい。


「──分かりました。そこまでおっしゃるなら離縁いたします。あとで話し合いましょう」

「ああ、そうしてくれ」


 あーあ。ワラー隊長、忘れているのかしら。伯爵夫人の父は帝国近衛隊総括隊長。今の貴方の地位は夫人あってのものなのに。

 希望に満ちた目でリオニーを見てるけど、妹はウィル様ばかり見ている。

 でもウィル様は私から目を逸らさない。新緑の美しい双眸に、吸い込まれてしまいそう。


 その瞳が柔らかく弧を描くのに見惚れていたら、ゆっくりと立ち上がったウィル様が、広場全体を見渡すように向き直った。


「皆さま。私が皇宮で苦しい立場にいた時、密かに助けてくださった方がいました。その恩人がアデリーナ皇女殿下なのです」


 凛々しい声も素敵ね──って、聞き惚れている場合ではないわ。


 端に並ぶ侍女たちに、「どういうことよ」と視線を送った。でも感情を表に出さないプロフェッショナルな彼女たちにしては珍しく、目をパチパチさせて驚いている。

 侍女たちがバラしたわけではないらしい。だとしたら、一体誰が……?


「私の境遇が好転した時のことです。誰のお陰で助かったのかを知りたいと願ったら、精霊が現れ、私の願いを叶えてくれました」


 ──な、なんですって⁉︎

 精霊の透視スキルといえば、原作でジュノレブ平原の魔物にリオニーが攫われた時ウィル様が目覚める能力じゃない。

 それなのに、そんな幼少期から……天才だわ。


「私はその時から精霊の加護を得て、瘴気の増え続ける世界のことを知りました。そして来るべき時のために、皇宮で心身を鍛えていたのです」


 ウィル様の頑張りを、私は見ていた。原作で見られるリオニーと遊ぶシーンの代わりに、ストイックに修行する姿を見ることができた。

 キラキラと輝いて見えたのは、決して精霊の愛し子だからというわけではなくて……ダメよ。ウィル様は、聖女と感動のフィナーレを迎えて、あの『ひかり輝く丘』で暮らすことこそが、幸せへの道。私はモブなの、モブ。


 私が自分に言い聞かせている間も、周りはウィル様に見入っていた。カリスマ性の高さ、さすがヒーロー。


「魔王討伐に出ても、心の支えは皇宮にいた頃からの日課である、アデリーナ皇女殿下が私のために祈ってくれる姿でした」


 ──ん? え……日課? え?

 私がウィル様に祈ってたのは、就寝前のことだけど……もしかして「今日もウィル様はカッコよかったわ。明日もウィル様が怪我なく過ごせますように」だとかを、誰もいないからって毎夜ぶつぶつ呟いていたことが……丸見えだった、ってこと……?

 

 そして全方位に、私の推し活がバレてしまった。あまりの羞恥に、頭が真っ白になる。

 私の人生、終わったかもしれない……。


 なのに、優雅な音楽のようなウィル様の声は、非情にも私の耳に届き続ける。


「旅の日の、ある月のない夜のことでした。孤立無援のなか、私が死を覚悟した時のことです」


 ──な、なんですって⁉︎

 月のない夜といえば、原作でミネルト海峡に出てくる中ボスのカザルデウスに苦戦している時にリオニーから放たれた眩しいほどの光がウィル様を強化して二人の仲が深まる夜じゃない。

 孤立無援だなんて……騎士やリオニーは、他の魔物に阻まれていたのかしら。


 自分の恥よりも、ウィル様の冒険譚の方が気になってしまうわ。周りも皆、聞き入っている。


「死の間際、アデリーナ皇女殿下を一目見たいと願った私の思いは叶いました。私の瞼の裏に、祈りを捧げる殿下の姿が現れたのです! そしてその姿は、まばゆいばかりに輝いていました!」


 ウィル様がバッと両手を広げると、魔道スクリーンに、祈りを捧げる私の姿が現れた。


「ウィル様が無事に過ごしていますように」


 魔道スクリーンに映った私は、お気に入りの部屋着姿で、神々しい光を放っている。声も本物だった。


 ──え? どういうこと? 過去の透視映像も出せる能力ってこと?

 それに、この光って……。


「殿下の光が私を包み込むと、使い果たしたはずの力が、私の中に蘇ったのです!」


 魔道スクリーンに、今度は光輝くウィル様が映し出された。確かにその輝きは、さっき映像の私を包んでいた光と同じだ。


 見たことのない光景も相まって、周りからザワザワと驚きの声が上がっている。私も理解が追いついていない。


 原作でリオニーと起こるはずのエピソードが、私の身に……?

