8話 ダンジョン攻略
「レベルが上がった。」
王都より約70キロ離れた北の大地で、金髪の美少女のエリスが呟く。
それを聞いた青年が歩いて来る。
「上がったって事は、レベルは46だな?」
「あっ、ゼルド。うん。46だね。」
その言葉を聞いたゼルドと呼ばれた青年は「まいったな」と言いながら苦笑する。
「このスピードだと、俺ももう追い越されそうだな。」
現在のゼルドのレベルは56。エリスの速さを考えるとゼルドの言っている事は事実なのもしれない。だが。
「でも、50になるにはなにか成し遂げないと。」
レベルは9上がるたびに、ストップがかかる。10に上がる為には何かを成し遂げる必要があるのだ。
そうして何かを成し遂げる事によってストップされていた物が解放され、新たな道に立つ事を許される。
「でも、お前なら出来るだろ。今までみたいに。」
「そうだと、いいけど……。」
当然、レベルが上がる程、条件は難しくなっていく。
エリスがレベル39の時は45以上でようやく倒せるとされるAランクの魔物を一人で倒した事で上限が解放された。
だが、そんな事は簡単に出来るものではない。
エリスも、その時は満身創痍になりながらも戦った。
格上の相手と戦うというのは無謀な戦いなのだ。自身のステータスを大幅に上げる者は別として。
だが、そうした冒険をして、冒険者のみんなは強くなっていったのだ。
「エリスのレベルが上がったみたいだし、今日は帰るか。」
「うん。そうだね。」
二人は武器を鞘に納め、近くにあった転移スポットの中に入る。
すると、辺りは光に包まれ、目の前に映っていた景色が一瞬のうちに変わる。
変わった場所は王都の外に広がる草原だ。
スポットの外に出ると、二人は王都を目指して歩き出す。
「はぁ……、はぁ……」
歩いていると前から誰かの荒い息が聞こえて来た。
その息をしていた正体は黒髪青目の少年だった。その少年は二人の存在に気づかず、近くにあったダンジョンに潜っていった。
「今のは……、アレス=ガイアか?」
「……ゼルド。先に帰ってて。まだ用事があるから。」
「–––––そうか。わかった。」
何かを察したのか、ゼルドは笑みをうかべ、一人で王都に向かって歩いて行った。
「様子、見てみようかな。」
エリスは小さな声で呟くと、こっそりと少年の後を追った。
***
三回目の挑戦となるダンジョン。
前回は無我夢中に突き進んで、このダンジョンの中層と呼ばれる場所にまで行っていた。
Eランクとは言え、下へ進む程難易度は増していく。
例えば、中層より下。下層と呼ばれる場所にはヘルハウンドがうじゃうじゃいるらしいし、さらにその下にはゴブリンリーダーと言うDランクの魔物がいるらしい。
だから、ビギナー向けのダンジョンだからって、油断してはならない。
ハンターナイフとパリィナイフを抜き、常に警戒しながら奥へ進んでいく。
現在は上層。ゴブリンやプランターなどのEランク中でも弱いとされる魔物ばかりが出現するが、初めて入った時のように、稀にヘルハウンドなどの強い魔物も潜んでいる。
その時、何かが足に絡みついているのに気づいた。
その正体はプランター。
戦闘力が低いため、こうして、自分から伸びているつるを冒険者の足に絡めて罠に引っかけてから攻撃する事が多いらしい。でも。今の僕なら。
「ふっ!!」
足に力を込めて、強引につるを引きちぎる。
『プビッ!?』
地中に潜んでいたプランターは悲鳴の声を漏らす。
その声で場所を特定した僕は、近くに伸びていた赤い花に近づく。
「うッ!」
その花を掴み、少し力を込めて引き抜く。
地面から醜い顔をした植物型の魔物が姿が露になる。
『プビイィィィィッッ!!』
掴まれたプランターは叫びながら、つるを振って抵抗する。
僕は前にプランターを投げる同時に。
「ッッ!」
ナイフでプランターを斬る。
『プビィィィィッッ………!!』
植物型の魔物は断末魔をあげた後、灰に変わり消えていく。
「ふぅ……。」
息を吐き、気を取り直して奥に進もうとした時。
『『グゲッッ!!』』
二体のゴブリンが現れた。僕は二つのナイフを構え、敵に向かって走り出す。
「ふッッ!」
下からパリィナイフを振り上げ、一体のゴブリンの右腕を斬り飛ばす。
『グガガガガァァァアアアッッッ!!?』
ゴブリンは悲鳴をあげながら、右肩をおさえる。
その隙に、僕は力を込めて蹴りを入れる。
『グゲッ!?』
ゴブリンは3メートル程も飛んだ後、地面に転がっていく。
その間に僕はもう一体のゴブリンと対峙する。
「うッッ!」
『グゲッ!!』
お互い敵に向かって走り出す。
先にゴブリンが棍棒を力任せに振り下ろそうとする。
「ふッッ!」
この時を待っていた。
僕はパリィナイフを振り上げて攻撃を受け流し、
「はぁぁぁああッッ!!」
もう一本のナイフでゴブリンを斬り裂く。
「次っ!!」
灰になったのを確認した後、力無く倒れていたゴブリンに止めを刺す。
『グッ、グガガァァァ………!』
ゴブリンは灰になり、何かを落としていった。
「ゴブリンの牙か。」
ゴブリンが落とすドロップアイテム。漢方薬に使われるらしく、100ベルで換金出来る。
僕は牙をバッグに入れると、今度こそ奥に進む。
その後はゴブリンや、プランターなどを狩りながらひたすら奥に進んでいく。そしてようやく。
