6話 波乱のデート
依頼まで後5日。本当は今日も狩りに行く予定で外に出かけたのだが。
「こ、ここのクレープ、美味しいね。」
「うん。美味しい。」
エリスちゃんとデートする事になった。
何故こんな事になったかと言うと、それは
20分程前に遡る。
「–––––よし。」
鞘にしまってあるナイフを持ち、僕は家から出て鍛冶屋に向かっていた。
昨日、防具にひびが入っている事に気づいた僕は鍛冶屋に向かい、修理を頼んでいた。
修理代に1000ベルを失ったのは痛い。でも、新品を買うよりよっぽど安いので我慢だ。
町の大広場。そこは大きな噴水や公園があり、みんなと待ち合わせ場所となっている。
そんな大広場を通り、鍛冶屋に向かうはずだったのだが。
「アレス?」
凛とした声が僕の名前を呼んだ。
声の方に振り返り、その姿を確認する。
「エリスちゃん。お、おはよう。」
「おはよう。最近、よく会うね。」
ふふっとエリスちゃんは微笑しながら、僕を見つめる。
……綺麗な紅い瞳だ。見惚れてしまいそうなほどに。
「……エリスちゃんは何をしてたの?」
「……別に。町を歩いていただけ。」
「散歩?」
「うん。散歩してた。」
「………。」
今のエリスちゃんの服装は私服だ。5年ぶりに会ってからは戦闘服しか見ていないから凄く新鮮だし、魅力的だ。
「どうしたの?」
「えっ、いや、なんでもない。」
「……もし、今日何も予定がないなら、一緒に町をまわろうよ。」
「………っ!?」
え、エリスちゃん町をまわる!?こ、これってデートだよね!?
あっでも、今日は鍛冶屋に寄って防具を貰ってから冒険する予定が………。
「––––––。」
「アレス?」
「うん!行こっか!今日は予定ないし!!」
まっいっか!そんなの明日やればいいし。エリスちゃんに誘われるなんて滅多にないだろうし、その機会を逃すわけにはいかないよね!
「それでどこ行くの?」
「いろいろ。」
「あ、うん。」
エリスちゃんは歩き始める。僕は苦笑しながら、後を追う。
思ったんだけど、エリスちゃん5年経ってから天然になってるような気がする。こんなおっとりした感じじゃなくて、昔はもっと元気よくて活発的な女の子だったのに。
「あっ、クレープ食べる?」
「ん?食べようかな。」
エリスちゃんが足を止めた前にあったのは、クレープ屋さんだった。
「………」
エリスちゃんは無言でメニューを見つめる。
僕も近づき、何を頼むか決める為、メニューを見つめる。
「おっ、エリスちゃん。この子は彼氏かー?」
屋台おじさんが興味津々に尋ねる。
「か、かかか、彼氏っ!?」
「ううん。私の幼馴染だよ。」
動揺して上手く舌がまわらない僕とは違い、エリスちゃんはいつも通りの口調でおじさんに答えを返す。
「………へー。幼馴染ね。頑張りなよ。」
何か察したのか、おじさんは僕の方を見て、笑みを浮かべる。や、やっぱり、今のはまずかったかな。
「それじゃあ、私はバナナチョコください。」
「ぼ、僕はツナポテトで……。」
「あいよ!隣の椅子に座って待っててくれ!」
おじさんの言う通りに大人しく椅子に座る。
座った先に広がる景色は、大きな公園。
小さな子供達がわいわい楽しんで遊んでいる。
その光景に微笑し、懐かしい記憶を思い出す。
「僕達もよくああやって遊んだよね。」
「うん。私達がいた村には公園は無かったけどね。」
「そのかわり、自然がいっぱいあった。」
「うん。そうだね。」
いろんなものが変わったと、この光景を見て改めてそう思う。
僕の知らない5年間で彼女は変わり、強くなった。僕も、少しずつ変わっていっている。
弱いままの僕じゃ駄目なんだ。泣き虫のままじゃあ、いつまでも追いつけない。憧れに手を届かせる事が出来ない。
