第七章 暗流湧動
――その戦場を。
遠く離れた森の大樹の上から、
一つの影が静かに見下ろしていた。
黒い霧に包まれた、人の形をした何か。
「……ふふふ」
低く、嗤うような声が漏れる。
「面白い……」
「まさか、二人の後裔が、
同時にその場にいるとはな……」
影は、ゆっくりと視線を細める。
黒い霧の奥で、
異質な言語が紡がれ始めた。
――魔族の呪文。
詠唱が終わった、その瞬間――
遠くの戦場で、
幽影騎士が獣のような咆哮を上げた。
「……歯車が、今――動き始めた。」
その言葉を最後に、
影は霧とともに消え去った。
まるで、
最初からそこに存在していなかったかのように。
――――――――――
戦場では、蓮と少女、そして王国騎士団が連携し、
徐々に魔物の群れと幽影騎士を押し返しつつあった。
だが――。
「――――グオォォォォ!!」
幽影騎士が、獣のような咆哮を上げる。
その身体から、
異様なほど濃い気配が一気に噴き上がった。
「っ――!」
衝撃波が走り、
蓮と少女の二人は同時に弾き飛ばされる。
「……っ!」
賽莉亜は即座に状況を判断した。
「蓮!!」
鋭く叫び、命じる。
「ここから先は、私が引き受ける!!
あなたは他の者たちを援護しなさい!!」
(……いる)
(この気配……魔族……)
賽莉亜は魔力感知を戦場全体へと広げる。
――だが。
(……消えた?)
(……気配が、ない……)
短く息を整え、
賽莉亜は幽影騎士を見据えた。
「……陛下に報告しよう」
「魔族が、動き始めた」
次の瞬間。
賽莉亜は、一歩で間合いへ踏み込む。
「――遅い」
一閃。
幽影騎士は大剣を掲げ、防ごうとした。
だが――
その刃は、
まるで豆腐のように断ち切られた。
「……弱すぎる」
冷たい声が、戦場に落ちる。
「絶剣――光影斬」
閃光が走り、
幽影騎士の巨体は、その場に崩れ落ちた。
――だが。
倒れ伏したはずの幽影騎士の身体が、
不自然に膨張し始める。
「……っ!?」
賽莉亜は即座に察知した。
「自爆……!?」
(……まったく)
(あの魔族……
本当によく厄介事を残していく……!)
賽莉亜は剣を掲げ、即座に詠唱する。
「――聖障!!」
眩い光の結界が展開される。
轟音が響き、
爆発の衝撃が戦場を揺るがした。
だが――
聖なる障壁は揺らぐことなく、
すべてを受け止めていた。
やがて――
幽影騎士は完全に消滅した。
統率を失ったかのように、
残された魔物たちは混乱し始める。
「今だ!!」
騎士たちはその隙を逃さず、
各所で掃討を開始した。
やがて、
戦場には静けさが戻る。
――戦闘終了。
前線に立っていた隊長が、
賽莉亜のもとへ駆け寄り、深く頭を下げた。
「剣聖様!!
この度は、誠にありがとうございました!!」
「もし支援がなければ……
街は、間違いなく壊滅していたでしょう……」
賽莉亜は静かに頷く。
「被害状況を確認しなさい」
凛とした声で命じた。
「負傷者の救護を最優先。
各隊、直ちに後処理に移れ」
「はっ!!」
騎士たちは一斉に動き出す。
――――――――――
その少し離れた場所で。
しばらくの沈黙のあと、蓮が口を開いた。
「……俺は、蓮」
「君は?」
少女は一瞬だけ視線を伏せ、静かに答える。
「……私は、ジェナ」
そして、少し首を傾げて続けた。
「あなたたち……ラファエル王国の人、でしょう?」
その問いに、賽莉亜が一歩前に出る。
「ええ、そうよ」
ジェナは少し安心したように、言葉を続けた。
「じゃあ……」
「私も、一緒に連れて行ってもらえますか?」
「……え?」
思わず、蓮が間の抜けた声を出す。
ジェナは慌てて付け足した。
「だって……」
「ラファエル王国には……私の運命を変えてくれる人がいるって、聞いたんです」
賽莉亜は眉をひそめる。
「……誰から?」
ジェナは即答だった。
「はい!」
「道端にいた、おばあさんです」
「「…………」」
蓮と賽莉亜は同時に言葉を失った。
――そして、心の中で同じことを思う。
(……どうしよう)
(……この子、ちょっと天然かもしれない……)




