第三章 森を出る
【王国側】
蓮が転移させられた、その前夜――。
ラファエル王国王城。
王座の間は、夜にもかかわらず明るく照らされていた。
高く広がる広間の中央。
王冠を戴き、淡い白桃色のローブを纏った女性が、王座に静かに座している。
微動だにしないその姿は、
ただそこに在るだけで、場を支配する威厳を放っていた。
居並ぶ大臣たちが、順に報告を上げる。
「女王陛下、北区の拡張工事はおおよそ完了しております。
数日以内には、すべて引き渡し可能かと」
白綾は短く頷いた。
「よろしい。
計画通り進めなさい。
住民の受け入れに遅れが出ることは許しません」
「はっ!」
別の大臣が一歩前に出る。
「陛下、帝国の動きがここ最近、明らかに活発化しております。
国境付近では小規模な衝突が続き、前線の兵にも疲労が――」
白綾は、その言葉を途中で制した。
「承知しています」
静かな一言。
だが、それだけで空気が引き締まった。
「第四騎士団を派遣しなさい。
直ちに交代配置を行い、防衛線を再構築します」
白綾は立ち上がり、王座から一段降りる。
「防衛線は、決して突破させない」
「帝国に一歩たりとも、踏み込ませてはなりません」
「……以上です」
その直後――
白い影が、音もなく王座の間を横切った。
一羽の白鳥の使い魔が舞い降り、白綾の肩に止まる。
白綾はそっと手を差し出し、情報を受け取る。
数秒後、静かに目を開いた。
「――全員、下がりなさい」
大臣たちは一瞬言葉を失い、
すぐに深く頭を下げて退室した。
王座の間には、白綾ひとり。
「……はぁ」
ごく小さな溜息。
「来るべきものは、やはり来てしまった……アリシア」
白綾は目を閉じ、そして再び開く。
そこに迷いはなかった。
「来なさい」
側扉が開き、近衛が片膝をつく。
「すぐに――賽莉亜を呼び戻して」
⸻
【蓮側】
意識が、ゆっくりと浮かび上がる。
蓮が目を開いたとき、視界いっぱいに広がっていたのは、見知らぬ空だった。
「……?」
戸惑いながら、彼は上体を起こす。
そこには、いつもの森も、小さな木屋もない。
空気の匂いも、風の音も、どこか違っていた。
「……姉ちゃん!?」
剣を携えた一人の女性が、少し離れた場所に立っている。
「賽莉亜姉……?
どうして、ここに?」
違和感が胸を締めつける。
「……ここ、森の外?」
「……母さんは?」
賽莉亜はすぐには答えなかった。
ただ蓮を見つめ、しばらくしてから口を開く。
「……蓮。久しぶりだね」
「母さんはどこにいるの?」
賽莉亜は一瞬だけ視線を伏せる。
「ここでは話せない」
背を向け、歩き出す。
「先に行こう。
話は……ゆっくりするから」
⸻
森の外へと続く道を歩きながら、蓮は問い続けた。
「どうして僕がここにいるの?」
「昨日まで、普通に家で寝てたのに……」
賽莉亜は立ち止まり、振り返る。
「蓮、落ち着いて」
「でも、何も分からないんだ!」
賽莉亜は彼と同じ目線に腰を落とす。
「分かってる」
短い沈黙。
「全部を一度に話すことはできない」
彼女は、そっと蓮の肩に手を置いた。
「でも、約束する」
「少しずつ、ちゃんと話す」
少し間を置いてから、賽莉亜は静かに言った。
「……母さんはね、今、とても大事なことをしているんだ」
賽莉亜は、少しだけ言葉を選ぶように続けた。
「だから、君を先にここから離れさせてほしいって……そう言われた」
(……ごめん、蓮)
賽莉亜は、胸の奥でそう呟いた。
(母さんは、君を守りたかっただけなんだ)
(だから――何も、言わなかった)
⸻
やがて二人は、大きな木の前に辿り着く。
その下には、一頭の馬が静かに佇んでいた。
「……馬?」
賽莉亜は馬の首を軽く撫で、蓮に向き直る。
「蓮。
君はずっと森で暮らしてきた。
知らないことが多いのは、当たり前だ」
「これから向かう場所は――ラファエル王国」
「そこの王は、母さんの大切な友人なんだ」
それ以上は語らない。
「しばらくの間、君はそこで暮らすことになる」
少し考えてから、蓮は小さく頷いた。
「……うん」
蓮は賽莉亜と共に馬に乗り、
ラファエル王国へと向かって、一気に駆け出した。