「中層……。」
以前とは違い、攻略をしながら到着する事が出来た。ポーションも使わずに。
「………よし、行くぞ。」
僕は深呼吸をした後、中層の攻略を始めた。
***
エリスはダンジョンに潜り、アレスを見守っていた。
余計なお世話だと自覚しているが、大切なたった一人の幼馴染。そんな存在をほっとける事はできなかった。
「ふッッ!!」
アレスはエリスが渡したパリィナイフで順調に上層を攻略して行っていた。
(後少しで中層……。)
今のアレスだと無謀とは言えないが、あそこは上層よりも魔物が多く出現するし、ヘルハウンドなどのEランクの中でも強い魔物が現れる。憧憬投影を使えば簡単に攻略できるが、体力を大きく消費される。
(無茶はしないでね。)
エリスはそんな事を考えていると、アレスはとうとう中層に足を踏み込んだ。
「中層……。」
アレスは中層を見渡しながら呟く。
「………よし、行くぞ。」
深呼吸をし、歩き始めた。
エリスも後を追おうと中層へ向かおうとした時。
「誰ッ!?」
エリスは即座に愛剣である魔装剣を構えながら振り返った。
何かが魔装剣にぶつかり火花が散る。だが、その正体は透明で何かがわからない。
エリスは見えない鍔迫り合いに勝利し、押し返すと、魔装剣を前に構える。
「誰?」
「………。」
エリスは見えない誰かにもう一度問う。
「………ちっ。」
舌打ちが聞こえた。その声からして男だとわかった。
「まさか、記録姫がこんな所にいるなんてな。」
吐き捨てるようにそう言った後、足音が遠くなって行った。
エリスは敵が退いたのを確認して魔装剣を鞘に収める。
「いったいなんだったんだろう………。」
疑問を浮かべながら、エリスはアレスを追跡を再開した。
***
中層。上層より部屋が広く、壁の色は白いが、一部だけ黄ばんでいる。
広いだけじゃない。一本道が増えており、上層よりも入り組んでいるのが地図を見たらよくわかる。
そしてここからはヘルハウンドなどの強い魔物達も、出現する事が多くなる。前回のようにヘルハウンドが二匹現れる可能性も。
「ふぅ……。」
深呼吸をして、中層を歩きだす。
このダンジョンは王都付近にあると言う理由でジャスティスギルドが管理をしているらしく、壁のあちこちに照明があって比較的明るくなっている。
これも、ビギナー向けのダンジョンになる理由の一つだ。もちろん。他のダンジョンはこんなに明るくないらしい。
「……それにしても。」
今日は魔物が少ないな……。もしかして他の冒険者に狩り尽くされたのかな?
そんな事を思いながらも警戒を怠らずに前に進み続ける。
死角からの不意打ち。なんて事もされるかもしれない。
「ッ!?」
背後から何か、殺意のような物を感じ、僕はナイフを構えながら振り返る。だが、そこにはなにも無く、あるのは、僕が進んできた道だけだった。
「ん?」
首を傾げ、疑問に思いながらも僕は背後も警戒しながら進む。
「………本当に魔物がいないな。」
このまま下層へ……。いやいや、慢心するな。僕にはまだ早い。
「うーん。」
どうしよう。
上層はさっき狩り尽くしたし、魔物はもういない。中層もいないから下層へ行くのはさすがに無謀な気もするし……。
「………仕方ないから帰ろうかな。」
僕はため息をこぼしながら、来た道を戻るのだった。
***
アレス=ガイア Lv5
力E+(19)
耐久E+(15)
敏捷D(24)
技能D(25)
魔力E(0)
不幸E+(15)
スキル
蒼眼
憧憬投影
魔法
なし
「ん!?」
ダンジョンを抜けた後、ステータスカードを確認すると、思わず目を疑った。
上がって欲しくないとあるステータスが上がっていたからだ。
「ふ、不幸が1、上がってる………。」
僕には幸運は無いのか?
………思えば、上層でヘルハウンドが出現した件。あれは不幸のステータスのせいなのではないか?
疑いだしたら、また一つ。さらに一つと疑いが出てきた。
「あっ………。」
酒場にいた冒険者達の話を思い出す。
––––白いオーク。
僕の不幸だと、4日後の依頼で出くわす可能性が上がるかもしれない……。
………その可能性が本当にありえそうで怖くなる。
「………もっと頑張らないと。」
ダンジョンは使えなくとも、もっと奥の草原だと経験を積める。そこで強くなればいい。
***
「ふ、不幸が1、上がってる………。」
アレスがダンジョンを抜けた後、ステータスカードを見ながら何か呟いていた。
(そういえば、前にアレスに見せてもらった時にレアステータスとしてあったような……)
エリスは2年間冒険者をやってきたが、不幸なんてレアステータス。いや、バッドステータスなんてものは見た事無かった。
何故、アレスにはバッドステータスがついたのか。エリスは考えてみるが、わかることは無かった。
「あっ………。」
突然、アレスは何かを思い出したかのように声を漏らす。
それから頭を抱え、「あー……。」と声を出しながら辺りを回り始める。
(ん?)
そしてすぐに立ち止まったかと思うと、アレスは拳を握りしめて、北へ向きながら、
「………もっと頑張らないと。」
と、呟きながら、北の草原を進み始めた。
(………アレスなら、大丈夫だよね。)
アレスなら、きっと。
エリスはそう信じて、アレスとは反対方向。王都を目指して歩き始めた。