5話 ゴブリン退治
「アシアさーん。」
早朝に冒険者窓口にやって来た僕はいつのカウンター席にいるアシアさんに声をかける。
「おはようございます!」
「アレス君。おはよう。今日は早いね。」
「はい。今日は依頼を受けようかなって思って。」
「そっか。今日はいっぱいあるからじっくり見てきて。」
「はい!」
そう言い、依頼が貼ってある掲示板に顔を覗かせる。
確かにいつもより多い。それだけみんなが困ってるって事にもなるけど。
ミノタウロスの討伐。いやいや瞬殺される。
グリフォンの捕獲。これも瞬殺される。
オークの討伐。まだ僕には勝てない。
「僕に合ってる依頼が無い……。」
ほとんどの依頼が今の僕にはほど遠い上級冒険者向けの依頼だった。
アシアさん。いっぱいあるとは言ったけどこれは無理ですよ……。
「ん?」
掲示板の端っこにあった依頼を見る。
どうやら、この依頼は討伐や捕獲では無く護衛の仕事のようだ。
僕は内容より先に報酬金額を見る。
「………い、1万ベル!?」
ご、護衛の仕事ってこんなに高いのか!?それともこれが高すぎるだけなのか!?
興奮した勢いで僕は依頼の紙を取り、アシアさんのもとへ向かう。
「アシアさん!この依頼受けます!!」
「ん、イザ村までの護衛……。王都から5キロ先にある村ね。わかった。手続きするからちょっと待っててね。」
「はい。」
そう言いってアシアさんは奥の部屋に向かって行く。
それにしても1万ベルか。
現在所持金は生活費含めて3万ベル。報酬を合わせたら4万ベル。生活費を抜くとまだまだ足りないけど、目標の金額にグッと近づく事が出来る。
「アレス君。お待たせ。申請通ったよ。六日後の朝七時に王都の正門に集合だって。後これ、タグ。行く時には目印として付けてくれだって。」
「はい。わかりました。」
僕はタグを受け取り、ポケットにしまう。
「六日後か。それまで狩りをしてレベルが上がるように頑張ろうかな。」
「うん。そうしたら。レベルが上がった方が護衛の成功率も上がるしね。」
「はい。そうしますね。」
そう言い、僕は出口に向かう。
「頑張ってね。アレス君。」
「はい。頑張ります!」
僕は手を振りながら冒険者窓口を出た。
***
今日は狩場としている草原よりもう少し先に行ってみようと思う。あの時のような異常事態が起こらない事を祈りながら。
そこは武装したゴブリンが生息しているらしい。そのゴブリンは王都付近のゴブリンより、知性が高いらしく厄介らしいがそれでもEランクの中でも真ん中の強さらしい。
つまり、ヘルハウンドを二匹倒した僕なら勝てる相手という事だ。
目的の狩場に着くと、僕はナイフを取り出し、辺りを警戒する。
ヘルハウンドを倒したからと言って警戒を怠ってはいけない。ダンジョンとは違い、魔物はどこからやって来るのかわからないからだ。
『グガアッ!!』
その時、横にあった草むらの中に隠れていたゴブリンがナイフを構えてこっちに走って来る。
「うっ!」
僕もナイフを構え、ゴブリンを迎え撃つ。
二つのナイフがぶつかり合う。
刃から火花が散る。
「せやっ!」
鍔迫り合いの中、僕はゴブリンに蹴りを入れ、怯んだ所をナイフを心臓に差し込む。
『グッ!!グガガガアアアァァァッッ!!』
絶命する寸前。ゴブリンは雄叫びをあげる。
嫌な声だ。僕は耳を塞ぎ、後ろに遠ざかる。
「––––––ぐっ!?」
何かが右肩に刺さった。
見ると矢が僕の肩に刺さっていた。
「ぐっ……あぁぁああ!!」
痛みに耐えながら矢を抜いた後、草むらに隠れ、包帯を巻く。
……弓を使うゴブリンがいる?
だとしたらどこから?