 心の中で首をかしげていると、その問いに答えるように、ウィルフリードが声高に叫んだ。


「今、聖女の力は、アデリーナ皇女殿下に宿っているのです! 殿下のお力で、私は魔王を倒すことができました!」


 ウィル様の宣言に、ワッと広場が湧く。

 この場の空気を味方につけて盛り上げるのが最高に上手い。さすがヒーローね。


 ──聖女の力……ああ、良かった。ウィル様が聖女と結ばれるハッピーエンドになったわ。


 素晴らしい光景に現実感が霧散して、私は周囲につられてウィル様に惜しみない拍手を送っていた。


 パチパチパチパチ、と。


 ……あれ?

 周りの視線が、一斉にこちらに向いている。


 ……。


 ──ちょっと待って。今、ウィル様……なんて言ったの?

 聖女の力が、私に……宿っている……?


「アデリーナ皇女殿下。幼少の頃より、お慕いしておりました。私と結婚していただけませんか」

 

 ウィル様が私の足元に跪いた。なんてデジャヴ。その力強い眼差しに、ドキドキと心臓が高鳴った。


 ウィル様は聖女と幸せになる。そしてその聖女が……私。


「……ウィルフリード様」

「どうか、いつも祈っていた時のように、ウィルとお呼びください」


 周りは今までで一番の盛り上がりを見せていた。お父さまもお母さまも、優しい眼差しで見守ってくれている。


 ──……いいの、かしら。ウィル様の手を取っても。


 私の婚約者は、半年前に馬車の事故で亡くなってしまった。喪に服しているため、新しい婚約者もまだいない。


 障害が何もないなら……私は──。


「ちょっと待ってください!」


 私の考えを否定するように、左隣から甲高い声が上がった。立ち上がってプルプルと震えているのは──原作のヒロイン、リオニー。


「ウィルフリードと旅した聖女は、あたしです! あたしだって褒章もらいたいです!」


 ハイハーイと手を挙げるリオニーのはしたなさに、兄姉の列から冷気が漂ってくる。おかしいわね……原作では、愛され姫のリオニーのはずなのに。


 でも、言っている内容は確かにそう。魔物という恐ろしい敵に立ち向かっただけでも、すごいこと。今日は皇族として参加しているけど、後日ちゃんとした夜会が開かれる。

 だから、ウィル様のプロポーズを遮ってまで言うことじゃ──。


「あたしは褒章に、ウィルフリードが欲しいです」


 ──え? リオニー⁉︎ 私がさっきウィル様に質問したのに聞いてなかったの⁉︎


 あれほど盛り上がっていた歓声が、今やゼロ。ある意味すごいわ、リオニー……皇族のマナーが何も身についていない。貴女のお母さまの第二皇妃が、今にも倒れそうよ。


 こめかみをピクピクさせているお父さまが立ち上がってしまった。こんなところで怒るわけにもいかないし、困りどころよね。


「リオニーよ。お前にはワラー隊長をはじめとした、数多の騎士たちがおろう」


 お父さまが、すごく「数多の」を強調した。直訳すると「すっこんでおれ」ね。


「だってウィルフリードが、一番カッコいいんだもん!」


 もん、もん、もん──と、やまびこのようにリオニーの声が響き渡る。その音にワラー隊長の「そんな!」という悲痛な叫びが重なった。テラカオス!


 ウィル様が、スッと私の前で立ち上がる。その目はいつもより緑を色濃くしていて、仄暗い雰囲気を醸し出していた。


「第四皇女殿下。申し上げにくいのですが、殿下は戦いの時も陣営から出てこず、戦闘に参加されておりません。同行されていただけです」


 申し上げにくいと言いつつ全部言っちゃってるウィル様は、口元に微笑みは浮かべているのに目だけ笑っていない。その圧は、さすが勇者という貫禄。

 

 周りの目が、ウィル様の言葉で冷ややかな視線に変わる。広場に列席しているのは王侯貴族。責務にはとてもうるさい。もちろん私たち家族からも、リオニーに厳しい目が向けられている。


 それに気付いたのか、リオニーが慌てて胸の前で手を組んだ。見た目だけなら完璧な聖女、そのものね。


「あたしはウィルフリードには見えないところで、ちゃんと祈りを捧げてました」

「……なるほど。あれが〝祈り〟ですか」


 リオニーの言葉が逆鱗に触れたのか、スッとウィル様の顔から笑みが消えた。辺りが一気に冬のように寒くなる。

 ──ウィル様! 無意識に氷の魔法を使っては駄目です!