でも、叶うなら。
「あの頃に戻りたいな……。」
何も悩まず、ただ楽しく彼女と過ごす日々に。
「ん、どうしたの?」
僕の声が聞こえていなかったエリスちゃんは、不思議そうにこっちを向く。
「いや、なんでもないよ。」
苦笑しながらそう言い、再び公園に目を向けると屋台のほうから声が聞こえて来た。
「出来たよ!」
おじさんが二つのクレープを持ち、こっちやって来ていた。
「あっ、ありがとうございます。」
礼を言い、クレープを受け取る。
「いただきます。」
そう言った後、僕はクレープを食べ始める。
「こ、ここのクレープ、美味しいね。」
ツナポテトなんて初めて食べたけど、うん。悪くない。というか、好きかもしれない。
「うん。美味しい。」
エリスちゃんもバナナチョコが入ったクレープを美味しそうに食べる。
「………。」
僕はエリスちゃんの顔を見て、静かになる。
「どうしたの?」
「ついてるよ。チョコが。」
エリスちゃんの口元にチョコがついていたのだ。
「……。」
エリスはほんのり顔を紅くし、ぺろりとチョコを舐めとる。
うぅ。その仕草、凄く可愛い……。
その後、クレープを食べ終わるとエリスちゃんは椅子から立ち上がり、僕を見つめる。
「行こっか。」
「うん。」
僕も立ち上がり、エリスちゃんの隣に立つ。
「それで、どこ行くの?」
歩き始めたエリスちゃんについて行きながら、僕は聞いてみる。
「いろいろ。」
「………」
この流れ、さっきやったような……。
苦笑しながら、エリスちゃんの隣を歩く。
その道中、何人かの冒険者とすれ違った。
「あれって記録姫だよな?」
「最速の美女が男連れ!?」
こんな風に声が聞こえて来た。
後、男達からの視線が凄く怖い。
「エリス。」
その時、前にいた冒険者らしき男がエリスちゃんに声をかけた。
大人しそうな雰囲気の青年だった。
「あっ、ゼルド。」
「………ゼルド?」
エリスちゃんから発せられた名前を聞き、僕は固まる。
「何をしているんだ?」
「散歩。」
「そうか。」
「も……」
「どうしたの?」
「もしかして、氷結のゼルド=バートムさんですかっ!?」
「えっ、あぁ。そうだけど。」
ゼルドさん。アストライオスギルドの団員でレベルは56。氷の魔法に優れており、あらゆる生物を凍らせる所から氷結と呼ばれてる僕の憧れる冒険者の一人だ!
「ぼ、僕、ゼルドさんのファンなんでず!!あ、握手お願いしていいですか!?」
「あぁ。いいよ。」
「ありがとうございます!そ、それでは。」
ゼルドさんは手をさしだし、僕はその手をがっしり握る。
「それで、君は?」
僕が手を離すと、ゼルドさんは首を傾げながら聞いてきた。
「あっ、はい。僕はアレス=ガイアと申します!」
「アレス=ガイア………。君がヴァレスが言ってた子か。」
「えっ、ヴァレスさん?」
「あぁ。俺達の団長からお前の話を聞いた。高い評価だったぞ。」
「ヴァレスさんが……。」
憧れの人から高い評価を得ていたなんて……。感動で涙が出そうだ。
「ヴァレスに評価を得ているお前に俺も期待している。だから。上り詰めて来い。俺達の所まで。」
「……はい!頑張ります!!」
僕の返事にゼルドさんは微笑み、僕達の前から去っていく。
あぁ……。かっこいいな。
「………行こう。」
僕達のやり取りを見ていたエリスは歩き始める。
「う、うん!」
僕は小走りでエリスちゃんの後を追った。
***
エリスちゃんについて行き、いろんな場所をまわった。
イカ焼きや、カステラ、フランクフルトにチキン。いろんな屋台をまわった。
………食べ物関係しかまわってないのは、なぜだろうか。エリスちゃんはこんなに食べるの好きだったか?
それとも5年間の中で、食べ歩きという趣味が増えたのか?