正面を見たが、誰もいなかった。それどころか平地で丸見えだ。
なら一体どこから………。
『グガ?グガァァッ!!』
剣を持った二体のゴブリンが現れた。
僕を見つけたゴブリンは急いで鞘から剣を抜き、戦闘態勢に入る。
もしかして、さっきの雄叫びを聞いてここにやって来たのか?それより今は戦わなくちゃ。
「………やるんだ。」
草むらから飛び出し、ナイフを構えながら、ゴブリンがやって来るのを警戒する。
『『グゲゲゲガガガァァァアアッッ!!』』
「––––ッッ!!」
ゴブリン達は剣を持って突進してくる。
僕はナイフを逆手に持ち、やってくる剣先を弾くようにナイフを振り上げる。
『グゲッ!?』
一体のゴブリンの剣を弾く事に成功。だが、後もう一体残っている。
『グゲゲゲゲッッ!!』
「ぐっ!!」
攻撃を迎え撃つ暇は無く、体を捻って攻撃を回避しようとしたが、頭に剣が擦り、血が垂れてきた。
「ぐうっ、はああぁぁぁああっ!!」
僕は渾身の力を込めて、ゴブリンの腹に蹴りを入れる。
ステータスの効果なのか、ゴブリンは思った以上に飛んだ。
……血が右目の目元まで垂れてきた。僕は血が入らないように右目を閉じる。
右の死角に入られないように気をつけながら二体のゴブリンを警戒する。
一体は武器無しだが、同時に攻撃されるとなると防げるかどうかわからない。
『『グゲゲッッ!!』』
同時に二体のゴブリンが走り出す。
先に僕のもとに来たのは剣を持ったゴブリンの方だった。
剣とナイフが激しく何度もぶつかり合う。その隙にもう一体がやって来る。
「ッッ!」
剣を押し上げ、怯んだうちに殴りかかろうとしてくるゴブリンの顔に拳をぶつける。
「––––ふッ!」
まだだ。
僕は勢いのまま、ナイフをゴブリンの首に押し込む。
『グ、グガァ………!』
ゴブリンは手を伸ばした後、絶命し、倒れ込む。
気持ち悪い感覚に襲われたが、なんとか倒す事が出来た。後もう一体。
「ぐうッ!」
殴られて倒れているゴブリンの心臓にナイフを突き刺す。
胸から血が溢れ出し、やがて、息をしなくなる。
「……倒せた。」
息を整え、僕はステータスカードを取り出し、現在のステータスを確認する。
アレス=ガイア Lv4
力E+(13)
耐久E+(13)
敏捷E+(16)
技能D(25)
魔力E(0)
不幸E+(14)
スキル
蒼眼
憧憬投影
魔法
なし
耐久だけ少し上がっていた。やはり矢に刺されたからだろうか。
「そういえばまだこのスキルを使ってなかったな。」
憧憬投影。戦闘中に自分の憧れを思い浮かべる暇がなかったから出来なかった。なら、試しに今やってみるか。
想い描く憧憬は英雄の先駆者ベルドロイド。
どんな絶望でも諦めず、立ち上がる事が出来る強さを。
その時、青い光が僕の体を包み込み始めた。
「これが、憧憬投影?」
確認の為、ステータスカードを見てみる。
アレス=ガイア レベル4
力D(27)
耐久D(30)
敏捷D+(32)
技能C(41)
魔力E(0)
不幸E+(14)
スキル
蒼眼
憧憬投影
魔法
なし
「え、ええぇえぇええぇぇええっっっ!?」
ちょ、これはさすがに上がりすぎじゃない!?
このステータスならレベル10ぐらいの相手ならなんとか戦えるレベルだぞ!?
