第二章 優しい愛
夜の森が、静かに広がっていた。
小屋の外、アリシアは軒先に腰掛け、闇に沈む樹海を見つめていた。
「母さん……」
蓮が近づき、彼女の横顔を見上げる。
「さっき、話があるって言ってなかった?」
アリシアは一瞬だけ目を瞬かせ、そして穏やかに微笑んだ。
「特別なことじゃないわ。」
彼女は隣を軽く叩く。
「ただ……少し、ゆっくり話がしたかっただけ。」
蓮は首を傾げたが、それ以上は何も聞かなかった。
彼はそのまま隣に座り、自然な動きで横になり、頭をアリシアの膝に預ける。
「じゃあ、遠慮なく。」
アリシアは視線を落とし、指先で優しく彼の髪を梳いた。
夜風が静かに吹き抜け、焚き火の灯が揺れる。
二人は多くを語ったようで、何も語らなかったようでもあった。
昼間の訓練のこと、森の小さな出来事、取るに足らない話。
時間は、音もなく流れていく。
やがて、蓮の呼吸は穏やかになった。
彼は母の膝に身を預けたまま、眠りに落ちていた。
アリシアは彼を起こさず、そっと姿勢を整えてやる。
⸻
朝。
木々の隙間から、淡い光が差し込む。
かすかな羽音が響いた。
小さな鳥型の使い魔が、アリシアの肩に舞い降りる。
彼女は驚くことなく目を閉じ、何かを受け取るように静止した。
少しして、低く呟く。
「……時間ね。」
視線を、森の外へ向ける。
「来たみたい。」
使い魔はひと鳴きして飛び立ち、朝霧の中へ消えていった。
アリシアは眠ったままの蓮を見下ろす。
そっと額に触れ、指先がわずかに震えた。
「…… 蓮。」
彼女は身を屈め、蓮の額に口づける。
その瞬間、
一滴の涙が音もなく零れ落ち、彼の髪に吸い込まれた。
「愛しているわ。」
アリシアはすぐに涙を拭い、感情を押し殺す。
次の瞬間、柔らかな光が蓮の身体を包み込んだ。
転移術式が、静かに展開される。
光が消えた時、そこに残っていたのは、アリシア一人だけだった。
⸻
アリシアは、ゆっくりと立ち上がる。
森には、風の音だけが残されていた。
「……蓮。」
かすれるほど小さな声で、彼女は呟く。
「あなたの時間を、私が繋ぐ。」
そして、森の奥へと視線を向けた。
その瞬間――
大地が震える。
森の中心、大地が裂け、黒き核心がゆっくりと姿を現した。
邪気はない。
だが、存在そのものが拒絶を訴えてくる。
アリシアは一歩も退かず、それを見据える。
魔力と生命で編まれた無数の鎖が、すでに核心を縛り、彼女の身体へと繋がっていた。
そのいくつかが、音もなく砕け散る。
「……やはり。」
アリシアは静かに呟いた。
「限界、なのね。」
彼女は深く息を吸い込む。
周囲に、魔力が集束していく。
「禁忌魔法――」
その声に、迷いはない。
「時域凍結。」
光が、すべてを覆い尽くした。