「ぶぅ……づぎはどご行くの?」
既に満腹の腹を抑えながら、僕はエリスちゃんに聞いてみる。
「次は……、何食べようか?」
あっ、やっぱりまだ食べるんだね。どこ行くか聞いてるのに、何食べるかになってるし。
「あぁ……。シルビーっ!!」
苦笑していると、前にいたおばさんが、誰かの名前を嘆くように呼んでいた。
「どうしたんですか?」
悲しんでいる様子をしたおばさんをほっとけず、僕は声をかけてみた。
「あなたは……冒険者様?それにエリス様?あぁ、よかった!お願いします!シルビーを連れ戻してください!!」
僕と、エリスちゃんを見たおばさんは、僕達のもとに駆け寄り、泣き叫ぶ。お願いをされたけど、内容がまったくわからない……。
「えっと……。何かあったんですか?」
「うちの飼い犬のシルビーが地下の下水道に迷い込んだの!」
「下水道……。」
「どうしたの。エリスちゃん?」
「最近、下水道に魔物がいるって噂があったような……。」
下水道に魔物?どうやって王都に入って来たんだ?
「そうなの!魔物がいるって噂だから、私は行けなくて……っ!お願いします!どうかシルビーを連れ戻してくれませんか!?」
「僕はもちろんいいけど、エリスちゃんは?」
「うん。行こっか。」
「………ありがとうございますっ!」
「いえいえ、それより、どこから入ったかわかりますか?」
「えぇ、ついて来てください。」
おばさんに言われるがままついて行く。
その間、犬の特徴を聞き、探す際の手がかりを手に入れた。
目的地まで遠くは無く、1分もかからずに着いた。
目の前には地下に続く厳重な扉があった。その扉は普段開かないはずなのに……。
「その扉から地下に行ってそこから下水道に………。」
「わかりました。僕達が行ってくるんで、待っていてください。」
「私達に、任せて。」
「–––––ありがとうございます。」
おばさんは涙を流しながら頭を下げる。僕は慌てて、頭を上げるよう言った後、扉の前に向かう。
「それじゃあ、行って来ますね。」
そうして、僕達は地下への入り口に足を踏み入れる。
***
「それにしても、どうして地下に魔物が……。どこか外と繋がってるのかな?」
地下を歩きながら僕が疑問を浮かべていると、隣にいたエリスちゃんは話し始める。
「外には繋がってる。でも、そこは鉄格子があって侵入出来ない。」
「なら、どうやって……。」
「多分、3年前の生き残りだと、思う。」
「ん?3年前に魔物がいたの?」
「うん。いたと言うか、突然現れた。」
「?」
「そっか。アレスは知らないんだね。あの、『血塗られた一日』を。」
そう言った後、エリスちゃんは3年前にあった出来事を話し始めてくれた。
「本当に突然だったよ。魔物が町の中央に現れたのは。たくさんの魔物が現れて、そこにいた町の住民を大量虐殺していったの……。」
話している最中。エリスちゃんの表情が険しくなっていく事に気づいた。
3年前だから、やっぱり、エリスちゃんもその光景を目の当たりにしたのかな……。
そんな事を考えている間にも、エリスちゃんは説明を続けた。
「突然の事に、冒険者達は準備に遅れた……。町を警備しているジャスティスギルドは別だったけど。」
ジャスティスギルド。文字通り正義を語り、町の警備や犯罪を取り締まっているギルドだ。僕の憧れのギルドの一つでもある。
「でも、ジャスティスギルドだけじゃあ対処出来なくて、たくさんの人が死んだ。……私の目の前で大切な人も殺された……っ!」
エリスちゃんが魔物に向ける憎悪の理由。それを垣間見得た。そんな気がした。
確か3年前はエリスちゃんはまだ冒険者じゃないはず。この出来事がきっかけで冒険者になったのかな……?