しかも、もっと強いイメージをすればするほど、ステータスは上がっていく………。本当に凄いスキルだ……。
『グゲッ!!』
その時。背後からゴブリンの鳴き声が聞こえた。
油断した。
目に見える全ての敵を倒した事で完全に油断しきっていた。
僕が防御をする暇もなく、ゴブリンは剣を振りかざす。が。
「はあぁぁああ!!」
また、背後から声が聞こえてきた。今度は人間の男の声だ。
気づけば、後ろにいたゴブリンが吹き飛んだいた。男の攻撃によって。
「大丈夫か?」
男は剣を地面に刺し、僕に声をかけてきた。
見た目は黒髪で灰色の目をした好青年だった。
「あぁ、はい。助けてくださってありがとうございます。」
「気にするな。同じ冒険者だ。助け合っていこう。俺はレイジ=ノーラ。お前は?」
「僕はアレス=ガイアです。」
「アレス………ねぇ。よろしく。アレス。」
「はい。よろしくお願いします。レイジさん。」
助っ人……命の恩人であるレイジさんは僕に笑顔を向けた。
「それで、アレスはこれからどうするんだ?」
「うーん。もう少し狩りを続けようかなと思います。」
「そうか。なら、俺もついて行っていいか?一人より、二人の方が効率いいだろ?」
確かに………。一人より、二人の方が生存率も上がるし、………なにより誰かと冒険するなんて初めてでわくわくする!
「わかりました。よろしくお願いします!」
「おう。よろしく頼むぜ!」
***
レイジさんと言う助っ人を連れて、僕はとある廃村に来ていた。
その廃村はゴブリンの住処となっており、今も、村の辺りにゴブリン達が歩いている。
そして僕達は村の近くにある木々の中に隠れていた。
「流石に一気に倒すのは無理だし、どうすれば……。」
「それなら任せろ。投擲のレアステータスを持ってる。」
「おぉ。そじゃあお願いします。」
「おう」と言った後、レイジさんは腰につけている小さなバッグから小さな針を取り出す。
静か木々の中。レイジさんは針を構え、五メートル程先にいる一体のゴブリンに狙いを定める。
「はっ」
『–––––グゲッ?』
目に見えない速さで針はゴブリンの首に刺さる。
ゴブリンは首に手を当て、針の正体に気づく。
針を捨て、飛んできた場所を探し始める。
やがて、木々の方から飛んできた事に気づきこっちに辿りついてくる。
「アレス。後ろから仕留めろ。」
「はい。」
ゆっくり歩いてくるゴブリン。たった一体だけだというのに、汗が止まらない。
もし、不意打ちが失敗したら?ゴブリンが叫んで、仲間を呼び、僕達はあっと言う間に囲まれて袋叩きだろう。
決めろ。一撃で。
木々の中に入ってきたゴブリンは辺りを見渡しながら歩き始める。僕もバレないように、足音を殺し、ゴブリンの後ろに回り込む。
「–––––うっ!」
『グァ!?』
声が漏れないように口を塞ぎながらナイフを首に刺しこむ。
首から、口から血が溢れていく。
手に、顔にゴブリンの血がつく。
ナイフを抜き、ゴブリンは灰になって消えていく。
「次の場所に行くぞ。」
そう言った後、レイジさんはしゃがみながらの移動を開始する。
「レイジさんは戦わないんですか?」
「今日はやめておく。アレスが狩りをしてるしな。」
「なら、なんで手伝ってくれるんですか?」
「投擲のステータスを上げるのに良いからだな。俺が投影で誘き出してアレスが倒す。二人得するだろ。」
………その作業はレイジさん一人でも出来る。きっとレイジさんは一人で戦う僕を心配して助けてくれているのだろう。
「ありがとうございます。」
「ん、何が?」
「いえ、なんでもないです。」
次の隠れ場所に到着する。レイジさんは首を傾げながらも、針を取り出し、歩いているゴブリンに狙いを定める。
「ふっ」
これもまた見えない速さで飛んでいき、ゴブリンの首に正確に刺さる。
『グゲッ!』
ゴブリンは針の存在に気がつき、払うように手を振る。
『グッ?』
そして、どこから飛んできたのか、周囲を見渡す。これもさっきゴブリンと同じ行動だな。
ゴブリンは僕達がいる木々を見つめ、こっちへ近づいてくる。
『グゲッ?』
「今だ。移動しろ。」