「では皆さま。第四皇女殿下の〝祈り〟を、ご覧ください!」


 ウィル様がバッと手を一振りすると、魔道スクリーンに夜の野営地の光景が映し出された。


 月のない夜の闇のなか、パチパチと爆ぜる焚き火の音。ひときわ大きな幕舎の入り口に、リオニーはいた──座ったワラー隊長に横抱きにされている状態で。

 祈っているにしては、随分と隊長の胸にしなだれかかっているわね……。


「はぁ……なんか海くさ〜い。イエル、もっと風ちょうだい」

「はっ」

「この海峡を越えなければ、魔王のねぐらに辿り着けないですからね」

「もうっ、ヤになっちゃう! タボア、このジュースもうちょっと冷やして」

「はっ!」

「それにしても、勇者殿は遅いですね」


 皆が唖然としながらスクリーンを食い入るように見つめている。だって本来は魔物に使うべき魔法を、くだらないことに使っているんだもの。


 さっきウィル様が死にかけたと言っていた背景に、こんなふざけた事情があったなんて……最っ低じゃない。


「聖女さま、祈りを捧げてみては? 早く帰って来られるかもしれません」

「え〜? 祈り〜? 海からの湿気がすごくって力が出ないわ〜」

「イエル、もっと風を送って差し上げろ」

「……はっ」

「それに〜、ウィルフリードは平民よ。皇女のあたしのために働くのは当たり前なの」


 リオニーの楽しげな笑い声が響いた瞬間、ブワッと強い風が吹いて焚き火が消えてしまった。リオニーの「なによ〜、なんにも見えないじゃない」という呑気な声が聞こえた辺りから、キラキラと輝く光が、風に乗って遠くへ飛んでいっている。


 その光の行方を追うように映像が切り替わると、夜の皇宮が映り出された。窓から祈りを捧げる私の姿が見えている。そして光が吸い寄せられるように私の周りを漂って──。


「ウィル様が無事に過ごしていますように」


 ──繋がったわ。さっきウィル様が見せていた、聖女の力に目覚める私に。


「第四皇女殿下の〝祈り〟はいかがでしたか? その結果として聖女の力を失い、アデリーナ皇女殿下が力を宿しました」

「え⁉︎ あたしに聖女の力、もうないの⁉︎」


 青褪めたリオニーの「バッドエンドじゃん……」というつぶやきは、私にだけ届いた。そんな妹を、無表情で見てしまう。

 周りの怒気が肌で感じられるなか、私は怒りとは別の意味でも打ちのめされていた。


 ──妹が原作のリオニーと、全く別人なのが辛すぎる〜〜‼︎

 リオニーはおてんばで純真だから愛されているけど、皇女としての気品もしっかり持ち合わせているの!

 それがまた愛妾の連れ子っていう立場のウィル様との恋において葛藤とスパイスになってて、そんな二人がジリジリと距離を詰めて唯一無二になっていく過程が最高にエモいのよ!


 私が嘆いていることをなんてお構いなしに、リオニーは急にクネクネと身体をしならせ出した。


「ねぇ。力がなくったって、地味なお姉さまよりあたしの方がいいでしょ?」


 ──アイタタタタ……。確かにリオニーは金髪碧眼のヒロイン属性で、対する私は枯葉色のモブよ。でも、もう見た目とかの問題じゃないのに……。


 なんで頭の中がお花畑どころか何も生えていない空っぽな子がリオニーに転生しちゃったのよ〜!


「それに……そうよ! 平民のウィルフリードより、皇女のあたしの願いが叶えられるべきよ! そうでしょ⁉︎」


 良いこと思いついたとばかり満面の笑みを浮かべるリオニーを、周りは軽蔑の目で見ている。


 ウィル様が初めて、私の前から動いた。コツ、と地面を踏み込む音が響く。

 一歩だけリオニーに近づいたウィル様は、嫌悪に満ちた顔で口を開いた。


「お断りします。第四皇女殿下は幼少の頃から、私を見かけるたびに『汚れた平民は出ていきなさいよ』と突き飛ばしてこられました」


 ──な、なんですって⁉︎

 原作で弟妹たちから平民だと嗤われているところを助けて心配しながらウィル様に手を差し出してくれるリオニーが……嗤う側に⁉︎ 白くて美しい救いの手が……突き飛ばした⁉︎


 根本から原作を覆す事実に、私の我慢が限界値を突破した。


 ──無理無理無理無理! この子がウィル様と結婚なんて無理〜‼︎


「そんな方のものになるくらいなら……死を選びます」


 ウィル様の強い覚悟の声に、私は立ち上がった。戸惑いとか不安とか遠慮とか……全部吹っ飛んだわ!