「–––––時間が経ってようやく他の冒険者も現れ、魔物を倒していった。たった一日の出来事だったけど、死者が多すぎて『血塗られた一日』って呼ばれるようになったの。」
「『血塗られた一日』……。下水道にいるのが、その生き残りかもしれないって事?」
「––––––多分。」
「………。」
突然魔物が現れたって言ってだけど、どう言う事なんだろう。ぱっと召喚されたみたいに現れたのか、町の影から突然姿を現したのか……。
どっちが正解か、エリスちゃんに聞こうとしたその時、地下のおくから呻き声が聞こえた。その声は人間でも動物でもなかった。
「っ!?」
「早く行かなくちゃ!」
そう言って、僕はエリスちゃんと共に地下を走り始めた。
地下は狭い。僕達の足音がこの狭い空間に響き渡る。
しばらく走ると、足下が冷たくなるのを感じた。見ると、下に深さ3センチほどの水が溜まっていた。
「着いた。ここが下水道……。」
さっきより一層暗くなっており、なんとか前が見える状況だった。だが、レベル40のエリスちゃんは迷う事無く、道を進んでいく。
僕は前を歩くエリスちゃんを頼りに歩く。
『ブバアアァァァァアアアッッッ!!』
その時、魔物の咆哮が下水道の中に響いた。
「っ!行くよ!!」
「わ、わかった!」
走り始めたエリスちゃんをなんとか追う。視界が暗くてエリスちゃんを見失ったら迷子になってしまうかもしれない。
しばらく必死に追っていると、前を走っていたエリスちゃんは突然止まりだす。
「ぶっ!?」
ブレーキが効かず、僕はエリスちゃんの背中に激突し、倒れかけるが、なんとか体勢を立て直す事に成功。
「ど、どうしたの?」
「いた。」
いた。その言葉で僕は状況を察する事が出来た。
『ブバアアァァッッ!!』
魔物が現れたのだ。王都の地下、この下水道で。
***
魔物に足は無く、代わりに尾ひれがついており、手には鋭い爪。目は白目。口からはよだれが垂れており、さらに獲物に喰らい付く為の牙が光る。
「マーマン……っ!?」
この魔物につけられたランクはC。レベル25あたりで倒せる相手だと資料に書いてあった……。つまり、今の僕には倒せない……。
「そのナイフ貸して。」
エリスちゃんは僕が持っているナイフを取るとマーマンに向かって走り出す。
そんなナイフじゃああの魔物には通用しないんじゃあ……!
「ふっ!!」
エリスちゃんはナイフを逆手に持ち、縦に振り上げた後、八の字を描くように、ナイフを滑らせて行く。
『ブババアァァッ!?』
マーマンは斬られた傷口から血が大量に吐き出し、倒れる。
「………」
エリスちゃんは何も言わず、とどめの一撃を心臓に突き刺す。
マーマンは灰に変わり、どこかへ散っていく。
「やっぱり、ハンターナイフじゃあ斬りにくいね。」
「す、凄い……。」
あれだけの斬れ味で斬りにくい?そんなわけあるはずない。あんな簡単にCランクの魔物を斬り裂いたじゃないか。
『『ブババアアアァァァアアッッ』』
今度は二体マーマンが現れた。
「今度は僕も戦う!」
予備のナイフを取り出し、構える。
「うああああああああぁぁぁああっっ!!」
「っ!?駄目!!」
僕は雄叫びをあげながら突き進む。その際、エリスちゃんの声が聞こえた気がした。だけど、僕だって冒険者なんだ。戦ってみせる。
ナイフを逆手に持って姿勢を低くした後、マーマンの腹を狙い、ナイフを振るう。
「ふっ!」
『…………』
だが、刃は通らなかった。
『ブバアアッッ!』
「ぐあっ!?」
マーマンに振り払われ、僕は後ろへ飛んだ。
なんで、刃が通らなかったんだ?エリスちゃんと同じナイフを使っているはずなのに……。
「私に任せて……!」
マーマンを見つめながらそう言うとエリスちゃんはナイフを自分の前に構え始める。
「–––––エンチャント。サンダー!」
突如、エリスちゃんが持つナイフから小さな稲妻が走り始めた。
これが……、エリスちゃんの魔法。
エンチャント。武器に魔法を纏わせて戦いを有利にさせる強化魔法。今使えるのは炎と雷だとさっき、本人から聞いた。
「はっ!」
その瞬間。彼女は目に見えない速さで駆け出し、二体のマーマンの前に立つ。
『『!?』』
エンチャントの効果では無い。これはエリスちゃんの持つ、敏捷のステータスによる影響なのだろう。
これが、上級冒険者の速さなのか……。
ただただ圧倒。そしてそれと同時に自分の無力さを痛感する。
エリスちゃんは雷を纏ったナイフを振り下ろして行き、二体のマーマンを斬り裂く。約5秒の出来事だった。
「………大丈夫?」
飛ばされた僕を心配してくれてるのか、エリスちゃんは僕の側まで、歩み寄ってくる。
「う、うん。大丈夫。」
僕は一人で立ち上がり、エリスちゃんの後をついて行く。
『ワンッ!!』
その時、どこからか鳴き声が聞こえてきた。
「犬の鳴き声!!」
「行こう!」
「うん。」
暗闇の中でも進めるエリスちゃんを頼りに僕も後を追う。
右、右、左。
入り組んだ下水道を進み、ようやく、犬のもとへたどり着く事が出来た。
だが。
『ワンッ!!ワン!!』
『『『フババアアアァァァアアッッッ!!』』』
三体のマーマンに囲まれ、今にも犬は襲われそうになっていた。
おばさんに聞いた特徴と一緒。あれはシルビーだ。
「エンチャント、サンダー!」
エリスちゃんは再びエンチャントをかけ直し、ナイフを構える。
エリスちゃんの前に、二体のマーマンが立ちはだかる。もう一体は今にも犬を襲いおうとしていた。
「……邪魔っ!」
エリスちゃんはマーマンに斬りかかったが、ナイフの寿命が尽きてしまい、刃が折れる。
『ブバババアアアァァァアアッッ!!』
後ろにいたマーマンは鋭利な爪で、犬に襲いかかろうとしていた。
–––––僕にも何か出来る事がないのか?