ゴブリンが木々の中に入ると同時に僕はゆっくり移動を始め、ゴブリンの背後に回る。
鞘からナイフを抜き、さっきと同じように口を抑えながら首に刺す。
『ッッ!?』
声を出す事すら出来ないまま、ゴブリンは絶命し、血を流しながら倒れ、やがて消滅。
「–––––もう一体来た。ここでやろう。」
「はい。」
レイジさんは針を構え、ゴブリンに飛ばす。が。
『グッ?』
「しまっ––––!」
「グゲッ!?グガガガアアァァァッ!!』
レイジさんは投擲は失敗に終わり、更にはゴブリンにも見つかってしまった。
ゴブリンは雄叫びを上げ、村にいる全てのゴブリンを呼び出す。
「すまない。ここからは表に出て戦うぞ。」
「はい!」
僕はナイフを構え、レイジさんは鞘から剣を抜く。
「なるべく早く倒そう。囲まれたら流石にやばい。」
「わかってます!」
木々から道へ移動し、ナイフを持ってゴブリンに接近する。
ちらっと建物の中を見る。そこには大慌てで戦闘準備をしているゴブリンの姿があった。
あの様子だと、まだ出てくる事はないだろう。
『グゲッ!』
ゴブリンも剣を構え、僕の前に立ちはだかる。
「はああぁぁぁあああ!!」
僕とゴブリンの刃がぶつかり合う。
さすが、ここのゴブリンは王都付近にいる者より力がある。更には武器は棍棒では無く、刃物というのもまた厄介。
「アレス!蹴りを入れるんだ!!」
遅れてやって来たレイジさんは僕に向かって叫ぶ。
「ッッ!!」
横腹に蹴りを入れる。そうすると、ゴブリンは口を開け、苦しそうにもがき始める。
「うッ!!」
その隙を逃すまいと、僕はナイフをゴブリンの背中に突き刺す。
『グガァ………!』
ゴブリンが消滅するのを確認すると、体勢を立て直し、建物の中を再び見る。
………まだ手こずってるようだな。
ひとまず安心し、レイジさんのもとへ向かう。
「レイジさん!」
レイジさんは他にいた見張りのゴブリンと戦闘を行なっていた。だが、レイジさんの方が圧倒的に優勢。簡単にゴブリンの剣を跳ね飛ばし、体を両断していた。
「す、凄い……。」
僕も早くその領域に辿りつきたい。そんな事を思いながら、レイジさんと合流する。
「アレスも終わったか。」
「はい。中にいるゴブリン達は戦闘準備に時間がかかってるみたいなんで、ここで引きましょう。」
「おう。わかった。」
僕達は武器を鞘にしまい、駆け足でこの廃村から離れた。
***
「はぁ……はぁ…。今回はありがとうございました。」
廃村から王都の門の付近まで走った僕は、息を切らしながらレイジさんに礼を言う。
「気にするな。どうやら俺の投擲も少し上がったらしいしよ。」
レイジさんらにっと笑いながら僕の肩を叩く。
「俺はまだ野暮用があるから外にいるが、アレス。お前はどうするんだ?」
「………今日はもう帰ります。回復のポーションも買いたいんで。」
「–––––––。そうか。なら、俺は行く。またどこかで会おうな!」
「はい!今日はありがとうございました!!」
僕はお辞儀した後、レイジさんに手を振ってから、王都に入る。
僕は歩きながら、ステータスカードを見て、何か変わったか確認する。
「敏捷が上がってる……。あれだけ走ったからなぁ……。」
敏捷がE+の16から19まで上がっていた。
この三日間で敏捷が9も上がってる。以前までとは考えられない成長の速度。
『強くなってきてる証だよ。』
アシアさんの言葉を思い出し、その意味を実感する。
確かに、僕は強くなってる。ちょっとずつだけど、前に進み始めている。
「うわっと。」
考えながら歩いていると、男とぶつかってしまった。
「す、すいません!」
僕は急いで謝罪をすると、前にいた男は「あはは」と笑いながら、頭をかく。
「こっちこそごめんね。前を見ていなかったよー。」
けらけら笑いながら、男も謝罪する。
艶のある黒髪に、金色の目をした中性的な青年だった。
そして、その青年から、なんとも言えない違和感を覚える。何故か、嫌悪感も。
「それじゃあ、俺は行くねー。さっきはほんとごめんね。」
あははー。と笑いながら、男は去っていった。
「………僕も行くか。」
違和感を消し去り、僕はポーションを買いに店に向かった。