 周りの驚いた目なんて、今は気にならない。私はそのまま、胸元を飾る皇族の証に手を当てた。


「ウィル様は、私が幸せにします!」


 皇族の宣誓として声を張り上げる私から、神々しい光が放たれた。その輝きは空へと駆け昇り、光の粒となって辺り一面に降り注ぐ。

 あまりに神聖な光景に、それまで静まり返っていた周囲から、ワァッと大きな歓声が湧き起こった。


 隣で眩しそうに目を細めているリオニーに、私は皇女としての気品溢れる笑みを向ける。


「リオニー。私は聖女で皇女。そして皇后の子で、貴女は皇妃の子。身分を振りかざす貴女なら、私がウィル様を望むことに、とやかく言う謂れはないわよね」


 しっかり聖女と皇女の特権をフル活用した私に何も言えないのか、リオニーはパクパクと口を動かすのみ。

 お父さまが静かに手を挙げると、侍従たちがリオニーを壇上から連れ出していく。リオニーの「私も皇女なのに!」という叫び声は、歓声にかき消されたまま、誰にも届くことはなかった。


 黙って見守っていてくれたウィル様が、嬉しそうな表情で私の前へと戻ってくる。


「アデリーナ皇女殿下。幸せにすると仰ってくださった言葉、生涯忘れません」

 

 ウィル様が、迷いなく私の手を取る。

 煌めく新緑の瞳に、キラキラと降り注ぐ光の粒が反射して、更なる輝きを生んでいた──って、この光景……原作でプロポーズが成就して精霊の祝福を受けている時に出てきた描写と一緒だわ!


「求婚を受け入れてくださり、ありがとうございました。私もアデリーナ皇女殿下を幸せにすると誓います!」


 割れんばかりの歓声が、広場を埋め尽くした。その熱狂に応えるように、お父さまが右手を挙げる。


「勇者ウィルフリードと聖女アデリーナの婚約は、いま整った! 二人に祝福を!」


 ここにきて、原作の展開が戻ってきたわ。皆に祝福されて幕を閉じる、完璧なフィナーレが!

 ……聖女が私になってしまったけど。

 

 ウィル様の蕩けるような笑みが、ハッピーエンドを物語っている。

 繋がれた手に、私自身も嬉しさが込み上げてきた。


「ウィル様、これから末長く宜しくお願いします」

「ああ……殿下からそのようなお言葉をいただけるなんて……。私の人生に光をくれたのは、貴女です……生涯、お側を離れません」


 重なる手から伝わる熱が、私たちのハッピーエンドを迎えたのだと教えてくれる。

 降り注ぐ光の雨は、いつまでも二人を祝福するように輝き続けていた。






 その後、私たちは原作通り盛大な式を挙げて、『ひかり輝く丘』で暮らすことになった。


 挙式の前に、リオニーは皇宮の端にある離宮に幽閉された。ウィル様の旅に同行した騎士たちは、責務放棄の代償として全ての地位を剥奪されたうえで彼女の世話係を命じられたらしい。

 日々罵り合いを繰り返している彼らとリオニーは今更後悔しているみたいだけど、後の祭りよね。



 ウィル様との暮らしは、原作にはない、書き下ろし神エピソードの連続だった。

 ウィル様は私がフンスフンスと鼻息荒く見つめていても、照れながら笑ってくれる器量の持ち主。さすが勇者様、心が広いわ。


 私のお腹には、幸せの証が宿っている。この先も愛の溢れた日々が続いていくに違いない。



 精霊がたくさん宿る丘は、いつまでも光に満ちた、笑いの絶えない幸せな場所として語り継がれたのだった。






読んでくださってありがとうございました。

面白かったらブックマークや☆評価などもらえたら嬉しいです。


ちょっとした裏設定です。

・アデリーナ

この世界が大好きな気持ちを精霊王に気に入られている。

ウィルフリードへの恋心を抑えるために「ウィル様と聖女リオニーの恋愛冒険譚」を熱望していたため、精霊王に願いを叶えられる。

・ウィルフリード

アデリーナの祈りを毎日見ていたため、アデリーナの不思議な言動には慣れている。

アデリーナがリオニーとの恋を熱望していたため、反動でアデリーナにめちゃくちゃ執着心を持っている。

・リオニー

アデリーナが聖女リオニーの誕生を強く望んだことで、精霊王がリオニーを聖女に選んだ。

勇者が死にかけたことで、精霊王に見切りをつけられ聖女の力を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