自分に問いかける。答えは返ってこない。
今の僕には何も出来ない。だからなりたい。目の前の幼馴染。エリス=アスタリアのような立派な冒険者になりたい。
助けたい!救いたい!!目の前にある命を!!
その時、僕の体から青い光が発光する。
憧憬投影。無意識のうちに発動していたのだ。しかも以前やったときよりも、光は強く綺麗に輝いていた。
「うッッ!!」
気づけば、何も考えずに走り出していた。いつの間にか、エリスちゃんや二体のマーマンを抜き去り、爪を突き刺そうとしている敵の目の前までやって来ていた。
「えっ?」
あまりの速さにエリスちゃんは驚いていた。
「ああああぁぁぁぁあああッッッ!!」
そんなのは今は構わない。
僕はナイフを強く握り、振りかざそうとしている爪にぶつける。
鍔迫り合いが起きるかと思ったがマーマンの爪はあっという間に砕け、ナイフの勢いは止まらず、そのまま、首へと、突き刺さる。
『ブアッ!?』
「ッッ!!」
ナイフを両手で持ち、力任せに押し込む。
首にどんどん食い込み、血が吹き出し、僕の顔を赤く染める。
そして、ナイフは首をかっ飛ばし、絶命したマーマンは灰へと変わっていく。
僕から青い光が消えて行く。同時に力がなくなり、膝をつく。
「アレス!ナイフを投げて!!」
僕は言われた通りに、力を振り絞って、エリスちゃんにナイフを投げる。
「ふっ!」
エリスちゃんをナイフを受け取ると、逆手に構え、再びエンチャントを施す。
雷を纏ったナイフは二体のマーマンを斬り裂く。
灰になった事を確認し、エリスちゃんは僕と犬のもとに向かう。
でも、その前に僕の意識は消え失せてしまった。
***
エリスは倒れそうになったアレスを支える。
(これが、憧憬投影……。)
大幅にステータスを上げるが、体力も多く使う。
そのデメリットに気がついていなかったのか、アレスは全力を振り絞った。
「凄かったよ。アレス。」
意識が無いアレスに呟いた後、彼を背負い、近くにいた犬と一緒に下水道から脱出した。
***
『男なら誰かを守る為に強くなれ』
–––––強くなれ。
幼き日、父さんが僕に口癖のように言っていた言葉だ。
『いざと言う時に、守れないんじゃあ、かっこ悪いからなー。』
『なら、お父さんはお母さんを守れるくらい強いの?』
まだ、小さかった頃の僕は父さんに問いかける。すると、父さんは高笑いし、僕の頭を乱暴に撫でる。
『おうとも。もちろん、母さんだけじゃなくて、村のみんな全員守れるくらい、父さんは強いぞー。』
その言葉は嘘じゃなかった。
ある日、村に魔物が現れた。およそ130年間の間、その付近に魔物は現れる事が無かった為、抗う術を忘れた村人達は魔物という恐怖の象徴に怯えていた。
でも、父さんだけは違った。
たった一人、武器を持って魔物に立ち向かったのだ。
激闘の末に魔物を倒す事が出来た。父さんの命を犠牲に。
普段おちゃらけていてみんなからは道化と馬鹿にされていた父さんが、いざと言う時に、己を賭して村を救った。
そんな人物を誰が讃えないというだろうか。
みんなは彼をこう呼んだのだ。
–––––英雄と。
***
目が覚めると僕は町の中にいた。
「………エリス、ちゃん?」
「あ、アレス。起きたんだ。」
少し見渡すとどうやら、僕はベンチに寝転がっていたようだ。
体を起こして向きを変え、ちゃんと座る。
「うっ……。」
体が重い。力が入らない。なんだこれは?
「憧憬投影の効果だと思う。」
「えっ?」
「誰を想ったのかは知らないけど、強い憧れで力が強くなった代わりに大量に体力を消費したんだと思う。」
「そーなんだ。」
「それで、」
「ん?」
隣にいたエリスちゃんは僕の顔を見つめ始める。
「誰をイメージしたの?」
「………」
君だよ。
なんて言えるわけない!!恥ずかしすぎるよ!!
「やっぱり、ベルドロイド?それともヴィルムさん?」
「………そうそう。ベルドロイドをイメージしたんだ。」
嘘だ。でも、真実は僕にしかわからないし、まぁ、いいか。
「そういえば………。」
「どうしたの?」
「ヴィルムって名前で思い出したけど、さっきまで、お父さんの夢を見たんだ。」
「そうなんだ。どんな夢?」
「僕達が7歳の時に魔物が襲撃してきたでしょ?その時の夢。覚えてる?」
「………うん。覚えてる。あの時のヴィルムさん。–––––アレスのお父さんはかっこよかったよ。」
エリスちゃんは思い出すように、空を見上げながら呟く。
「英雄。なんて呼ばれてたよね。」
「––––うん。」
それが僕の始まりなんだと思う。
父のような英雄に憧れ、英雄譚を読み漁り、英雄ベルドロイドに出会った。
「あの出来事がなかったら僕は冒険者になっていなかったのかな?」
エリスちゃんにも聞こえない声で、呟く。
もしかしたら、エリスちゃんと再会の約束もしていなかったかもしれない。
約束して王都に行ったとしても、町の住民として、普通の暮らしをしていのかもしれない。
「あっ。そういえば。」
もしもの出来事を考えて、想像しているとエリスちゃんは横に置いてあった袋を取り出す。
「これ、おばさんから貰ったお礼。はい、1万ベル。あげる。」
「えぇ!?1万ベル!?え、エリスちゃんはいらないの?」
「うん。私がよく行く店の無料券貰ったし。」
「そ、そうなんだ。」
店って飲食店の事なんだろうな。
そんな事を思いながら、苦笑する。
「……日が、暮れてきたね。」
「あっ、ほんとだ。」
辺りを見渡すと、既に空は真っ赤に染まっており、前方から徐々に暗くなっていた。
「今日は帰るね。早く着替えたいし。」
「うん。それじゃあ、私も帰ろうかな。」
ベンチから起き上がり、少しだけ伸びをする。
「……帰る前にナイフを買わないと。」
さっきの戦闘でナイフが壊れたんだった。
「それならもう買っておいたよ。」
「えっ?」
そう言ってエリスちゃんは僕にナイフを渡した。
受け取った後、ナイフを見てみると、ある事に気づく。
「これ、パリィナイフだよね!?」
パリィナイフは攻撃を受け流しやすいナイフで攻守どちらもとても優れたナイフだ。値段もそこそこするはず……。
「ごめんね。今の所持金だとそれしか買えなかった。」
「こんな高い武器買わなくてもよかったのに!どうしてこんな事してくれたの?」
「生きていてほしいから。」
「えっ……。」
「だって私の大切な幼馴染だから。もう誰かを失うのが嫌だから。」
最後の一言は願いを込めたような言い方だった。
生きていてほしい。そういえば、アシアさんにも同じ言葉言われたな。僕が生きるのを願ってくれる人がいるだけで励みになるのに……。嬉しくて涙が出てきそうだ。
「–––––ありがとう。」
お礼を言い、大人しく受け取る。
「それじゃあ、私は帰るね。」
「うん。また会おうね。」
「うん。また。」
そう言い、僕はエリスちゃんが歩いて行くのを見送る。
僕は死ぬわけにはいかない。自分の為だけじゃない。僕に生きていてほしいと願ってくれる人の為に僕は絶対に死なない。
そう心に誓い、僕も帰ることにした。